上 下
118 / 801
従属と抵抗 九州三強への岐路- 従属・同盟・連立-

第114話 藤原千方と空閑三河守

しおりを挟む
 筑前国 博多 藤原千方

 ある時は虚無僧、ある時は商人、またある時は山伏、そして能楽師にほうか師(手品師)

 さまざまな姿に変化しては敵の情報を集めたり撹乱かくらんをする。それがわしの仕事。今日のわしは商人の大村屋長兵衛だ。

 さすが博多はにぎわいがある。小佐々の町も賑わってはいるが、この町の賑わいはまた独特だ。商人が独立独歩の気概をもっている。それがこの町の賑わいの源になっているのだろうか。

 暑い夏のさかり、流れ落ちる汗を手拭いで拭いながら、ふと目をやると、なにやら人々がざわついている。普段の町の喧騒けんそうとは違って、少しだけ殺伐としている。

「ずいぶんと騒がしくなりました。なんでも豊前の国の杉様や、山鹿の麻生様が戦の準備を始めているそうではありませんか。いや、戦は嫌いです。しかし私は商人ですからね。求められれば売りますし、買いたいという人がいればそこに行く。情報は命でございます。違いますか? あなたも商人でしょう?」

 わしの隣に座って、汗一つかかずに茶をすすっている男がいる。この男はいったい何者だ? 聞いてもいないのに、見ず知らずのわしによくしゃべる。

「なるほど確かにそうですな。それで豊前の衆や筑前の衆が大友様に逆らって、勝てまするか?」

 無視するのも変なので、適当に返す。

「さあ、わたしは商人ですから、戦の事はわかりません。しかし、いかに大友様とはいえ、周防の毛利様が攻めてくれば、なかなかにてこずるのではないでしょうか?」

「毛利も攻めてくるんですか?」

 商人なのに、よく知っているな。本当に何者だ?

「いや、そういう噂があるって事だけです。でも、ここいらで謀反の動きがあれば、九州に手を伸ばしている毛利が黙っているとも思えませんがね」

 確かにその通りだ。機に乗じる。毛利か国人か、どっちが先なんてあまり関係がない。

「ふむう。それでその戦とこの博多の町と、どんな関係があるんです?」

 わしはこの男に聞いてみた。

「あなた、博多は初めてですか?」

「ええ、そうですね」

 本当は何度か来た事があったが、初めてだという事にしておこう。

「博多の町は御覧の通り、九州で一番栄えている港町です。日ノ本でも指折りの港町でしょう。それゆえ我こそは、とその利権に群がってくるのです。そして、敗れた者は、相手に渡すくらいなら、という事で奪いつくして焼き払うのです」

 男は得意げに話し続ける。

「これまで何度も、博多の町は同じ目にあいました。永禄二年、六年前の筑紫惟門の襲撃もそうです。しかしまた、民が立ち上がって、今の町を作り上げたのです。天然の良港、そして太古の昔から大陸との交易で栄えたという風土が、そうさせるのかもしれません」

「お詳しいですね。しかしここは今、立花山城の立花鑑載様が治めていらっしゃる。そうそう物騒な事にはならないのでは?」

 わしはまた、その物知りに聞いた。

「そうですね。まあ、何もなければねえ。ああ、そうそう。申し遅れました、私三河屋森之助と申します」

「これは失礼。私は大村屋長兵衛と申します」

「そんなにかしこまる事もありませんよ。わたしなぞ、やる事もなくただ暇にしている者です。ねえ、千方どの」

 ! 瞬間、わしは飛び上がり後ずさった。

 抜かった! 何者だ! 仲間は? どこにいる? あたりを見回したが、それらしい気配はない。どうやら一人のようだ。周囲に仲間の気配がない事を確認し、もう一度男の方を見た。

 しかし、すでに男の姿はない。

 まるで夢でも見ていたかのように、ただ騒がしい人々の声が聞こえるだけだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...