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第4話 『烏丸鮮卑東夷伝倭人条』2024年6月10日(月)深夜
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2024年6月10日(月) 深夜 福岡市博多区自宅マンション <修一>
俺は大学の非常勤講師であり、考古学者(論文評価されていないから卵?)であり、関連する本を書いたり(売れてない)、ウェブサイトの運営(ブログ)をして生活している。
分不相応に3LDKの部屋を借りて住んでいたが、急に広すぎる状態になっていたところに、壱与がやってきた。引っ越そうかと考えていた矢先の出来事だったが、今のままでも何とかやっていけている。
まあ、家賃の話は後だ。
俺は仮説を考えてみた。古代人が現代にいる時点で仮説も何もあったもんじゃないんだが。妙に気になっていた遣使の事だ。壱与は255年の世界から飛んできた(正しい表現が見つからない)。
じゃあ、266年(泰始2年)の遣使は誰がやったんだ? 文献が間違っている?
※壱与影武者説
むこうの世界(古代日本)において、何らかの理由で壱与が行方不明、もしくは死んでしまった。だから壱与は埋葬されて、墳墓の中の石棺に入っていた。
そしてその為の影武者として、巫女の中から一人を選んで女王とした説。
今ここにいる壱与が『そこ』からいなくなったとしても、国は治めなければならない。だから壱与は死んでいない体で、邪馬壱国は存続し続け、朝貢を行った……。
ちょっと待て……。
俺は目の前のパソコンでググる。
『邪馬台国』(一般的には台だから)で検索すると……ああ、やっぱり歴史が変わる事なく、壱与が朝貢したって載っている。しかし、厳密に言えば『壱与』という個人名は載っていない。
ただ、卑弥呼が死んで男王が立ち、国が乱れて女王として壱与(台与)が即位した、と烏丸鮮卑東夷倭人条(いわゆる魏志倭人伝。厳密には『三国志』魏書三十、烏丸鮮卑東夷伝の中の倭人条)に掲載されている。
順当に考えれば、その後朝貢したのは壱与だ。卑弥呼や壱与という個人名が掲載されているのに、もし壱与以外の別人が、別人として即位していたら、その名前が載るはずである。
「こりゃあやっぱり、なにか事故にあって石棺の中にいた、と考えた方がいいようだな。なんで今ここにいるのかはオカルトじゃないと説明できないが……」
壱与がこっちの世界に来ても来なくても、向こうで死んでいて、偽の女王を立てて統治したなら筋が通る。
それからもう一つは、邪馬壱国の統治していた領土だ。邪馬壱国は複数の国の連合国家だったというのは通説であり、中国の文献にも出ているから、これが覆る事はないだろう。
そこには人口が7万余戸とある。戸は家ともとれるし、そう記述している歴史書もあるが、世帯と考えていいだろう。そう考えれば、少なくとも7万人が住んでいた事になる。
中国の歴史書はおおげさに書くことがある、という説もあるが、だとしても一割で7,000人だ。現在はどうか? 長崎市の外海地区の人口は3,576人で、黒崎地区が2,255人だ。(ググった。2018年版)
現在が2,255人で、しかもその黒崎地区は複数の地区にさらに分けられる。それに黒崎川河口域は多少の平野部はあるが、それでも7,000人や7万人の集落である、邪馬壱国の首都があったとは考えにくい。
「壱与はなんであんな所にいたんだ?」
疑問しかない。
邪馬壱国の場所はいまだに論争が絶えないが、長崎県、しかも西彼杵半島にあったなんて説、聞いた事もない。
ふと、壱与がリビングのソファで静かに眠っている姿を見て、俺は彼女の存在の不思議さに思いをはせる。
「色々あって疲れたんだな。ベッドに寝かせてあげたいけど、起こすのも悪い気がするし」
壱与があの石棺から目覚めた瞬間から、俺の人生は大きく変わった。考古学者としての知識と現実の間で葛藤しながらも、彼女を助けないといけない、と使命感が湧き起こる。
使命感? そんな格好のいいもんじゃない。
でもどうする? 交番に連れて行くか? 20歳の迷子なんてあり得ないし、それに連れて行ったところで解決にはならない。だって現在の人間じゃないんだから。
生物学研究所的なところ? それこそあり得ない。研究材料としてモルモットにされるだけだ。考えただけで背筋が寒くなる。壱与が研究材料として扱われるなんて、そんな事は絶対にさせられない。
彼女は生きた人間であり、何よりも俺にとって大切な存在になりつつあるんだ。
ん? もしかしてこれは恋心なのか?
馬鹿な! あり得ん。娘の年だぞ。
どっちにしても、壱与は古代から来たばかりで、まだ何もわかっていない。俺は彼女の安全を確保し、現代の生活に適応させるために全力を尽くすべきだ。
そう思い直してキッチンに向かう。
簡単な夕食を用意しようと思ったが、壱与がどんな食べ物を好むのか分からない。彼女は古代の人間だ。現代の食べ物に慣れていないかもしれない。
(……あのときは相当お腹が減っていたのかな?)
「とりあえず、消化に良さそうなものを作ろう」
俺はおかゆと温かいお茶を用意することにした。料理をしながら、ふと壱与が目覚めた時のことを思い出す。
「壱与は、本当に戻りたいのだろうか?」
これまでの事を整理すると、自分が女王だったという事は覚えていて、側近? の名前も覚えていた。邪馬壱国、あ! 壱与は邪馬壱国って言ったよな?
やっぱりヤマイ国なんだ……。
いやいや、話がズレた。それでいて、直近の事は覚えていない……なぜだ?
ひとまずは、壱与がどうしたいのか、明日聞いてみよう。彼女自身が決めるべきことだ。
俺は料理を続けながら、これからのことを考えた。彼女に現代のことを少しずつ教えながら、彼女自身の考えを聞いてみるしかない。料理が出来上がり、壱与の寝顔を見て微笑む。
彼女が目覚めた時のために、おかゆとお茶をテーブルに置いておいた。しばらくして、壱与がゆっくりと目を開けた。
「……シュウ、ここは?」
「ここは俺の家だよ。疲れたみたいだから、ソファで休んでたんだ」
壱与はまだぼんやりとした様子で、周囲を見回している。俺は彼女におかゆとお茶を差し出した。
「これ、食べてみて。お腹が空いてるだろう?」
壱与は一瞬戸惑った表情を見せたが、やがておかゆを一口食べて微笑んだ。
「優しい味じゃ。ありがとう、シュウ」
彼女の笑顔を見て、俺の心も少し軽くなった。
次回 第5話(仮)『西暦255年』
俺は大学の非常勤講師であり、考古学者(論文評価されていないから卵?)であり、関連する本を書いたり(売れてない)、ウェブサイトの運営(ブログ)をして生活している。
分不相応に3LDKの部屋を借りて住んでいたが、急に広すぎる状態になっていたところに、壱与がやってきた。引っ越そうかと考えていた矢先の出来事だったが、今のままでも何とかやっていけている。
まあ、家賃の話は後だ。
俺は仮説を考えてみた。古代人が現代にいる時点で仮説も何もあったもんじゃないんだが。妙に気になっていた遣使の事だ。壱与は255年の世界から飛んできた(正しい表現が見つからない)。
じゃあ、266年(泰始2年)の遣使は誰がやったんだ? 文献が間違っている?
※壱与影武者説
むこうの世界(古代日本)において、何らかの理由で壱与が行方不明、もしくは死んでしまった。だから壱与は埋葬されて、墳墓の中の石棺に入っていた。
そしてその為の影武者として、巫女の中から一人を選んで女王とした説。
今ここにいる壱与が『そこ』からいなくなったとしても、国は治めなければならない。だから壱与は死んでいない体で、邪馬壱国は存続し続け、朝貢を行った……。
ちょっと待て……。
俺は目の前のパソコンでググる。
『邪馬台国』(一般的には台だから)で検索すると……ああ、やっぱり歴史が変わる事なく、壱与が朝貢したって載っている。しかし、厳密に言えば『壱与』という個人名は載っていない。
ただ、卑弥呼が死んで男王が立ち、国が乱れて女王として壱与(台与)が即位した、と烏丸鮮卑東夷倭人条(いわゆる魏志倭人伝。厳密には『三国志』魏書三十、烏丸鮮卑東夷伝の中の倭人条)に掲載されている。
順当に考えれば、その後朝貢したのは壱与だ。卑弥呼や壱与という個人名が掲載されているのに、もし壱与以外の別人が、別人として即位していたら、その名前が載るはずである。
「こりゃあやっぱり、なにか事故にあって石棺の中にいた、と考えた方がいいようだな。なんで今ここにいるのかはオカルトじゃないと説明できないが……」
壱与がこっちの世界に来ても来なくても、向こうで死んでいて、偽の女王を立てて統治したなら筋が通る。
それからもう一つは、邪馬壱国の統治していた領土だ。邪馬壱国は複数の国の連合国家だったというのは通説であり、中国の文献にも出ているから、これが覆る事はないだろう。
そこには人口が7万余戸とある。戸は家ともとれるし、そう記述している歴史書もあるが、世帯と考えていいだろう。そう考えれば、少なくとも7万人が住んでいた事になる。
中国の歴史書はおおげさに書くことがある、という説もあるが、だとしても一割で7,000人だ。現在はどうか? 長崎市の外海地区の人口は3,576人で、黒崎地区が2,255人だ。(ググった。2018年版)
現在が2,255人で、しかもその黒崎地区は複数の地区にさらに分けられる。それに黒崎川河口域は多少の平野部はあるが、それでも7,000人や7万人の集落である、邪馬壱国の首都があったとは考えにくい。
「壱与はなんであんな所にいたんだ?」
疑問しかない。
邪馬壱国の場所はいまだに論争が絶えないが、長崎県、しかも西彼杵半島にあったなんて説、聞いた事もない。
ふと、壱与がリビングのソファで静かに眠っている姿を見て、俺は彼女の存在の不思議さに思いをはせる。
「色々あって疲れたんだな。ベッドに寝かせてあげたいけど、起こすのも悪い気がするし」
壱与があの石棺から目覚めた瞬間から、俺の人生は大きく変わった。考古学者としての知識と現実の間で葛藤しながらも、彼女を助けないといけない、と使命感が湧き起こる。
使命感? そんな格好のいいもんじゃない。
でもどうする? 交番に連れて行くか? 20歳の迷子なんてあり得ないし、それに連れて行ったところで解決にはならない。だって現在の人間じゃないんだから。
生物学研究所的なところ? それこそあり得ない。研究材料としてモルモットにされるだけだ。考えただけで背筋が寒くなる。壱与が研究材料として扱われるなんて、そんな事は絶対にさせられない。
彼女は生きた人間であり、何よりも俺にとって大切な存在になりつつあるんだ。
ん? もしかしてこれは恋心なのか?
馬鹿な! あり得ん。娘の年だぞ。
どっちにしても、壱与は古代から来たばかりで、まだ何もわかっていない。俺は彼女の安全を確保し、現代の生活に適応させるために全力を尽くすべきだ。
そう思い直してキッチンに向かう。
簡単な夕食を用意しようと思ったが、壱与がどんな食べ物を好むのか分からない。彼女は古代の人間だ。現代の食べ物に慣れていないかもしれない。
(……あのときは相当お腹が減っていたのかな?)
「とりあえず、消化に良さそうなものを作ろう」
俺はおかゆと温かいお茶を用意することにした。料理をしながら、ふと壱与が目覚めた時のことを思い出す。
「壱与は、本当に戻りたいのだろうか?」
これまでの事を整理すると、自分が女王だったという事は覚えていて、側近? の名前も覚えていた。邪馬壱国、あ! 壱与は邪馬壱国って言ったよな?
やっぱりヤマイ国なんだ……。
いやいや、話がズレた。それでいて、直近の事は覚えていない……なぜだ?
ひとまずは、壱与がどうしたいのか、明日聞いてみよう。彼女自身が決めるべきことだ。
俺は料理を続けながら、これからのことを考えた。彼女に現代のことを少しずつ教えながら、彼女自身の考えを聞いてみるしかない。料理が出来上がり、壱与の寝顔を見て微笑む。
彼女が目覚めた時のために、おかゆとお茶をテーブルに置いておいた。しばらくして、壱与がゆっくりと目を開けた。
「……シュウ、ここは?」
「ここは俺の家だよ。疲れたみたいだから、ソファで休んでたんだ」
壱与はまだぼんやりとした様子で、周囲を見回している。俺は彼女におかゆとお茶を差し出した。
「これ、食べてみて。お腹が空いてるだろう?」
壱与は一瞬戸惑った表情を見せたが、やがておかゆを一口食べて微笑んだ。
「優しい味じゃ。ありがとう、シュウ」
彼女の笑顔を見て、俺の心も少し軽くなった。
次回 第5話(仮)『西暦255年』
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