上 下
248 / 812
九州三強と中央への目-肥前王 源朝臣小佐々弾正大弼純正-

氏貞の奇策―守りながら勝つ!

しおりを挟む
九月六日 卯の三つ刻(0600) 第一軍氏貞幕舎

警戒しつつも、昨日の損害でいきなりは攻めては来ないだろうと考えた氏貞は、朝食の後、軍議の前に考え事をしていた。ひとまずは他の軍団、豊前や豊後や筑後や肥後の事は考えられなかった。

昨日は南蛮で主体となっている『てるしお』なる陣形を試してみて、上手くいった。敵の騎馬兵のうち千は屠ったであろう。しかしまだ焼け石に水。

我らの到着を知って城方の士気はあがっていようが、あの大軍に四方から間断無く攻められては、数日も持つまい。城兵は七百もおらぬのだ。なんとか今日一日、明日、明後日と、三日守れれば殿の援軍もこよう。

そんな考えを巡らせながら軍議の時間を待っていると、物見の者が走り込んできた。

「申し上げます!敵、我らを包囲しております!しかし攻撃を仕掛けるでもなく、そのまま待機し、こちらの動きを待っているようにございます!」

なんだと?
氏貞は思わす声をあげた。それが本当なら、氏貞がつくったこの陣形は意味をなさない。急いで幕舎の外に出て確認するため、四方を見渡す。道雪・鑑速軍は氏貞軍の外側二町から三町は離れた距離にいる。鉄砲は届いたとしても貫通しない距離である。しかも囲いを狭めるわけでもなく、ただ黙ってそこにあるだけなのだ。

これは?一夜にして弱点を見抜かれたのか?

氏貞は目を疑った。方陣の強みはその極限まで強めた防御力である。しかし、敵が攻めてこず、黙っているだけなら意味が無い。防御力は防御してこそ発揮されるのだ。敵を誘発し、攻めて来させてこそ力を削げる。

でなければ城兵は時間とともに不利になる。こうしてはおれぬ、軍議を開かねば。

そう思った氏貞は至急諸将を集め、軍議を開いた。

「皆、外の状況は存じておるな?敵は我らを遠巻きに包囲し、攻めるわけでもなく、ただ黙って我らを囲んでおるだけじゃ。これでは敵の兵を削ぐ事もできぬし、城兵の負担を減らす事もできぬ。なにか策は無いか?」

石松但馬守が発言した。
「殿、お許しいただけるならば、提案がございます」。
申せ、と氏貞。皆、無礼講ぞ、許しはいらぬ。忌憚の無い意見を述べよ、と続けた。

「されば、敵が動かぬのであれば、我らが攻めるのはいかがでしょう?」
「それは危険ではありませぬか?敵は我らの動きを見ています。無闇に攻撃すると罠にはまるかもしれませぬ」。
そう反論したのは弟の摂津守である。

但馬守はなおも続ける。
「だからこそ、その見え透いた罠にはまるふりをしてやろうではないか。兵の犠牲は出るだろうが、本隊は別から攻撃するのだ」。

「なるほど、一考に値する。しかし、これ以上兵の犠牲は出したくはない。無論、戦ゆえ犠牲が出るのは仕方の無い事だが、犠牲を踏まえて、となると難しい」。
氏貞は渋い表情だ。

「それは・・・」と、但馬守は反論できなかった。犠牲を覚悟で攻撃するか、あるいは他の策を探すか。二者択一である。

「それに我らのこの陣形は、防御に徹した陣形です。どうやって攻めに転じるのですか?」
摂津守は発言した。兄弟で考え方も風貌も違う。兄の但馬守は猛将。弟の摂津守は智将といったところだろうか。

「そのとおりだ。しかしそこが問題なのだ。防御に優れており我らの大きな利点となっているが、このままではただ時間が過ぎるだけだ」。
今度は許斐氏鏡が発言した。

「我らが攻めずとも、敵を誘き出したり、混乱させるような策は無いだろうか?」
と続ける。

氏貞は目をつむり、考え込む。
「それはどういう事だ?詳しく説明せよ」。

氏鏡は話し始める。
「例えば夜襲をかけ、敵の陣形や物資を混乱させるのです。さすれば敵は我らに攻撃を仕掛けざるを得なくなります。または、我らの陣営から逃げ武者が多発していると見せかけるのです。それを追わせる事で敵陣を崩します」。

「しかしそれは、部分的な攻撃にしかなりませぬし、見せかけの兵はそのまま包囲殲滅されて終わりますぞ」。
摂津守が指摘する。

「それに今は朝の卯の三つ刻(0600)、日が昇ったばかりです。日の入りまで六刻(12時間)もある。城の兵はそれまで守りきれますか?」と続ける。

「確かにそうだな」。
氏貞はうなずいた。
「日はまだ高く、長い戦いが待っている」。

「しかし、どのようにすれば敵を攻撃できるのだ?防御に徹した我らの陣形を変える事など、そう簡単にはできぬ。そしてその変更中は防御が弱くなり敵に攻め込む機会を与えてしまう」。
今度は石松但馬守(兄)だ。

「では、こうしたらどうでしょう」。
末席にいた吉田伯耆守が発言の許可を求めた。氏貞は黙ってうなずく。

「ただいま、わが陣と城までは二十町(2km)ほどあります。わが陣形は移動には適していませんが、城に向けてゆっくりでもよいから進軍するのです」。

「さすれば敵はどう出ますでしょうか?おそらく、我らが突出した部分は退き、包囲を維持したまま、我らが城に向かえば、包囲ごと城へ移動するのではないでしょうか?」   

「どういう事だ?」
氏貞はさらに聞く。

「実際にはやってみて敵の動きを見なければわかりません。しかし城へ近づく事によって敵の包囲網を城へと移動させ、城への攻撃軍と密接させるのです。そうすれば敵は混乱を避けるために、兵を左右どちらかに分けまする」。

「分けなくとも大砲の射程内ですから、そもまま砲撃すれば城の南、連続堀切から攻めている一隊を攻撃できまする。城兵は我らと力を合わせ攻め手を防げますし、またはその兵を他の曲輪に回す事もできましょう」。
伯耆守は理路整然と話す。

「しかし我々が城に近づけば、敵の鉄砲の射程に入ってしまうのではないか?」 
許斐氏鏡が当然とも言える疑問を口にする。

「それは確かに」。
氏貞は認めた。

しかし伯耆守は続ける。
「敵の鉄砲の数は知れておりまするし、城を七方向から攻めているゆえ、鉄砲隊も七つにわかれ、一隊つにつき百もありません。また、我らには大砲があります。敵の動きを見て警戒しつつ、大砲の射程に入れば、その方向にいる城攻めの敵軍を攻撃できますし、混乱している敵に鉄砲を浴びせる事ができましょう」。

伯耆守の考えは理にかなっている。  

「なるほど。我々の大砲が敵の鉄砲兵を一掃すれば、その後は我々の鉄砲兵が敵を一方的に攻撃できる。それにより、我々は城攻めの兵力を削ぎつつ敵の包囲網への対処もできる」。

「あいわかった。その策でいこう。我々は全力を尽くして敵の注意を引きつけ、城の兵たちのために時間を稼ぐ。そして、我々の大砲が敵の鉄砲兵を一掃すれば、その後は我々の鉄砲兵が敵を一方的に攻撃できる。これこそが我々の勝利の道だ」。

皆のもの、異論は無いか?と氏貞は周りを見回し、反論が無いのを確認して軍議を終了した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

異世界でホワイトな飲食店経営を

視世陽木
ファンタジー
 定食屋チェーン店で雇われ店長をしていた飯田譲治(イイダ ジョウジ)は、気がついたら真っ白な世界に立っていた。  彼の最後の記憶は、連勤に連勤を重ねてふらふらになりながら帰宅し、赤信号に気づかずに道路に飛び出し、トラックに轢かれて亡くなったというもの。  彼が置かれた状況を説明するためにスタンバイしていた女神様を思いっきり無視しながら、1人考察を進める譲治。 しまいには女神様を泣かせてしまい、十分な説明もないままに異世界に転移させられてしまった!  ブラック企業で酷使されながら、それでも料理が大好きでいつかは自分の店を開きたいと夢見ていた彼は、はたして異世界でどんな生活を送るのか!?  異世界物のテンプレと超ご都合主義を盛り沢山に、ちょいちょい社会風刺を入れながらお送りする異世界定食屋経営物語。はたしてジョージはホワイトな飲食店を経営できるのか!? ● 異世界テンプレと超ご都合主義で話が進むので、苦手な方や飽きてきた方には合わないかもしれません。 ● かつて作者もブラック飲食店で店長をしていました。 ● 基本的にはおふざけ多め、たまにシリアス。 ● 残酷な描写や性的な描写はほとんどありませんが、後々死者は出ます。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...