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Episode ― Ⅴ ―【紫電の魔鹿】
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目覚めると頭が酷く痛んだ。
頭を押さえながら立ち上がり、ふらふらと砦の外に向かって歩き出すも、途中で片膝をついてしまう。
それでもなんとか、北の砦から出る。
すると、吹雪は止んでいたが、黒雲が島を覆い、紫電が轟いていた。
呆気に取られていたクロの眼前に、「大丈夫でございますか?」という声と共にオーギュストが現れる。
咄嗟にクロはオーギュストに銃を向けて訊ねる。
「何の用だ」
オーギュストは困り顔を作りながら答える。
「まずは、コキュートスを倒したことおめでとうございます。つきましては銃を納ってもらえると助かるのですが……」
苛立ちながら無言で、再度銃を突き付ける。
オーギュストは諦めて用件を捲し立てて言う。
「この雷、北西の砦の悪魔フュルフュールが原因なのですが…… この雷のせいで私グラズヘイムに帰れなくなって難儀しておりまして、そこでご相談なのですが、フュルフュールを倒して頂けないでしょうか? もちろん御協力はさせてもらいます」
クロは、オーギュストの赤鼻に銃口を突き付けながら真意を訊ねる。
「お前の目的はなんだ? なぜ、俺の手助けをする……!?」
この質問に、オーギュストはニヤリと口元を歪ませて答える。
「ええ、もちろん私にも目的はあります。自由になるという目的が……」
クロは怪訝な表情で銃を突き付けて、オーギュストに話の続きを促す。
「私を長年縛っている鎖を断ち切りたいのです……、その為には、クロ様……貴方様のお力添えが必要なのです……」
銃口を突き付けたままオーギュストの真意を聞いたクロは、銃を下ろし訊ねる。
「それで、なにをしてくれるって言うんだ?」
胸をなでおろし、クロに近づこうとするオーギュスト、だが、クロは銃口を再びオーギュストに向け告げる。
「お前の真意は分かった……。だが、それで、お前を信じたわけではない」
再び銃口を突き付けられたオーギュストは、笑みを浮かべ、「畏まりました」と一礼する。
そして、オーギュストは顔を上げると同時にクロの顔目掛けて〝何か〟を投げつける。
クロはそれを片手で掴み取ると、オーギュストを睨みつける。
だが、そこにオーギュストの姿形はなく、ヒラヒラと紙が一枚舞っていた。
『北東にある不凍の滝でお使いください。きっと道が開かれるでしょう』
投げ渡された宝玉を見つめ、クロはメモに書かれた不凍の滝へと向かう。
†††
雪山を下り、北東の不凍の滝へと辿り着いたクロ。
中途半端に掛かった橋の対岸には水が奈落へと向かって落ちていた。
そして、その対岸の絶壁には東洋の龍を象った彫像が二体、滝を挟んで並んで安置されていた。
方やその口には宝玉を咥え、方やその口には何も無い。
そして、誂えたかのように何も咥えていない龍の彫像のすぐ近くには、ペンキで挑発ともとれる文字が絶壁の壁面に書かれていた。
『Can I put it in the dragon'smouth with a single chance?』
クロは宝玉を取り出すと、それを軽く上に投げ、身体を捻り勢いよく龍の口目掛けて蹴り放った。
宝玉は勢い良く真っ直ぐ飛んでいき、見事、龍の口にがっちりと収まった。
すると、地鳴りが起き、大地が揺れ、滝が真っ二つに割れ洞穴が顔を出し、橋が延び対岸へと接岸した。
クロは橋を渡り洞穴へと入っていった。
†††
仄暗い洞穴を暫く進んでいると、坑道へと辿り着いた。
そこは、久しく使われていないため、埃臭く、黴臭い。
しかし、そんな坑道にも関わらず、カンテラの明かりが所々に灯っていた。
しかも、これまた誂えたかのように、火が灯っているカンテラは北西の方角に向かっているカンテラだけ……
クロは罠ではないかと内心疑いつつ、カンテラの後を追って坑道内を進んでいく。
どれだけ歩いただろうか……? クロがそう思っていると、不意に向かっている方向から風が吹いて来ているのを感じた。
クロは、走って風の吹いている方向へと向かう、すると、坑道の外へと出た。
坑道の外は相も変わらず、紫電と大雨で荒れており、まるで台風の中にいるかのようだった。
そんな中、紫電に照らされながら、大嵐の中心には北西の砦が聳え立っていた。
侵入を拒む紫電を掻い潜り、クロは北西の砦へと駆け抜けた。
†††
砦の中に入ると、内部は外とは打って変わって静かだった。
クロはそのまま砦の内部を進んでいると、屋上の開けた場所に出た。
すると、轟音と共に紫色の閃光が周囲を照らした。
クロが目を開けると紫色の毛並みの牡鹿、フュルフュールがクロを睨んでいた。
クロが双銃を取り出すとフュルフュールの鳴き声と共に紫電が辺りに降り注ぐ。
咄嗟に回避しようと身体が反応したが、紫電の方が疾く、クロに直撃した。
「ッ――!?」
視界が明暗して、身を裂き、焼かれる痛みがクロを襲う。
鼻腔の奥からは肉が焼け焦げた臭いが充満し、胃が痙攣して、吐きそうになる。
なんとか立ち上がるが、フュルフュールの無数の雷球がお構いなしにクロを襲う。
前や後、右に左、上から下へと紫電の雷球がクロを襲う。
痺れがとれていない手足でクロは躱そうとする。
しかし、全方位から来る雷球全てを躱すことが出来ず。
結果、3、4個躱すことができただけで、残り全てをまともに喰らうクロ。
「ぐッ、は――!?」
またもや、電流に焼かれ、クロの身体の至るところから蒸気が立ち昇る。
最初の一撃で常人なら蒸発しているのを、クロは何十発と受けたのだ。死んでいるのが普通だろう。
しかし、クロはなんとか堪え、息も絶え絶えで立ち上がる。
そんなクロにフュルフュールは、またもや、無数の雷球をクロの周囲に創る。
そんな絶体絶命の最中、クロは目を閉じ思い出す。コーキュートスとの戦いを思い出す。
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ――……!!
あの時の……あの感覚を……!!
俺は……まだ……こんなところで死ねない!!
奴を殺すまでは死ねない!!
そして、目を開ける。
一瞬、全てが紅色に反転し、全てが止まったかのように遅くなった。
そして、迫りくる雷球を掠りもせずに全て躱し、フュルフュールに銃口を向け、発砲する。
発射された弾丸は見事にフュルフュールの頭と胴を捉え、貫いた。
筈だった……
弾丸はフュルフュールを確実に貫通した。
貫通したのだが、まるで効いてない。
2つの弾丸は、明らかに脳髄と心臓を貫いた。
それは、人間は勿論のこと化外の弱点でもある。
しかし、フュルフュールには効いてない。
それどころか、フュルフュールは身体から紫電を迸らせ放電する。
身体から発される紫電は先程とは比べものにならないほどの熱量。
それは、まるで、先迄の攻撃は児戯だと言っているようなものだった。
クロは咄嗟に後ろに飛び退いていた。
しかし、それは、愚策としか言いようがなかった。
フュルフュールが紫の閃光を発したかと思うと、消えた。
と、同時にクロの後ろに回り込んでいた。
それに気付いたときには既に遅く、フュルフュールの攻撃は終わっていた。
クロの身体は先程の比ではなく焼け焦げ、宙を飛んでいた。
これは一体どういうことか?
フュルフュールは紫電を放ったわけではなく、ただ消え、後ろに回り込んだだけだ。それだけに、なぜ? という疑問だけが浮かんでいた。
だが、そんな疑問も意識と共に闇に溶けて落ちていく。
†††
――……
主――……
我が主――……
誰かが呼ぶ。
気が付くと俺は闇黒の空間にいた。
俺は叫ぶ。
「誰だ!!」
すると、闇黒の空間に4つの紅い眼が現れた。
それが、口を開き、俺に尋ねる。
『――汝、此処で死ぬのか?』
『――汝、此処で息絶えるのか?』
俺はその問いに一言で応える。
「嫌だ」
『――ならば、汝、力が欲しいか?』
俺は即座に応える。
「ああ、欲しい、力が欲しい。奴を殺せる力が!!」
『――ならば、呼べ、叫べ、我が名は……』
†††
「オルトロス!!」
クロが名を叫ぶと、双銃から黒い炎が迸る。
それを見たフュルフュールは驚いたのだろう、鳴き声を上げ雷球を放つ。
しかし、放たれた雷球はクロに届かず黒炎に触れた瞬間、全て霧散してしまった。
フュルフュールは先程と同じく、いや、先程以上の紫の閃光を発した。
それは、常人ならば眼球が潰れ、近づくだけで血が沸騰し肉が焼けて死ぬ。それだけの電流の奔流。
それほどの紫電を纏っての攻撃は、正に、必殺の域を超えている。
しかし、クロの双銃が放つ黒い炎が只の炎ではないと本能で判っていた。
故に、フュルフュールは攻撃に移ることが出来ずにいた。
対してクロは、フュルフュールが放つ紫電がこれ迄とは比べ物にならないのは、文字通り肌でビリビリと感じていた。
加えて、怪我が治ったわけでも体力が回復したわけでもなく、吐く息は浅く、荒く、絶え絶えである。
にも関わらず、クロは、フュルフュールに怖れを感じなかった。
寧ろ、フュルフュールに勝てる気ですらあった。
それは、新たな力を手に入れた自信なのか、はたまた、只の自惚れなのかは判らないが、クロは、フュルフュールに負けることはないと思っていた。
しかし、お互い動けずにいた。
動いた瞬間、勝負が決まるのがなんとなくだが、判っている。
死か勝利か。
動けないのは、相手より後に動いた方が負けるということだけ。
故に両者は、その時が来るのを待っていた。
そして、そのときは訪れた。
両者の間に雷が落ちる。と同時に、両者ほぼ同時に動く。
だが、僅かだがクロの方が反応が疾かった。
しかし、フュルフュールの疾走は雷速、雷と同じ疾さである。
故に両者の攻撃はまったくの同時であった。
フュルフュールの攻撃は紫電を纏わせた雷速の突進。
対してクロの攻撃は、黒炎を纏った双銃の音速の振り降ろし。
両者の攻撃が轟音と共に激突する。
激しく鬩ぎ合う紫電と黒炎、少しでも力を緩めた方が押し負けてしまう。
長く続く鬩ぎ合いだったが、フュルフュールの方が押し勝ち始める。
しかし、ニヤリとクロは口の端を歪ませる。
すると、フュルフュールの角がバキバキと激しい音をたてて砕き折れる。
角を折られた痛みなのかは判らないが、フュルフュールが甲高い鳴き声を上げ、前脚を天高く上げる。
クロは、この機を逃さなかった。
黒炎を纏った双銃を構え、銃口の狙いを定める。
フュルフュールは、そんなクロの脳天目掛けて、上げていた前脚の蹄を振り下ろす。
だが、クロが引き金を引いたのは同時だった。
フュルフュールは再度、甲高い鳴き声を上げる。
そして、黒炎がフュルフュールの身を包み、燃え盛る。
フュルフュールは燃え盛る黒炎の中、紫電を放電させながら霧散していった。
戦いが終わると、クロは、片膝をつき、荒く乱れた息を整えようとする。
しかし、頭の痛みがそれを許してはくれない。
呼吸をする度に少しずつ、頭の痛みが広がり増していく。
やがて、頭の痛みに耐えかね、クロはその場に倒れ、気を失った。
頭を押さえながら立ち上がり、ふらふらと砦の外に向かって歩き出すも、途中で片膝をついてしまう。
それでもなんとか、北の砦から出る。
すると、吹雪は止んでいたが、黒雲が島を覆い、紫電が轟いていた。
呆気に取られていたクロの眼前に、「大丈夫でございますか?」という声と共にオーギュストが現れる。
咄嗟にクロはオーギュストに銃を向けて訊ねる。
「何の用だ」
オーギュストは困り顔を作りながら答える。
「まずは、コキュートスを倒したことおめでとうございます。つきましては銃を納ってもらえると助かるのですが……」
苛立ちながら無言で、再度銃を突き付ける。
オーギュストは諦めて用件を捲し立てて言う。
「この雷、北西の砦の悪魔フュルフュールが原因なのですが…… この雷のせいで私グラズヘイムに帰れなくなって難儀しておりまして、そこでご相談なのですが、フュルフュールを倒して頂けないでしょうか? もちろん御協力はさせてもらいます」
クロは、オーギュストの赤鼻に銃口を突き付けながら真意を訊ねる。
「お前の目的はなんだ? なぜ、俺の手助けをする……!?」
この質問に、オーギュストはニヤリと口元を歪ませて答える。
「ええ、もちろん私にも目的はあります。自由になるという目的が……」
クロは怪訝な表情で銃を突き付けて、オーギュストに話の続きを促す。
「私を長年縛っている鎖を断ち切りたいのです……、その為には、クロ様……貴方様のお力添えが必要なのです……」
銃口を突き付けたままオーギュストの真意を聞いたクロは、銃を下ろし訊ねる。
「それで、なにをしてくれるって言うんだ?」
胸をなでおろし、クロに近づこうとするオーギュスト、だが、クロは銃口を再びオーギュストに向け告げる。
「お前の真意は分かった……。だが、それで、お前を信じたわけではない」
再び銃口を突き付けられたオーギュストは、笑みを浮かべ、「畏まりました」と一礼する。
そして、オーギュストは顔を上げると同時にクロの顔目掛けて〝何か〟を投げつける。
クロはそれを片手で掴み取ると、オーギュストを睨みつける。
だが、そこにオーギュストの姿形はなく、ヒラヒラと紙が一枚舞っていた。
『北東にある不凍の滝でお使いください。きっと道が開かれるでしょう』
投げ渡された宝玉を見つめ、クロはメモに書かれた不凍の滝へと向かう。
†††
雪山を下り、北東の不凍の滝へと辿り着いたクロ。
中途半端に掛かった橋の対岸には水が奈落へと向かって落ちていた。
そして、その対岸の絶壁には東洋の龍を象った彫像が二体、滝を挟んで並んで安置されていた。
方やその口には宝玉を咥え、方やその口には何も無い。
そして、誂えたかのように何も咥えていない龍の彫像のすぐ近くには、ペンキで挑発ともとれる文字が絶壁の壁面に書かれていた。
『Can I put it in the dragon'smouth with a single chance?』
クロは宝玉を取り出すと、それを軽く上に投げ、身体を捻り勢いよく龍の口目掛けて蹴り放った。
宝玉は勢い良く真っ直ぐ飛んでいき、見事、龍の口にがっちりと収まった。
すると、地鳴りが起き、大地が揺れ、滝が真っ二つに割れ洞穴が顔を出し、橋が延び対岸へと接岸した。
クロは橋を渡り洞穴へと入っていった。
†††
仄暗い洞穴を暫く進んでいると、坑道へと辿り着いた。
そこは、久しく使われていないため、埃臭く、黴臭い。
しかし、そんな坑道にも関わらず、カンテラの明かりが所々に灯っていた。
しかも、これまた誂えたかのように、火が灯っているカンテラは北西の方角に向かっているカンテラだけ……
クロは罠ではないかと内心疑いつつ、カンテラの後を追って坑道内を進んでいく。
どれだけ歩いただろうか……? クロがそう思っていると、不意に向かっている方向から風が吹いて来ているのを感じた。
クロは、走って風の吹いている方向へと向かう、すると、坑道の外へと出た。
坑道の外は相も変わらず、紫電と大雨で荒れており、まるで台風の中にいるかのようだった。
そんな中、紫電に照らされながら、大嵐の中心には北西の砦が聳え立っていた。
侵入を拒む紫電を掻い潜り、クロは北西の砦へと駆け抜けた。
†††
砦の中に入ると、内部は外とは打って変わって静かだった。
クロはそのまま砦の内部を進んでいると、屋上の開けた場所に出た。
すると、轟音と共に紫色の閃光が周囲を照らした。
クロが目を開けると紫色の毛並みの牡鹿、フュルフュールがクロを睨んでいた。
クロが双銃を取り出すとフュルフュールの鳴き声と共に紫電が辺りに降り注ぐ。
咄嗟に回避しようと身体が反応したが、紫電の方が疾く、クロに直撃した。
「ッ――!?」
視界が明暗して、身を裂き、焼かれる痛みがクロを襲う。
鼻腔の奥からは肉が焼け焦げた臭いが充満し、胃が痙攣して、吐きそうになる。
なんとか立ち上がるが、フュルフュールの無数の雷球がお構いなしにクロを襲う。
前や後、右に左、上から下へと紫電の雷球がクロを襲う。
痺れがとれていない手足でクロは躱そうとする。
しかし、全方位から来る雷球全てを躱すことが出来ず。
結果、3、4個躱すことができただけで、残り全てをまともに喰らうクロ。
「ぐッ、は――!?」
またもや、電流に焼かれ、クロの身体の至るところから蒸気が立ち昇る。
最初の一撃で常人なら蒸発しているのを、クロは何十発と受けたのだ。死んでいるのが普通だろう。
しかし、クロはなんとか堪え、息も絶え絶えで立ち上がる。
そんなクロにフュルフュールは、またもや、無数の雷球をクロの周囲に創る。
そんな絶体絶命の最中、クロは目を閉じ思い出す。コーキュートスとの戦いを思い出す。
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ――……!!
あの時の……あの感覚を……!!
俺は……まだ……こんなところで死ねない!!
奴を殺すまでは死ねない!!
そして、目を開ける。
一瞬、全てが紅色に反転し、全てが止まったかのように遅くなった。
そして、迫りくる雷球を掠りもせずに全て躱し、フュルフュールに銃口を向け、発砲する。
発射された弾丸は見事にフュルフュールの頭と胴を捉え、貫いた。
筈だった……
弾丸はフュルフュールを確実に貫通した。
貫通したのだが、まるで効いてない。
2つの弾丸は、明らかに脳髄と心臓を貫いた。
それは、人間は勿論のこと化外の弱点でもある。
しかし、フュルフュールには効いてない。
それどころか、フュルフュールは身体から紫電を迸らせ放電する。
身体から発される紫電は先程とは比べものにならないほどの熱量。
それは、まるで、先迄の攻撃は児戯だと言っているようなものだった。
クロは咄嗟に後ろに飛び退いていた。
しかし、それは、愚策としか言いようがなかった。
フュルフュールが紫の閃光を発したかと思うと、消えた。
と、同時にクロの後ろに回り込んでいた。
それに気付いたときには既に遅く、フュルフュールの攻撃は終わっていた。
クロの身体は先程の比ではなく焼け焦げ、宙を飛んでいた。
これは一体どういうことか?
フュルフュールは紫電を放ったわけではなく、ただ消え、後ろに回り込んだだけだ。それだけに、なぜ? という疑問だけが浮かんでいた。
だが、そんな疑問も意識と共に闇に溶けて落ちていく。
†††
――……
主――……
我が主――……
誰かが呼ぶ。
気が付くと俺は闇黒の空間にいた。
俺は叫ぶ。
「誰だ!!」
すると、闇黒の空間に4つの紅い眼が現れた。
それが、口を開き、俺に尋ねる。
『――汝、此処で死ぬのか?』
『――汝、此処で息絶えるのか?』
俺はその問いに一言で応える。
「嫌だ」
『――ならば、汝、力が欲しいか?』
俺は即座に応える。
「ああ、欲しい、力が欲しい。奴を殺せる力が!!」
『――ならば、呼べ、叫べ、我が名は……』
†††
「オルトロス!!」
クロが名を叫ぶと、双銃から黒い炎が迸る。
それを見たフュルフュールは驚いたのだろう、鳴き声を上げ雷球を放つ。
しかし、放たれた雷球はクロに届かず黒炎に触れた瞬間、全て霧散してしまった。
フュルフュールは先程と同じく、いや、先程以上の紫の閃光を発した。
それは、常人ならば眼球が潰れ、近づくだけで血が沸騰し肉が焼けて死ぬ。それだけの電流の奔流。
それほどの紫電を纏っての攻撃は、正に、必殺の域を超えている。
しかし、クロの双銃が放つ黒い炎が只の炎ではないと本能で判っていた。
故に、フュルフュールは攻撃に移ることが出来ずにいた。
対してクロは、フュルフュールが放つ紫電がこれ迄とは比べ物にならないのは、文字通り肌でビリビリと感じていた。
加えて、怪我が治ったわけでも体力が回復したわけでもなく、吐く息は浅く、荒く、絶え絶えである。
にも関わらず、クロは、フュルフュールに怖れを感じなかった。
寧ろ、フュルフュールに勝てる気ですらあった。
それは、新たな力を手に入れた自信なのか、はたまた、只の自惚れなのかは判らないが、クロは、フュルフュールに負けることはないと思っていた。
しかし、お互い動けずにいた。
動いた瞬間、勝負が決まるのがなんとなくだが、判っている。
死か勝利か。
動けないのは、相手より後に動いた方が負けるということだけ。
故に両者は、その時が来るのを待っていた。
そして、そのときは訪れた。
両者の間に雷が落ちる。と同時に、両者ほぼ同時に動く。
だが、僅かだがクロの方が反応が疾かった。
しかし、フュルフュールの疾走は雷速、雷と同じ疾さである。
故に両者の攻撃はまったくの同時であった。
フュルフュールの攻撃は紫電を纏わせた雷速の突進。
対してクロの攻撃は、黒炎を纏った双銃の音速の振り降ろし。
両者の攻撃が轟音と共に激突する。
激しく鬩ぎ合う紫電と黒炎、少しでも力を緩めた方が押し負けてしまう。
長く続く鬩ぎ合いだったが、フュルフュールの方が押し勝ち始める。
しかし、ニヤリとクロは口の端を歪ませる。
すると、フュルフュールの角がバキバキと激しい音をたてて砕き折れる。
角を折られた痛みなのかは判らないが、フュルフュールが甲高い鳴き声を上げ、前脚を天高く上げる。
クロは、この機を逃さなかった。
黒炎を纏った双銃を構え、銃口の狙いを定める。
フュルフュールは、そんなクロの脳天目掛けて、上げていた前脚の蹄を振り下ろす。
だが、クロが引き金を引いたのは同時だった。
フュルフュールは再度、甲高い鳴き声を上げる。
そして、黒炎がフュルフュールの身を包み、燃え盛る。
フュルフュールは燃え盛る黒炎の中、紫電を放電させながら霧散していった。
戦いが終わると、クロは、片膝をつき、荒く乱れた息を整えようとする。
しかし、頭の痛みがそれを許してはくれない。
呼吸をする度に少しずつ、頭の痛みが広がり増していく。
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