『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

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第41話  『消えた微笑み』

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 2024年11月18日(月)東池袋・ワールドバニー

「いらっしゃいませ、お客様。ご指名はございますか?」

「客じゃない。ここにマリアって女いるだろう? 会わせてくれ」

「申し訳ありません、お客様。きちんと料金をお支払いいただかないと困ります。それにマリアちゃんは昨日早退してから、体調不良で今日はお休みです」

 男性客の目が光る。

「なに? どこにいる?」

「どこにって……あんた、いい加減にしろよ。下手に出てりゃあいい気になりやがって……。店長! クソ客が来ているんですけど……」

 フロントスタッフは態度を一変させ、すごい形相で男性客をにらみつける。

 しばらくすると、奥からガタイのいい強面の男が出てきた。

「お客さん、困りますねえ、そんなことされちゃ。他のお客様に迷惑だ。ささ、ちょっと来てくれるか?」

 店長は男性客の手を掴んで店の奥へ連れて行こうとしたが、男性客は振りほどいた。

「おい、こっちも荒事にはしたくねえんだ。それともしょっぴかれてえのか?」

 警察手帳を見せ、今度は逆に男性客が威圧する。

「風営法に就労ビザに、もろもろ、叩けばいくらでもホコリがでるだろう? そうなりてえのか?」

「い、いや……そんなわけじゃ……。でも本当に知らないんですよ。本当です。うちも困っているんですよ! 稼ぎ頭だったから、急に連絡がとれなくなって」

 さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、嘘を言っているようには見えない。




 ■SPRO内

「……信じられない」

 修一はカフェの硬い椅子に沈み込み、冷めたコーヒーを一口飲んだ。窓の外の新宿の喧騒けんそうはまったく届かない。

 昨日の夜、槍太そうた忽然こつぜんと姿を消した。

 最後に目撃されたのは東池袋のバー。防犯カメラの映像には、金髪の女性と親しげに話す槍太の姿が映っていた。女性はマリアと名乗り、巧みな話術で槍太を酔わせ、姿を消したのだ。

 いや、薬物混入なのか酔ったのか、酔わせられたのか? それすらもわからない。

 SPROは直ちに捜査を開始したが、マリアの身元は偽造、足取りは掴めない。ハニートラップの可能性が高いと判断されたが、目的は不明だった。

「まさか、こんなことになるなんて……」

 比古那はやりきれない思いを吐露した。尊も普段の冷静さを保っているが、不安を抱えているのは間違いない。

「槍太よ……いずこへいったのだ」

 壱与はつぶやいた。弥生時代から来た彼女にとって、現代社会の複雑さや危険さは想像を絶するものだろう。




 SPROの会議室では、捜査の進捗状況が報告されていた。

「マリアの身元は完全に偽装されており、追跡は困難です。使用された通信機器もすべてプリペイド式で、足取りを掴むことはできていません」

 情報管理部の捜査員の一人が報告する。

「目的は何だと考えている?」

 SPROの室長である藤堂が、鋭い視線で捜査員を見つめた。

「現時点では不明です。金銭目的の誘拐であれば、既に連絡があるはずです。何らかの情報を得るための拉致、もしくは……」

 捜査員は言葉を濁した。

「もしくは?」

 藤堂は重ねて尋ねる。

「もしくは……能力者を狙った犯行の可能性も考えられます」

「能力者だって?」

 捜査員の言葉に、会議室の空気が凍りついた。槍太に特殊能力など、少なくとも今はない。修一と壱与、イツヒメやイサクの能力にしても、一般人より優れているという程度だ。

 それにそのことは、SPRO内でもごく一部の人間しか知らない極秘事項だった。

「……間違えた、もしくは誰が能力者なのかまでは把握していない、という事だろうか」

「おそらくは」

 捜査員の言葉に藤堂は、重々しくうなずいた。

「中村さん、あなた方の安全のためにも、しばらくはSPRO施設内で待機してもらいたい」

 藤堂は修一に指示を出した。

「……しかし、槍太をこのままにしておくわけにはいきません」

 修一は、強い口調で反論した。

「分かっています。だが、単独行動は危険だ。少なくとも外出時は絶対に一人にならないと約束してほしい。そしてどんなケースであっても、誰かの誘いにのって誘導されないように、くれぐれも注意してください。我々も全力を挙げて捜査を進めています。今は我々に協力してほしい」

 藤堂の言葉に、修一は渋々うなずいた。しかし、心の中では、独自に槍太の行方を探る決意を固めていたのだ。




 会議後、修一はSPRO内のカフェテリアで壱与たちを集めた。周囲に人がいないのを確認し、小声で話し始める。

「藤堂さんの指示は、できればSPRO施設内で待機してほしいとの事だ。でも、槍太をこのままにしておくわけにはいかない。幸い、絶対に一人にならず、どんな理由であっても誰にも誘導される事がないように、という条件つきで外出は可能だ。もちろん、護衛はつく」

 修一の言葉に、壱与たちは真剣な表情でうなずいた。

も、槍太を助けたい」

「ああ、そうだな」

 壱与が強い決意を込めて言うと比古那も同意し、尊も静かにうなずいた。

「よし、じゃあ作戦を立てよう。SPROの公式な捜査に協力しつつ、我々も独自に槍太の行方を探る」

 修一は、仲間たちの顔を見渡しながら言った。

「でも、どうやって?」

 と千尋が尋ねた。

「マリアが最後に目撃されたバー周辺をもう一度調べてみよう。何か手がかりが残されているかもしれない」

「警察がもう行ったんじゃないの?」

 咲耶が口を挟む。

「ああ、行っただろう。だが、警察の捜査はあくまで事件性のあるなしを判断するためのものだ。オレ達はなんで槍太が狙われたか? という事も含めて調べなくちゃならない」

「つまり、警察が見落とした手がかりを探すってことね」

 美保が理解したようにうなずいた。




「なあせんせー」

「なんだ?」

 明日出発の約束を取り付けた後、比古那が修一に言った。

「これって……あの、よくテレビとかで見る、ハニートラップってヤツじゃ?」

「……そう、だろうな」

「だろうなって、ハニートラップって政治家を狙ったり、スキャンダルを強引に作り出すためにやるやつじゃないの?」

 修一は黙って聞いていたが、短く答える。

「どこの世界にも、男から情報を得ようと思ったら、残念ながらハニートラップは有効な手段だよ。現にこれだけ言われて騒がれているのに、その被害はあとをたたない」

「でも、なんで槍太が……」

「それは藤堂さん達も言っていたけど、槍太に何か秘密があるのか、それとも単なる勘違いか」

 修一はもし自分と間違えて捕まったのなら、と申し訳なさそうな顔をした。

「せんせ、せんせのせいじゃないよ」

「そうだよ、気にしちゃダメだ」

 比古那が声をかけ、尊が続いた。

「ふふふ……お前らに慰められる時がくるとはな」

 修一は苦笑いし、二人も笑った。




 次回予告 第42話 『偽りの日常』
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