305 / 312
第302話 『厚顔無恥と知らぬ存ぜぬ』
しおりを挟む
文久二年十月二十八日(1862年12月19日) 横浜 イギリス公使館 <エドワード・セント・ジョン・ニール>
どうする? どうする? どうする?
上海からの当事者始末の報告とその信憑性の疑わしさ。もし生きていれば、狙われた事を恨んで証言をするだろう。そうでなくても、脅されて証言するかもしれない。
それにもう1人、上海の領事館の職員だが、この男は今回の事件とは直接は関係がない。しかし、日本側が保護しているということは、有利に運べる材料として考えているのだろう……。
いや、待て待て、オレがいま考えなければならないことは、オレ自身の行動の正当性だ。そして母国イギリスの事件における無関与と、当初どおりの主張だ。
……オレのこの交渉における発言と行動、これはまったく問題ない。与えられた情報のなかで、国益を第1優先に考えての事だ。上海に伝えた要望にしたってそうだ。
オレは駐日代理公使、そして相手は上海の駐清上海領事だ。代理公使と領事で立場はオレの方が上だが、他国における在外公館の領事であるから、オレに命令権はない。
それにオレは、疑わしき2人の身柄の確保を命じただけで、始末しろなどとは言っていない。なぜ危害を加え殺したのだ? しかも殺し損ねて生きている。
『適切に処理』して欲しいと要望しただけで、『始末しろ』など依頼していない。
よし、これでオレの行動に関しては正当性が保てる。
それにしたって、ヤツらが何を言おうが、それが正しいなど立証できないのだから。……第一、本当にイギリスが関与したかどうかもわからない。オレは関わってないんだから。
当然ながらイギリスは関与していない、と今まで通り主張できる。仮にオールコック前任公使が裏で糸を引いていたとしても、それを立証などできないし、オレ個人もそんな話は聞いたことがない。
『なかなか日本は手強い。上手いこといきませんね』
『なに、行かなければ行くように仕向ければいいだけのこと。あとはそういう考えでお願いしますよ』
たったこれだけだ。
何の事なのかさっぱりわからない。強気で交渉しろ、とも取れるし、やり方を変えろとも言える。いずれにしても生麦事件のような強硬手段など、誰が考えつくだろうか。
考えついたとしても、実行はしない。
ならば結論は1つ。
知らぬ存ぜぬで通すのみ。
■公使館 会談室
「早速ですが、交渉を始めましょう」
同席者はこれまで同様大老の安藤信正、大村藩主の大村純顕、そして事実上の全権となっている太田和次郎左衛門である。
「今回の生麦事件について、貴国政府の責任は重大です。我々は貴国に公式な謝罪と、関係者の処罰、そして賠償金の支払いを求めます」
次郎の言葉は、静かだが力強い。
ニールはまるで、ふっきれたかのように冷静である。少なくとも感情を表にださず、無表情である。
「今回の事件は誠に遺憾であり、深くお詫び申し上げます。しかしそれは、我が国の国民が貴国の領主に対して行った、貴国の慣習に従わない無礼な態度に関してであり、すでに謝罪は終わっています。この上なにを我が国が謝罪するのですか?」
ニールは静かに、しかし毅然とした態度でそう言った。その言葉に次郎は少し驚いたようだったが、すぐに切り返した。
「確かに既に謝罪を受け入れました。しかし、今回の交渉の主題はそこではありません。我々が問題視しているのは、貴国政府が、この事件を意図的に引き起こしたという点です」
次郎は鋭い視線でニールを見据えた。
「どういう意味ですか?」
まったく表情は変わらない。
人間、嘘をつけば言葉や仕草にその特徴が表れる。男と女で違いはあるが、典型的なものでは目をそらしたり、多弁になったりという事だ。
しかしニールにはまったくそれが感じられない。
なぜか?
客観的にはどう考えても嘘ではあるが、本人が嘘をついているという認識がなく、本当だと信じている場合は、まったく読み取れない。この時のニールがそれに近かった。
立証できるはずがない、納得させられるはずがない、と心の底から信じていたのだ。
「とぼけるのはよしましょう、ニール公使。我々は既に事件の真相を掴んでいます。貴国の前公使オールコック殿の指示、発砲の経緯、上海への逃亡、そして紅幇による工作員の殺害。全てが貴国の陰謀だったのです」
次郎は淡々と事実を述べた。
「はて……どこにそのような証拠があるんですか?」
ニールは当然のように否定した。
「証拠はあります」
次郎は静かに言った。そしてビル・スレイターの証言録取書や彦馬が撮影した写真、目撃者の証言をニールに提示したのだ。
ニールはじっくりと、ゆっくりその書類を読み、答える。
「……ふむ。それで……? なるほど、ビルという男、はて、2人と聞いておりましたが……。なるほどなるほど、上海でそんな事件が……。ほうほう、この写真は……写真機を持ち運べるとは……。これは本当に写真なのですか? それにこの目撃証言も、そうですか、としか言いようがない」
ニールはブツブツとつぶやいた。
「これが、我が国政府の関与とどう関係が?」
開き直りやがった!
次郎は心の奥で叫んだ。
次郎は怒りを抑え、冷静にニールに語りかける。
「ニール公使、貴殿は本当に理解していないのですか? ビル・スレイターは貴国前公使オールコックの指示で今回の事件を起こしたと証言しています。彼が上海へ逃亡したのも、貴国公使館の指示があったからでしょう。紅幇を使った工作員の殺害も、貴国が裏で糸を引いていたはずです。これらの証拠を突きつけられてなお、貴国政府の関与を否定するのですか?」
「……確かに、ビル・スレイターという男が、我が国の前公使オールコックの指示で事件を起こしたと証言していることは理解しました」
ニールは次郎の言葉にひるむことなく平然と答え、続ける。
「しかしそれは彼の個人的な行動であり、我が国政府は一切関与していません。上海への逃亡や、紅幇を使った工作員の殺害についても同様です。証拠がない以上、貴国の主張はただの憶測に過ぎません。その証拠にあなたは今、『~はずです』と仰った。タラレバで物事を語られたらたまらない」
次郎はニールの言葉に反論しようと口を開きかけたが、一度言葉をのみ込んだ。そして少し間を置いてから、異なる角度から切り込むことにした。
「ニール公使、では、この写真の人物は誰でしょうか?」
次郎は彦馬が撮影した、生麦事件当日に現場に居合わせたパーシーとビルの写真を改めてニールに突きつけた。
ニールは写真を見つめ、しばらく沈黙した後、答えた。
「……知りません。面識はありませんね。欧米人のようですが、イギリス人ですか?」
「……そうですか。では、この写真に写っている男たちが、事件直後に貴国の船で上海へ逃亡したという目撃証言についてはどう説明されますか?」
次郎はたたみかけるように尋ねるが、ニールは微動だにしない。写真である。目撃者が嘘をついている可能性もなきにしもあらずだが、そのメリットがない。
少なくとも似顔絵や言葉によって姿形を伝えたわけではない。目撃者が嘘をついていなければ、それは限りなく事実だ。
「……どう説明、と言われても、なぜ説明しなければならないのか理解不能です。その目撃証言自体も貴国が提出しただけで、証拠の信憑性については認めていない。たまたま同じような風貌の人物が上海行きの船に乗っていた、という事も十分考えられる」
つまりニールは、暗にでっちあげを示唆していたのだ。
「偶然? では、その人物たちが上海で紅幇に殺害されたことについても偶然だと?」
「……! まさか……殺害されたのですか? それはお気の毒に……。しかし今回の事件とは無関係では?」
あくまでシラを切るつもりだな。そう次郎は思った。通訳を介して信正と純顕にも伝わり、2人は不快感をあらわにする。
「Mr.太田和、私は事実しか述べておりません。貴国がどのような証拠を提示しようと、我が国政府の関与を証明することはできないでしょう」
ニールの厚顔無恥な態度に、次郎はもはや言葉も出なかった。彼は静かに立ち上がり、ニールに向き直って言った。
「ニール公使、貴殿の態度は理解しました。それではもはやこれ以上、貴殿と交渉する意味はありません。では、各国の公使・領事館ならびに報道各社に全てを公表いたします。問題ありませんね?」
その直後、安藤信正が次郎に言った。
「蔵人よ、それは昨日そなたが言っていた事と逆の事となろう。国内にイギリス憎し、攘夷決行すべしとの気運が高まってしまうぞ」
「御大老様、事ここにいたっては致し方ございませぬ。イギリスが要求を呑まないのであれば、まずはそれに処さねばなりませぬ。国内はしかと説明を行い、ひとえにイギリスの蛮行であると、他の国と一緒にするでないと説かねばなりますまい」
「次郎の言う事も、もっともにございます。ここでイギリスの要求を呑んだのならば、いずれにしろ御公儀の弱腰と非難されましょう。またイギリスも刃を納めず、我が国に対して賠償を求め続けましょう。なんの解決にもなりませぬ」
純顕が間に入って補足した。
「Mr.太田和、こうしてはどうでしょう。不幸にして起きた事件ですが、私は代理ではありますが公使として全権をもって交渉と、それから事実解明のために清国にも依頼をだしました。しかし、すでに事態は私が個人的に決定できる範疇を超えています。時間はかかりますが、現時点の状況を本国に伝え、その上で本国の正式見解に基づいて交渉を行う、というのはいかがでしょうか」
「なるほど、ニール公使、それは……さきほど私が言った各国公使・領事館への通達と各国新聞社への公表は、やっても構わないという前提でしょうか」
ニールは考え込んでいたが、こう答えた。
「それは、あくまでその人物がそう言っている、その目撃者がこう言っている、という表現なら仕方ないでしょう。しかしあたかもそれが真実で、我が国が嘘をついているように取られるものならば、容認できません。言っているという事実はあっても、やったと言う事実と同義ではありませんから」
それを言ってしまえば、話がまったく前に進まない。
次郎はイギリス側の対応として、そうするであろうと予測はしていた。
日本側の基本的な要求は変わらないとしても、本国の判断になるならば早いほうがいい。
在外公館とメディアへの公表は含みのある言い方であったが、次郎は信正に相談し、許しをえてイギリスの提案にのることにした。
次回予告 第303話 『島津久光は謝らない。そして生麦事件の公式記者会見』
どうする? どうする? どうする?
上海からの当事者始末の報告とその信憑性の疑わしさ。もし生きていれば、狙われた事を恨んで証言をするだろう。そうでなくても、脅されて証言するかもしれない。
それにもう1人、上海の領事館の職員だが、この男は今回の事件とは直接は関係がない。しかし、日本側が保護しているということは、有利に運べる材料として考えているのだろう……。
いや、待て待て、オレがいま考えなければならないことは、オレ自身の行動の正当性だ。そして母国イギリスの事件における無関与と、当初どおりの主張だ。
……オレのこの交渉における発言と行動、これはまったく問題ない。与えられた情報のなかで、国益を第1優先に考えての事だ。上海に伝えた要望にしたってそうだ。
オレは駐日代理公使、そして相手は上海の駐清上海領事だ。代理公使と領事で立場はオレの方が上だが、他国における在外公館の領事であるから、オレに命令権はない。
それにオレは、疑わしき2人の身柄の確保を命じただけで、始末しろなどとは言っていない。なぜ危害を加え殺したのだ? しかも殺し損ねて生きている。
『適切に処理』して欲しいと要望しただけで、『始末しろ』など依頼していない。
よし、これでオレの行動に関しては正当性が保てる。
それにしたって、ヤツらが何を言おうが、それが正しいなど立証できないのだから。……第一、本当にイギリスが関与したかどうかもわからない。オレは関わってないんだから。
当然ながらイギリスは関与していない、と今まで通り主張できる。仮にオールコック前任公使が裏で糸を引いていたとしても、それを立証などできないし、オレ個人もそんな話は聞いたことがない。
『なかなか日本は手強い。上手いこといきませんね』
『なに、行かなければ行くように仕向ければいいだけのこと。あとはそういう考えでお願いしますよ』
たったこれだけだ。
何の事なのかさっぱりわからない。強気で交渉しろ、とも取れるし、やり方を変えろとも言える。いずれにしても生麦事件のような強硬手段など、誰が考えつくだろうか。
考えついたとしても、実行はしない。
ならば結論は1つ。
知らぬ存ぜぬで通すのみ。
■公使館 会談室
「早速ですが、交渉を始めましょう」
同席者はこれまで同様大老の安藤信正、大村藩主の大村純顕、そして事実上の全権となっている太田和次郎左衛門である。
「今回の生麦事件について、貴国政府の責任は重大です。我々は貴国に公式な謝罪と、関係者の処罰、そして賠償金の支払いを求めます」
次郎の言葉は、静かだが力強い。
ニールはまるで、ふっきれたかのように冷静である。少なくとも感情を表にださず、無表情である。
「今回の事件は誠に遺憾であり、深くお詫び申し上げます。しかしそれは、我が国の国民が貴国の領主に対して行った、貴国の慣習に従わない無礼な態度に関してであり、すでに謝罪は終わっています。この上なにを我が国が謝罪するのですか?」
ニールは静かに、しかし毅然とした態度でそう言った。その言葉に次郎は少し驚いたようだったが、すぐに切り返した。
「確かに既に謝罪を受け入れました。しかし、今回の交渉の主題はそこではありません。我々が問題視しているのは、貴国政府が、この事件を意図的に引き起こしたという点です」
次郎は鋭い視線でニールを見据えた。
「どういう意味ですか?」
まったく表情は変わらない。
人間、嘘をつけば言葉や仕草にその特徴が表れる。男と女で違いはあるが、典型的なものでは目をそらしたり、多弁になったりという事だ。
しかしニールにはまったくそれが感じられない。
なぜか?
客観的にはどう考えても嘘ではあるが、本人が嘘をついているという認識がなく、本当だと信じている場合は、まったく読み取れない。この時のニールがそれに近かった。
立証できるはずがない、納得させられるはずがない、と心の底から信じていたのだ。
「とぼけるのはよしましょう、ニール公使。我々は既に事件の真相を掴んでいます。貴国の前公使オールコック殿の指示、発砲の経緯、上海への逃亡、そして紅幇による工作員の殺害。全てが貴国の陰謀だったのです」
次郎は淡々と事実を述べた。
「はて……どこにそのような証拠があるんですか?」
ニールは当然のように否定した。
「証拠はあります」
次郎は静かに言った。そしてビル・スレイターの証言録取書や彦馬が撮影した写真、目撃者の証言をニールに提示したのだ。
ニールはじっくりと、ゆっくりその書類を読み、答える。
「……ふむ。それで……? なるほど、ビルという男、はて、2人と聞いておりましたが……。なるほどなるほど、上海でそんな事件が……。ほうほう、この写真は……写真機を持ち運べるとは……。これは本当に写真なのですか? それにこの目撃証言も、そうですか、としか言いようがない」
ニールはブツブツとつぶやいた。
「これが、我が国政府の関与とどう関係が?」
開き直りやがった!
次郎は心の奥で叫んだ。
次郎は怒りを抑え、冷静にニールに語りかける。
「ニール公使、貴殿は本当に理解していないのですか? ビル・スレイターは貴国前公使オールコックの指示で今回の事件を起こしたと証言しています。彼が上海へ逃亡したのも、貴国公使館の指示があったからでしょう。紅幇を使った工作員の殺害も、貴国が裏で糸を引いていたはずです。これらの証拠を突きつけられてなお、貴国政府の関与を否定するのですか?」
「……確かに、ビル・スレイターという男が、我が国の前公使オールコックの指示で事件を起こしたと証言していることは理解しました」
ニールは次郎の言葉にひるむことなく平然と答え、続ける。
「しかしそれは彼の個人的な行動であり、我が国政府は一切関与していません。上海への逃亡や、紅幇を使った工作員の殺害についても同様です。証拠がない以上、貴国の主張はただの憶測に過ぎません。その証拠にあなたは今、『~はずです』と仰った。タラレバで物事を語られたらたまらない」
次郎はニールの言葉に反論しようと口を開きかけたが、一度言葉をのみ込んだ。そして少し間を置いてから、異なる角度から切り込むことにした。
「ニール公使、では、この写真の人物は誰でしょうか?」
次郎は彦馬が撮影した、生麦事件当日に現場に居合わせたパーシーとビルの写真を改めてニールに突きつけた。
ニールは写真を見つめ、しばらく沈黙した後、答えた。
「……知りません。面識はありませんね。欧米人のようですが、イギリス人ですか?」
「……そうですか。では、この写真に写っている男たちが、事件直後に貴国の船で上海へ逃亡したという目撃証言についてはどう説明されますか?」
次郎はたたみかけるように尋ねるが、ニールは微動だにしない。写真である。目撃者が嘘をついている可能性もなきにしもあらずだが、そのメリットがない。
少なくとも似顔絵や言葉によって姿形を伝えたわけではない。目撃者が嘘をついていなければ、それは限りなく事実だ。
「……どう説明、と言われても、なぜ説明しなければならないのか理解不能です。その目撃証言自体も貴国が提出しただけで、証拠の信憑性については認めていない。たまたま同じような風貌の人物が上海行きの船に乗っていた、という事も十分考えられる」
つまりニールは、暗にでっちあげを示唆していたのだ。
「偶然? では、その人物たちが上海で紅幇に殺害されたことについても偶然だと?」
「……! まさか……殺害されたのですか? それはお気の毒に……。しかし今回の事件とは無関係では?」
あくまでシラを切るつもりだな。そう次郎は思った。通訳を介して信正と純顕にも伝わり、2人は不快感をあらわにする。
「Mr.太田和、私は事実しか述べておりません。貴国がどのような証拠を提示しようと、我が国政府の関与を証明することはできないでしょう」
ニールの厚顔無恥な態度に、次郎はもはや言葉も出なかった。彼は静かに立ち上がり、ニールに向き直って言った。
「ニール公使、貴殿の態度は理解しました。それではもはやこれ以上、貴殿と交渉する意味はありません。では、各国の公使・領事館ならびに報道各社に全てを公表いたします。問題ありませんね?」
その直後、安藤信正が次郎に言った。
「蔵人よ、それは昨日そなたが言っていた事と逆の事となろう。国内にイギリス憎し、攘夷決行すべしとの気運が高まってしまうぞ」
「御大老様、事ここにいたっては致し方ございませぬ。イギリスが要求を呑まないのであれば、まずはそれに処さねばなりませぬ。国内はしかと説明を行い、ひとえにイギリスの蛮行であると、他の国と一緒にするでないと説かねばなりますまい」
「次郎の言う事も、もっともにございます。ここでイギリスの要求を呑んだのならば、いずれにしろ御公儀の弱腰と非難されましょう。またイギリスも刃を納めず、我が国に対して賠償を求め続けましょう。なんの解決にもなりませぬ」
純顕が間に入って補足した。
「Mr.太田和、こうしてはどうでしょう。不幸にして起きた事件ですが、私は代理ではありますが公使として全権をもって交渉と、それから事実解明のために清国にも依頼をだしました。しかし、すでに事態は私が個人的に決定できる範疇を超えています。時間はかかりますが、現時点の状況を本国に伝え、その上で本国の正式見解に基づいて交渉を行う、というのはいかがでしょうか」
「なるほど、ニール公使、それは……さきほど私が言った各国公使・領事館への通達と各国新聞社への公表は、やっても構わないという前提でしょうか」
ニールは考え込んでいたが、こう答えた。
「それは、あくまでその人物がそう言っている、その目撃者がこう言っている、という表現なら仕方ないでしょう。しかしあたかもそれが真実で、我が国が嘘をついているように取られるものならば、容認できません。言っているという事実はあっても、やったと言う事実と同義ではありませんから」
それを言ってしまえば、話がまったく前に進まない。
次郎はイギリス側の対応として、そうするであろうと予測はしていた。
日本側の基本的な要求は変わらないとしても、本国の判断になるならば早いほうがいい。
在外公館とメディアへの公表は含みのある言い方であったが、次郎は信正に相談し、許しをえてイギリスの提案にのることにした。
次回予告 第303話 『島津久光は謝らない。そして生麦事件の公式記者会見』
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
神となった俺の世界で、信者たちが国を興す
のりつま
ファンタジー
事故により意識不明になった吉田正義。
再び体に戻るには、別の世界で「神」となり、皆の信仰を受け、弱った精神を回復させることだった。
さっそく異世界に飛ばされるものの、そこに人間の姿はなく虫や小動物ばかり。
しかし、あることをきっかけに次々と進化していく動物たち。
更に進化した生き物たちは、皆歴史の中で名を馳せた「転生者」だった。
吉田正義の信者たちが、魔族によって滅亡寸前の世界を救うため、知略・武力・外交を駆使して「理想の世界」を作る事に奔走する。
はたして主人公は無事元の世界に戻ることができるのか?
全ては神の力で何とかしなけらばならない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる