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第228話 『三度の襲撃と文明の利器』
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天正十六年十二月二十九日(1588/1/27)フィリピン
「父上、やはりルソンまで来ると暑うございますね。台湾も暖こうございましたが、さらに南だとこうも暑いものでしょうか」
「ふふ、平十郎よ、そなたは肥前国から出るのは初めてではなかろう? 海軍の練習航海で南洋を回ったのではないか?」
「父上、回りはしましたが、やはりこの暑さにはなれませぬ。諫早がいかに過ごしやすいか、それだけで恋しゅうなります」
「海の男、海賊の頭領佐々家の嫡男が何を申すか」
純正と嫡男の平十郎純勝は、上甲板でから見える真っ青な海と空を体感しながら、冗談交じりに茶化し合っている。
「ふう……平九郎よ。なんじゃこの暑さは。蒸すゆえよけいに暑く感じるの。還暦過ぎのわしには少々堪えるわい」
冗談を言って笑いながら、2人の会話に純正の父である政種も加わる。還暦を迎えてもなお、衰えを知らない。
「父上、冷蔵庫に麦酒がありますから、飲みますか? ルソンにつけば総督府にも宿舎にも用意していますが」
「いや、着いてからでよかろう。こういうのは待つ時が長ければ長いほど、美味いのだ」
わはははは! と豪快に笑う。
しばらくするとマニラの港が見えてきた。
船がマニラ湾に入ると、平十郎と純正の目に勝利の跡が広がった。
「父上、二度の戦いで勝利してから、マニラの様子は大きく変わりましたね」
平十郎が言うと純正は満足げにうなづく。
「そうだな。我らの努力が実を結んだ証だ」
政種は二人の会話を聞きながら、感慨深げに海を眺める。
「戦のない世が来たのだな……」
二十数年前、蛎浦で生死の境をさまよった政種であり、純正とおなじく、葛の峠の戦いでは1度に親類を3人も失った。全ては沢森家(作中現在の太田和家)が弱かったせいである。
その後純正は小佐々家を継ぎ、ここまで大きくしてきた。戦を避け、なるべく命を落とさぬやり方ではあったが、それでも無数の命が失われたのだ。
政種は直接関わった訳ではないが、同じ転生者として、陰ながら支えてきたのである。
港では日本人役人や現地の人々が、出迎えの準備をしている姿が見える。船が完全に停泊し、舷梯が架けられる。小佐々家の三代は、それぞれの思いを胸に秘めながら、マニラの地に足を踏み入れる。
出迎えの役人が一歩前に出て、純正に向かって丁重に頭を下げる。
「関白殿下、お待ちしておりました。視察の準備は整っております」
台湾総督府で若林鎮興の副官であった北川長介純清である。
「長介、出迎え大儀である。まずは一息つこう。総督府へ案内せよ」
「はは」
平十郎は周囲を見渡し、街の様子を観察する。
「父上、以前某が練習航海にて訪れた時よりも、街が栄えているように思えます」
「然もありなん。ここマニラは貿易の中(中心)として我らが領する前から栄えておった。明の商人やイスラムの商人、南海の様々な商人にポルトガルの商人だ。ポルトガルはここではなくマラッカやマカオに足溜り(拠点)をおいたゆえ、我らはここを選んだ。いまではそれが正しき事であったことは、この港の栄えようでわかる」
「その通りですね」
「うむ。わが肥前国の領土として、日を追うごとに栄えているは必定なり」
琉球国は冊封国として独立を保っているが、公用語として日本語と琉球語を並立させている。台湾は原住民がいて土着の言語があったが、公用語は日本語だ。しかし、他の言語の使用を禁止してはいない。
ルソン総督府の管轄では、第一公用語を日本語、第二公用語をマレー語とした。マレー語は古くからこの地の共通言語であり、完全に廃する事は統治上困難であったからだ。
総督府のすぐ近くに宿舎はあったので、純正と家族はそこで別れ、閣僚と共に総督府官庁へ入った。到着したのが夕刻であった事もあり、今夜はゆっくりと休み、明日から視察という形になる。
■翌日 総督府
純正は早朝から起床し、総督府に向かった。官庁の建物は、第二次海戦後に建設された和洋折衷の様式で、肥前国の力と東南アジアの影響が融合した独特の雰囲気を醸し出していた。
「殿下、本日の視察のご準備は整っております」
「長介、昨日は出迎えご苦労であった。ルソンの変わり様をつぶさに聞かせてもらおう」
「はは」
官庁に入ると何人もの職員が右へ左へと忙しそうに動いている。純正は昨日到着した際に、今日の出迎えの人員は最小限にして、日常業務に支障のないようにと伝達していたのだ。
階段を上り、執務室に入る。
「殿下、天正七年の第二次海戦でイスパニア勢を完全に追いやってより、ルソン領すべてを統べる仕組みが整い、たちまちに(急速に)栄えております」
「ふむ、つぶさには如何なる変わりようじゃ?」
「はい。まず貿易についてですが、マニラ湊を中とした貿易量は約三倍に増えております。東南アジア全域との取引が拡大し、特に香辛料、織物、陶磁器の取引が良い調子にございます。また、造船の技がより優れたものとなり、より大きく安全な船を用いる事能うようになりましてございます。印度洋を越えた遠方との取引も始まりました」
「然様か。造船の話が出たゆえ聞くが、オレは軍艦に蒸気機関を乗せるために新型の大型軍艦を建造できる造船所を設け、造成に入るよう申しつけておった。如何なる事の様(状況)となっておる? 台湾ではかなりの遅れがでておったぞ」
長介は純正の質問を受け、少し考えてから答えた。
「殿下、ルソン地方では幸いにも大きな問題は生じておりません。台湾と同じく、マニラと全く同じように全ての地で滞りなくとは言い難いですが、当初の技術者不足は本国からの派遣増加と現地人材の登用で改善されました」
「ほう、それは良い対応だ」
「は。台湾では現地民に技を教えるをためらう風潮があったようですが、ルソンは違います。以前からの風習や文化を尊ぶ政策により回避できております。また現地民は我らの新しき技を会得しようとする意欲も高く、公平な昇進の機と然りぬべし(適切な)禄を与える事で覇気を高めています。」
「うべな(なるほど)。現地の特性をうまく活かしているようだな」
「有り難きお言葉にございます。然れど、山々や遠き島々では働く人間を得るのに苦心しており、地元有力者との協力で対処しております。また、造船の技を教える学校を設け、現地の若者の育つようしております。将来には現地における技術者が増え、問題もなくなる見込みにございます」
「よくやった。今後の発展が楽しみだ」
細かな問題はあっても、総じて上手く運営できているようである。
他の地方にも言える事ではあるが、統治エリアが広大であるために、純正はビサヤ県とミンダナオ県に準総督府を置き、ルソン総督府が総括するようにも指示を出した。
準総督府で決裁できる案件を増やし、業務を円滑に進めるためである。
次回 第742話 (仮)『クチン総督籠手田安経』
「父上、やはりルソンまで来ると暑うございますね。台湾も暖こうございましたが、さらに南だとこうも暑いものでしょうか」
「ふふ、平十郎よ、そなたは肥前国から出るのは初めてではなかろう? 海軍の練習航海で南洋を回ったのではないか?」
「父上、回りはしましたが、やはりこの暑さにはなれませぬ。諫早がいかに過ごしやすいか、それだけで恋しゅうなります」
「海の男、海賊の頭領佐々家の嫡男が何を申すか」
純正と嫡男の平十郎純勝は、上甲板でから見える真っ青な海と空を体感しながら、冗談交じりに茶化し合っている。
「ふう……平九郎よ。なんじゃこの暑さは。蒸すゆえよけいに暑く感じるの。還暦過ぎのわしには少々堪えるわい」
冗談を言って笑いながら、2人の会話に純正の父である政種も加わる。還暦を迎えてもなお、衰えを知らない。
「父上、冷蔵庫に麦酒がありますから、飲みますか? ルソンにつけば総督府にも宿舎にも用意していますが」
「いや、着いてからでよかろう。こういうのは待つ時が長ければ長いほど、美味いのだ」
わはははは! と豪快に笑う。
しばらくするとマニラの港が見えてきた。
船がマニラ湾に入ると、平十郎と純正の目に勝利の跡が広がった。
「父上、二度の戦いで勝利してから、マニラの様子は大きく変わりましたね」
平十郎が言うと純正は満足げにうなづく。
「そうだな。我らの努力が実を結んだ証だ」
政種は二人の会話を聞きながら、感慨深げに海を眺める。
「戦のない世が来たのだな……」
二十数年前、蛎浦で生死の境をさまよった政種であり、純正とおなじく、葛の峠の戦いでは1度に親類を3人も失った。全ては沢森家(作中現在の太田和家)が弱かったせいである。
その後純正は小佐々家を継ぎ、ここまで大きくしてきた。戦を避け、なるべく命を落とさぬやり方ではあったが、それでも無数の命が失われたのだ。
政種は直接関わった訳ではないが、同じ転生者として、陰ながら支えてきたのである。
港では日本人役人や現地の人々が、出迎えの準備をしている姿が見える。船が完全に停泊し、舷梯が架けられる。小佐々家の三代は、それぞれの思いを胸に秘めながら、マニラの地に足を踏み入れる。
出迎えの役人が一歩前に出て、純正に向かって丁重に頭を下げる。
「関白殿下、お待ちしておりました。視察の準備は整っております」
台湾総督府で若林鎮興の副官であった北川長介純清である。
「長介、出迎え大儀である。まずは一息つこう。総督府へ案内せよ」
「はは」
平十郎は周囲を見渡し、街の様子を観察する。
「父上、以前某が練習航海にて訪れた時よりも、街が栄えているように思えます」
「然もありなん。ここマニラは貿易の中(中心)として我らが領する前から栄えておった。明の商人やイスラムの商人、南海の様々な商人にポルトガルの商人だ。ポルトガルはここではなくマラッカやマカオに足溜り(拠点)をおいたゆえ、我らはここを選んだ。いまではそれが正しき事であったことは、この港の栄えようでわかる」
「その通りですね」
「うむ。わが肥前国の領土として、日を追うごとに栄えているは必定なり」
琉球国は冊封国として独立を保っているが、公用語として日本語と琉球語を並立させている。台湾は原住民がいて土着の言語があったが、公用語は日本語だ。しかし、他の言語の使用を禁止してはいない。
ルソン総督府の管轄では、第一公用語を日本語、第二公用語をマレー語とした。マレー語は古くからこの地の共通言語であり、完全に廃する事は統治上困難であったからだ。
総督府のすぐ近くに宿舎はあったので、純正と家族はそこで別れ、閣僚と共に総督府官庁へ入った。到着したのが夕刻であった事もあり、今夜はゆっくりと休み、明日から視察という形になる。
■翌日 総督府
純正は早朝から起床し、総督府に向かった。官庁の建物は、第二次海戦後に建設された和洋折衷の様式で、肥前国の力と東南アジアの影響が融合した独特の雰囲気を醸し出していた。
「殿下、本日の視察のご準備は整っております」
「長介、昨日は出迎えご苦労であった。ルソンの変わり様をつぶさに聞かせてもらおう」
「はは」
官庁に入ると何人もの職員が右へ左へと忙しそうに動いている。純正は昨日到着した際に、今日の出迎えの人員は最小限にして、日常業務に支障のないようにと伝達していたのだ。
階段を上り、執務室に入る。
「殿下、天正七年の第二次海戦でイスパニア勢を完全に追いやってより、ルソン領すべてを統べる仕組みが整い、たちまちに(急速に)栄えております」
「ふむ、つぶさには如何なる変わりようじゃ?」
「はい。まず貿易についてですが、マニラ湊を中とした貿易量は約三倍に増えております。東南アジア全域との取引が拡大し、特に香辛料、織物、陶磁器の取引が良い調子にございます。また、造船の技がより優れたものとなり、より大きく安全な船を用いる事能うようになりましてございます。印度洋を越えた遠方との取引も始まりました」
「然様か。造船の話が出たゆえ聞くが、オレは軍艦に蒸気機関を乗せるために新型の大型軍艦を建造できる造船所を設け、造成に入るよう申しつけておった。如何なる事の様(状況)となっておる? 台湾ではかなりの遅れがでておったぞ」
長介は純正の質問を受け、少し考えてから答えた。
「殿下、ルソン地方では幸いにも大きな問題は生じておりません。台湾と同じく、マニラと全く同じように全ての地で滞りなくとは言い難いですが、当初の技術者不足は本国からの派遣増加と現地人材の登用で改善されました」
「ほう、それは良い対応だ」
「は。台湾では現地民に技を教えるをためらう風潮があったようですが、ルソンは違います。以前からの風習や文化を尊ぶ政策により回避できております。また現地民は我らの新しき技を会得しようとする意欲も高く、公平な昇進の機と然りぬべし(適切な)禄を与える事で覇気を高めています。」
「うべな(なるほど)。現地の特性をうまく活かしているようだな」
「有り難きお言葉にございます。然れど、山々や遠き島々では働く人間を得るのに苦心しており、地元有力者との協力で対処しております。また、造船の技を教える学校を設け、現地の若者の育つようしております。将来には現地における技術者が増え、問題もなくなる見込みにございます」
「よくやった。今後の発展が楽しみだ」
細かな問題はあっても、総じて上手く運営できているようである。
他の地方にも言える事ではあるが、統治エリアが広大であるために、純正はビサヤ県とミンダナオ県に準総督府を置き、ルソン総督府が総括するようにも指示を出した。
準総督府で決裁できる案件を増やし、業務を円滑に進めるためである。
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