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第25話 『ゲベール銃』(1837/10/01)

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 天保八年九月二日(1837/10/01) 長崎 次郎左衛門

『ゲベール銃』

 1670年代にフランスで開発されて1777年にオランダが正式採用した小銃で、一般的に言われる火縄銃と同じように火薬と弾を銃口から込めるが、点火方式が火縄ではない。

 フリントロック式(すい発式)と呼ばれるもので、ざっくり言うと火打ち石で発火させて火薬に点火する方式の銃だ。

「先生! うわあ、すごい! これが和蘭オランダの銃ですか? あ! 火縄がない!」

 俺は高島先生(高島秋帆)に見せて貰ったゲベール銃を手に取り、驚いた。

 ……ふりをした。

 写真やデータベースなんかで見たことがあるから、厳密にいうと初見じゃない。ただ、実物を見るのは初めてだし、そういう意味では感動があったのも確かだ。

 1822年にはすでに雷管式が発明されているから、このゲベール銃も数年のうちに雷管式に改造されることになる。

「おお、わかるかね、次郎君。この銃が日本の銃とどこが違うかと言うとだね……」

 先生はゲベール銃と日本の銃の違いや、それを用いた集団戦術を説明してくれた。射程は変わらないが、着火時の衝撃が火縄銃より大きいので命中精度は劣るようだ。

 でも裸火を扱わないので暴発の危険が少ないし、銃剣も装備できる。密集隊形での西洋式の部隊行動(戦列歩兵)が可能となる。

「なるほど、異国ではそのような使い方をするのですね? いま我が藩の藩士は、その様々なる洋兵の術を先生に習っているんですね?」

「うむ、そうなる。先生と呼ばれるのはこそばゆいが、悪くはないな。ははははは」

 先生はにこやかに話す。

 うーむ、いや門下生として学ばせたけど、戦列歩兵とか怖すぎる。信之介にライフリングとミニエー銃、それに元込め式を早めに開発してもらおう。

「先生、この銃は日本でも作れましょうか?」

「作る? そうだな。構造自体は似ておるし、火縄が燧石に変っただけであるから、出来ぬ事はないと思うが」

 先生は右手をあごに当てる例のポーズをして答えた。

「ありがとうございます」

「まさか、作るのか?」

「はい。佐賀藩や福岡藩とまではいきませぬが、わが大村藩は長崎に接しております。ゆえに備えあれば憂いなしと存じます」

「素晴らしい。最初に会った時から何か違うと思うておったが、お主なら、作り上げるかもしれぬな」

「ありがとうございます。そこでお願いがあるのですが、先生がお持ちのうちの一挺をお貸し願えませんか?」

「……わかった。この日本のためになるのなら、喜んで貸そう。佐賀藩に続いて、わしの教えを引き継いでくれ」

 先生。やっぱりいい人。





「……で、信之介。作れそうか?」

 単刀直入に信之介に聞いた。

「実物みたから問題ないよ。というか何かで火打ち石を使う職人? と、鉄砲鍛冶の人がいれば作れんじゃね? あれ、火縄を燧石に変えただけだから、先生も言ってたようにそんなに難しくはないと思う」

 俺がそうか、と言うと信之介は続けた。

「それよりも、火薬と弾は大丈夫なのか? 大量に作ったって弾薬がないと意味がないぞ。機関銃があったってそうだ。確か俺の記憶(江戸時代の)では、江戸幕府は公式に各藩に火薬の製造は許可してないぞ」

 あ! そうだった。長い平和の時代で、江戸幕府は火薬の製造を三河だけに限定していたんだ。

 しかーし! 世は幕末。

 ラスクマンにフェートン号、そしてモリソン号と危急存亡の時なんだ。暗黙の了解で硝石も火薬も作っているはずだ。

 じゃなきゃ海防なんて、攘夷なんて出来やしない。(しないけど)

「うん、その辺は銃の模造とあわせて殿に進言してみる。それで、許可が出たとして、なんか現代的な、画期的な火薬製造法があるのか?」

「ない!」

「ないのか?」

「ないわけじゃないが、一長一短だ。だから硝石、硝酸カリウムを、ヨーロッパで使われているいわゆる硝石丘法でつくるのが現実的だろう。それに、確か……1820年ごろじゃないかな。チリですでに、硝石の大鉱脈が発見されている」

 なんかよくわからんけど、化学物質の歴史ね。

「風通しのいい小屋に窒素を含む木の葉や石灰石・糞尿・塵芥を土と混ぜて積み上げて、定期的に尿をかけて硝石をつくればいい。採れるまで5年くらいかかるけど、土の2~ 3%くらい採れる。時間的には問題ないだろ?」

 うん、確かにここ5年の間は……大きな問題はない。





「お里、窒素を多く含む植物、木は何かわかる?」

「なんでも」

「なんでも?」

「なんでも。植物の光合成に窒素は必須だから、光合成する植物はなんでも。でも効率でいうと、針葉樹の……例えばマツ・スギ・ヒノキ・イチイなんかより、広葉樹の桜やケヤキ、ブナなんかがいいかな」

 おお! 素晴らしい! さすがだ。そしてそのどれもが彼杵そのぎの各村の山々にふんだんにある!





「信之介、じゃあどのくらいの葉っぱと石灰石、それからうんちの分量が最適なのか、わかるか?」

「え? いや……うーん、まあ時間はかかるけど、化学式で逆算して考えればなんとか。でもちょっと専門外だぞ、これ」

「その辺は君……。信之介大先生にお任せなので、よろしく!」

「お前なあ-」

 あはははは! とみんなで笑った。

 考えたら、こうやってみんなで笑っている時が一番幸せなのかもしれない。

 もちろん奥さんや子供といるときも幸せだよ。でも、やっぱり2つの次元? 2つの時代を生きた、という感覚は、俺たち4人にしかわからないんだ。




 俺たちが、元の時代に戻ることはあるのだろうか? ……いや、俺は戻りたいと思っているのか?

 次回 第26話 『佐賀藩、大村藩に遣いを送り、探りを入れる』
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