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九州三強と中央への目-肥前王 源朝臣小佐々弾正大弼純正-
包囲網の綻び
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九月六日 筑前岳山城下
宗像氏貞率いる第一軍はゆっくりと進軍し、城の南の連続堀切から攻めている敵の隊に徐々に近づいていく。守備専用の陣形とはいえ、まったく動けない訳ではない。城の南の攻め手までの距離は二十町ほどあったが、それが縮まっていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■※道雪・鑑速軍幕舎
「※鑑速殿!おられるか!?」
※戸次道雪は急いで鑑速の幕舎を訪れる。
「どうやら、動き出したようですね」。
まだ九月の初旬であり、暑い。汗を拭き床几に座りながら、※臼杵鑑速は動じず道雪の言葉を受ける。
「先だっての話では下手に攻撃せずに、敵の動きにあわせて変化させる、という策に決まったはずじゃ。しかし敵は城の攻め手の南側に進んでおる。我らがこのまま退きながら包囲網を動かし続ければ、いずれは攻め手の一軍とぶつかるぞ!」
両軍の軍の動きを冷静に見つめ、それを言語化する事で理解を深めようとする。道雪にとってこの状況は考えられない事態ではなかったが、声に出して鑑速に確認する事で、自らの考えをさらに確信に高めるのだ。
「道雪殿、もうお考えは決まっているのでしょう?我らの目的は城の落城。包囲網の一端、城の攻め手にぶつかる隊は左右に分け、あわせて攻め手にも東、いや東までは距離がありますゆえ、西の通路の攻め手の南側一隊に合流するように伝えるのです」。
「鈍重な敵に比べ、我らは身軽にござる。そして・・・」。
「そして?」
「その、わかっているのに答えあわせをするような聞き方は、止めてくだされ」。
まったく、このお人は、という風な呆れた顔をする鑑速であったが、道雪は意に介せず、高らかに笑う。鑑速は半ばあきらめているようにも見た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■第一軍 宗像氏貞幕舎
「申し上げます!敵包囲網、我らの進軍にあわせ後退し、さらに目標の南、攻め手に接する部隊は東西に分裂し、城の攻め手は攻撃をやめ、西側の攻城部隊に合流するため移動を開始しております!」
伝令が的確に敵の動きを伝えてくる。
さすが道雪、すぐさま行動に移すとは。さてはすでに考えておったか?
氏貞は腕を組み、次の一手を考える。
「殿、案ずる事はございませぬ」。
そう声をかけたのは、早朝の軍議で策を提示してきた吉田伯耆守である。
どういう事だ?と氏貞が聞き返すと、吉田伯耆守は続けた。
「まず、我らの進路を開けるが如く敵は二手に分かれ、城攻めの兵も二手に別れようとしております。これは、彼我に損害が無いという事です。我らはこのまま進んでも敵がおりませんので、一見何も得るものが無いようにも思えます。しかし」
しかし?一同の目が伯耆守に集まる。
「敵と我らの目的を考えればわかります。敵は岳山城を落とすために行動を起こしました。我らを殲滅するのは二の次です。そして我らもまた、岳山城を救援するために来ました。目的は敵の殲滅ではなく、城の救出、籠城を助ける、という事です」。
「どう言う事だ?禅問答の様でよくわからぬ」。
石松但馬守が当然のような顔をして聞いている。
「そうか!そういう事か!」
弟の摂津守は合点が言ったようだ。伯耆守と顔をあわせてお互いにうなずいている。
「どう言う事なのだ?申してみよ」。
氏貞は賢明に理解するために眉間にしわを寄せて考えているが、どうにもあと一歩と言うところなのだろう。
「は、されば敵の目的は城を落とす事で、我らの殲滅はおまけみたいなものです。そこで、いたずらに兵を損ねる事をやめ、城攻めに災いとなる部分のみ取り除こうとしているのです」。
「城を落とした後の事を考えて、兵の損失はさけたい。ゆえに遠巻きに我らを包囲して道を空けまする。そして我らの目標となった敵の部隊は速やかに展開し他の城攻めの部隊に合流します」。
「これによって敵は七つの攻め手のうち一つの攻め手を失う事になりますが、兵の損失はありません。もとより大軍にて全方向から攻められては圧倒的に城側に不利でございます。七つが六つに減ったとて、さして敵に影響はでませぬ」。
「時間がたてばたつほど城兵の疲労と損害は蓄積していきまする。敵はそれを狙っているのです。」
では、どうすれば良いのだ?
その場に居合わせた諸将はみな顔を見合わせて戸惑っているが、伯耆守と摂津守だけは笑顔である。許斐氏鏡や兄の石松但馬守は考え込む。中島伯耆守は弟の摂津守の方を向いて(続きをどうぞ)という顔をしている。
「では、次は私から。このまま進んで停止し、城に砲撃を加えるだけでは弾の無駄に なってしまいます。そこで隊を二つに分けまする。今は全軍が一体となり、本陣の周りに槍兵と銃兵が密集しています」。
「前方に砲兵、左翼と右翼には騎馬隊を配置して機動戦に備えています。しかし当然、騎馬のいる左翼と右翼方向は味方の騎馬がいるため射撃ができませんので死角になっています。ある意味これは仕方の無い事です」。
「ですから同数の隊、三千と三千に分け兵は同じ配分で前方と後方に配置して、騎馬兵は一隊と二隊の間に配置します。死角になるのは同じですが、四面のうち二面が死角になっているものと、一面のみが死角では格段の差がでてきます」。
「騎馬隊は同様に敵の動きにあわせて動けば良いので、どう動いても一隊の死角が二つから一つに減った状況は変わりませぬ」。
「そうして、後方に下げた第二隊ですが、そうですね、今回は西側の城攻めに対するので右回りになりますが、第一隊を中心にまわって城の西側の通路攻めの南の一隊に攻撃を仕掛けるべく動きます。時間がかかってもかまいませぬ」。
「大変ですが、これを敵の動きにあわせて行います。敵は逃げるにはさらに北側の、城の西側通路攻城部隊の中央に合流しなければなりません。反対に元に戻ろうとすれば我らの鉄砲が襲います。この様にして、城の攻め手口を七から六、六から五に減らすのです」。
「一見、何も変わらないように見ますが、実はまったく違います」。
「そもそも大軍にて全方向から攻めるというのは、一番城側にとってはやっかいな攻め方なのです。数少ない城兵を、此度で言えば七箇所に分けて配置せねばならぬゆえ、七百の城兵は百ずつしか置けぬ。それゆえ攻め手が有利になります」。
「しかし、なんとか城側がこらえているのは、深い堀切と曲輪、何重もの畝状竪堀群で、人工的に隘路をつくって一度に攻められる人数を制限しているからです。それでもいずれは力負けしましょう」。
「そこで、我らが攻め手の二つを潰す事で、百しか置けなかった守り口に、単純に百四十置けるようになりまする。数の上での劣勢は覆せませぬが、城兵に少しのゆとりと休息を与える事ができまする」。
「加えて二方向から砲撃を加えますので、助けられているという安心感と一体感も生まれます。要するにこれは、時間比べ、我慢比べなのです。三日、三日もてば殿の援軍が到着するでしょう」。
「そうすれば逆に我らが敵を半包囲し、城攻めを断念、敵を殲滅する事が可能となります」。
摂津守はゆっくりと、しかしはっきりと諸将の顔を見ながら話す。しばらくすると、おおお、と諸将が同意と感嘆の声をあげた。
どうでしょう?と言うような顔で摂津守は伯耆守を見る。それを見て(よくやった)というような満足げな顔をする伯耆守。二人には師弟関係など無かったが、まるでそのように映ったのだった。
「では、陣割りはどのようにいたす?」
氏貞が聞く。
「はい、敵の注意を分散させるため、砲、騎馬、槍、鉄砲と、まったく同数といたします。率いる将ですが、本陣に私か摂津守殿で殿をお支えいたします。その逆もありです。但馬守殿と許斐殿は、それぞれ本隊と第二隊に分かれれば良いかと」。
と伯耆守が答える。
なぜじゃ?と、石松但馬守と許斐氏鏡二人が同時に伯耆守を見るが、
「お二方とも勇猛果敢にて機を見るに敏。船頭多くして船山に上ると言うではありませぬか」。
なるほど、と妙に納得した二人であるが、弟の摂津守は伯耆守に対して、さすが、兄の性格を把握している、許斐殿も同じか、と尊敬の念を持ったのだった。
かくして二隊に分かれた氏貞軍(小佐々第一軍)は、ゆっくりながらも移動を開始し、右へ左へ、西へ東へと隊を動かしながら城攻め隊を翻弄していくのだった。
時間は刻々と過ぎていく。そうして六日の日が沈んだ。
宗像氏貞率いる第一軍はゆっくりと進軍し、城の南の連続堀切から攻めている敵の隊に徐々に近づいていく。守備専用の陣形とはいえ、まったく動けない訳ではない。城の南の攻め手までの距離は二十町ほどあったが、それが縮まっていく。
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■※道雪・鑑速軍幕舎
「※鑑速殿!おられるか!?」
※戸次道雪は急いで鑑速の幕舎を訪れる。
「どうやら、動き出したようですね」。
まだ九月の初旬であり、暑い。汗を拭き床几に座りながら、※臼杵鑑速は動じず道雪の言葉を受ける。
「先だっての話では下手に攻撃せずに、敵の動きにあわせて変化させる、という策に決まったはずじゃ。しかし敵は城の攻め手の南側に進んでおる。我らがこのまま退きながら包囲網を動かし続ければ、いずれは攻め手の一軍とぶつかるぞ!」
両軍の軍の動きを冷静に見つめ、それを言語化する事で理解を深めようとする。道雪にとってこの状況は考えられない事態ではなかったが、声に出して鑑速に確認する事で、自らの考えをさらに確信に高めるのだ。
「道雪殿、もうお考えは決まっているのでしょう?我らの目的は城の落城。包囲網の一端、城の攻め手にぶつかる隊は左右に分け、あわせて攻め手にも東、いや東までは距離がありますゆえ、西の通路の攻め手の南側一隊に合流するように伝えるのです」。
「鈍重な敵に比べ、我らは身軽にござる。そして・・・」。
「そして?」
「その、わかっているのに答えあわせをするような聞き方は、止めてくだされ」。
まったく、このお人は、という風な呆れた顔をする鑑速であったが、道雪は意に介せず、高らかに笑う。鑑速は半ばあきらめているようにも見た。
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■第一軍 宗像氏貞幕舎
「申し上げます!敵包囲網、我らの進軍にあわせ後退し、さらに目標の南、攻め手に接する部隊は東西に分裂し、城の攻め手は攻撃をやめ、西側の攻城部隊に合流するため移動を開始しております!」
伝令が的確に敵の動きを伝えてくる。
さすが道雪、すぐさま行動に移すとは。さてはすでに考えておったか?
氏貞は腕を組み、次の一手を考える。
「殿、案ずる事はございませぬ」。
そう声をかけたのは、早朝の軍議で策を提示してきた吉田伯耆守である。
どういう事だ?と氏貞が聞き返すと、吉田伯耆守は続けた。
「まず、我らの進路を開けるが如く敵は二手に分かれ、城攻めの兵も二手に別れようとしております。これは、彼我に損害が無いという事です。我らはこのまま進んでも敵がおりませんので、一見何も得るものが無いようにも思えます。しかし」
しかし?一同の目が伯耆守に集まる。
「敵と我らの目的を考えればわかります。敵は岳山城を落とすために行動を起こしました。我らを殲滅するのは二の次です。そして我らもまた、岳山城を救援するために来ました。目的は敵の殲滅ではなく、城の救出、籠城を助ける、という事です」。
「どう言う事だ?禅問答の様でよくわからぬ」。
石松但馬守が当然のような顔をして聞いている。
「そうか!そういう事か!」
弟の摂津守は合点が言ったようだ。伯耆守と顔をあわせてお互いにうなずいている。
「どう言う事なのだ?申してみよ」。
氏貞は賢明に理解するために眉間にしわを寄せて考えているが、どうにもあと一歩と言うところなのだろう。
「は、されば敵の目的は城を落とす事で、我らの殲滅はおまけみたいなものです。そこで、いたずらに兵を損ねる事をやめ、城攻めに災いとなる部分のみ取り除こうとしているのです」。
「城を落とした後の事を考えて、兵の損失はさけたい。ゆえに遠巻きに我らを包囲して道を空けまする。そして我らの目標となった敵の部隊は速やかに展開し他の城攻めの部隊に合流します」。
「これによって敵は七つの攻め手のうち一つの攻め手を失う事になりますが、兵の損失はありません。もとより大軍にて全方向から攻められては圧倒的に城側に不利でございます。七つが六つに減ったとて、さして敵に影響はでませぬ」。
「時間がたてばたつほど城兵の疲労と損害は蓄積していきまする。敵はそれを狙っているのです。」
では、どうすれば良いのだ?
その場に居合わせた諸将はみな顔を見合わせて戸惑っているが、伯耆守と摂津守だけは笑顔である。許斐氏鏡や兄の石松但馬守は考え込む。中島伯耆守は弟の摂津守の方を向いて(続きをどうぞ)という顔をしている。
「では、次は私から。このまま進んで停止し、城に砲撃を加えるだけでは弾の無駄に なってしまいます。そこで隊を二つに分けまする。今は全軍が一体となり、本陣の周りに槍兵と銃兵が密集しています」。
「前方に砲兵、左翼と右翼には騎馬隊を配置して機動戦に備えています。しかし当然、騎馬のいる左翼と右翼方向は味方の騎馬がいるため射撃ができませんので死角になっています。ある意味これは仕方の無い事です」。
「ですから同数の隊、三千と三千に分け兵は同じ配分で前方と後方に配置して、騎馬兵は一隊と二隊の間に配置します。死角になるのは同じですが、四面のうち二面が死角になっているものと、一面のみが死角では格段の差がでてきます」。
「騎馬隊は同様に敵の動きにあわせて動けば良いので、どう動いても一隊の死角が二つから一つに減った状況は変わりませぬ」。
「そうして、後方に下げた第二隊ですが、そうですね、今回は西側の城攻めに対するので右回りになりますが、第一隊を中心にまわって城の西側の通路攻めの南の一隊に攻撃を仕掛けるべく動きます。時間がかかってもかまいませぬ」。
「大変ですが、これを敵の動きにあわせて行います。敵は逃げるにはさらに北側の、城の西側通路攻城部隊の中央に合流しなければなりません。反対に元に戻ろうとすれば我らの鉄砲が襲います。この様にして、城の攻め手口を七から六、六から五に減らすのです」。
「一見、何も変わらないように見ますが、実はまったく違います」。
「そもそも大軍にて全方向から攻めるというのは、一番城側にとってはやっかいな攻め方なのです。数少ない城兵を、此度で言えば七箇所に分けて配置せねばならぬゆえ、七百の城兵は百ずつしか置けぬ。それゆえ攻め手が有利になります」。
「しかし、なんとか城側がこらえているのは、深い堀切と曲輪、何重もの畝状竪堀群で、人工的に隘路をつくって一度に攻められる人数を制限しているからです。それでもいずれは力負けしましょう」。
「そこで、我らが攻め手の二つを潰す事で、百しか置けなかった守り口に、単純に百四十置けるようになりまする。数の上での劣勢は覆せませぬが、城兵に少しのゆとりと休息を与える事ができまする」。
「加えて二方向から砲撃を加えますので、助けられているという安心感と一体感も生まれます。要するにこれは、時間比べ、我慢比べなのです。三日、三日もてば殿の援軍が到着するでしょう」。
「そうすれば逆に我らが敵を半包囲し、城攻めを断念、敵を殲滅する事が可能となります」。
摂津守はゆっくりと、しかしはっきりと諸将の顔を見ながら話す。しばらくすると、おおお、と諸将が同意と感嘆の声をあげた。
どうでしょう?と言うような顔で摂津守は伯耆守を見る。それを見て(よくやった)というような満足げな顔をする伯耆守。二人には師弟関係など無かったが、まるでそのように映ったのだった。
「では、陣割りはどのようにいたす?」
氏貞が聞く。
「はい、敵の注意を分散させるため、砲、騎馬、槍、鉄砲と、まったく同数といたします。率いる将ですが、本陣に私か摂津守殿で殿をお支えいたします。その逆もありです。但馬守殿と許斐殿は、それぞれ本隊と第二隊に分かれれば良いかと」。
と伯耆守が答える。
なぜじゃ?と、石松但馬守と許斐氏鏡二人が同時に伯耆守を見るが、
「お二方とも勇猛果敢にて機を見るに敏。船頭多くして船山に上ると言うではありませぬか」。
なるほど、と妙に納得した二人であるが、弟の摂津守は伯耆守に対して、さすが、兄の性格を把握している、許斐殿も同じか、と尊敬の念を持ったのだった。
かくして二隊に分かれた氏貞軍(小佐々第一軍)は、ゆっくりながらも移動を開始し、右へ左へ、西へ東へと隊を動かしながら城攻め隊を翻弄していくのだった。
時間は刻々と過ぎていく。そうして六日の日が沈んだ。
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