133 / 801
九州三強と中央への目-肥後の相良と阿蘇、そして北肥後国人衆-
波多親の将来 十四箇条の定め
しおりを挟む
永禄九年 正月 岸岳城 沢森利三郎
主殿上座に座っている波多三河守は、震えているのを見せない様に、必死に堪えている。無理もない。われらが殿より若いのだ。おおかたろくでもない奸臣にそそのかされて出兵したのであろう。しかし、責任は取ってもらわねばならぬ。
「利三郎とやら、なにか用件があって参ったのであろう。早う申せ。」
参った。なぜこうも名家意識の強い方々は上からなんだろうか。重臣有浦大和守高が催促する。
「用件も何も、三河守様におかれましては昨年末、われらの盟友である伊万里兵部大輔様の桃川城に攻め入り、さらには伊万里城までせまりたるはいかなる所存か?盟を反故にし、われらに敵対する意思明白とお見受けするが、いかに?」
「これは異な事を申される。国境を侵したのは伊万里のほうではないか。」
「なんと?」
「われらその報を聞き、ただちに兵を整え向かったところ、聞けば、現地の百姓が確かに兵が通り過ぎるのを見たと申すではないか。桃川城のある桃川村の東、本部村はわが領地ぞ。」
「なにを馬鹿な!その様な誤解が生じぬよう、国境の村を通る事は事前に通達いたしておったであろう。」
「それに本部村は武雄の後藤様の領地だと思っておったが、いつから波多様の領地になったのだ?しかもお主らは自分の目でわれらが兵を見たわけでもなかろう?」
わしは詰め寄る。
「誰が見たか見ないか、は大事ではござらぬ。要は入ったか入ってないか?でござる。本部村に入ったのが事実であれば、そなたらがわれらの国境を侵した事に他ならぬ。」
「事の真偽も確かめず、不可侵の盟の相手であり、しかも手切之一札もなしにござるか?あまりに性急にござる。事実伊万里城下での戦いで、こちらも大勢の死人がでております。」
わしは呆れて物が言えなかった。
「それは、こちらも同じ事。」
と大和守。
ダメだ。話が噛み合わぬ。堂々巡りだ。伊万里城下まで攻め入っておいて、こちらが悪いだと?確かに本部村の領有権に関しては、後藤様と波多で何年にも渡って奪い合いが続いておったときく。
後藤様は不可侵には入っておらぬので、この問題とは無関係だ。仕方がない、最後の手段といくか。
「わかり申した。では、そちらは何があっても譲らぬ、このまま、なにも変わらず現状のまま、でよろしいか?」
「それでいい。最初からそう言っておるではないか。では、この件はこれで終いだな。」
「本当にそれでよろしいので?本当ですか?」
「くどい!よいと申しておろうが!!」
有浦大和守高が声を荒らげる。
「わかりました。では、壱岐の国(元波多領)の件はそのままで。」
大和守はしばらく考えた後に、しまった!という顔をしている。
「今、壱岐国は宗讃岐守様が治めていらっしゃる。讃岐守様は、先だってわれらと攻守の盟を結び申した。もし誰かが、壱岐国をかすめ取ろうなどといたしたなら、われらは全力で排除いたす。」
「また、今のままで、ならば、われらとその方ら、兵部大輔様とその方らの不可侵の盟は破られておる。しかしてそのうち兵部大輔様が波多領に攻め入るであろう。無論、われらもご助力いたす。どこに助けを求めまするか?誰もおりませぬぞ。」
「ま、待て。その方の言い分ようわかった。今しばらく考えるゆえ・・・。」
「いえ、考えていただかなくても結構にござる。もう決まった事ゆえ。それがしこれから戻り、わが殿にそのままお伝え致す。波多、一戦も辞さず、と。」
「いや、だから、待ってくれと申しておろう!」
腕を掴んできたぞ、こやつ。
「だまらっしゃい!!あろう事か幼き主君をたぶらかし、龍造寺の甘言にのって彼我の戦力を比べる事もなく、状況も考えずに兵を出した。そして敗けた上に我関せずとはこれいかに!!」
腕を振りほどくと、ひいいいっと言う情けない声とともに、大和守は手を離し尻餅をつく。わしは大和守をきっと睨みつけ、そのまま視線を三河守様へ向ける。
「三河守様、話を進めてよろしいでしょうか?」
上座の三河守様は震えてうなずく。
一つ、壱岐国は宗讃岐守が治る事
一つ、伊万里城下に兵二千を常駐させ、随時増減し、事態に対応させる事
一つ、大和守は隠居、政の一線から退く事
一つ、小佐々の行政顧問団を常駐させ、政は一切相談の事
一つ、波多家中、家臣総じて他家との婚儀の際は、必ず小佐々の許しを得る事
一つ、本部村は武雄後藤氏の領有とする
一つ、小佐々領内諸法度を守らせる事
一つ、これまでの外交文書は無効とし、新たに協議の上作成する事
一つ、家臣の知行・俸祿は勝手に決めない事
一つ、全ての訴訟において勝手に行わない事
一つ、年貢の徴収・分配・利用も一切顧問団に任せる事
一つ、新たに法を定める事を禁ず
一つ、賠償として月五百貫を小佐々に十年にわたって支払う事
一つ、暇を願う者はこれを許し、望む者は小佐々が召し抱える事
こうして波多領の保護国化がはじまった。
主殿上座に座っている波多三河守は、震えているのを見せない様に、必死に堪えている。無理もない。われらが殿より若いのだ。おおかたろくでもない奸臣にそそのかされて出兵したのであろう。しかし、責任は取ってもらわねばならぬ。
「利三郎とやら、なにか用件があって参ったのであろう。早う申せ。」
参った。なぜこうも名家意識の強い方々は上からなんだろうか。重臣有浦大和守高が催促する。
「用件も何も、三河守様におかれましては昨年末、われらの盟友である伊万里兵部大輔様の桃川城に攻め入り、さらには伊万里城までせまりたるはいかなる所存か?盟を反故にし、われらに敵対する意思明白とお見受けするが、いかに?」
「これは異な事を申される。国境を侵したのは伊万里のほうではないか。」
「なんと?」
「われらその報を聞き、ただちに兵を整え向かったところ、聞けば、現地の百姓が確かに兵が通り過ぎるのを見たと申すではないか。桃川城のある桃川村の東、本部村はわが領地ぞ。」
「なにを馬鹿な!その様な誤解が生じぬよう、国境の村を通る事は事前に通達いたしておったであろう。」
「それに本部村は武雄の後藤様の領地だと思っておったが、いつから波多様の領地になったのだ?しかもお主らは自分の目でわれらが兵を見たわけでもなかろう?」
わしは詰め寄る。
「誰が見たか見ないか、は大事ではござらぬ。要は入ったか入ってないか?でござる。本部村に入ったのが事実であれば、そなたらがわれらの国境を侵した事に他ならぬ。」
「事の真偽も確かめず、不可侵の盟の相手であり、しかも手切之一札もなしにござるか?あまりに性急にござる。事実伊万里城下での戦いで、こちらも大勢の死人がでております。」
わしは呆れて物が言えなかった。
「それは、こちらも同じ事。」
と大和守。
ダメだ。話が噛み合わぬ。堂々巡りだ。伊万里城下まで攻め入っておいて、こちらが悪いだと?確かに本部村の領有権に関しては、後藤様と波多で何年にも渡って奪い合いが続いておったときく。
後藤様は不可侵には入っておらぬので、この問題とは無関係だ。仕方がない、最後の手段といくか。
「わかり申した。では、そちらは何があっても譲らぬ、このまま、なにも変わらず現状のまま、でよろしいか?」
「それでいい。最初からそう言っておるではないか。では、この件はこれで終いだな。」
「本当にそれでよろしいので?本当ですか?」
「くどい!よいと申しておろうが!!」
有浦大和守高が声を荒らげる。
「わかりました。では、壱岐の国(元波多領)の件はそのままで。」
大和守はしばらく考えた後に、しまった!という顔をしている。
「今、壱岐国は宗讃岐守様が治めていらっしゃる。讃岐守様は、先だってわれらと攻守の盟を結び申した。もし誰かが、壱岐国をかすめ取ろうなどといたしたなら、われらは全力で排除いたす。」
「また、今のままで、ならば、われらとその方ら、兵部大輔様とその方らの不可侵の盟は破られておる。しかしてそのうち兵部大輔様が波多領に攻め入るであろう。無論、われらもご助力いたす。どこに助けを求めまするか?誰もおりませぬぞ。」
「ま、待て。その方の言い分ようわかった。今しばらく考えるゆえ・・・。」
「いえ、考えていただかなくても結構にござる。もう決まった事ゆえ。それがしこれから戻り、わが殿にそのままお伝え致す。波多、一戦も辞さず、と。」
「いや、だから、待ってくれと申しておろう!」
腕を掴んできたぞ、こやつ。
「だまらっしゃい!!あろう事か幼き主君をたぶらかし、龍造寺の甘言にのって彼我の戦力を比べる事もなく、状況も考えずに兵を出した。そして敗けた上に我関せずとはこれいかに!!」
腕を振りほどくと、ひいいいっと言う情けない声とともに、大和守は手を離し尻餅をつく。わしは大和守をきっと睨みつけ、そのまま視線を三河守様へ向ける。
「三河守様、話を進めてよろしいでしょうか?」
上座の三河守様は震えてうなずく。
一つ、壱岐国は宗讃岐守が治る事
一つ、伊万里城下に兵二千を常駐させ、随時増減し、事態に対応させる事
一つ、大和守は隠居、政の一線から退く事
一つ、小佐々の行政顧問団を常駐させ、政は一切相談の事
一つ、波多家中、家臣総じて他家との婚儀の際は、必ず小佐々の許しを得る事
一つ、本部村は武雄後藤氏の領有とする
一つ、小佐々領内諸法度を守らせる事
一つ、これまでの外交文書は無効とし、新たに協議の上作成する事
一つ、家臣の知行・俸祿は勝手に決めない事
一つ、全ての訴訟において勝手に行わない事
一つ、年貢の徴収・分配・利用も一切顧問団に任せる事
一つ、新たに法を定める事を禁ず
一つ、賠償として月五百貫を小佐々に十年にわたって支払う事
一つ、暇を願う者はこれを許し、望む者は小佐々が召し抱える事
こうして波多領の保護国化がはじまった。
2
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ!
人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。
学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。
しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。
で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。
なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる