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9 魚と子犬
しおりを挟む「駄目だ。絶対に辞めちゃ駄目だ」
「……菫」
「どうしたら辞めないでくれる?
ライちゃんが何年も頑張ってきたことを、俺のために辞めさせるなんてできない」
ライちゃんは、難しい顔をして黙っている。
「わかった。俺、強くなるから。1人でも、生きていけるようになるから」
「……ひとりで?」
「ライちゃん無しでも、生きていけるようになる。レイちゃんも」
「兄貴も……」
「ああ。縁を切るとか言ってるわけじゃない。でも、ライちゃんがつきっきりでいる必要はないと証明してみせるから!だからせめて、辞めるのはもう少し待ってくれ」
ライちゃんは静かに俺のことを見つめている。
そして次に、2階に続く階段の方に視線をやる。
心臓がドキドキして、永遠のように感じる。
「昨日みたいなことだって、最近は全く無かったんだ。何故か朝から調子が悪くて……本当に、それだけだ。疲れが溜まっていたんだと思う。それに、もう殆どレイちゃんとも別居してるようなもんだし!」
俺は必死に言葉を続ける。
「……分かった。でも、別に俺は菫に離れて欲しいなんて思っていない。むしろ頼られた時にこそ、人生の意味を感じる。
変わるのはちょっとずつでいいから……まずは困った時に、兄貴じゃなくて、1番に俺を頼ってほしい」
「わ、分かった。そうする」
何だか途中ものすごいことを言われた気もするが、この際気にしている場合ではない。
ライちゃんが、こんな風に俺にどうして欲しいか伝えてくるなんてとても珍しいことだ。
本当に困ったらライちゃんを頼る。そして少しずつ自立する。その2つを頭の中に染み込ませる。
「じゃあ、菫がそうして欲しいなら辞めるのは保留にする」
あまりにホッとして、力が抜けそうだ。
ふらふらになりながら、ライちゃんの魚を皿に盛り付ける。
「菫、俺がやる」
背中を支えられながら、皿を奪われる。
さっき、碧に正直に話せるようになって偉いな~俺、成長したな~なんて自己満足していたのが恨めしい。
自立のやり方、碧に聞こうかな。違う、まずライちゃんに頼らないと。でもそんなこと聞いたらまた心配するかも……駄目だ、混乱してきた。
『碧、明日やっぱり図書館行く』
野菜を鍋から大皿に移しているライちゃんを横目に、碧に送信する。
レイちゃんと一緒に家に引きこもっている場合ではない。
そう言うことじゃない、とライちゃんに言われてしまいそうだが、取り敢えずまずはどんどん外に出る男になろう。
「……菫、すまなかった」
ライちゃんが魚を箸でつつきながら小さな声で謝る。俯いたままなので、目は合わない。
「何でレイちゃんが謝るんだよ」
「俺は……本当に、お前に幸せでいて欲しいだけだ。不安なことは全て取り除いてやりたい。
でも方法が分からなくて……兄貴にも昔から言われていた、大事なことは周りに相談してから決めろって」
さっきまでの毅然とした態度のライちゃんとは一転、戸惑った様な声色だ。
もし尻尾だけではなく獣の耳もあったなら、確実に下を向いていただろう。
「うん、分かってる。本当に俺のことを考えてくれてるんだって。
俺、今幸せだよ。精神的にはまだ弱いところもあるけど、それでも間違いなく幸せだ。
それに、俺の願いも一緒だ。ライちゃんに幸せでいて欲しい。後輩を指導している時の活き活きとしてるライちゃんが好き」
そう言うと、ライちゃんがゆっくりと顔を上げる。
「……菫が幸せならいい」
いつもは凛々しい眉毛が困ったようにきゅっと寄っていて、瞳は子犬のようにうるうるとしていて、俺は何故だかきゅんと胸が痛くなるのを感じた。
……これって、可愛いものを見た時に誰にでも起こるよな?
「ライちゃん、卑怯だ。可愛すぎる」
胸を押さえながらそう言うと、今度はきょとんとした顔。
「俺に可愛いと言う人間はお前だけだ……」
「レイちゃんもよく言ってただろ」
「……子供の頃はな」
嫌そうな声に思わず俺が笑うと、ライちゃんはほっとしたように口元を緩めてこちらを見た。
その顔にまたしてもキュンと心臓が動いた。不思議な現象だ。この週末はずっと心臓が騒がしい。
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