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第2話 『邪馬壱国の壱与』2024年6月9日(日)
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2024年6月9日(日) 長崎県西海市 宮田遺跡 <修一>
俺の前に立ちはだかるのは、目の前で蘇った古代の女性、”壱与”らしい。
……馬鹿な事を。考古学を学ぶ者で、いや、日本史の古代を学んだ者なら頭の片隅にあるであろうその名前だ。目の前にいる女性が壱与なら、生きているはずがない。
日本史の定説では邪馬壱国(邪馬台国)の壱与(台与)は西暦235年生まれである。
何歳だ? 2024-235=1,789歳じゃねえか。あはははは、あり得ん。
だとしたら、目の前にいる美女は一体誰だ? いや、何だ?
俺は目の前の光景に圧倒され、言葉を失ったまま、思考回路をフル回転させて現状を理解しようとした。
……。
やめた。早っ!
考えたところで、多分結論は出ないだろう。仮説よりもまず、現実を見よう。目の前に一人の女性がいて、生きている。これは紛れもない事実なのだ。
彼女を見つめ続ける。目の前の状況を理解しようと必死に考えるが、結果は同じだ。まったくわからん。ああそうだ。考えるのやめたんだった。
さて、目の前の壱与と名乗る女性が、本当に邪馬壱国の女王なのか? 彼女がどうして現代に目覚めたのか? 俺はまず、”訊く”という最も初歩的な問題解決手法を試みる。
「あの……」
「ツォコナ・オトコ・コパ・イズコジャ」
「え? なんて?」
「ツォコナ……オトコ……コパ……イズコジャ」
いや、ちょっと待て待て。えーっと……ツォコナ? あ! ”そ”だ! そこなおとこ……其処男、コパ……こは……此は……何処じゃ……。
『そこの男、ここはどこだ』……なのか?
うわあ、口語かよ……。まじか。
2回同じ質問をした壱与は、じっと俺を見ている。俺は深呼吸をして、ゆっくりと語りかけた。
「ココパニポン、ここは日本、ゲンダイノナガツァキ……いや、こんなん言ってもわからんやろうな。ココパワコクナリ(ここは倭国です)」
! という様な顔を一瞬した壱与は、辺りを見回し、何かを言おうとした。
ぐううううう……。
……。
(く……くくく、ぷはははは……)
思わず笑い出しそうになるのを必死でこらえるが、壱与にはそれが伝わったようだ。顔を真っ赤にしながら、恥じらうように手で顔を覆って、向こうを向いた。
「ちょっと待って。食べ物持ってくる」
多分言葉は伝わらないだろうが、俺は両手のひらを相手に向けて、押し出すようなジェスチャーで”待って”を伝え、墳墓を出た。腹が減っては戦はできぬ。一宿一飯の恩義……?
まあ、なんでもいいや。えーっとコンビニは……。車を走らせて黒崎川を下ると見えてきた。
ヤマザキYショップ!
ええっと何がいいかな? お腹がすいているなら、腹にたまるもんがいいか。弁当? サンドイッチ? おにぎり? とりあえず考えられる物を適当に見繕って買って帰る。
ガツガツガツガツガツ……。
ゴクゴクゴクゴクゴク……。
おいおい。
俺のどストライク黒髪ロング美女のイメージが、音を立てて崩れ去っていくのが分かる。
文字通り、音を立てて崩れた。
でもしばらく経つと、なんだか可愛らしく見えてくるから不思議なもんだ。そう言えばもう昼だ。俺も朝は軽くしか食べなかったから腹が減っていた。
自分用に買った牛乳とカツカレー弁当を開いて食べる。カツカレーの匂いが石室中にこもるが、絶賛食事中の壱与は気付かないようだ。一心不乱に食べている。
ん? これって約1,800年分の栄養補給してるのか? それじゃあ全く足りないと思うけど、どうなんだ? ……またしても結論はでない。当たり前か。
さて、腹ごしらえが終わったらどうする?
まずは意思の疎通が必要だけど、ゆっくりなら何とかなりそうだ。サ行とハ行の発音が違って古代の言葉が入るようだ。
「吾は壱与。邪馬壱国の壱与。先ほどの食、感謝いたす。此は倭国と申したが、誠なりや? 汝の名は何と申す」
よし。だんだん脳内変換モードが働いてきたぞ(?)。ゆっくりだけど理解できるし、こっちの言葉も通じるみたいだ。
「誠です。ここは倭国です。ただし……(何て説明すればいいかな)あ、今は何年かわかりますか?」
壱与は馬鹿にするなと言わんばかりに自信を持って答える。
「何をいうか。正元二年に決まっておる」
あ、やっぱり。まじか。日本の和暦を覚えている人はいるかもしれないが、中国の三国時代、魏の元号を知ってる人なんて考古学者か歴史学者くらいなもんだ。
日本にはまだ元号がない。神功皇后摂政55年で皇紀915年だ。
「……じゃあ、まあ、もうタメ口でいっか。よく聞いてね。今は、令和6年で、君がいた時代の、1,769年後の世界なんだ」
壱与はきょとんとしている。そりゃそうだろう。いきなりこんな事言われて、はいそうですかなんて、なる訳ない。壱与はしばらく黙っていたが、ふう、と呆れたように言う。
「何を馬鹿な事を。確かに吾は神に仕える巫女である。神の言葉を聞き、民にそれを伝えては国を正しき道へ導くのが役目である。されど、千数百年の時を超え、生きながらえることなど出来ぬ」
うん、前半はどうかわからんけど、後半は正論だね。でもね、正論じゃ説明できないことが起きているんだな、これが。
「君とはここで初めて会ったけど、嘘をつかなきゃいけない理由がないし、第一俺が今言ったことは全部本当の事だから。……まあいいや、論より証拠。ついてきて」
俺は壱与を石棺から出して、手をとって来た道を戻る。墳墓からでると、真上まで上がった太陽が燦々と光を照らしている。木漏れ日がまぶしいが、急に暗い所から出てきたからかもしれない。
「ほれ見ろ。吾のいた時代と同じではないか。嘘を申すな」
壱与は怒ってはいないが、持論が正しかった事を証明できて、エヘン、と言った感じなんだろう。俺たちはしばらく歩いて、車を停めてある獣道の駐車場(のようなもの)へ向かう。
「なんだこれは、妙な……これは鉄か。鉄の箱に……奇妙な……」
俺は無造作に車のドアを開け、エンジンをかける。
ぎゅるるるるるるぶおおおおおおおおおお……。
「ひやあ! な、なんじゃこれは! 獣か雷か!」
次回 第3話 (仮)『同棲』
俺の前に立ちはだかるのは、目の前で蘇った古代の女性、”壱与”らしい。
……馬鹿な事を。考古学を学ぶ者で、いや、日本史の古代を学んだ者なら頭の片隅にあるであろうその名前だ。目の前にいる女性が壱与なら、生きているはずがない。
日本史の定説では邪馬壱国(邪馬台国)の壱与(台与)は西暦235年生まれである。
何歳だ? 2024-235=1,789歳じゃねえか。あはははは、あり得ん。
だとしたら、目の前にいる美女は一体誰だ? いや、何だ?
俺は目の前の光景に圧倒され、言葉を失ったまま、思考回路をフル回転させて現状を理解しようとした。
……。
やめた。早っ!
考えたところで、多分結論は出ないだろう。仮説よりもまず、現実を見よう。目の前に一人の女性がいて、生きている。これは紛れもない事実なのだ。
彼女を見つめ続ける。目の前の状況を理解しようと必死に考えるが、結果は同じだ。まったくわからん。ああそうだ。考えるのやめたんだった。
さて、目の前の壱与と名乗る女性が、本当に邪馬壱国の女王なのか? 彼女がどうして現代に目覚めたのか? 俺はまず、”訊く”という最も初歩的な問題解決手法を試みる。
「あの……」
「ツォコナ・オトコ・コパ・イズコジャ」
「え? なんて?」
「ツォコナ……オトコ……コパ……イズコジャ」
いや、ちょっと待て待て。えーっと……ツォコナ? あ! ”そ”だ! そこなおとこ……其処男、コパ……こは……此は……何処じゃ……。
『そこの男、ここはどこだ』……なのか?
うわあ、口語かよ……。まじか。
2回同じ質問をした壱与は、じっと俺を見ている。俺は深呼吸をして、ゆっくりと語りかけた。
「ココパニポン、ここは日本、ゲンダイノナガツァキ……いや、こんなん言ってもわからんやろうな。ココパワコクナリ(ここは倭国です)」
! という様な顔を一瞬した壱与は、辺りを見回し、何かを言おうとした。
ぐううううう……。
……。
(く……くくく、ぷはははは……)
思わず笑い出しそうになるのを必死でこらえるが、壱与にはそれが伝わったようだ。顔を真っ赤にしながら、恥じらうように手で顔を覆って、向こうを向いた。
「ちょっと待って。食べ物持ってくる」
多分言葉は伝わらないだろうが、俺は両手のひらを相手に向けて、押し出すようなジェスチャーで”待って”を伝え、墳墓を出た。腹が減っては戦はできぬ。一宿一飯の恩義……?
まあ、なんでもいいや。えーっとコンビニは……。車を走らせて黒崎川を下ると見えてきた。
ヤマザキYショップ!
ええっと何がいいかな? お腹がすいているなら、腹にたまるもんがいいか。弁当? サンドイッチ? おにぎり? とりあえず考えられる物を適当に見繕って買って帰る。
ガツガツガツガツガツ……。
ゴクゴクゴクゴクゴク……。
おいおい。
俺のどストライク黒髪ロング美女のイメージが、音を立てて崩れ去っていくのが分かる。
文字通り、音を立てて崩れた。
でもしばらく経つと、なんだか可愛らしく見えてくるから不思議なもんだ。そう言えばもう昼だ。俺も朝は軽くしか食べなかったから腹が減っていた。
自分用に買った牛乳とカツカレー弁当を開いて食べる。カツカレーの匂いが石室中にこもるが、絶賛食事中の壱与は気付かないようだ。一心不乱に食べている。
ん? これって約1,800年分の栄養補給してるのか? それじゃあ全く足りないと思うけど、どうなんだ? ……またしても結論はでない。当たり前か。
さて、腹ごしらえが終わったらどうする?
まずは意思の疎通が必要だけど、ゆっくりなら何とかなりそうだ。サ行とハ行の発音が違って古代の言葉が入るようだ。
「吾は壱与。邪馬壱国の壱与。先ほどの食、感謝いたす。此は倭国と申したが、誠なりや? 汝の名は何と申す」
よし。だんだん脳内変換モードが働いてきたぞ(?)。ゆっくりだけど理解できるし、こっちの言葉も通じるみたいだ。
「誠です。ここは倭国です。ただし……(何て説明すればいいかな)あ、今は何年かわかりますか?」
壱与は馬鹿にするなと言わんばかりに自信を持って答える。
「何をいうか。正元二年に決まっておる」
あ、やっぱり。まじか。日本の和暦を覚えている人はいるかもしれないが、中国の三国時代、魏の元号を知ってる人なんて考古学者か歴史学者くらいなもんだ。
日本にはまだ元号がない。神功皇后摂政55年で皇紀915年だ。
「……じゃあ、まあ、もうタメ口でいっか。よく聞いてね。今は、令和6年で、君がいた時代の、1,769年後の世界なんだ」
壱与はきょとんとしている。そりゃそうだろう。いきなりこんな事言われて、はいそうですかなんて、なる訳ない。壱与はしばらく黙っていたが、ふう、と呆れたように言う。
「何を馬鹿な事を。確かに吾は神に仕える巫女である。神の言葉を聞き、民にそれを伝えては国を正しき道へ導くのが役目である。されど、千数百年の時を超え、生きながらえることなど出来ぬ」
うん、前半はどうかわからんけど、後半は正論だね。でもね、正論じゃ説明できないことが起きているんだな、これが。
「君とはここで初めて会ったけど、嘘をつかなきゃいけない理由がないし、第一俺が今言ったことは全部本当の事だから。……まあいいや、論より証拠。ついてきて」
俺は壱与を石棺から出して、手をとって来た道を戻る。墳墓からでると、真上まで上がった太陽が燦々と光を照らしている。木漏れ日がまぶしいが、急に暗い所から出てきたからかもしれない。
「ほれ見ろ。吾のいた時代と同じではないか。嘘を申すな」
壱与は怒ってはいないが、持論が正しかった事を証明できて、エヘン、と言った感じなんだろう。俺たちはしばらく歩いて、車を停めてある獣道の駐車場(のようなもの)へ向かう。
「なんだこれは、妙な……これは鉄か。鉄の箱に……奇妙な……」
俺は無造作に車のドアを開け、エンジンをかける。
ぎゅるるるるるるぶおおおおおおおおおお……。
「ひやあ! な、なんじゃこれは! 獣か雷か!」
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