272 / 828
島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-
小佐々家中の台湾征服計画
しおりを挟む
十月二十一日 肥前小佐々城 小佐々純正
「冗談ではない! 台湾を治める家中があるのか? 法度があるのか? あるのは文字も持たぬ首を狩る野蛮な原住民ではないか! 成敗して何が悪い!」
「我らも確かに首をとる。しかしそれは正々堂々戦った上じゃ。武器も持たぬ無垢の民百姓、女子供に手など出さぬ!」
勝行は怒り心頭である。実は、この話は豊後からの帰りの道中に聞いていた。帰りは急ぎの用事も無かったので、国東半島を回ってゆっくり陸路で帰ってきたのだ。もちろん宿泊予定の宿は事前に知らせているので、通信は随時入ってくる。
「無念、でござる。情けのうござる、それがし、それがしは……」
涙ぐみながら話すのは、旧平戸松浦の家臣、北川長助である。入植は大村や有馬の遺臣も多かったが、平戸松浦の遺臣が一番多かった。純正自身は冷遇しているつもりは無かったのだが、やはり肩身の狭い思いをしている者もいたのだろう。
練習艦隊司令籠手田安経は、帰路台湾島によった際に長介を発見し、保護したのだ。純正はご苦労であったの、つらかったであろう、と労いと慰めの言葉をかけた。ある程度予想はしていたが、それでも想定外の事態である。
入植者と同じくらいの兵を置き、防備したのだ。それが全滅に近い損害で、非戦闘員である入植者が殺されるとは。長助一人がいたとして、結果は変わらなかったであろう。おそらくは残りの百名近い死者と同じ末路を辿ったはずである。
しかし短い間でも苦楽を共にし、一緒に未来を築こうと語り合って来た仲間の死は、そう簡単に割り切れる物ではない。長介の無念は計り知れない。まずは遺族にその旨を伝え、見舞金を送る。そして葬儀も家中で費用を出して執り行う。
北川長助は、襲撃のあった日はたまたま非番の日であった。一人入植地を離れて、釣りに出かけていたのだ。釣果も無く夕刻帰ったところ、惨劇を目撃した。五十数名いた兵は全て殺され、残りの女も子供も無惨に殺されていたと言う。
『長介はそれがしが幼き時よりの友、嘘偽りなど申しませぬ』そう断言するのは、籠手田安経だ。目には怒りとも苦しみとも、悲しみともとれる感情が浮かんでいる。
「……明に聞いてみよう」
純正は言った。
「相手にされるはずがありません。彼の国の者らは、我らを日の本の一地方領主としてしか見ていません」
利三郎が応える。
「それに、明は今それどころではありませぬ。北虜南倭と呼ばれた物は、一応の収束をみております。しかしながら貿易は我らのみ禁じられておりますし、国内の統治に精一杯で、台湾まで統治が行き届いておりませぬ。存在も知らぬ、と言われるかも知ませぬ」
「原住民は『化外の民』(国家統治の及ばない者)である、と」
利三郎はさらに続けた。
「では、抗議する前に事実を確認するとしようか。台湾で我らの民が襲われ殺されたが、これ明国政府の知るところや? と。要するに、台湾は明の領土かどうかを確認するのだ」
言葉が通じぬゆえ、衝突はやむをえぬ。しかし入植者全員が殺されるとなると、話は別だ。一人二人ではないのだ。明らかな敵意を感じる。もしも明の統治下にあり、島内になんらかの統治機構があるならば、そこを通じて話をすればいい。
無いなら無法地帯であり、明確に明の領土ではない。言質を取ったわけだ。これは台湾成敗になる。
「安経よ。台湾島には何か、どこかの国の建物、家中の物の様な物はあったか?」
「は、島の南部に我らと同じ様な目的の集落を見つけましたが、無人でした。荒らされた様子で、おそらくは我らと同じ様に、襲撃を受けたのではないかと思われます」
「どこの物かわかるか?」
「ポルトガルの物ではないかと」
「ポルトガルか……」
純正は考えた。ポルトガルがしっかりと支配権を確立していれば、やがて領有を主張してくるだろう。しかし、このまま撤退すれば、明の支配が行き届いていないのであれば、我らが独占できる。先住民とは積極的に交易はしない。
どうせ意思の疎通は出来ないのだ。領地は少しずつ増やしていけば良い。まずは東南アジアへ航海するための、中継地点の能力を持たせなければ。それに確か台湾には金、銅、そして石灰石の鉱山がある。鉱物資源は有効に使わなければならない。
「ではまず、明に使者を出し、あずかり知らぬとの言質、いや正式な書面が良かろう。書面にて台湾島全域を『化外の民』の住まう島、つまり領土でない事を記させるのだ。そうすれば後腐れが無い。その後琉球にわたり、事情を説明する」
「明が納得しているのであれば、琉球も文句は言うまい。我らと通商の協定が出来たのだ、むざむざ我らを敵に回すような事はするまいて」
純正はみなの顔を見回し、確認するように話した。
「では、使者の派遣と書面の作成を急ぎましょう。明の台湾に対する立場を明確にし、我らが領有したとしても、問題ないようにする事が先決です」
と利三郎が話をまとめた。
小佐々家中は台湾を征服し、南方への足がかりとする事を心に決めた。百名の仲間の死を乗り越え、小佐々家の国力をさらに高めるために、一致団結して行く覚悟を持った瞬間でもあった。
「冗談ではない! 台湾を治める家中があるのか? 法度があるのか? あるのは文字も持たぬ首を狩る野蛮な原住民ではないか! 成敗して何が悪い!」
「我らも確かに首をとる。しかしそれは正々堂々戦った上じゃ。武器も持たぬ無垢の民百姓、女子供に手など出さぬ!」
勝行は怒り心頭である。実は、この話は豊後からの帰りの道中に聞いていた。帰りは急ぎの用事も無かったので、国東半島を回ってゆっくり陸路で帰ってきたのだ。もちろん宿泊予定の宿は事前に知らせているので、通信は随時入ってくる。
「無念、でござる。情けのうござる、それがし、それがしは……」
涙ぐみながら話すのは、旧平戸松浦の家臣、北川長助である。入植は大村や有馬の遺臣も多かったが、平戸松浦の遺臣が一番多かった。純正自身は冷遇しているつもりは無かったのだが、やはり肩身の狭い思いをしている者もいたのだろう。
練習艦隊司令籠手田安経は、帰路台湾島によった際に長介を発見し、保護したのだ。純正はご苦労であったの、つらかったであろう、と労いと慰めの言葉をかけた。ある程度予想はしていたが、それでも想定外の事態である。
入植者と同じくらいの兵を置き、防備したのだ。それが全滅に近い損害で、非戦闘員である入植者が殺されるとは。長助一人がいたとして、結果は変わらなかったであろう。おそらくは残りの百名近い死者と同じ末路を辿ったはずである。
しかし短い間でも苦楽を共にし、一緒に未来を築こうと語り合って来た仲間の死は、そう簡単に割り切れる物ではない。長介の無念は計り知れない。まずは遺族にその旨を伝え、見舞金を送る。そして葬儀も家中で費用を出して執り行う。
北川長助は、襲撃のあった日はたまたま非番の日であった。一人入植地を離れて、釣りに出かけていたのだ。釣果も無く夕刻帰ったところ、惨劇を目撃した。五十数名いた兵は全て殺され、残りの女も子供も無惨に殺されていたと言う。
『長介はそれがしが幼き時よりの友、嘘偽りなど申しませぬ』そう断言するのは、籠手田安経だ。目には怒りとも苦しみとも、悲しみともとれる感情が浮かんでいる。
「……明に聞いてみよう」
純正は言った。
「相手にされるはずがありません。彼の国の者らは、我らを日の本の一地方領主としてしか見ていません」
利三郎が応える。
「それに、明は今それどころではありませぬ。北虜南倭と呼ばれた物は、一応の収束をみております。しかしながら貿易は我らのみ禁じられておりますし、国内の統治に精一杯で、台湾まで統治が行き届いておりませぬ。存在も知らぬ、と言われるかも知ませぬ」
「原住民は『化外の民』(国家統治の及ばない者)である、と」
利三郎はさらに続けた。
「では、抗議する前に事実を確認するとしようか。台湾で我らの民が襲われ殺されたが、これ明国政府の知るところや? と。要するに、台湾は明の領土かどうかを確認するのだ」
言葉が通じぬゆえ、衝突はやむをえぬ。しかし入植者全員が殺されるとなると、話は別だ。一人二人ではないのだ。明らかな敵意を感じる。もしも明の統治下にあり、島内になんらかの統治機構があるならば、そこを通じて話をすればいい。
無いなら無法地帯であり、明確に明の領土ではない。言質を取ったわけだ。これは台湾成敗になる。
「安経よ。台湾島には何か、どこかの国の建物、家中の物の様な物はあったか?」
「は、島の南部に我らと同じ様な目的の集落を見つけましたが、無人でした。荒らされた様子で、おそらくは我らと同じ様に、襲撃を受けたのではないかと思われます」
「どこの物かわかるか?」
「ポルトガルの物ではないかと」
「ポルトガルか……」
純正は考えた。ポルトガルがしっかりと支配権を確立していれば、やがて領有を主張してくるだろう。しかし、このまま撤退すれば、明の支配が行き届いていないのであれば、我らが独占できる。先住民とは積極的に交易はしない。
どうせ意思の疎通は出来ないのだ。領地は少しずつ増やしていけば良い。まずは東南アジアへ航海するための、中継地点の能力を持たせなければ。それに確か台湾には金、銅、そして石灰石の鉱山がある。鉱物資源は有効に使わなければならない。
「ではまず、明に使者を出し、あずかり知らぬとの言質、いや正式な書面が良かろう。書面にて台湾島全域を『化外の民』の住まう島、つまり領土でない事を記させるのだ。そうすれば後腐れが無い。その後琉球にわたり、事情を説明する」
「明が納得しているのであれば、琉球も文句は言うまい。我らと通商の協定が出来たのだ、むざむざ我らを敵に回すような事はするまいて」
純正はみなの顔を見回し、確認するように話した。
「では、使者の派遣と書面の作成を急ぎましょう。明の台湾に対する立場を明確にし、我らが領有したとしても、問題ないようにする事が先決です」
と利三郎が話をまとめた。
小佐々家中は台湾を征服し、南方への足がかりとする事を心に決めた。百名の仲間の死を乗り越え、小佐々家の国力をさらに高めるために、一致団結して行く覚悟を持った瞬間でもあった。
2
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる