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第33回 『藩政改革と新たな商品開発。精錬方も』(1839/06/12)
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天保十年五月二日(1839/06/12) 肥前 玖島城 次郎左衛門
断った。
ありがたく拝命いたします、と言った直後の居室での会合で、俺は即断った。
「殿、それがしはまだ家督も継いでおらぬ十七の若輩者。また、継いだとて郷村給人にございますので領地の経営もございます。官太夫様は経験豊富な方ゆえ、皆々様も得心なさるでしょうが、それがしが家老とあいなれば、家中にいらぬ波風がたちまする」
官太夫様は小給ながら城下給人である。
城下給人は城下にすんでお城勤めで、郷村給人は地方に住んで領地を治める。きちんと棲み分けができていたのだ。
基本的に郷村給人なら高禄でも30石。
俺の太田和家が290石というのが異例なのだ。そんなやっかみのなか、城下給人でもない俺が家老なんて、火に油を注ぐようなものだ。
現代で言えば本社の重役会議に、業績のいい子会社の社長の息子が乗り込んでくるようなものだ。
「そこは、雇い家老という事でいかがだ? それに確か、お主には弟がおったであろう? 本家は弟に継がせれば良い。いや、城下給人の中でも地方に知行を持つ者は多い。如何様にでもやり方はある。そうではないか?」
確かに、大村藩の藩士には様々な知行の形態があった。
・一ヶ村にまとまって知行を持ってそこに住む者(俺の家がこれね)。
・数ヶ村に知行を持っていてそのどこかの村に住む者。
・数ヶ村に知行を持つが、知行地には住まない者。
・蔵米で支給され、知行地を持たないものなど……大きく7種類に分けられる。
そういうことで、基本的には城下に住んでいる者でも地方に知行があったし、そんな人達がほとんど藩政に携わっていたのだ。
逆もあり。殿はそう言いたいのだろう。
いやーまあ、ペリー来航時の老中首座(筆頭)だった阿部正弘は、25歳の若さで老中になったようだから、絶対にありえない事ではない。
25歳と17歳で8歳の差はあるが、幕府と大村藩の規模で考えれば……うーむ。それに俺は元服しているから立派な大人と言えば大人だ。
いやいや、阿部正弘は家格がエリート。うん、なんちゃら藩主の息子だよ。
うむむ。
あ! 薩摩の小松帯刀も27歳で家老だ。いやいやいや、10歳違う!
「それに、なってしまえばこちらのものではないか? お主の言動や家格などで文句を言う者もいなくなる」
いやあ、確かにそうなんだけどね……。
「わしはてっきり喜んでくれるかと思うたぞ。次郎、そなた、わしを支えてくれるのではないのか?」
「は、それは無論の事、粉骨砕身に努めさせていただきます」
「ならばもう何も申すな。よいな。これは主命であるぞ。ただし、殖産方ゆえそれ以外の事はせずとも良い。家老ゆえ城詰めとはなるが、それ以外は自由にしてもよい」
ごり押しされてしまった。藩内の反対派というか俺を嫌っている人の視線が痛いが、仕方がない。
「かしこまりました。この次郎左衛門、殿のため、大村藩のために身命を賭して努めます」
「うむ」
「ああ、これは官太夫様」
居室をでて信之介と廊下を歩いていると、親父と同じくらいの男と出くわした。俺と同じく家老に抜擢された江頭官太夫様だ。
「このたびは家老へのご就任、誠におめでとうございます」
俺は深々と頭を下げ、信之介もそれにならう。
「おお、これは初めてお目に掛かる、次郎左衛門殿ではありませんか。貴殿も家老職就任おめでとうございます」
二回り以上違う俺に、丁寧に会釈をする。
「そんな、もったいのうございます。官太夫様と違いそれがしなどまだまだ若輩者。どうか次郎とお呼びください」
「ははははは。神童が大村に戻ってきて藩政に携わると聞き及んでおりましたが、どうしてどうして腰が低い。得てして頭の良い方々は己が才覚をひけらかす事が多いですが、次郎左衛門殿がそうでなくてなによりです」
「もったいないお言葉でございます」
「ああ、それではそれがしは所用がありますゆえこれにて。またお目にかかることもあるでしょう、その時に」
「はは」
まさに叩き上げ、という感じにふさわしい風格の持ち主だった。
「なかなかの人物だと思うが」
「お主もそう思うか?」
信之介の発言に同意しつつ城を後にした。
殿は昨年から今年にかけて、以前俺が提案した改革を実施している。
米や雑穀の高騰をうけ、津留政策を廃止して時価とする相対貿易を許可したのだ。さらに城下大給の禄高を25石に統一し、馬廻りや城下大給の中級藩士の待遇を改善した。
中堅藩士の待遇を改善することでやる気を起こし、さらに今回の官太夫様の家老昇進のように、家格よりも能力と実績をもとに評価することで、風通しのいい藩の風土をつくったのだ。
しかし俺には、新たな藩の商品開発が重くのしかかった。
20万両(石けん)は上手くいけば収益になるが、あくまでもタラレバだ。
しかし、製法は藩外に漏れることのないように厳重に管理しているので、真似されることはしばらくないだろう。
薩摩の集成館事業や佐賀の精錬方、三江津海軍造船所のような事業を興さなければならない。そのためには金が要る。
何度も言うけど、金が要るんだ。
俺が家老になるんだったら、新しく信之介を精錬方に任命してもらおうか。そうすれば話が早いかもしれない。
それから例の反射炉と、追加でお里にお願いした高炉の書籍の翻訳がほぼ完成した。さすがお里には頭が上がらない。まずは高炉をつくって、それから反射炉の順番になるだろう。
お里と一之進をなんとかしたい。俺の直属下で、産業方(農業や様々な産業の育成)と医学方(仮称)でもつくってやってもらおうか。
オランダ語の書物の翻訳を続けてもらいつつ、農業振興策や地質関係の研究をして、一之進は医学研究をしてもらおう。
それから俺が城下に住むなら、当然三人も移住だ。信之介の中浦村は誰か代官をおいて治めて貰おう。
まじで久々にみんなで集まって知恵を借りよう。
次回 第34話 『まじで何が売れるだろう? 高炉の件は鍛冶屋と波佐見の窯焼き職人&炭焼き職人に任せようかな』
断った。
ありがたく拝命いたします、と言った直後の居室での会合で、俺は即断った。
「殿、それがしはまだ家督も継いでおらぬ十七の若輩者。また、継いだとて郷村給人にございますので領地の経営もございます。官太夫様は経験豊富な方ゆえ、皆々様も得心なさるでしょうが、それがしが家老とあいなれば、家中にいらぬ波風がたちまする」
官太夫様は小給ながら城下給人である。
城下給人は城下にすんでお城勤めで、郷村給人は地方に住んで領地を治める。きちんと棲み分けができていたのだ。
基本的に郷村給人なら高禄でも30石。
俺の太田和家が290石というのが異例なのだ。そんなやっかみのなか、城下給人でもない俺が家老なんて、火に油を注ぐようなものだ。
現代で言えば本社の重役会議に、業績のいい子会社の社長の息子が乗り込んでくるようなものだ。
「そこは、雇い家老という事でいかがだ? それに確か、お主には弟がおったであろう? 本家は弟に継がせれば良い。いや、城下給人の中でも地方に知行を持つ者は多い。如何様にでもやり方はある。そうではないか?」
確かに、大村藩の藩士には様々な知行の形態があった。
・一ヶ村にまとまって知行を持ってそこに住む者(俺の家がこれね)。
・数ヶ村に知行を持っていてそのどこかの村に住む者。
・数ヶ村に知行を持つが、知行地には住まない者。
・蔵米で支給され、知行地を持たないものなど……大きく7種類に分けられる。
そういうことで、基本的には城下に住んでいる者でも地方に知行があったし、そんな人達がほとんど藩政に携わっていたのだ。
逆もあり。殿はそう言いたいのだろう。
いやーまあ、ペリー来航時の老中首座(筆頭)だった阿部正弘は、25歳の若さで老中になったようだから、絶対にありえない事ではない。
25歳と17歳で8歳の差はあるが、幕府と大村藩の規模で考えれば……うーむ。それに俺は元服しているから立派な大人と言えば大人だ。
いやいや、阿部正弘は家格がエリート。うん、なんちゃら藩主の息子だよ。
うむむ。
あ! 薩摩の小松帯刀も27歳で家老だ。いやいやいや、10歳違う!
「それに、なってしまえばこちらのものではないか? お主の言動や家格などで文句を言う者もいなくなる」
いやあ、確かにそうなんだけどね……。
「わしはてっきり喜んでくれるかと思うたぞ。次郎、そなた、わしを支えてくれるのではないのか?」
「は、それは無論の事、粉骨砕身に努めさせていただきます」
「ならばもう何も申すな。よいな。これは主命であるぞ。ただし、殖産方ゆえそれ以外の事はせずとも良い。家老ゆえ城詰めとはなるが、それ以外は自由にしてもよい」
ごり押しされてしまった。藩内の反対派というか俺を嫌っている人の視線が痛いが、仕方がない。
「かしこまりました。この次郎左衛門、殿のため、大村藩のために身命を賭して努めます」
「うむ」
「ああ、これは官太夫様」
居室をでて信之介と廊下を歩いていると、親父と同じくらいの男と出くわした。俺と同じく家老に抜擢された江頭官太夫様だ。
「このたびは家老へのご就任、誠におめでとうございます」
俺は深々と頭を下げ、信之介もそれにならう。
「おお、これは初めてお目に掛かる、次郎左衛門殿ではありませんか。貴殿も家老職就任おめでとうございます」
二回り以上違う俺に、丁寧に会釈をする。
「そんな、もったいのうございます。官太夫様と違いそれがしなどまだまだ若輩者。どうか次郎とお呼びください」
「ははははは。神童が大村に戻ってきて藩政に携わると聞き及んでおりましたが、どうしてどうして腰が低い。得てして頭の良い方々は己が才覚をひけらかす事が多いですが、次郎左衛門殿がそうでなくてなによりです」
「もったいないお言葉でございます」
「ああ、それではそれがしは所用がありますゆえこれにて。またお目にかかることもあるでしょう、その時に」
「はは」
まさに叩き上げ、という感じにふさわしい風格の持ち主だった。
「なかなかの人物だと思うが」
「お主もそう思うか?」
信之介の発言に同意しつつ城を後にした。
殿は昨年から今年にかけて、以前俺が提案した改革を実施している。
米や雑穀の高騰をうけ、津留政策を廃止して時価とする相対貿易を許可したのだ。さらに城下大給の禄高を25石に統一し、馬廻りや城下大給の中級藩士の待遇を改善した。
中堅藩士の待遇を改善することでやる気を起こし、さらに今回の官太夫様の家老昇進のように、家格よりも能力と実績をもとに評価することで、風通しのいい藩の風土をつくったのだ。
しかし俺には、新たな藩の商品開発が重くのしかかった。
20万両(石けん)は上手くいけば収益になるが、あくまでもタラレバだ。
しかし、製法は藩外に漏れることのないように厳重に管理しているので、真似されることはしばらくないだろう。
薩摩の集成館事業や佐賀の精錬方、三江津海軍造船所のような事業を興さなければならない。そのためには金が要る。
何度も言うけど、金が要るんだ。
俺が家老になるんだったら、新しく信之介を精錬方に任命してもらおうか。そうすれば話が早いかもしれない。
それから例の反射炉と、追加でお里にお願いした高炉の書籍の翻訳がほぼ完成した。さすがお里には頭が上がらない。まずは高炉をつくって、それから反射炉の順番になるだろう。
お里と一之進をなんとかしたい。俺の直属下で、産業方(農業や様々な産業の育成)と医学方(仮称)でもつくってやってもらおうか。
オランダ語の書物の翻訳を続けてもらいつつ、農業振興策や地質関係の研究をして、一之進は医学研究をしてもらおう。
それから俺が城下に住むなら、当然三人も移住だ。信之介の中浦村は誰か代官をおいて治めて貰おう。
まじで久々にみんなで集まって知恵を借りよう。
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