上 下
277 / 801
島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-

信長を震撼させた忍びの告白!宗覚という男の正体と使命

しおりを挟む
 永禄十一年 十一月一日 京都 妙覚寺

「殿、重休にございます」
 昼食の後、横になっていた信長に声をかけるのは、忍びの岩村重休である。信長は目をつむり、寝たままで返事をする。

「何用じゃ」
「は、この重休、間違いなく殿のお役に立てると思い、人を連れてまいりました。出来ますれば、お目通り願いたく存じます」

 信長は『有能』や『役に立つ』という言葉に敏感である。先進的な考えを持つとともに、保守的でもあった信長だが、合理主義者でもあった。それゆえ家柄や年功に関わらず、実績と能力があるものはどんどん登用していた。

「間違いないであろうな」
「はは」

 そう答えた信長は謁見の間で重休を待たせ、略装で部屋を出るとそのまま向かった。横になっていたせいか、いくぶん頭がすっきりしている。

「初めて御意を得まする、渡辺宗覚と申します」
「うむ、くるしゅうない、面をあげよ」

 精悍な顔立ちと体格の、四十前くらいの男である。しかし老いは感じさせない。

「重休、この男は何をした男で、何が出来るのだ」
 信長は品定めをするように宗覚を見、そして重休に向かって感情を込めずに聞く。

「は、されば殿は三月に肥前で起きた爆発事故の事はご存知でしょうか」
「知らぬ。肥前と言えば、純正の領地ではないか。それがどうかしたのか、何かあったのか?」

 信長にしてみれば遠く離れた肥前の地の爆発事故など、気にもとめないのかもしれない。そういう話があったとしても、直接織田家に関わりのある事ではないから、誰も情報としてあげてこない。

「はい、その爆発を起こした一味がこの宗覚にございます」

 何? と信長の表情が変わる。遠いとは言え親交のある大名を害する者である。
「詳しく話せ」
 と少し語気を強めて信長は重休に言う。

「はい、当時小佐々は大友と敵対しており、この宗覚は大友側の人間でした。密かに小佐々の内部に潜り込み、大砲や鉄砲その他の開発や製造に携わっておりました。そして宗麟の命により、一味を手引し爆破事件を引き起こしたのです。造船所や船着き場、鉄砲鍛冶小屋や大砲鍛冶小屋も被害を受け、船に積んである大砲も壊されました。その後は何食わぬ顔で小佐々領内を脱出し、大友領内におりましたが、この九月に大友が負け、和平を結びました。大友としては事件の黒幕が暴かれるとまずいので、宗覚を消しにかかったのでございます。そこで逃走を図り逃げておるところを、われらに助力する事を条件にそれがしが助け、こちらまで連れてきた次第にございます」

 話し始めた重休を見ながら、表情を変えずに聞いていた信長であったが、一区切りつくと重休に聞いた。

「待て、重休よ。さきほどから言っている『たいほう』とは何だ? 砲というくらいだから、鉄砲と似ているのか」

「はい、巨大な鉄砲とお考え下さい。長さが十尺(3m)、弾の重さが八百匁(3kg)あります。そしておおよそ五町飛びます。船にも載せる事が出来、合戦でも城攻めでも大いに役に立ちまする。小佐々が今まで大きな戦で負けていないのも、鉄砲とこの大砲によるものです」

 何!? 思わず信長は身を乗り出した。

「そして小佐々は、鉄砲は少なくとも三千挺は持っておりまする。また、大砲は『大筒』や『国崩し』とも呼ばれ、これも一門や二門ではありませぬ」

 信長は扇子を右手に持って左手を叩いて音を立てている。

「他には?」

 扇子を叩く音が大きくなったり小さくなったりする。

「は、船も特殊で大きゅうございます。ゆうに千石は積めるほどの大きさにて、大砲を積み兵を積み、兵糧や様々なものを運んでは大砲を撃ち、戦に使うておりまする」

 ひときわ大きく扇子を叩き、そして大きく息を吸って、言った。

「要するにあれか? 見た事もない数の鉄砲を揃え、大筒、であったか? 巨大な鉄砲を持ち、千石はあろうかという船を何隻も持っていると?」

 はい、と重休は答えた。信長はため息をついた。しかし眼光は鋭い。何かを考えているようだ。

「相わかった。他にもあるのであろう? 端的に申せ」

「はい、まるで肥前は異国の、いえ、日の本ではないようにございます。百里の道を一日で文が行き交い、民は決められた時刻に鳴る鐘と、街中に備えられた時計を見て時刻を知りまする」

 信長の顔からは、重休が話し出すと険しさが消えていく。そしてまるで、子供が新しいおもちゃを手に入れた時の様な顔になる。

「そして乗り合い馬車なるものがあり、三里の距離を半刻ほどで移動し、例えば小佐々の城下多比良より、造船所のある長崎までは十一里半ほどですが、二刻ほどで到着します。料金は十一文ほど」。

 もっと話せ、と言う顔をしている。

「あわせて、これは城下だけにござるが、二十間ごとにかがり火台が設けられ、夜でも安全に行動でき、野盗の類が減っております。また、酒や飯を供する店もあり、かなり繁盛しておりまして、濁り酒、澄酒、ぶどう酒などが一般に供されております」

 くっくっくと信長は笑い始めた。

「くっくっくっくっく! あーはっはっはっは! これはこれは、まるで理解が追いつかんが、何やらとてつもない国だというのはわかった。前々から、あの岐阜城に進物を持ってきた時から、実はそう感じておったのだ」

 重休は黙って信長の顔を見ている。

「よし、ここで聞くより、見て聞いて実際に感じた方がよかろう。互いに遊学の徒(≒交換留学生)を遣わして、小佐々の全てを見尽くしてやろうぞ。あははははは! 誰かある! 相国寺の門前町にある小佐々の大使館へ使いをだせ!」

 期待感に胸を膨らませているのがわかる。

「して重休よ、この者は、何が出来るのだ」
 信長はついでの様に、思い出したかの様に聞いた。

「はっ」
 重休は懐から二枚の紙を取り出し、信長に差し出した。途端に顔色が変わる。そしてじわじわと驚きの表情から、悪巧みを考えているような顔に変わる。

「大筒、の絵図面と、南蛮船の絵図面にございます」
 重休が短く答えると、信長はあごをさすりながら、二つの絵図面を見比べる。

「ふむ、ではこの宗覚が、大筒を作るのか?」
 重休が返事をする。

「その方、宗覚と申したな。まこと、この絵図面の通り大筒を作るのだな」
「はは、それがしそのまま真似をして、宗麟に献上いたしましゆえ、間違いございませぬ。ただ、いくぶん強度に難がございますので、改良が必要にございます」
「うむ、あいわかった。銭はいくらかかっても構わぬ。まずは一つ作れ。使えるようなら増産せよ」。

 信長はまだ船の絵図面を見ている。何やら考えているようだが、意を決して、
「よし! 船も造る! 全く同じではなくても、何百里も何千里も離れた海の彼方からやってきたのだ、すごい仕掛けに決まっている。領内の船大工を全て集めてこれをみせ、和船と何が違うのか、出来るか出来ないか知恵を絞らせよ」

 信長は小姓にその旨を知らせ、小姓はすぐさま謁見の間を出ていった。信長の対小佐々交換留学生、大砲と南蛮船建造計画が始まったのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

連れ去られた先で頼まれたから異世界をプロデュースすることにしました。あっ、別に異世界転生とかしないです。普通に家に帰ります。 ② 

KZ
ファンタジー
初めましての人は初めまして。プロデューサーこと、主人公の白夜 零斗(はくや れいと)です。 2回目なので、俺については特に何もここで語ることはありません。みんなが知ってるていでやっていきます。 では、今回の内容をざっくりと紹介していく。今回はホワイトデーの話だ。前回のバレンタインに対するホワイトデーであり、悪魔に対するポンこ……天使の話でもある。 前回のバレンタインでは俺がやらかしていたが、今回はポンこ……天使がやらかす。あとは自分で見てくれ。  ※※※  ※小説家になろうにも掲載しております。現在のところ後追いとなっております※

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

処理中です...