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島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-
トキタカの野望、異国船の正体と未来の絆
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永禄十一年 十一月二日 種子島 赤尾木城 種子島時尭
「殿! 殿! 南蛮船にございます!」
近習がドタドタと音を立てながら廊下を走り、居室の板戸をたたく。
「何じゃ、騒がしい。どうしたのだ」。
失礼します、と近習は言い、戸を開ける。
「南蛮船が! 赤尾木の湊(現在の種子島北部、西之表港)の沖合に、南蛮船が見えまする!」
何!? 南蛮船じゃと!? 時尭は立ち上がり、どこじゃ、案内せい! と近習に叫び馬を用意させる。そして、その場から見えるか確認する様に庭に出て、見晴らしの良い場所から湊を眺める。見ると一隻の南蛮船が停泊している。
はっきりとは城からは見えないが、どうやら日本の船ではないようだ。時尭の頭にはある考えが浮かんだ。あれが南蛮船なら、冷え切っている島津との関係も変わるかも知れぬ。わたりをつけて、坊津へ行くよう話すのだ、と。
「よし、行くぞ。付いて参れ」。
馬をかけ、湊へいそぐ。すでに人だかりができている。群衆を押し分け、時尭は海岸へ進む。船が見える位置に立ち止まり、その壮大な姿をじっと見つめた。遠くから見ると、その船は間違いなく南蛮船のように見えた。
しかし半刻ほど見ていると、その船から小舟が出てきて岸に近づいてきた。そして時尭は何かが違う事に気づいた。小舟から降りてきたのは、南蛮人に似た格好だったが、間違いなく自分と同じ日の本の民であった。
「我々は小佐々家の一行だ! 種子島弾正忠様にお目通りを願いたい!」
なんと、その船は南蛮船ではなく、小佐々家の船だったのだ。船の装飾や船員の服装は異国風だったが、それは彼らが異国の文化を取り入れていたのだ。
「小佐々家の船だと!?」
時尭は驚き、少々興奮した声で叫んだ。そんなはずはない。日本人が南蛮船に乗っているわけがない。そのうえ自らの船だと? 嘘も休み休み言え。ありえるはずがない。造ったというのか? 自らの手で。大きさも形も、仕組みもまるで違うのだぞ。
そう思っていたのだ。しかし現実に目の前にいるのは日本人。七つ割平四つ目の家紋の旗を掲げた船なのだ。その中で唯一、直垂を着た使者は人混みの中時尭に近寄り、
「種子島家中の方であろうか。それがしは小佐々弾正大弼様の家臣、日高資と申す。弾正忠様に、お取次願いたい」
初対面である。小佐々家の使者が時尭の顔を知らないのも無理はない。時尭は笑って、
「それがしが弾正忠である。ご使者殿、参られよ」
「こ、これは失礼いたしました!」
資は深々と頭を下げる。時尭は意に介せずニコニコ笑いながら歩く。湊に来る時は馬であったが、使者がいたため徒歩で帰る。それでも十町(1km)ほどだ。城に入るなり謁見の間に通された資は、上座に正対して座って待つ。
しばらくして入ってきた時尭は直垂に着替えていた。資は居住いを正し、平伏する。時尭は上座に座って資を見る。
「それがし、小佐々弾正大弼様の家臣、日高大和守資と申します。この度は拝謁を賜り、誠にありがとう存じます」
「弾正忠である。苦しゅうない、面を上げよ」
時尭は気さくに話しかけ、資に頭を上げさせた。終始笑顔で話をしているその表情の中に、いったい何を隠し持っているのか、それを資が察知できぬまま、さらに時尭は話続ける。
「肥前の小佐々殿と言えば麒麟児との噂、遠くここ種子島まで伝わって来ておる。九月には大友を破ったと聞いた。誠に比類なき方よの、まだ二十歳にもならぬのであろう? いやはや……して、その小佐々殿が、この種子島まではるばる何用じゃ?」
時尭は本題に入った。
「は、されば我が殿は弾正忠様と盟を結びたくお考えにございます」
「盟、だと?」
時尭は考えている。当然だ。盟を結ぶとは、相手の敵対国とも敵対するという事。下手すれば国が滅ぶ。しかし今、小佐々と敵対する大名などいるのだろうか? この盟が、石高五万にも満たない小国種子島の領主にとって、利するものなのか。
「相わかった。盟を結ぼう」。
驚くほど早い決断である。当の資もあっけにとられて、しばらく言葉が出なかった。我に返った資は時尭に確認する。
「賢明なるご決断、誠にありがとうございます。しかしながら、よろしいのでしょうか。それがしが申し上げるのもおかしな話ですが、まだ何も話しておりませぬ」
時尭は笑いながら答えた。
「わはははは! 確かにそうであるな。普通に考えれば即断はできん。しかし、わしは見てしまった。その方らの南蛮船を」。
傍らに置いてあった種子島銃を手に取り、愛おしそうに撫でながら続ける。
「話には聞いておった。齢二十に満たずして肥前を平らげ、豊前・筑前・筑後と北肥後を支配下にいれ、ついには大友も下して六カ国を支配するまでにいたった。絶対に運だけでは成し得ぬ、比類なき才能とそれを支える家臣団、そして銭と兵力がなければな。それが今、確信に変わったのだよ」
お褒めに預かり光栄にございます、と資が返す。
「十五年前に南蛮人が漂着して、この種子島を見た時、これは世の中が変わると思った。すぐさま買うて同じ様に作らせた。本来ならわしも、この種子島家も大きく、強くなるはずであった。しかし、今この状態である。時代や場所や人のせいではない。わしの器量が足りなかっただけの事、しかしの、こたびは間違いない。弾正大弼殿と盟を結ぶ事こそ、我が種子島家の将来を明るくすると確信が持てたのだ」
そう話す時尭の姿は物悲しくも見え、それでいて心のうちから湧き出てくる、明確な意志のようなものがあった。
「して資殿よ、いきなり攻守の盟でもあるまい。どのような内容と、どのような利が我らにあるのだ?」
仕切り直した時尭は、現実的で具体的な話を始めた。
「は、まずは要望にございますれば、我らは琉球と商いをしておりまする。しかしながら琉球は遠く、途中に寄港地があった方がより安全に航海ができまする。これが第一の条件にございます」。
第二は? と時尭が聞いてくる。
「まず一つ目が一番大事でございますが、二つ目は我らと通商を結んでいただきたい。三つ目は、その、攻守の盟を結んでいただきたい。考えたくはありませぬが、もし我らが島津と一戦交えるならば、ご助力願いたいのです」
「相わかった」
早い。
「攻守の盟は、その、あった方がいい、という程度であろう? 本当に島津と構えるなら、相良との盟を攻守に組み直し、伊東、肝付、禰寝、伊地知と結ぶはずじゃ、どうだ、間違っておるか?」
まさにその通りである。戦略上重要なのは航路確保であって、海を挟んでいる種子島家は、対島津の戦力としてはあまり効果はない。しかし、後方の補給基地としての機能は十分に果たせる。盟を結んでおいて損はないのだ。
しかし、種子島時尭という男、非凡である。環境に恵まれれば、もう少し勢力を拡大できたかも知れぬ。そう資は感じた。謁見が終わり、時尭と資は夕餉を共にし酒を酌み交わす。
そうして夜は更け、種子島家の未来は、新たな展開を迎える事となるのである。
「殿! 殿! 南蛮船にございます!」
近習がドタドタと音を立てながら廊下を走り、居室の板戸をたたく。
「何じゃ、騒がしい。どうしたのだ」。
失礼します、と近習は言い、戸を開ける。
「南蛮船が! 赤尾木の湊(現在の種子島北部、西之表港)の沖合に、南蛮船が見えまする!」
何!? 南蛮船じゃと!? 時尭は立ち上がり、どこじゃ、案内せい! と近習に叫び馬を用意させる。そして、その場から見えるか確認する様に庭に出て、見晴らしの良い場所から湊を眺める。見ると一隻の南蛮船が停泊している。
はっきりとは城からは見えないが、どうやら日本の船ではないようだ。時尭の頭にはある考えが浮かんだ。あれが南蛮船なら、冷え切っている島津との関係も変わるかも知れぬ。わたりをつけて、坊津へ行くよう話すのだ、と。
「よし、行くぞ。付いて参れ」。
馬をかけ、湊へいそぐ。すでに人だかりができている。群衆を押し分け、時尭は海岸へ進む。船が見える位置に立ち止まり、その壮大な姿をじっと見つめた。遠くから見ると、その船は間違いなく南蛮船のように見えた。
しかし半刻ほど見ていると、その船から小舟が出てきて岸に近づいてきた。そして時尭は何かが違う事に気づいた。小舟から降りてきたのは、南蛮人に似た格好だったが、間違いなく自分と同じ日の本の民であった。
「我々は小佐々家の一行だ! 種子島弾正忠様にお目通りを願いたい!」
なんと、その船は南蛮船ではなく、小佐々家の船だったのだ。船の装飾や船員の服装は異国風だったが、それは彼らが異国の文化を取り入れていたのだ。
「小佐々家の船だと!?」
時尭は驚き、少々興奮した声で叫んだ。そんなはずはない。日本人が南蛮船に乗っているわけがない。そのうえ自らの船だと? 嘘も休み休み言え。ありえるはずがない。造ったというのか? 自らの手で。大きさも形も、仕組みもまるで違うのだぞ。
そう思っていたのだ。しかし現実に目の前にいるのは日本人。七つ割平四つ目の家紋の旗を掲げた船なのだ。その中で唯一、直垂を着た使者は人混みの中時尭に近寄り、
「種子島家中の方であろうか。それがしは小佐々弾正大弼様の家臣、日高資と申す。弾正忠様に、お取次願いたい」
初対面である。小佐々家の使者が時尭の顔を知らないのも無理はない。時尭は笑って、
「それがしが弾正忠である。ご使者殿、参られよ」
「こ、これは失礼いたしました!」
資は深々と頭を下げる。時尭は意に介せずニコニコ笑いながら歩く。湊に来る時は馬であったが、使者がいたため徒歩で帰る。それでも十町(1km)ほどだ。城に入るなり謁見の間に通された資は、上座に正対して座って待つ。
しばらくして入ってきた時尭は直垂に着替えていた。資は居住いを正し、平伏する。時尭は上座に座って資を見る。
「それがし、小佐々弾正大弼様の家臣、日高大和守資と申します。この度は拝謁を賜り、誠にありがとう存じます」
「弾正忠である。苦しゅうない、面を上げよ」
時尭は気さくに話しかけ、資に頭を上げさせた。終始笑顔で話をしているその表情の中に、いったい何を隠し持っているのか、それを資が察知できぬまま、さらに時尭は話続ける。
「肥前の小佐々殿と言えば麒麟児との噂、遠くここ種子島まで伝わって来ておる。九月には大友を破ったと聞いた。誠に比類なき方よの、まだ二十歳にもならぬのであろう? いやはや……して、その小佐々殿が、この種子島まではるばる何用じゃ?」
時尭は本題に入った。
「は、されば我が殿は弾正忠様と盟を結びたくお考えにございます」
「盟、だと?」
時尭は考えている。当然だ。盟を結ぶとは、相手の敵対国とも敵対するという事。下手すれば国が滅ぶ。しかし今、小佐々と敵対する大名などいるのだろうか? この盟が、石高五万にも満たない小国種子島の領主にとって、利するものなのか。
「相わかった。盟を結ぼう」。
驚くほど早い決断である。当の資もあっけにとられて、しばらく言葉が出なかった。我に返った資は時尭に確認する。
「賢明なるご決断、誠にありがとうございます。しかしながら、よろしいのでしょうか。それがしが申し上げるのもおかしな話ですが、まだ何も話しておりませぬ」
時尭は笑いながら答えた。
「わはははは! 確かにそうであるな。普通に考えれば即断はできん。しかし、わしは見てしまった。その方らの南蛮船を」。
傍らに置いてあった種子島銃を手に取り、愛おしそうに撫でながら続ける。
「話には聞いておった。齢二十に満たずして肥前を平らげ、豊前・筑前・筑後と北肥後を支配下にいれ、ついには大友も下して六カ国を支配するまでにいたった。絶対に運だけでは成し得ぬ、比類なき才能とそれを支える家臣団、そして銭と兵力がなければな。それが今、確信に変わったのだよ」
お褒めに預かり光栄にございます、と資が返す。
「十五年前に南蛮人が漂着して、この種子島を見た時、これは世の中が変わると思った。すぐさま買うて同じ様に作らせた。本来ならわしも、この種子島家も大きく、強くなるはずであった。しかし、今この状態である。時代や場所や人のせいではない。わしの器量が足りなかっただけの事、しかしの、こたびは間違いない。弾正大弼殿と盟を結ぶ事こそ、我が種子島家の将来を明るくすると確信が持てたのだ」
そう話す時尭の姿は物悲しくも見え、それでいて心のうちから湧き出てくる、明確な意志のようなものがあった。
「して資殿よ、いきなり攻守の盟でもあるまい。どのような内容と、どのような利が我らにあるのだ?」
仕切り直した時尭は、現実的で具体的な話を始めた。
「は、まずは要望にございますれば、我らは琉球と商いをしておりまする。しかしながら琉球は遠く、途中に寄港地があった方がより安全に航海ができまする。これが第一の条件にございます」。
第二は? と時尭が聞いてくる。
「まず一つ目が一番大事でございますが、二つ目は我らと通商を結んでいただきたい。三つ目は、その、攻守の盟を結んでいただきたい。考えたくはありませぬが、もし我らが島津と一戦交えるならば、ご助力願いたいのです」
「相わかった」
早い。
「攻守の盟は、その、あった方がいい、という程度であろう? 本当に島津と構えるなら、相良との盟を攻守に組み直し、伊東、肝付、禰寝、伊地知と結ぶはずじゃ、どうだ、間違っておるか?」
まさにその通りである。戦略上重要なのは航路確保であって、海を挟んでいる種子島家は、対島津の戦力としてはあまり効果はない。しかし、後方の補給基地としての機能は十分に果たせる。盟を結んでおいて損はないのだ。
しかし、種子島時尭という男、非凡である。環境に恵まれれば、もう少し勢力を拡大できたかも知れぬ。そう資は感じた。謁見が終わり、時尭と資は夕餉を共にし酒を酌み交わす。
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