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島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-
技術革新と南方戦略
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永禄十一年 十月二十五日 小佐々城
「工部省からひとつ」
発言したのは、新しく工部省に配属された太田和源五郎秀政である。純正の従兄弟で、遣欧使節から戻ってからさっそく忠右衛門の目に止まり、本人の希望もあって工部省に所属している。
「申せ」
「は、三月の爆破事件の被害ですが、殿より大規模な予算と人員をいただ行き、一年と見越していた復旧が、なんとか目処が立ちました。従来どおりの活動が可能です。また、長年研究しておりました鋳造による大砲の製造ですが、既存の仏狼機砲はもとより、新型の前装砲であるカルバリン砲の製造が可能となりました。もちろん従来の鍛造砲も製造可能です。これにより、用途にあわせた大砲を使い分けられます」
おおお、と、特に陸海軍の関係者がざわめく。それ以外は、あまり関心がない。
「また、カルバリン砲より小型で威力も弱いですが、砲身を長くして炸薬を増やす事で、飛距離を延ばしたセーカー砲や、射程は短いですが、威力の大きいカノン砲も製造可能です。カルバリン砲は鋳造ゆえ、銭は鍛造の三分の一程度で済みます」
今度は大蔵省の官僚がざわめいた。それもそのはず、大砲の製造も金がかかるのだ。何でもそうだが金は無限ではない。大蔵省には各省庁から、算用の申し出が次々にある。その中から優先度を決め、金額を決めていかなければならないのだ。
「それともう一つ、気になる事がある。安経よ、ルソンの件だが、昨年のイスパニアとは別のところに、今回は寄港したそうだな」
純正が尋ねる。
「はい、さようにございます」
純正はイスパニアがルソン(フィリピン)を領有しているかと思っていたが、実はまだ一部に上陸して要塞を築いているだけだ、という事を初めて知ったのだ。
「規模と、その、賑わい具合はどうか」
純正がさらに聞く。
「それは比べるまでもありませぬ。昨年訪れたイスパニア人の街は、街と呼べるかわかりませんが、彼らしかおりませんでした。要塞を築いて拠点としておりましたが、千人もおりませぬ。せいぜい数百人程度です。対して『メニイラ』と呼ばれる街は、福建や広東から来た明人をはじめ、インドやアラビア、そして土着の民、さらには日の本の民もおりました。様々な人々がおり、数も五、六千はいたと思われます。明らかにメニイラの方が歴史があり、栄えております」
「ふむ」
純正は考えた。史実では再来年の1570年から1571年にかけて、マニラ戦争とよばれる戦争が始まる。土地と居住地の支配をかけて、ムスリムの族長たちとイスパニアで、数回に及ぶ戦闘があるのだ。どう考えても侵略だ。
イスパニア人はその後いくつかの街をつくる。さらに1574年にはイスパニア人の街を包囲していた明人の海賊軍三千人と戦闘になり、最終的には殲滅している。そしてそれから、イスパニアのフィリピン支配が始まるのだ。
「次郎兵衛よ、例えば、同じ数同じ武器であれば、イスパニアに勝てるか?」
純正は真面目に、陸軍大臣である深作次郎兵衛兼続に聞く。
「勝てる、と断言できないのが戦ですが、負けもしませぬ。われら応仁の大乱より百年、戦に戦を重ねて来ました。武芸に秀で、戦いの術に高じておる者が多数おりまする。これは一朝一夕に生まれるものではありませぬ。十分に勝ち目はございます」。
「そうか」
純正はまた、考え込む。閣僚たちはざわざわと話し込んでいたが、やがて静まり返り、純正の次の言葉を待つ。ここは考えどころだ。
香辛料の栽培が台湾や琉球、種子島や小佐々領内で実現すれば、南蛮(東南アジア。以後純正と安経、そして父政種は東南アジアで統一)から輸入する必要はなくなる。ポルトガルともイスパニアとも、今後は交易の利権で対立が始まるかもしれない。
純正が考えたのは利権もそうだが、勝てるかどうか、という算段であった。東南アジアにあるポルトガルとイスパニアの兵力が、どのくらいかという事だ。おそらく数百、二カ国あわせてかき集めても千から二千といったところだ。
海軍は強力だろうが、それでも何百隻もあるわけではない。陸軍兵ならなおさらだ。東南アジアは離れているとは言え、地の利はこちらにある。
「よし」
純正は静かに言った。
「陸軍一個旅団を等分し、半個旅団を台湾成敗、のこりの半個旅団をメニイラ滞在の駐ルソン部隊とする。良いか、この旅団はすべて既存の陸軍兵で編成せよ。海軍は当面、日の本での戦はないと想定し、一個艦隊五隻を駐ルソン艦隊とする。兵装は新型カルバリン砲とセーカー砲に、換装と改修を行え。外務省は先遣でルソンに赴き、現地の首長や交易の責任者らと会談を行え。大使館兼商館の設立と交易協定、防衛協定を結ぶのだ。練習艦隊は外務省職員と入植希望者を乗せて出港せよ。メニイラとジャワのバンテン王国、ベトナム黎朝グエン氏の富春、アユタヤとも同じ様に会談を行い、大使館兼商館を設立するのだ。良いか、あくまでも通商の正式な協定だ。南蛮人がいても攻撃はならぬ。自衛のための戦だけを許可する。すでに南蛮はメニイラの南東の島々に砦を築き要塞化している。メニイラに攻めてくるのも時間の問題だ。首長にはそれを伝えて盟を結ぶのだ」。
考えてみれば、考えてみれば、世界戦国時代だな。純正はそう思った。
その後は各省庁からそれぞれの案件に対する議題も発議され、三日目はそれに費やしたのだった。
「工部省からひとつ」
発言したのは、新しく工部省に配属された太田和源五郎秀政である。純正の従兄弟で、遣欧使節から戻ってからさっそく忠右衛門の目に止まり、本人の希望もあって工部省に所属している。
「申せ」
「は、三月の爆破事件の被害ですが、殿より大規模な予算と人員をいただ行き、一年と見越していた復旧が、なんとか目処が立ちました。従来どおりの活動が可能です。また、長年研究しておりました鋳造による大砲の製造ですが、既存の仏狼機砲はもとより、新型の前装砲であるカルバリン砲の製造が可能となりました。もちろん従来の鍛造砲も製造可能です。これにより、用途にあわせた大砲を使い分けられます」
おおお、と、特に陸海軍の関係者がざわめく。それ以外は、あまり関心がない。
「また、カルバリン砲より小型で威力も弱いですが、砲身を長くして炸薬を増やす事で、飛距離を延ばしたセーカー砲や、射程は短いですが、威力の大きいカノン砲も製造可能です。カルバリン砲は鋳造ゆえ、銭は鍛造の三分の一程度で済みます」
今度は大蔵省の官僚がざわめいた。それもそのはず、大砲の製造も金がかかるのだ。何でもそうだが金は無限ではない。大蔵省には各省庁から、算用の申し出が次々にある。その中から優先度を決め、金額を決めていかなければならないのだ。
「それともう一つ、気になる事がある。安経よ、ルソンの件だが、昨年のイスパニアとは別のところに、今回は寄港したそうだな」
純正が尋ねる。
「はい、さようにございます」
純正はイスパニアがルソン(フィリピン)を領有しているかと思っていたが、実はまだ一部に上陸して要塞を築いているだけだ、という事を初めて知ったのだ。
「規模と、その、賑わい具合はどうか」
純正がさらに聞く。
「それは比べるまでもありませぬ。昨年訪れたイスパニア人の街は、街と呼べるかわかりませんが、彼らしかおりませんでした。要塞を築いて拠点としておりましたが、千人もおりませぬ。せいぜい数百人程度です。対して『メニイラ』と呼ばれる街は、福建や広東から来た明人をはじめ、インドやアラビア、そして土着の民、さらには日の本の民もおりました。様々な人々がおり、数も五、六千はいたと思われます。明らかにメニイラの方が歴史があり、栄えております」
「ふむ」
純正は考えた。史実では再来年の1570年から1571年にかけて、マニラ戦争とよばれる戦争が始まる。土地と居住地の支配をかけて、ムスリムの族長たちとイスパニアで、数回に及ぶ戦闘があるのだ。どう考えても侵略だ。
イスパニア人はその後いくつかの街をつくる。さらに1574年にはイスパニア人の街を包囲していた明人の海賊軍三千人と戦闘になり、最終的には殲滅している。そしてそれから、イスパニアのフィリピン支配が始まるのだ。
「次郎兵衛よ、例えば、同じ数同じ武器であれば、イスパニアに勝てるか?」
純正は真面目に、陸軍大臣である深作次郎兵衛兼続に聞く。
「勝てる、と断言できないのが戦ですが、負けもしませぬ。われら応仁の大乱より百年、戦に戦を重ねて来ました。武芸に秀で、戦いの術に高じておる者が多数おりまする。これは一朝一夕に生まれるものではありませぬ。十分に勝ち目はございます」。
「そうか」
純正はまた、考え込む。閣僚たちはざわざわと話し込んでいたが、やがて静まり返り、純正の次の言葉を待つ。ここは考えどころだ。
香辛料の栽培が台湾や琉球、種子島や小佐々領内で実現すれば、南蛮(東南アジア。以後純正と安経、そして父政種は東南アジアで統一)から輸入する必要はなくなる。ポルトガルともイスパニアとも、今後は交易の利権で対立が始まるかもしれない。
純正が考えたのは利権もそうだが、勝てるかどうか、という算段であった。東南アジアにあるポルトガルとイスパニアの兵力が、どのくらいかという事だ。おそらく数百、二カ国あわせてかき集めても千から二千といったところだ。
海軍は強力だろうが、それでも何百隻もあるわけではない。陸軍兵ならなおさらだ。東南アジアは離れているとは言え、地の利はこちらにある。
「よし」
純正は静かに言った。
「陸軍一個旅団を等分し、半個旅団を台湾成敗、のこりの半個旅団をメニイラ滞在の駐ルソン部隊とする。良いか、この旅団はすべて既存の陸軍兵で編成せよ。海軍は当面、日の本での戦はないと想定し、一個艦隊五隻を駐ルソン艦隊とする。兵装は新型カルバリン砲とセーカー砲に、換装と改修を行え。外務省は先遣でルソンに赴き、現地の首長や交易の責任者らと会談を行え。大使館兼商館の設立と交易協定、防衛協定を結ぶのだ。練習艦隊は外務省職員と入植希望者を乗せて出港せよ。メニイラとジャワのバンテン王国、ベトナム黎朝グエン氏の富春、アユタヤとも同じ様に会談を行い、大使館兼商館を設立するのだ。良いか、あくまでも通商の正式な協定だ。南蛮人がいても攻撃はならぬ。自衛のための戦だけを許可する。すでに南蛮はメニイラの南東の島々に砦を築き要塞化している。メニイラに攻めてくるのも時間の問題だ。首長にはそれを伝えて盟を結ぶのだ」。
考えてみれば、考えてみれば、世界戦国時代だな。純正はそう思った。
その後は各省庁からそれぞれの案件に対する議題も発議され、三日目はそれに費やしたのだった。
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