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第11話 『卒善中郎将の掖邪狗(エキヤク・ヒエシエコ)』
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2024/6/12(水) 15:00 九州大学
「昨日なんで休講だったのかな? ねえ、誰か先生の連絡先知らないの?」
「知らねー。だってあの先生、嫌いじゃないけど、あんまり人付き合い得意そうじゃないだろ?」
「確かに。明日も休講なのかな?」
「わかんない」
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません……』
「……またか。いい加減連絡したらどうなんだ。非常勤の講師なんて探せばいるが、だからといってすぐに見つかるものでもないんだぞ」
修一が失踪したことで、学内の事務局ではちょっとした騒ぎになっていた。堅物という訳でもなく杓子定規でもなかったが、講義を無断休講するなど初めてだったからだ。
連絡がつかず、交友関係からもたどれない。
■正元二年七月二十五日方保田東原宮処
「しかし本当に驚きだな。あの帆とやらをつけるだけで、何もせずとも漕ぐよりも速く船が走っていた」
「まあ、風がない時や向きによって速さは変わるから、あとは練習だね。船を扱う人達と船大工の人達に工夫してもらえばいいよ」
「そうだな。汝は本当に物知りじゃな」
「いや、まあ、俺だけじゃないけどね」
修一は壱与と帆船(の原始的な物)の出来具合について話している。壱与の傍らにはイツヒメの他に書記がいた。漢字で出来事を記している。
「ん? 何これ? ……弥馬壱国伝?」
修一が驚いた顔をして壱与に聞く。
「如何した?」
「いや、邪馬壱国の邪の字が違う。それよりも……まじか、歴史書でも作ってるの?」
修一の疑問に壱与は即座に答える。
「先代の日弥呼様は行ってはいなかったが、元号も魏国の物を使っておるのだ。吾らは漢字を解し、書いて話す事もできる。ゆえに国の起こりや日々の出来事を後世に残すのは、巫女であり女王である者の務めであろう。字は当然だ。我らが中土に赴いた際、ヤマイ国と名乗ったら、邪馬壱国と勝手に邪の字をつけられたのだ」
修一は壱与の話に聞き入っている。
漢字を使った国史の文献があり、邪馬壱国の邪の字は、広く知られている邪な意味の字ではなく、弥という『久しく』『ますます』の意味の弥が使われている。
「然様な意味で国の名を呼ばれるのは心外であるが、今は呼ばせておけば良い。中土の国の力を借りてこの国を治め、狗奴国の勢いを削げているのだからの。然れど、国の内の書物には正しく記しておきたいのだ」
「……なるほど。確かにそうだよね」
修一は壱与の政治家的発言に頷いて同意する。
北狄、東夷、南蛮、西戎。中国がなぜ周辺国をそう呼んで蔑んでいたかわからないが、意味を知ってか知らずか、日本は甘んじて受けていたのだろうか。
朝貢とはいえ、親交のある国を蔑む意味は何なのだろうか?
これは日本の古代史というよりも、中国史の範疇だろう。
「申し上げます。大夫、掖邪狗様がお見えになりました」
「おお、来たか」
近習に導かれ、年の頃は30代半ばの男が現れた。笑顔の絶えない人の良さそうな男である。
「掖邪狗、お召しにより参上しました」
男は壱与の前で平伏し、壱与が対面を許して男と正対する。男の横にはさらに二人の男がいて、伊聲耆、載斯烏越という。
年齢は掖邪狗と同じくらいだ。
修一は何か言いようのない感覚に襲われていた。難升米や都市牛利は有名(?)だが、掖邪狗や伊聲耆、載斯烏越などは知らない人が多い。というか古代史に詳しくないと知らないだろう。
確か、難升米は中学か高校の教科書に載っていた。
「して壱与様、此度は何用で……おや? その方は?」
ミユマと同じ反応である。当然だ。
「此の者は名をシュウと言い、中土から船で流されてきたのだ。吾が遭難していたとき、此の者に助けられたのだ」
「ほほう、なるほど……你是谁(お前は誰だ)」
「我叫舒。掖邪狗大人(シュウと申します。掖邪狗様)」
修一は少し驚いたようだが、落ち着いて中国語で返した。修一の中国語は現代のもので発音は若干違ったが、南方に住んでいるという事で何とかごまかせたようだ。
壱与とイツヒメは黙ってこのやり取りを見ていたが、内容は理解していた。
「失礼しました、壱与様。なにぶん近ごろ壱与様に、素性の知れない男が寄り添っていると言う話を聞いたもので。ですが、今のところ問題はないようですな」
「ヒエシエコよ、シュウは問題ない。安心せよ」
「はは、して此度は……」
ヒエシエコの言葉にふう、と壱与が一息つき、修一とイツヒメを見てから頷き、話し出す。
「実は、中土、魏国への遣使の件で相談があるのだ」
「ほほう、吾は中土へ二度行っておりますからな。して、此度は如何なる用向きで中土へ?」
「朝貢して臣下の礼をとるのは無論だが、留学を考えて居る」
ヒエシエコはしばらく考えてから答える。
「壱与様、魏国への朝貢はわかりますが……留学とは?」
「留めて学ばせる、という事じゃ。のうシュウよ」
ええ! ? 俺に振らないでくれよ! とでも言いたげな修一を尻目に、壱与は続ける。
「ジドウハンバイキには、まず硬貨というお金、貨幣が要るのだろう? わが弥馬壱国にもその貨幣は入ってきてはいるが、ごくわずかじゃ。これを物と替えるには、その値を吾が保証し、多くの貨幣が要るのであろう? そのような諸々の技や術を、じっくりと学んで吾が国に伝えて欲しいのじゃ」
壱与は革袋を開いて修一に中国産の貨幣を見せる。
「うわっ! これ……『貨泉』じゃねえか! いやっほい! ん、ぐ、ごほん……」
その他にも魏で流通している通貨があった。修一のボルテージの上がり具合は半端なものではないが、にこやかに眺めていた壱与はヒエシエコに言う。
「吾らは魏に朝貢して、先の日弥呼様の時代には親魏倭王の金印も授かった。然れど時はながれ、魏国の使臣である張政殿を送った際も激励を賜ったが、狗奴国は未だ吾が国を狙っておる。ここで再び中土の魏国へ使いを遣り、留学を願い出て、さらには才ある者達を招きたいのだ」
イツヒメは修一の行動を笑いをこらえながら見ていたが、壱与は締めくくる。
「ヒエシエコよ、行ってくれるか?」
「はい。壱与様の命であればこのヒエシエコ、何を厭いましょうや。ジドウハンバイキとは何かわかりませぬが、身命を賭して成し遂げます。然れど手配に時がかかりますれば、猶予をいただきたい」
「うむ。無論じゃ」
正元二年七月二十五日(AD255/8/25⇔2024/6/12/15:00)
次回 第12話(仮)『中村修一の苦悩』
「昨日なんで休講だったのかな? ねえ、誰か先生の連絡先知らないの?」
「知らねー。だってあの先生、嫌いじゃないけど、あんまり人付き合い得意そうじゃないだろ?」
「確かに。明日も休講なのかな?」
「わかんない」
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません……』
「……またか。いい加減連絡したらどうなんだ。非常勤の講師なんて探せばいるが、だからといってすぐに見つかるものでもないんだぞ」
修一が失踪したことで、学内の事務局ではちょっとした騒ぎになっていた。堅物という訳でもなく杓子定規でもなかったが、講義を無断休講するなど初めてだったからだ。
連絡がつかず、交友関係からもたどれない。
■正元二年七月二十五日方保田東原宮処
「しかし本当に驚きだな。あの帆とやらをつけるだけで、何もせずとも漕ぐよりも速く船が走っていた」
「まあ、風がない時や向きによって速さは変わるから、あとは練習だね。船を扱う人達と船大工の人達に工夫してもらえばいいよ」
「そうだな。汝は本当に物知りじゃな」
「いや、まあ、俺だけじゃないけどね」
修一は壱与と帆船(の原始的な物)の出来具合について話している。壱与の傍らにはイツヒメの他に書記がいた。漢字で出来事を記している。
「ん? 何これ? ……弥馬壱国伝?」
修一が驚いた顔をして壱与に聞く。
「如何した?」
「いや、邪馬壱国の邪の字が違う。それよりも……まじか、歴史書でも作ってるの?」
修一の疑問に壱与は即座に答える。
「先代の日弥呼様は行ってはいなかったが、元号も魏国の物を使っておるのだ。吾らは漢字を解し、書いて話す事もできる。ゆえに国の起こりや日々の出来事を後世に残すのは、巫女であり女王である者の務めであろう。字は当然だ。我らが中土に赴いた際、ヤマイ国と名乗ったら、邪馬壱国と勝手に邪の字をつけられたのだ」
修一は壱与の話に聞き入っている。
漢字を使った国史の文献があり、邪馬壱国の邪の字は、広く知られている邪な意味の字ではなく、弥という『久しく』『ますます』の意味の弥が使われている。
「然様な意味で国の名を呼ばれるのは心外であるが、今は呼ばせておけば良い。中土の国の力を借りてこの国を治め、狗奴国の勢いを削げているのだからの。然れど、国の内の書物には正しく記しておきたいのだ」
「……なるほど。確かにそうだよね」
修一は壱与の政治家的発言に頷いて同意する。
北狄、東夷、南蛮、西戎。中国がなぜ周辺国をそう呼んで蔑んでいたかわからないが、意味を知ってか知らずか、日本は甘んじて受けていたのだろうか。
朝貢とはいえ、親交のある国を蔑む意味は何なのだろうか?
これは日本の古代史というよりも、中国史の範疇だろう。
「申し上げます。大夫、掖邪狗様がお見えになりました」
「おお、来たか」
近習に導かれ、年の頃は30代半ばの男が現れた。笑顔の絶えない人の良さそうな男である。
「掖邪狗、お召しにより参上しました」
男は壱与の前で平伏し、壱与が対面を許して男と正対する。男の横にはさらに二人の男がいて、伊聲耆、載斯烏越という。
年齢は掖邪狗と同じくらいだ。
修一は何か言いようのない感覚に襲われていた。難升米や都市牛利は有名(?)だが、掖邪狗や伊聲耆、載斯烏越などは知らない人が多い。というか古代史に詳しくないと知らないだろう。
確か、難升米は中学か高校の教科書に載っていた。
「して壱与様、此度は何用で……おや? その方は?」
ミユマと同じ反応である。当然だ。
「此の者は名をシュウと言い、中土から船で流されてきたのだ。吾が遭難していたとき、此の者に助けられたのだ」
「ほほう、なるほど……你是谁(お前は誰だ)」
「我叫舒。掖邪狗大人(シュウと申します。掖邪狗様)」
修一は少し驚いたようだが、落ち着いて中国語で返した。修一の中国語は現代のもので発音は若干違ったが、南方に住んでいるという事で何とかごまかせたようだ。
壱与とイツヒメは黙ってこのやり取りを見ていたが、内容は理解していた。
「失礼しました、壱与様。なにぶん近ごろ壱与様に、素性の知れない男が寄り添っていると言う話を聞いたもので。ですが、今のところ問題はないようですな」
「ヒエシエコよ、シュウは問題ない。安心せよ」
「はは、して此度は……」
ヒエシエコの言葉にふう、と壱与が一息つき、修一とイツヒメを見てから頷き、話し出す。
「実は、中土、魏国への遣使の件で相談があるのだ」
「ほほう、吾は中土へ二度行っておりますからな。して、此度は如何なる用向きで中土へ?」
「朝貢して臣下の礼をとるのは無論だが、留学を考えて居る」
ヒエシエコはしばらく考えてから答える。
「壱与様、魏国への朝貢はわかりますが……留学とは?」
「留めて学ばせる、という事じゃ。のうシュウよ」
ええ! ? 俺に振らないでくれよ! とでも言いたげな修一を尻目に、壱与は続ける。
「ジドウハンバイキには、まず硬貨というお金、貨幣が要るのだろう? わが弥馬壱国にもその貨幣は入ってきてはいるが、ごくわずかじゃ。これを物と替えるには、その値を吾が保証し、多くの貨幣が要るのであろう? そのような諸々の技や術を、じっくりと学んで吾が国に伝えて欲しいのじゃ」
壱与は革袋を開いて修一に中国産の貨幣を見せる。
「うわっ! これ……『貨泉』じゃねえか! いやっほい! ん、ぐ、ごほん……」
その他にも魏で流通している通貨があった。修一のボルテージの上がり具合は半端なものではないが、にこやかに眺めていた壱与はヒエシエコに言う。
「吾らは魏に朝貢して、先の日弥呼様の時代には親魏倭王の金印も授かった。然れど時はながれ、魏国の使臣である張政殿を送った際も激励を賜ったが、狗奴国は未だ吾が国を狙っておる。ここで再び中土の魏国へ使いを遣り、留学を願い出て、さらには才ある者達を招きたいのだ」
イツヒメは修一の行動を笑いをこらえながら見ていたが、壱与は締めくくる。
「ヒエシエコよ、行ってくれるか?」
「はい。壱与様の命であればこのヒエシエコ、何を厭いましょうや。ジドウハンバイキとは何かわかりませぬが、身命を賭して成し遂げます。然れど手配に時がかかりますれば、猶予をいただきたい」
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