『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

文字の大きさ
上 下
1 / 46

第1話 『扉』2024年6月8日(土)

しおりを挟む
 2024年6月8日(土) 九州大学

「であるからして、九州地方、特に長崎県の西彼杵半島においては平野部が少なく、特に西岸の角力すもう灘沿岸には……」

 講義の時間が終わり、片付けをする生徒達が目立つ。考古学の非常勤講師である中村修一は、ふうっと息を吐いてテキストを閉じ、閉講の挨拶をした。

 明日は日曜日か。久々に実家に帰るついでに寄ってみるか。
  
 そう考える修一であったが、趣味の古墳巡りと、いつか自分の持論を立ち上げて、考古学業界に風穴を開けてやろうと考えて十数年……。

 未だ達成できず、である。

 教室を出て、長い廊下を歩きながら思索にふける。十数年をかけた研究が、まったく日の目を見ていない事に諦めと苛立ちを感じつつも、まだ情熱は衰えていない。

「ふふふ、まあ、野望っていっても、すでに趣味みたいになってるけどな。古墳巡り……」

 研究というのは邪馬壱国論争である。

 大きくは九州説と近畿説に分かれているこの論争は100年以上続いているが、未だ明確な証拠も出ず、決着がついていない。修一は自分の発見として、決定的な証拠を見つけたいと願っていた。

 基本的には九州説を支持しているが、どちらの説も一長一短で決め手に欠けるのだ。修一は未発見の古墳に重要な手がかりが隠されているのではないかと考え、独自に調査している。

 ちなみに世間一般では邪馬台国、と呼ばれているが、魏志倭人伝では邪馬壱国と書かれている。

 様々な中国の文献で表記や発音が違う。
  
 しかし『台』を『タイ』『ド』『ト』などと発音すれば、ヤマド国、ヤマト国などと大和朝廷を想起させてしまうので、あえて邪馬壱国と修一は唱えている。




 中央区にある自宅に帰って明日の天気予報を見ると、快晴。福岡はもちろん、佐賀、長崎も快晴で、見事に古墳日和だ。中古のハイラックスサーフには、常に発掘用品が準備してある。

 目指すのは、西彼杵半島西岸唯一の古墳群である宮田遺跡だ。長崎市外海町大字黒崎にあり、唯一内容が明らかになっている古墳時代の墳墓である。
  
 何度も行ったことがある古墳なのに、なぜか気になって忘れられない。修一は翌朝の準備を済ませ、適当に夕食をつくって食べる。動画をみつつ酒を飲み、眠くなったので12時前には寝たのであった。


 

 早朝に目を覚ました修一は、車に道具を積み込んで出発した。高速は使わない。もちろん下道である。暑くもなく寒くもない季節なので、窓を開けながら車を走らせる。

 心地よい風が車内に吹き込み、周囲の景色が流れるように変わっていく。佐賀に入り長崎に入り、途中で実家に寄ったが、誰もいない。出かけているようだ。

 別に用事もなかったので、そのまま車を走らせて目的地である宮田遺跡に向かった。

 道中、修一は地元のラジオを聴きながら、時折スマホのナビゲーションを確認した。山道を進み、やがて目的地である宮田遺跡に到着したのだ。
  
 古墳群の周辺は緑豊かな自然に囲まれており、静寂が広がっている。

 宮田遺跡は黒崎川の左岸に位置していて、標高20m~30mの舌状にのびる緩やかな緩斜面上にある。

 合計15基の箱式石棺が確認されていて、そのどれもが結晶片岩の板石を棺材としている。一人の首長の家族なのか? それとも歴代の首長の墓がそのまま残っているのか、まだ解明されていない。




 修一は車を停め、道具を取り出して準備を整えた。

 と、その時、大きな地鳴りがする訳でもなく、ただ体が感じてギリギリ動ける震度の地震があった。よろけた修一は車にもたれかかり、倒れないようにしがみつく。

 やがて揺れは収まり、辺りは何事もなかったかのように、静けさにつつまれた。

「いったい何だったんだ? まあ、地震は地震で、それ以上でも以下でもないけど……」

 地震と言えばつい数日前もあったのだ。自宅でパソコン作業をしていると、かなり長い時間揺れた。あまり敏感ではない修一ではあったが、それでも体に感じる地震は何回か経験している。

 しかしこの一週間足らずの間に2回も感じたのは初めてであった。

 深呼吸をして、忘れ物がないか確認をし、手に持った地図を確認しながら、足を踏み出す。古墳群の一つ一つをじっくりと観察し、メモを取りながら進んでいった。

 何度も訪れた場所であったが、地震のせいか、今日は何か特別なものを感じずにはいられなかった。なんだか変な感覚だったのだ。

「今日は何か、違う気がするな……」

 全部で15基ある古墳群を歩き回る中で、一番大きな墳墓の中に入り、石室の中で石棺付近を調べている時であった。地面にかすかな振動を感じたのだ。

「またか……」

 最初の地震と比べると弱かったので、おいおいおい、とぼやいた次の瞬間、今まで感じた中で一番大きな地震が発生した。修一は立っていることが出来ず、四つん這いになってしまった。

 ……。

 その状態のまま、頭を押さえて恐怖を感じながらも、冷静に震動が収まるのを待つしかない。

(やべえ、生き埋めになるのか……)

 ……。

 ようやく震動が収まった。幸いな事に生き埋めにならずに済んだようだ。深呼吸をして、冷静さを保ちながら、再び調べはじめた。

「ん、なんだこれ?」

 石室の壁に大きな亀裂、というより縦長の隙間があるではないか。この墳墓には別の石室などなかったはずだ。石を積んで造られた、本来知られている石室に、隙間などはない。

 地震の震動で石がずれて、中の石室が露出したのだろうか。

「これはまさか、未発見の、新しい石室か?」

 人一人が通れるような隙間ではあったが、修一は深呼吸をして、恐る恐る亀裂の中を覗き込んだ。するとやはり、奥には隠された新しい石室があったのだ。

「これは……」

 興奮を抑えきれないまま、修一は懐中電灯を手に持ち、慎重に洞窟の中へと進んだ。内部は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。足元を確かめながら奥へ進むと、壁には古代の刻印が彫られているのが見えた。

「すごい……これは、文字か? 弥生時代後期から古墳時代前期に、すでに文字があったのだろうか……」

 洞窟のさらに奥に進むと、一枚の古い石扉が現れた。修一は心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、石扉に手をかける。するとさして力を入れていないのに、ガラガラと音を立てて開くではないか。

 その奥には、豪華な装飾が施された石棺が静かに横たわっていた。

「これは……一体……」

 修一はスマホを取り出し、写真を撮り、メモを取り始めた。石棺の蓋を少しずつ動かし、完全に蓋を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、まるで眠っているかのように美しい若い女性だった。

 ぎゃああああああ! 

 修一は思わず手を離し、後ずさって身構える。

 そりゃあ誰でも驚くだろう。ミイラでも何でもない。ホントに寝ているような人間がそこにいたのだから。恐る恐る近づき、もう一度石棺の中を確かめる。

 美しい長い黒髪は、肩まで伸びて自然に流れている。石棺とは違い過度な装飾品はなく、シンプルでいて気品のある装いだ。清潔感があり、自然な美しさがあった。

 生きていれば間違いなく修一の好みである。

「こんなところに人が……しかも、生きている?」

 あり得ん、あり得ん、あり得ない……。なんだこれ、ドッキリなのか? いやいやこんな一般人中の一般人、誰がドッキリするんだよ。そう修一は思いながら、頭の中を整理する。

 古代の技術? 冷凍保存? オーパーツ? 宇宙人? 様々な考えが頭を巡るが、考古学的見地からはまったく答えが見つからない。映画でもありえない。ファンタジーの世界じゃないか。

 誰かが何かのイタズラやイベントでこの石棺に入っていた? 
  
 いやいや、女性の力で簡単に開けられるとは思えない。自殺行為だ。しかし、彼女のまぶたがゆっくりと開き、深い眠りから目覚めたように彼を見つめ返した。

「ここは……どこだ? 吾は一体……」

「うわあ! しゃべった!」

 大抵の事には驚かない修一であったが、衝撃の2連続である。頭の整理が追いつかない。あまりの衝撃に、尻餅をついて言葉がでなかったのだ。

『もし幽霊を見たらどうする?』

『宇宙人を見たら? 妖怪は? どんなリアクションをとるだろうね?』

 誰もが一度はするだろう妄想に、『うーん、どうだろう。実際にその状況にならないとわからないな。でも、意外と淡々としているかも』と、仲間内で冷めた感想を言っていた修一である。

 完全に嘘だった。

 恐怖心がないなんて、とても言えない。ゴクリと唾を飲み込んで、黙ってその女性を見る。……見続ける。やがて好奇心が恐怖心を上回った。

「き、君は誰だ?」

 まるで場違いな質問である。しかしここで投げかけるべき、適切な質問などあるのだろうか。

『大丈夫?』

『何してるの?』

『誰だ?』

 どれもこれも、この状況を完全に説明するには不適切でまったく足りない。




「吾は壱与、邪馬壱国の……壱与」




 次回 第2話 (仮)『邪馬壱国の壱与』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【仮想未来SFノベル】『永劫のレオハルト』Samsara of Eden

静風
SF
西暦2157年。 人類は肉体を捨て、仮想世界《エーテル》へと移行した。 死も老いも克服され、人間の意識はデータ化されて永遠の進化を手に入れた。 この楽園を創り上げたのは天才科学者、レオハルト・カストナー。 彼は確信していた――エーテルこそが、人類が辿り着くべき「神の領域」であると。 だがある日、彼はシステムの深部で不可能な記録を目にする。 《エーテル起動記録:西暦2147年》 世界の創造は10年前に始まったはずだった。 にもかかわらず、それ以前のデータが存在しているのだ。 エーテル誕生より古い記録が、なぜエーテルの内側にあるのか? 誰が、何の目的で? 過去を記録する者、秩序を維持する者、 そして、この世界を監視する者たち。 真実に近づくたび、完璧であるはずの世界は静かに歪み始める。 それでもエーテルは、彼の意識に囁き続けた。 「ようこそ、永遠の世界へ」 この『永劫』という名の檻から脱出する術は、本当に存在するのだろうか――?

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

姥捨て

トイボン
SF
老婆が口減らしのために深い山に捨てられ、オオカミに出会いながらも平穏にこの世から旅立って、新しく生まれ変わる物語

惨劇のアクター

鮫島
SF
2895年、第三次世界大戦が行われた後の地球 一度は絶滅まで追い込まれた人類だったが、とある理由で科学が大幅に飛躍、それにより打ち捨てられた都市は回復し、人類は進化した…それはある一つの技術 人々はそれを「マキナ(舞台装置)」呼ぶ、異次元の能力。 火を操り、水を生み出し、植物を思うように動かす…まさに「神の御業」そのもの 初めは全ての人が歓喜し、それを人類の発展へと役立てた…しかし、必ず大きな力にはそれの犠牲になった者達もいる これは、そんな神の御業で復讐をなすものを取り締まり、捕獲し、収容する… とある国家直属の特務機関13課「アクター(演者)」に所属する存在とアクターに戦争を仕掛ける、復讐者の復讐劇である

kabuto

SF
モノづくりが得意な日本の独特な技術で世界の軍事常識を覆し、戦争のない世界を目指す。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

【なろう440万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

処理中です...