上 下
6 / 8

アランの憂鬱

しおりを挟む
「レオン様……あの子のことが気になっているんですよね?」

  ある日痺れを切らしたアランがレオンに尋ねた。

「な、あの子とは一体誰のことだ?」

「ほら前に無表情で鉄仮面みたいだって言ったあの子です」

「ばっ……!」

  話題に出されただけでレオンは顔を真っ赤にしている。やれやれこのウブで大の甘党のレオン様が氷の王太子などと呼ばれているなんて世間の評判というのは当てにならないものだ。

  甘い菓子をなによりも好み、綺麗なだけの女性は見飽きたなどと言いながら気になっているであろう女性の話をしただけで耳まで真っ赤にするこのウブさ。

  女遊びが激しくないのは結構なことだがこれほど純粋すぎるのも先が思いやられる。

  アランは小さくため息をついた。どうしてこう極端なのか。

「たしかにすごく綺麗な子ですけど……」

「見た目の問題ではない!」

  即座に反論するレオンの剣幕にアランは呆気にとられる。

「彼女はすばらしい! スイーツを心から愛していて素晴らしい菓子を作る。その微笑みはまるで女神のようで……」

「ほ、微笑むって彼女微笑むことがあるんですか?」

「ああ。彼女は菓子作りをしている時は微笑んでいる。だが人前では一切笑顔を見せない」

「へぇ……なんだかすごく変わった子ですね」

「だから彼女の魅力を知っているのは毎日こうして裏口から盗み見ている俺だけだということだ」

「……やっぱり盗み見ていたんじゃないですか」

「こ、これは見張りだ! あの女神のような彼女に悪い虫がつかぬようにと……!」

「すでにあなたという悪い虫がついているじゃないですか」

「俺のことはよい! というか悪い虫とはなんだ?! 俺はこの国の王太子だぞ?」

「そうは言いますけれど……。つまりはあの子、相当な人嫌いということじゃありませんか? 話しかけてみたことはあるんですか?」

「は、話しかけるなど……む、ムリに決まっている。彼女は売り場にはめったに顔を出さないし、仮に顔を出したとしても話しかけるなど……い、いや、やはり無理だ。心臓がもたない」

  これは重症だな……とアランは呆れ顔で思う。

  まさかこのクッキーに媚薬でも入っているんじゃなかろうな? と思ってしまうほどの熱の入れようにアランは呆れながらさきほど買ってきたピスタチオのクッキーを1つつまむ。……うん、やっぱりすごくおいしい。

「ですがこうして毎日通ってどうするおつもりですか? あの美しさですからいくら不愛想といっても誰かに先を越されてしまうかもしれませんよ?」

「む、それは……たしかにそうだな。お前の言うことも一理ある。彼女のすばらしい魅力が外に漏れれば男たちがほうっておかないに決まっている」

「ならいっそさっさと妾として王宮に迎え入れてはいかがです?」

「あ、愛人だと?! いやそんなことは……。俺は妾は持たないと決めている」

「ですけれどあの子はこんなところで働いているということは平民ということですよね? いくら美しくすばらしい人柄と言っても平民の娘を正妻にするというのは……」

「俺は妾は持たない。何度も言わせるな」

  レオンは断固とした口調で言う。アランの口から再びため息が漏れた。

  まったく困った王太子だ。たしかに平民の娘であっても貴族の家の養子としてから正妻にするなど方法はあるにはあるが……。

  なによりまずは彼女の素性を調べる必要がある。なにかボロが出ればレオン様も諦めるかもしれない。このままでは毎日エンジェル・リーフの菓子を食べさせられて太ってしまう。

「まあいいです、わかりました。僕のほうで少し調査をしてみますからレオン様はなんとか彼女と会話できるように練習でもしておいてください」

  やれやれ日課のスイーツパトロールに付き合うだけでも大変だというのにまたしても仕事が増えたとアランはため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】竜人の妻 ~Wife of the Dragonewt~

那月 結音
恋愛
 皇帝陛下はじめ、すべての貴族が《竜人》で、彼らが政治を司るこの国。  ヒトである旧家の令嬢ディアナは、父親の命により、十八歳という若さで結婚することが決まった。  相手は、ディアナより十も年上の、侯爵兼将軍ジーク。  惨憺たる過去を抱え、かたく心を閉ざしてしまったディアナだが、優しい彼に感化され、次第に心を開いていく。  種族の壁。奇しき因縁。  新たな歴史の幕が開く、その先に彼らが見るものとは――  これは、一人の気高き竜人と、彼のもとへ嫁いだ清廉な少女が紡ぐ『結婚』から始まる物語。 ※2016年完結作品 ※R指定は念のため設定しております ※エピローグの最後に挿絵を挿入いたしました(2021年6月18日追記)

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

処理中です...