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第156話 『蒸気機関の改善と消火器』
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嘉永六年一月十九日(1853/2/26)
次郎は越後の油田の開発を続けていたが、どうしても運上金がネックであった。
石油の産出98石につき米48石(77両)の比率なのだ。これが本来ならいくらになるかというと、臭水(石油)1石で3.1両の価格で98石なら303.8両となる。それに対して77両であるから、これならさほど問題ではない。
しかし石油を精製して灯油にして、その灯油を臭水と同じ値段で販売しているものだから、98石の石油が約3割の29.4石の灯油(91.4両)となって77両の運上金となる。
これだと正直なところ、うま味がない。
13倍以上の明るさで原油のように減りがはやいわけではないから、消費者にしてみればありがたい話である。商売で考えたら精製せずに売った方が利益になるが、しかしそれでは駄目なのだ。
菜種の半額でも、臭くて煙が出る事で倦厭されていた臭水を、大量に販売してもこれまで以上は売れないからだ。灯油にして差別化を図ることで爆発的な売上になるのだ。現にそうなっている。
そこで次郎は、交渉をした。
税金の値下げ交渉である。実際、これは各地で行われていたので、次郎が特別な訳ではなかった。石油の取れ高に応じて税金を払うのは変わらないが、産油量は油井によって差があるため、油井毎に金額を変えたのだ。
従量制ではなく定額制の提案である。
交渉の詳細は省くが、極論で言えば、交渉に応じないと灯油は売らない、とまで言ったのだ。少し強引な理屈になるかもしれないが、13倍の明るさなのだから、価格が13倍でもおかしくはない。
しかし値段は臭水と同じである。手間暇かかっているのにあえて同じ値段で売っている。
そもそも税金を徴収する側である武家は臭水など使わない。しかし菜種油は高いのだ。そこに半額で13倍も明るくて煙がでない灯油が流通すれば、もう高い菜種など使えない。
隣の藩では手に入るのに、自分の藩内では灯油が手に入らない。
この一見無謀な交渉に見えた税率の引き下げだが、そういう訳で大分利益を得ることができるようになった。これは運上金が藩によって、また場所によってまちまちだったのが幸いした。
「御家老様、上首尾に終わり、祝着にございます」
「うむ、ありがとう。利は元にある。価格を臭水と同じにして独占状態を作ったとしても、運上金がああも高くては話にならぬでな」
「誠、御家老様は商人のようにございますな。あ! 失礼いたしました!」
「良い良い。褒め言葉として受け取っておく。俺は若い頃は神童だなんだと持てはやされておったが、武芸はどちらかと言うと不得手でな。加えて神童も普通の男になってしもうた。こういう事で家中の役にたたんとな」
わはははは、と次郎が笑うと付き添いの奉行も笑った。
■精煉方
・オランダよりフェアベーンが改良したリベット打ち機を輸入。⇒倍の厚さの鉄板にリベットが打てるようになり、理論上耐圧性能が2倍。
・前原功山が煙道にフランジを付けて、それをリベットで接合する方法を開発。火焔が直接リベットに当たらないため、煙道の耐久性の向上に貢献した。
・欧米にてボイラーの爆発事故が多発しているという情報を取得。原因は2/3が設計上の不備や老朽化、1/3が腐食によるものだと判明。藩内では同様の事故は発生していないが、予防策を講じるため研究。
・ソルベー法の完成によりガラスの量産化、石けんの廉価版の販売、商品の多様化が進む。
・田中久重、雲龍水を完成させる。加えて消火器を開発。
・時津~浦上間の電信敷設が完了。宮村~三浦間は来月完了予定。
佐賀藩に打診し、領内に敷設許可をもらう。その過程で佐賀城までの敷設と操作方法伝授の依頼をうける。同時に島原藩、平戸藩からも要請あり。
■大砲鋳造方・海防掛
・外海六カ所、台場造成完了。各10門ずつ32lbカノン砲を設置
・ペクサン砲、試作品完成。
■しばらく後 小倉城 <次郎>
「初めてお目に掛かります、大村家中、家老の太田和次郎左衛門にございます」
「島村志津馬にございます。太田和殿のお噂は兼々聞き及んでおります。本来であれば我が家中からも、御家中へ遊学の徒を遣りたかったのでござるが、それがしが家老となる前に公儀に禁じられ、誠に無念にございます」
島村志津馬。弱冠二十歳で家老に就任し、藩政改革で成果をあげるとともに第二次長州征討では長州と激戦を繰り広げた。
小倉藩にこの人ありと言われた人物で、平時にあっても水陸の軍事を講じ、士卒を率いて山野に駒を進める等、将たるに相応しい人物であったと伝えられている。
「それは我が家中としても残念にございます。高名な島村殿の推す若者なれば、必ずや日ノ本の財産となりえましたでしょう」
若い! 今21歳で俺と10歳違うんだ。俺は16、7で家老になったけど、20歳もすごいな。元服12歳で最強説。今年ペリーが来るから大船建造も解禁される、その為に各藩の留学生が続々と流れ込んでくるだろう。
その時に小倉藩の人材も来るだろうな。
終始和やかな雰囲気の中、志津馬が尋ねる。
「して太田和殿、此度は何用でございますか」
「はい。然れば御領内の山を調べ、石灰石を採ることをお許しいただきたく存じます」
「なんと、石灰石を? 如何いたすのですか?」
「はい。セメントやガラスの材料の他、様々な用途に使えます」
「……わかりました。金は頂戴しますが、諸々手配いたしましょう。その代わりと言っては何ですが、石灰石を用いた産物の作り方を、教えてはいただけませぬか?」
「かしこまりました」
これで、枯渇気味だった領内の石灰石の確保がなった。
高炉セメントにしろポルトランドセメントにしろ、下水道に造船所、台場の造成の為に、いくらあっても足りないのだ。
「御家老様、これから戻られますか?」
「いや、まだ行くところがある」
「どちらに?」
「長州に臼杵、それから佐伯じゃ」
「もしや石灰石にございますか? 小倉で話は済んだのでは?」
「何事もリスクへ……いや、いつ如何なる時に手に入らなくなるかもしれんのだ。仕入れ先は分けておくに越したことはない」
次回 第157話 (仮)『缶詰のその後』
次郎は越後の油田の開発を続けていたが、どうしても運上金がネックであった。
石油の産出98石につき米48石(77両)の比率なのだ。これが本来ならいくらになるかというと、臭水(石油)1石で3.1両の価格で98石なら303.8両となる。それに対して77両であるから、これならさほど問題ではない。
しかし石油を精製して灯油にして、その灯油を臭水と同じ値段で販売しているものだから、98石の石油が約3割の29.4石の灯油(91.4両)となって77両の運上金となる。
これだと正直なところ、うま味がない。
13倍以上の明るさで原油のように減りがはやいわけではないから、消費者にしてみればありがたい話である。商売で考えたら精製せずに売った方が利益になるが、しかしそれでは駄目なのだ。
菜種の半額でも、臭くて煙が出る事で倦厭されていた臭水を、大量に販売してもこれまで以上は売れないからだ。灯油にして差別化を図ることで爆発的な売上になるのだ。現にそうなっている。
そこで次郎は、交渉をした。
税金の値下げ交渉である。実際、これは各地で行われていたので、次郎が特別な訳ではなかった。石油の取れ高に応じて税金を払うのは変わらないが、産油量は油井によって差があるため、油井毎に金額を変えたのだ。
従量制ではなく定額制の提案である。
交渉の詳細は省くが、極論で言えば、交渉に応じないと灯油は売らない、とまで言ったのだ。少し強引な理屈になるかもしれないが、13倍の明るさなのだから、価格が13倍でもおかしくはない。
しかし値段は臭水と同じである。手間暇かかっているのにあえて同じ値段で売っている。
そもそも税金を徴収する側である武家は臭水など使わない。しかし菜種油は高いのだ。そこに半額で13倍も明るくて煙がでない灯油が流通すれば、もう高い菜種など使えない。
隣の藩では手に入るのに、自分の藩内では灯油が手に入らない。
この一見無謀な交渉に見えた税率の引き下げだが、そういう訳で大分利益を得ることができるようになった。これは運上金が藩によって、また場所によってまちまちだったのが幸いした。
「御家老様、上首尾に終わり、祝着にございます」
「うむ、ありがとう。利は元にある。価格を臭水と同じにして独占状態を作ったとしても、運上金がああも高くては話にならぬでな」
「誠、御家老様は商人のようにございますな。あ! 失礼いたしました!」
「良い良い。褒め言葉として受け取っておく。俺は若い頃は神童だなんだと持てはやされておったが、武芸はどちらかと言うと不得手でな。加えて神童も普通の男になってしもうた。こういう事で家中の役にたたんとな」
わはははは、と次郎が笑うと付き添いの奉行も笑った。
■精煉方
・オランダよりフェアベーンが改良したリベット打ち機を輸入。⇒倍の厚さの鉄板にリベットが打てるようになり、理論上耐圧性能が2倍。
・前原功山が煙道にフランジを付けて、それをリベットで接合する方法を開発。火焔が直接リベットに当たらないため、煙道の耐久性の向上に貢献した。
・欧米にてボイラーの爆発事故が多発しているという情報を取得。原因は2/3が設計上の不備や老朽化、1/3が腐食によるものだと判明。藩内では同様の事故は発生していないが、予防策を講じるため研究。
・ソルベー法の完成によりガラスの量産化、石けんの廉価版の販売、商品の多様化が進む。
・田中久重、雲龍水を完成させる。加えて消火器を開発。
・時津~浦上間の電信敷設が完了。宮村~三浦間は来月完了予定。
佐賀藩に打診し、領内に敷設許可をもらう。その過程で佐賀城までの敷設と操作方法伝授の依頼をうける。同時に島原藩、平戸藩からも要請あり。
■大砲鋳造方・海防掛
・外海六カ所、台場造成完了。各10門ずつ32lbカノン砲を設置
・ペクサン砲、試作品完成。
■しばらく後 小倉城 <次郎>
「初めてお目に掛かります、大村家中、家老の太田和次郎左衛門にございます」
「島村志津馬にございます。太田和殿のお噂は兼々聞き及んでおります。本来であれば我が家中からも、御家中へ遊学の徒を遣りたかったのでござるが、それがしが家老となる前に公儀に禁じられ、誠に無念にございます」
島村志津馬。弱冠二十歳で家老に就任し、藩政改革で成果をあげるとともに第二次長州征討では長州と激戦を繰り広げた。
小倉藩にこの人ありと言われた人物で、平時にあっても水陸の軍事を講じ、士卒を率いて山野に駒を進める等、将たるに相応しい人物であったと伝えられている。
「それは我が家中としても残念にございます。高名な島村殿の推す若者なれば、必ずや日ノ本の財産となりえましたでしょう」
若い! 今21歳で俺と10歳違うんだ。俺は16、7で家老になったけど、20歳もすごいな。元服12歳で最強説。今年ペリーが来るから大船建造も解禁される、その為に各藩の留学生が続々と流れ込んでくるだろう。
その時に小倉藩の人材も来るだろうな。
終始和やかな雰囲気の中、志津馬が尋ねる。
「して太田和殿、此度は何用でございますか」
「はい。然れば御領内の山を調べ、石灰石を採ることをお許しいただきたく存じます」
「なんと、石灰石を? 如何いたすのですか?」
「はい。セメントやガラスの材料の他、様々な用途に使えます」
「……わかりました。金は頂戴しますが、諸々手配いたしましょう。その代わりと言っては何ですが、石灰石を用いた産物の作り方を、教えてはいただけませぬか?」
「かしこまりました」
これで、枯渇気味だった領内の石灰石の確保がなった。
高炉セメントにしろポルトランドセメントにしろ、下水道に造船所、台場の造成の為に、いくらあっても足りないのだ。
「御家老様、これから戻られますか?」
「いや、まだ行くところがある」
「どちらに?」
「長州に臼杵、それから佐伯じゃ」
「もしや石灰石にございますか? 小倉で話は済んだのでは?」
「何事もリスクへ……いや、いつ如何なる時に手に入らなくなるかもしれんのだ。仕入れ先は分けておくに越したことはない」
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