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Episode ― Ⅶ ― 【金色の魔歌鳥】
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あぁ――……
またか――……
また、同じ夢を見ている――……
繰り返し何度も見る悪夢――……
母が斬られ――……
血塗れの少年が俺を見下ろす――……
そして、業火に消えていく――……
そこで、俺は目を覚ます。
†††
気が付けばクロは、草原の中心で仰向けで横たわっていた。
身体を起こし、周囲を見回すが、霧が濃く、視界は2~3mと言ったところだろうか。
クロが周囲を警戒していると、霧の向こうから人影のようなものがこちらへと近付いてくる。
クロは咄嗟に懐から銃を取り出そうとするも、銃がない。クロがそのことに気を取られていると、人影がクロに話しかける。
「探し物はこちらではないですか?」
そう言って、人影は霧の向こうからクロに向かって”何か”を放り投げる。
クロはそれを受け取る。
それは、先程クロが懐から取り出そうとしていたものだった。
クロはその銃を構えて、人影に尋ねる。
「オーギュストか?」
すると、ぼんやりしていた人影が近づいてくるとともに徐々にはっきりとし始めた。
それは、赤と黒の菱形格子模様の燕尾服を着た道化師姿の男、オーギュスト。
オーギュストはクロに一礼すると、手を差し伸べた。
クロはその手を払い除けて立ち上がり、オーギュストに問う。
「お前が、俺のところに来たってことは、また、何かあるのだろ?」
すると、オーギュストは困った顔で答える。
「ええ……、この霧の原因……悪魔レオナールを倒して欲しいのですが……、ダメでしょうか?」
クロは大きな溜息を吐き、オーギュストの頼みに対して問いかける。
「今度はどの砦だ?」
このクロの問いかけに対して、オーギュストは目を見開き、驚いた表情を浮かべ、「よろしいのですか?」と、問いかける。
その問いかけに対してクロは、続けて告げる。
「俺の目的のためだ」
その答えにオーギュストは納得し、「判りました」と畏まる。
そして、クロに濃霧の発生源の中心は南西の砦だと告げると、自分はやることがあると言って、濃霧の中に消えていった。
道化師オーギュストが消えたあと、1人残ったクロは無言で双銃を懐に仕舞うと、南西の砦を目指して濃霧の中をゆっくりと歩き出した。
†††
濃霧の中を南西に向かって突き進むクロ。
しかし、一向に目的地に着く気配が無い、それどころか同じところを何度も通っている感覚に襲われる。
「まさかな……」
と思い、クロは近場にあった手頃な樹木に傷を付けると、再び南西に向かって歩を進める。
それから3時間ほど経った頃だろうか、先程傷を付けた樹木が、クロの目の前に現れたのであった。
「なっ……!?」
クロは再び樹木に傷を付け、南西の方角に向かって走り出す。
しかし、今度は数十分もしないうちに傷を付けた樹木のもとに辿り着く。
クロは、懐から双銃を取り出すと周囲を警戒する。
すると、どこからか微かにだが、美麗な歌声がクロの耳に届く。
クロはその歌声を警戒しつつもそれが聞こえる方角へと歩いていくと、徐々にだがその音量は大きくなっていく。
そして、クロが霧を抜けると、砦が目の前に現れた。
歌声は眼前に聳える砦の奥から流れていた。
クロは、警戒しながらも、砦の内部へと入っていく。
内部は閑散としていながらも、他の砦とは違い綺麗にそして、様々な調度品で豪華に飾り付けられていた。
その中でクロは音の中心に向かい歩みを勧めていく。
やがてクロは音の発生元、砦の中心の扉の前に立ち、扉を開けた。
†††
そこは、一言で表すなら円蓋状の舞台会場のようだった。
中心には舞台があり、そこを中心として観客席がずらりと並んでいる。
そして、その舞台の中央では歌声の主が今も美麗な歌声を響かせていた。
それは金色の孔雀、王冠のような鶏冠を付け、金色の羽を広げ、まるで舞台の主役かの如く踊り、歌っていた。
それが、クロに気が付くと、首を曲げて一礼した。
クロは、双銃を構え、それに問う。
「お前が、レオナールか?」
この問いに対して、金色の孔雀は丁寧な口調で答える。
「いいえ、私はレオナールではございません。私はフェニックス。この北東の砦を守護するものでございます」
そして、金色の孔雀フェニックスは、さらに言葉を続ける。
「私、独り舞台にも少々飽きていたところでございます。故に、踊り相手になっては貰えませんか?」
フェニックスがそう言うと、金色の飾り羽を広げる。
クロもそれに呼応するが如く、双銃を構え臨戦態勢へと移る。
「OK!! それでは、死の舞踏の開演でございます」
フェニックスが両翼を広げ高らかに戦闘開始を告げる。
それを皮切りにクロはフェニックスの脳天と心臓を目掛けて、二発の弾丸を発砲した。
しかし、それらは、フェニックスに届く前に粉々に砕けた。
クロはさらに、連続して弾丸の雨をフェニックスに向けて放つが、やはり、どれもこれもフェニックスに届く前に粉々に砕けてしまう。
ならばと思い、クロは銃剣による接近戦へと切り替える。
今立っている観客席後方部からクロは、一息に舞台中央へと跳躍する。
だが、突如として、強烈な耳鳴りがしたかと思うと、それはクロが舞台中央へと近づくごとに強く、激しさを増していき、壇上に立った時には、耳鳴りから伴う頭痛と酩酊したかのごとくの気持ち悪さ、吐き気が襲う。
クロはそれらを呑み込んで、フェニックスに接近し銃剣を振るった。
しかし、銃剣の切っ先がフェニックスに当たることもなく、気が付いたらクロは劇場の壁まで吹き飛ばされていた。
なにが起きたのか理解できないクロ。対して、未だ舞台の中央で挑発するかの如く歌って踊っているフェニックス。
「野郎……、嘗めやがって!!」
クロは再び、フェニックスに向かい弾丸の如く突撃する。
だが、またもや、フェニックスに近付くごとに強烈な耳鳴りと頭痛、吐き気が襲う。
それは、先程のものより強く激しかった。
「ぐっ……!!」
そして、壇上に立つ頃には、そのあまりの強烈さから、気が飛び、双銃を振るうのに一瞬の間が出来る。
それでも、クロは気を振り絞って双銃を振るう。
だが、いや、やはりとでも言うべきか、クロは攻撃を当てる前に観客席後方の壁まで吹き飛ばされてしまう。
「がはッ――……!?」
またもや、フェニックスは何の攻撃動作もしていない。
ただ、歌っているだけで、目に見える攻撃は一切していない。
壁に勢いよく激突したことで、頭に上っていた血が噴き出し、ここにきて、クロはようやく冷静に考える。
目に見えないだけで攻撃はされている。
その証拠に奴に弾が当たる前に粉々に砕かれ、近付くごとに頭痛と耳鳴りが襲う。
そして、最後に奴に攻撃を当てる前に吹き飛ばされている。
つまり、歌って踊っているが何かしらの攻撃をしている。
そう結論付けるとクロは立ち上がり双銃を構え直し、目を閉じて集中する。
そして、目を開ける。
瞬間、世界が一瞬、紅色に反転した。と、同時にすべての動きが、時間が止まったかのように、遅くなった。
クロはその時間の中で縦横無尽に動き回りながら、銃弾をフェニックスに向けて乱射する。
しかし、すべての弾丸はフェニックスの前で悉く、粉々に砕け散る。
クロは、ならばと、さらに跳弾をも織り交ぜて、上下左右前後あらゆる角度からフェニックスに弾丸を叩き込む。
だが、ああ、悲しいかな、銃弾はすべてフェニックスの前にて、一つも残さず自壊する。
それを目にしたクロは、遂に銃弾をフェニックスに向けて放つのをやめる。
フェニックスは驚愕した。と、同時に喜んだ。
二度も必殺の勢いで壁にまで吹き飛ばした演者が、その後、目に追えぬ速度で縦横無尽に駆け回り、こちらの命を必死で獲ろうとしている。
これを、この死の舞踏を共に踊っている演者として、これほど嬉しく、そして、楽しいことはない。
故にフェニックスは唄と銃撃の幕間に共演者に声高らかに問う。
「おぉ、クロよ!! 私には、いつ、その双銃の真の力を見せてもらえるのでしょうか?」
内心驚きつつも平静を装いフェニックスにクロは問う。
「お前、なぜをそれを……?」
フェニックスは、クロのその問いに嘴をニヤリと歪めて、答える。
「私は、この島で起きたことはすべて把握しているのです。そう、例えば……、あなたが北の砦でコキュートスを倒したことも、北西や南東の砦で地獄の炎……黒炎を召喚したこともすべて把握しているのです。」
肌が粟立つのをクロは感じた。
なぜ、知っているのかと? いや、問題はそこじゃない。
奴はどこまで知っているのか?
クロは焦る。未だ黒炎を自分自身の力で制御できてないうえ、魔眼と併用すれば、魔力を使い果たす危険がある。
故に、クロは魔眼の発動中に自身の力で黒炎を発動するのを躊躇っていた。
だが、未だ能力が分からず、攻略の糸口すら掴めていないフェニックスに、ジリ貧なのは確か。
ここでクロは決断を迫られる。
黒炎を使うか……、否か……。
しかし、敵はクロに決断させる時間を与えてはくれない。
「考えている時間はありませんよ」
飾り羽を広げて、フェニックスがそう告げると強烈な耳鳴りが突如としてクロを襲う。
その強烈さからまたもや頭が割れるように痛みだし、視界がぐにゃりと歪み、思わず片膝を付く。
そして、飛び飛びになる意識を何とか繋ぎ止めて、気力を振り絞り、歌っているフェニックスに銃口を向けて発砲した。
今度もまた自壊すると思われた銃弾は、なんと、自壊することなくフェニックスの頬を掠めた。
クロはその事実に、フェニックスは頬を掠めた銃弾に驚いた。
すると、フェニックスは歌うのを止め、わなわなと震えだした。
歌が止むのと同時にクロを襲っていた耳鳴りと頭痛が徐々に治まりだしていた。
クロはこの好機に物陰に隠れて回復を計るとともに、2つ考えを巡らした。
まず初めに奴の攻撃方法について、薄々勘づいてはいたが、歌が止むのと同時に治まりだした耳鳴りと頭痛がそれを証明してる。
奴の攻撃方法……、それは、〝音〟。
銃弾が奴の目前で粉々に自壊したのも、耳鳴りと頭痛の原因も全てはフェニックスが発していた音によるものと仮定すれば辻褄が合う。
銃弾が自壊したのは、おそらく共振周波数によるもの、そして耳鳴りと頭痛の原因は超が付く重低音によるもの。
奴は超重低音から超高音まで発することが可能。
そして次に、超重低音と超高音の2種類を出せるか否か。
これについては先程の1発の銃弾が証明してる。答えは否だ。
奴は2種類の音を出すことは不可能。
「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
クロがそう結論付けると同時に耳を劈く鳴き声が会場内に木霊する。
物陰から顔を出し、鳴き声の主の方を見る。
すると、先程まで金色だった羽根が、今や真っ赤に燃えるような朱色へと変貌していた。
「よくも……、よくも、私の頬に傷をぉおおお!!」
フェニックスは勢いよく息を吸い込む。すると、みるみると胸が膨らんでいく。
クロが拙いと思ったのも束の間、フェニックスが吸い込んだ息を大きく吐き出した。
それはまさに空気の弾丸……いや、弾丸というのは生易しい、砲弾という方がしっくりと来た。
空気の砲弾がクロの方向へ一直線に飛んでくる。
クロは空気の砲弾を間一髪のところで避けるも、余波によって大きく吹き飛ばされる。
「ぐ……ッ!?」
更に、フェニックスの攻撃は続く。
クロは吹き飛ばされながらも体勢を整え、続く第二、第三の空気の砲弾を躱していく。
躱しながら、クロはフェニックスへの反撃の機を窺う。
しかし、ここで突如、視界がぐにゃりと歪み、クロは思わず転倒しかける。
そこへフェニックスの空気の砲弾が飛んでくる。
クロは気力を振り絞り片足だけで跳んで、空気の砲弾の射程外へと跳ぶ。
しかし、飛距離が足りず、左脚に空気の砲弾が直撃する。
「ぐぁあああッ!?」
転がり落ちるクロ、左脚を見ると、左脚はあらぬ方向に曲がっていた。
なんとか、壁を背にして立ち上がるも、その場から動くことすらままならない。
そんなクロに止めとばかりにフェニックスが空気の砲弾を噴射する。
もはや万事休すか……。
常人なら脚の痛みに苦悶し、避けることのできない状況に絶望し、諦める場面。
しかし、クロは不遜にも笑っていた。
あぁ……
バカか俺は……
奴の攻撃はつまるところ空気……
つまりは……
空気の砲弾が当たる寸前、クロの全身から黒炎が発せられる。
すると、空気の砲弾は黒炎に触れた瞬間、霧散した。
燃焼させればいいだけじゃねぇか……
クロは敵を見ながら不遜な笑みを浮かべた。
†††
フェニックスは驚嘆した。
この土壇場で、クロが黒炎を使ったことに驚きを隠せなかった。
いや、真に驚いたのは使うことが出来ないと思っていた黒炎を使ったことに驚いていた。
なぜならば、クロが未だクロ自身の力で黒炎を制御できていないことを、その上、先の攻防でクロの体力が減っていることも、フェニックスは知っていた。
それなのに、クロが黒炎をこの土壇場で使ってきたことに驚きを隠せなかった。
†††
クロ自身、不遜な笑みを浮かべてはいるが、その実、驚いていた。
未だ自分自身の力で制御できていない黒炎を使えたことに驚いていた。
なぜなら、最初の時も、二回目の時も、オルトロスの助力があってこそ、黒炎を召喚、使役出来ていた。
だが、今回は自分自身の力で黒炎を呼び出すことが出来た。
そのことにクロは、フェニックス以上に驚いていた。
そして、もう一つ驚いたことがあった。それは、黒炎を召喚したと同時に左脚が回復した。
あらぬ方向に曲がり、壁に背をつけて、片脚で立つのがやっとの状態だったが、見る見るうちに回復し、両脚で立てれるまで完治した。
クロは、その脚で一息で舞台上まで跳躍し、瞬く間に黒炎を纏った双銃の銃剣で、フェニックスに斬りかかる。
フェニックスはそんなクロに至近距離から無数の空気の砲弾を浴びせる。
しかし、無数の空気の砲弾は無情にも黒炎に触れた瞬間に霧散した。
そして、遂に、クロの銃剣がフェニックスを捉えた。
クロは黒炎を纏った銃剣でフェニックスを切り刻んだ。
フェニックスは断末魔を上げることなくバラバラに切り刻まれた。
†††
激しかった戦いは終わった……
誰の目から見てもクロの勝利で決着は付いた。
しかし、クロはまだ安心してなどはいなかった。
バラバラに焼き切ったフェニックスの死体は燃え尽き、灰となった。
にも拘わらず、フェニックスの魔力は衰えるどころか濃くなっていく。
生命反応が……生命力が無いにも拘らず、魔力が濃くなっていくという矛盾。
その理由はただ一つ、フェニックスとの戦いは未だ終わらずに続いているということ。
それを証明するように、宙で灰が徐々に球状に集まりだし、そして、それが爆ぜ、中から無傷のフェニックスが現れた。
クロは平静を装いながらもその内心では、かなり焦っていた。
なぜならば、魔眼と黒炎を同時に使用し、クロ自身かなりの魔力を消耗している。
それゆえに、先程から双銃を構えたくても腕や脚が鉛の塊と化かしたかと錯覚するぐらい重く。
頭や目は焼けるように痛み、片目を開けてるのがやっとの状態。
耳の奥ではやたらと鼓動音が大きくうるさく、自分の荒い息遣いも聞き取れない。
心臓や肺は酸素が足りないせいか、痛み、苦しい。
一瞬でも気を抜けば、顔面から地面に激突するという状態。
誰の目から見ても、もはや死に体。
だが、フェニックスもまた、焦っていた。
なぜならば、自身を蘇生したことによって、膨大な魔力を消費してしまっている。
故に、仮にまた蘇生するにはそれなりの魔力が必要である。
それに、魔力を蘇生のために使ってしまったがために、戦闘に使える魔力が僅かしかない。
それ故、フェニックスもまた、焦っていた。
もはや、どちらの命も風前の灯火、吹けば消えてしまうそんな状況。
お互い攻めようにも攻められないそんな状態。
3分ほどの僅かな沈黙――……
そんな沈黙を破ったのはクロだった。
肩で息を切らしていたクロが突然吹き出したように笑い出したのだ、腹を抱えて笑い出したのだ。
そんな敵を見て、フェニックスは不気味に思い、恐怖を感じた。
この人間は、なぜこの状態で笑ってられるんだ……?
フェニックスはその不気味な光景に思わず、息を呑み、片足が僅かに後退っていた。
クロは一頻り笑うと、不遜な笑みを浮かべながら双銃を構えた。
そして、フェニックスに向かって疾走した。
フェニックスは驚愕した。
自分と同等もしくはそれ以上に魔力を消費しているクロが、なんの迷いや躊躇いもなくこちらに向かって疾走してきたことに驚愕した。
フェニックスは思わず、本能的に上へと飛んでその一撃を回避する。
だが、クロはその動きを読んでいたのか、フェニックスが上へ飛んだ瞬間、クロもまた上へ跳躍していた。
そして、クロの黒炎を纏った双銃の一撃がフェニックスを地面へと叩き落とした。
†††
今度こそ決着は付いた。
フェニックスは自分を倒した共演者を見上げ、疑問に思ったことを問い掛ける。
「なぜ、最後、貴方は笑っていたのですか?」
その問いにクロは息を切らせながら答える。
「ハァ……ハァ……、そんなの、決まってるだろ……」
「勝てると分かったから、だよ……」
そう言うとクロは顔面から地面に倒れこむ。
その言葉を聞いてフェニックスは得心し、笑いながら灰となっていた。
またか――……
また、同じ夢を見ている――……
繰り返し何度も見る悪夢――……
母が斬られ――……
血塗れの少年が俺を見下ろす――……
そして、業火に消えていく――……
そこで、俺は目を覚ます。
†††
気が付けばクロは、草原の中心で仰向けで横たわっていた。
身体を起こし、周囲を見回すが、霧が濃く、視界は2~3mと言ったところだろうか。
クロが周囲を警戒していると、霧の向こうから人影のようなものがこちらへと近付いてくる。
クロは咄嗟に懐から銃を取り出そうとするも、銃がない。クロがそのことに気を取られていると、人影がクロに話しかける。
「探し物はこちらではないですか?」
そう言って、人影は霧の向こうからクロに向かって”何か”を放り投げる。
クロはそれを受け取る。
それは、先程クロが懐から取り出そうとしていたものだった。
クロはその銃を構えて、人影に尋ねる。
「オーギュストか?」
すると、ぼんやりしていた人影が近づいてくるとともに徐々にはっきりとし始めた。
それは、赤と黒の菱形格子模様の燕尾服を着た道化師姿の男、オーギュスト。
オーギュストはクロに一礼すると、手を差し伸べた。
クロはその手を払い除けて立ち上がり、オーギュストに問う。
「お前が、俺のところに来たってことは、また、何かあるのだろ?」
すると、オーギュストは困った顔で答える。
「ええ……、この霧の原因……悪魔レオナールを倒して欲しいのですが……、ダメでしょうか?」
クロは大きな溜息を吐き、オーギュストの頼みに対して問いかける。
「今度はどの砦だ?」
このクロの問いかけに対して、オーギュストは目を見開き、驚いた表情を浮かべ、「よろしいのですか?」と、問いかける。
その問いかけに対してクロは、続けて告げる。
「俺の目的のためだ」
その答えにオーギュストは納得し、「判りました」と畏まる。
そして、クロに濃霧の発生源の中心は南西の砦だと告げると、自分はやることがあると言って、濃霧の中に消えていった。
道化師オーギュストが消えたあと、1人残ったクロは無言で双銃を懐に仕舞うと、南西の砦を目指して濃霧の中をゆっくりと歩き出した。
†††
濃霧の中を南西に向かって突き進むクロ。
しかし、一向に目的地に着く気配が無い、それどころか同じところを何度も通っている感覚に襲われる。
「まさかな……」
と思い、クロは近場にあった手頃な樹木に傷を付けると、再び南西に向かって歩を進める。
それから3時間ほど経った頃だろうか、先程傷を付けた樹木が、クロの目の前に現れたのであった。
「なっ……!?」
クロは再び樹木に傷を付け、南西の方角に向かって走り出す。
しかし、今度は数十分もしないうちに傷を付けた樹木のもとに辿り着く。
クロは、懐から双銃を取り出すと周囲を警戒する。
すると、どこからか微かにだが、美麗な歌声がクロの耳に届く。
クロはその歌声を警戒しつつもそれが聞こえる方角へと歩いていくと、徐々にだがその音量は大きくなっていく。
そして、クロが霧を抜けると、砦が目の前に現れた。
歌声は眼前に聳える砦の奥から流れていた。
クロは、警戒しながらも、砦の内部へと入っていく。
内部は閑散としていながらも、他の砦とは違い綺麗にそして、様々な調度品で豪華に飾り付けられていた。
その中でクロは音の中心に向かい歩みを勧めていく。
やがてクロは音の発生元、砦の中心の扉の前に立ち、扉を開けた。
†††
そこは、一言で表すなら円蓋状の舞台会場のようだった。
中心には舞台があり、そこを中心として観客席がずらりと並んでいる。
そして、その舞台の中央では歌声の主が今も美麗な歌声を響かせていた。
それは金色の孔雀、王冠のような鶏冠を付け、金色の羽を広げ、まるで舞台の主役かの如く踊り、歌っていた。
それが、クロに気が付くと、首を曲げて一礼した。
クロは、双銃を構え、それに問う。
「お前が、レオナールか?」
この問いに対して、金色の孔雀は丁寧な口調で答える。
「いいえ、私はレオナールではございません。私はフェニックス。この北東の砦を守護するものでございます」
そして、金色の孔雀フェニックスは、さらに言葉を続ける。
「私、独り舞台にも少々飽きていたところでございます。故に、踊り相手になっては貰えませんか?」
フェニックスがそう言うと、金色の飾り羽を広げる。
クロもそれに呼応するが如く、双銃を構え臨戦態勢へと移る。
「OK!! それでは、死の舞踏の開演でございます」
フェニックスが両翼を広げ高らかに戦闘開始を告げる。
それを皮切りにクロはフェニックスの脳天と心臓を目掛けて、二発の弾丸を発砲した。
しかし、それらは、フェニックスに届く前に粉々に砕けた。
クロはさらに、連続して弾丸の雨をフェニックスに向けて放つが、やはり、どれもこれもフェニックスに届く前に粉々に砕けてしまう。
ならばと思い、クロは銃剣による接近戦へと切り替える。
今立っている観客席後方部からクロは、一息に舞台中央へと跳躍する。
だが、突如として、強烈な耳鳴りがしたかと思うと、それはクロが舞台中央へと近づくごとに強く、激しさを増していき、壇上に立った時には、耳鳴りから伴う頭痛と酩酊したかのごとくの気持ち悪さ、吐き気が襲う。
クロはそれらを呑み込んで、フェニックスに接近し銃剣を振るった。
しかし、銃剣の切っ先がフェニックスに当たることもなく、気が付いたらクロは劇場の壁まで吹き飛ばされていた。
なにが起きたのか理解できないクロ。対して、未だ舞台の中央で挑発するかの如く歌って踊っているフェニックス。
「野郎……、嘗めやがって!!」
クロは再び、フェニックスに向かい弾丸の如く突撃する。
だが、またもや、フェニックスに近付くごとに強烈な耳鳴りと頭痛、吐き気が襲う。
それは、先程のものより強く激しかった。
「ぐっ……!!」
そして、壇上に立つ頃には、そのあまりの強烈さから、気が飛び、双銃を振るうのに一瞬の間が出来る。
それでも、クロは気を振り絞って双銃を振るう。
だが、いや、やはりとでも言うべきか、クロは攻撃を当てる前に観客席後方の壁まで吹き飛ばされてしまう。
「がはッ――……!?」
またもや、フェニックスは何の攻撃動作もしていない。
ただ、歌っているだけで、目に見える攻撃は一切していない。
壁に勢いよく激突したことで、頭に上っていた血が噴き出し、ここにきて、クロはようやく冷静に考える。
目に見えないだけで攻撃はされている。
その証拠に奴に弾が当たる前に粉々に砕かれ、近付くごとに頭痛と耳鳴りが襲う。
そして、最後に奴に攻撃を当てる前に吹き飛ばされている。
つまり、歌って踊っているが何かしらの攻撃をしている。
そう結論付けるとクロは立ち上がり双銃を構え直し、目を閉じて集中する。
そして、目を開ける。
瞬間、世界が一瞬、紅色に反転した。と、同時にすべての動きが、時間が止まったかのように、遅くなった。
クロはその時間の中で縦横無尽に動き回りながら、銃弾をフェニックスに向けて乱射する。
しかし、すべての弾丸はフェニックスの前で悉く、粉々に砕け散る。
クロは、ならばと、さらに跳弾をも織り交ぜて、上下左右前後あらゆる角度からフェニックスに弾丸を叩き込む。
だが、ああ、悲しいかな、銃弾はすべてフェニックスの前にて、一つも残さず自壊する。
それを目にしたクロは、遂に銃弾をフェニックスに向けて放つのをやめる。
フェニックスは驚愕した。と、同時に喜んだ。
二度も必殺の勢いで壁にまで吹き飛ばした演者が、その後、目に追えぬ速度で縦横無尽に駆け回り、こちらの命を必死で獲ろうとしている。
これを、この死の舞踏を共に踊っている演者として、これほど嬉しく、そして、楽しいことはない。
故にフェニックスは唄と銃撃の幕間に共演者に声高らかに問う。
「おぉ、クロよ!! 私には、いつ、その双銃の真の力を見せてもらえるのでしょうか?」
内心驚きつつも平静を装いフェニックスにクロは問う。
「お前、なぜをそれを……?」
フェニックスは、クロのその問いに嘴をニヤリと歪めて、答える。
「私は、この島で起きたことはすべて把握しているのです。そう、例えば……、あなたが北の砦でコキュートスを倒したことも、北西や南東の砦で地獄の炎……黒炎を召喚したこともすべて把握しているのです。」
肌が粟立つのをクロは感じた。
なぜ、知っているのかと? いや、問題はそこじゃない。
奴はどこまで知っているのか?
クロは焦る。未だ黒炎を自分自身の力で制御できてないうえ、魔眼と併用すれば、魔力を使い果たす危険がある。
故に、クロは魔眼の発動中に自身の力で黒炎を発動するのを躊躇っていた。
だが、未だ能力が分からず、攻略の糸口すら掴めていないフェニックスに、ジリ貧なのは確か。
ここでクロは決断を迫られる。
黒炎を使うか……、否か……。
しかし、敵はクロに決断させる時間を与えてはくれない。
「考えている時間はありませんよ」
飾り羽を広げて、フェニックスがそう告げると強烈な耳鳴りが突如としてクロを襲う。
その強烈さからまたもや頭が割れるように痛みだし、視界がぐにゃりと歪み、思わず片膝を付く。
そして、飛び飛びになる意識を何とか繋ぎ止めて、気力を振り絞り、歌っているフェニックスに銃口を向けて発砲した。
今度もまた自壊すると思われた銃弾は、なんと、自壊することなくフェニックスの頬を掠めた。
クロはその事実に、フェニックスは頬を掠めた銃弾に驚いた。
すると、フェニックスは歌うのを止め、わなわなと震えだした。
歌が止むのと同時にクロを襲っていた耳鳴りと頭痛が徐々に治まりだしていた。
クロはこの好機に物陰に隠れて回復を計るとともに、2つ考えを巡らした。
まず初めに奴の攻撃方法について、薄々勘づいてはいたが、歌が止むのと同時に治まりだした耳鳴りと頭痛がそれを証明してる。
奴の攻撃方法……、それは、〝音〟。
銃弾が奴の目前で粉々に自壊したのも、耳鳴りと頭痛の原因も全てはフェニックスが発していた音によるものと仮定すれば辻褄が合う。
銃弾が自壊したのは、おそらく共振周波数によるもの、そして耳鳴りと頭痛の原因は超が付く重低音によるもの。
奴は超重低音から超高音まで発することが可能。
そして次に、超重低音と超高音の2種類を出せるか否か。
これについては先程の1発の銃弾が証明してる。答えは否だ。
奴は2種類の音を出すことは不可能。
「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
クロがそう結論付けると同時に耳を劈く鳴き声が会場内に木霊する。
物陰から顔を出し、鳴き声の主の方を見る。
すると、先程まで金色だった羽根が、今や真っ赤に燃えるような朱色へと変貌していた。
「よくも……、よくも、私の頬に傷をぉおおお!!」
フェニックスは勢いよく息を吸い込む。すると、みるみると胸が膨らんでいく。
クロが拙いと思ったのも束の間、フェニックスが吸い込んだ息を大きく吐き出した。
それはまさに空気の弾丸……いや、弾丸というのは生易しい、砲弾という方がしっくりと来た。
空気の砲弾がクロの方向へ一直線に飛んでくる。
クロは空気の砲弾を間一髪のところで避けるも、余波によって大きく吹き飛ばされる。
「ぐ……ッ!?」
更に、フェニックスの攻撃は続く。
クロは吹き飛ばされながらも体勢を整え、続く第二、第三の空気の砲弾を躱していく。
躱しながら、クロはフェニックスへの反撃の機を窺う。
しかし、ここで突如、視界がぐにゃりと歪み、クロは思わず転倒しかける。
そこへフェニックスの空気の砲弾が飛んでくる。
クロは気力を振り絞り片足だけで跳んで、空気の砲弾の射程外へと跳ぶ。
しかし、飛距離が足りず、左脚に空気の砲弾が直撃する。
「ぐぁあああッ!?」
転がり落ちるクロ、左脚を見ると、左脚はあらぬ方向に曲がっていた。
なんとか、壁を背にして立ち上がるも、その場から動くことすらままならない。
そんなクロに止めとばかりにフェニックスが空気の砲弾を噴射する。
もはや万事休すか……。
常人なら脚の痛みに苦悶し、避けることのできない状況に絶望し、諦める場面。
しかし、クロは不遜にも笑っていた。
あぁ……
バカか俺は……
奴の攻撃はつまるところ空気……
つまりは……
空気の砲弾が当たる寸前、クロの全身から黒炎が発せられる。
すると、空気の砲弾は黒炎に触れた瞬間、霧散した。
燃焼させればいいだけじゃねぇか……
クロは敵を見ながら不遜な笑みを浮かべた。
†††
フェニックスは驚嘆した。
この土壇場で、クロが黒炎を使ったことに驚きを隠せなかった。
いや、真に驚いたのは使うことが出来ないと思っていた黒炎を使ったことに驚いていた。
なぜならば、クロが未だクロ自身の力で黒炎を制御できていないことを、その上、先の攻防でクロの体力が減っていることも、フェニックスは知っていた。
それなのに、クロが黒炎をこの土壇場で使ってきたことに驚きを隠せなかった。
†††
クロ自身、不遜な笑みを浮かべてはいるが、その実、驚いていた。
未だ自分自身の力で制御できていない黒炎を使えたことに驚いていた。
なぜなら、最初の時も、二回目の時も、オルトロスの助力があってこそ、黒炎を召喚、使役出来ていた。
だが、今回は自分自身の力で黒炎を呼び出すことが出来た。
そのことにクロは、フェニックス以上に驚いていた。
そして、もう一つ驚いたことがあった。それは、黒炎を召喚したと同時に左脚が回復した。
あらぬ方向に曲がり、壁に背をつけて、片脚で立つのがやっとの状態だったが、見る見るうちに回復し、両脚で立てれるまで完治した。
クロは、その脚で一息で舞台上まで跳躍し、瞬く間に黒炎を纏った双銃の銃剣で、フェニックスに斬りかかる。
フェニックスはそんなクロに至近距離から無数の空気の砲弾を浴びせる。
しかし、無数の空気の砲弾は無情にも黒炎に触れた瞬間に霧散した。
そして、遂に、クロの銃剣がフェニックスを捉えた。
クロは黒炎を纏った銃剣でフェニックスを切り刻んだ。
フェニックスは断末魔を上げることなくバラバラに切り刻まれた。
†††
激しかった戦いは終わった……
誰の目から見てもクロの勝利で決着は付いた。
しかし、クロはまだ安心してなどはいなかった。
バラバラに焼き切ったフェニックスの死体は燃え尽き、灰となった。
にも拘わらず、フェニックスの魔力は衰えるどころか濃くなっていく。
生命反応が……生命力が無いにも拘らず、魔力が濃くなっていくという矛盾。
その理由はただ一つ、フェニックスとの戦いは未だ終わらずに続いているということ。
それを証明するように、宙で灰が徐々に球状に集まりだし、そして、それが爆ぜ、中から無傷のフェニックスが現れた。
クロは平静を装いながらもその内心では、かなり焦っていた。
なぜならば、魔眼と黒炎を同時に使用し、クロ自身かなりの魔力を消耗している。
それゆえに、先程から双銃を構えたくても腕や脚が鉛の塊と化かしたかと錯覚するぐらい重く。
頭や目は焼けるように痛み、片目を開けてるのがやっとの状態。
耳の奥ではやたらと鼓動音が大きくうるさく、自分の荒い息遣いも聞き取れない。
心臓や肺は酸素が足りないせいか、痛み、苦しい。
一瞬でも気を抜けば、顔面から地面に激突するという状態。
誰の目から見ても、もはや死に体。
だが、フェニックスもまた、焦っていた。
なぜならば、自身を蘇生したことによって、膨大な魔力を消費してしまっている。
故に、仮にまた蘇生するにはそれなりの魔力が必要である。
それに、魔力を蘇生のために使ってしまったがために、戦闘に使える魔力が僅かしかない。
それ故、フェニックスもまた、焦っていた。
もはや、どちらの命も風前の灯火、吹けば消えてしまうそんな状況。
お互い攻めようにも攻められないそんな状態。
3分ほどの僅かな沈黙――……
そんな沈黙を破ったのはクロだった。
肩で息を切らしていたクロが突然吹き出したように笑い出したのだ、腹を抱えて笑い出したのだ。
そんな敵を見て、フェニックスは不気味に思い、恐怖を感じた。
この人間は、なぜこの状態で笑ってられるんだ……?
フェニックスはその不気味な光景に思わず、息を呑み、片足が僅かに後退っていた。
クロは一頻り笑うと、不遜な笑みを浮かべながら双銃を構えた。
そして、フェニックスに向かって疾走した。
フェニックスは驚愕した。
自分と同等もしくはそれ以上に魔力を消費しているクロが、なんの迷いや躊躇いもなくこちらに向かって疾走してきたことに驚愕した。
フェニックスは思わず、本能的に上へと飛んでその一撃を回避する。
だが、クロはその動きを読んでいたのか、フェニックスが上へ飛んだ瞬間、クロもまた上へ跳躍していた。
そして、クロの黒炎を纏った双銃の一撃がフェニックスを地面へと叩き落とした。
†††
今度こそ決着は付いた。
フェニックスは自分を倒した共演者を見上げ、疑問に思ったことを問い掛ける。
「なぜ、最後、貴方は笑っていたのですか?」
その問いにクロは息を切らせながら答える。
「ハァ……ハァ……、そんなの、決まってるだろ……」
「勝てると分かったから、だよ……」
そう言うとクロは顔面から地面に倒れこむ。
その言葉を聞いてフェニックスは得心し、笑いながら灰となっていた。
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