漆黒の復讐者 ―Dark Avenger―

PN.平綾真理

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Episode ― Ⅳ ― 【紅蓮氷獄の王】

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 グラズヘイム宮殿から出たクロは、北にある極寒の山ニブルヘイムを登っていた。
 吹き荒れる吹雪、2、3mにも満たない視界、360度どこを見ても白一色の風景の世界のなか、クロは積雪に足を取られながら頂上にある砦に向かっていた。
 道中何度か滑落や雪崩の危機にあいながらも、なんとか砦の入口に辿り着く。
 砦内部に入ると、外の凍り付くような寒さのほうがいいと思えるほど、冷たく冷え切っていた。
 砦内部を探索していると、地下につづく階段を見つけ、それを下っていくと闘技場のような広い場所に出た。
 そこは、砦外部程ではないが雪が吹雪いており、中央には紅い西洋甲冑が鎮座していた。
 クロが闘技場の広場に足を踏み入れると声がどこからか木霊する。
 『——ここに人の子が来るのは久しいな……』
 周囲を警戒しながら、双銃を懐から取り出してクロは叫ぶように声の主に問う。
 「誰だ!? どこにいる!?」
 クロの呼びかけに未だ姿見えぬ声が応える。
 「どこを見ている? ここに居るだろ?」
 声のした方に振り返るが、相変わらず紅い西洋甲冑が鎮座しているだけだった。
 「まさかな……」
 クロは紅い西洋甲冑に近づき、銃口を兜に向けて引き金を引こうとした。
 すると、引き金を引くより先に紅い西洋甲冑が銃身を掴んだ。
 「なっ——……!?」
 クロは驚き思わず紅い西洋甲冑に向けていた銃を引っ込め、後ろに下がる。
 「いきなり得物向けるとは無粋なやつだ」
 紅き西洋甲冑はそう言いながら、立ち上がる。
 平静を装いクロは銃口を向けながら訊ねる。
 「あんたが、この北の砦の悪魔か……?」
 紅き西洋甲冑はクロの問いに答える。
 「如何にも、我がこの砦を守護せしもの。人の子がこの砦に何用か?」
 クロはその問いに冷たい声で答える。
 「あんたを殺しに来た……」
 紅い西洋甲冑はその言葉を聞いて、唐突に小刻みに震えだす。
 「クックックッ……人の子如きがこの我を、紅蓮氷獄ぐれんひょうごくの王コキュートスを殺すだと……? クックックッ……面白い! ならば、試してやろう!」
 笑いながら言うと、コキュートスは虚空から氷の剣を作り出し、横一文字に薙ぎ払う。
 クロはそれを後ろに跳んで躱し、双銃を構えて引き金を引く。
 だが、コキュートスは氷の盾を作り出し、銃弾を防ぐ。
 そして、氷の剣を槍へと変化させてクロに向かって投げた。
 クロはそれを横に跳んで躱し、着地と同時に、一息でコキュートスに肉薄して斬りにかかる。
 今度は、コキュートスは氷の矛を作り出して、振り払う。
 それを双銃で受けたクロは、後方へ吹き飛ばされる。
 この間、約五秒――……
 「クックックッ……人間にしてはやりおる。普通の人の子ならば最初の一撃で死んでおる筈なんだが、いまだ健在とは恐れ入った」
 クロは悪態をつきながら答える。
 「それはどうも……」
 コキュートスは矛を構え直し言う。
 「では、ここからは本気でいかせてもらおう!!」
 クロもそれに呼応して双銃を構え直す。
 すると、コキュートスがクロの目の前から消え、次の瞬間にはクロの背後に回っていた。
 「!?」
 クロはそれを目の端で追うのがやっとだった。
 コキュートスは矛でクロの首目掛けて突きを放つ。
 クロは辛うじてその一突きを上体を反らして紙一重で躱す。
 だが、体勢が悪く続くコキュートスの蹴りを躱すことも防ぐこともできず、まともに受けて大きく吹き飛び、凍り付いた石畳の上を転がる。
 「くッ――……!」
 だが、クロはその勢いを利用して腕だけで大きく跳躍し、コキュートスに銃口を向けて双銃の引き金を引く。
 しかし、クロの放った銃弾はすべてコキュートスの矛で叩き落された。
 着地しコキュートスに銃口を向けるが、コキュートスがいた筈の場所にいない。
 すると、目の端に氷の棍が現れて、クロを襲う。
 クロは咄嗟に左腕でそれを防ぐが、吹き飛ばされて、またもや、凍りついた石畳を数回跳ね、石壁に激突する。
 雪煙の中、瓦礫を退けて立ち上がると、氷の槍がクロの眼前に迫っていた。
 クロは間一髪それを横に跳んで躱す。
 だが、続けて第二、第三の槍がクロを襲う。
 クロはそれらを躱しながら疾走する。
 そして、クロが雪煙を突っ切ると、コキュートスが大量の槍を空中に展開していた。
 コキュートスが掲げた手を振り下ろすと、静止していた槍がクロへ目掛けて襲い掛かる。
 クロはそれらを双銃で撃ち落としていくが、数が多く総てを撃ち落とすことができない。
 撃ち落とすことができなかった刃がクロの首筋まで迫る。
 クロが死を覚悟したそのとき、不思議なことが起きた。
 風景が一瞬紅色に反転し、なにもかもが止まって見えた。
 正確には止まったかのように遅くなった。
 迫りくる氷の刃、コキュートスからその周りで吹雪いていた雪までもが止まったかのように遅くなった。
 しかし、クロ自身はいつも通りの速さで動くことができた。
 クロは、そのまま首筋に迫っていた凶刃を双銃で叩き落す。
 そして、その後も迫ってくる槍を双銃で撃ち落としながら、叩き落としながらコキュートスへと向かって駆け抜ける。

 †††

 コキュートスは我が目を疑った。
 先程まで手も足も出せなかった人の子が、首筋まで迫った氷の刃を叩き落し、その後も必殺の速度で撃ちだしている槍を迎え撃ちながらこちらに近づいてくることに驚愕した。
 コキュートスはいつの間にか後退しながら槍を生成、撃ちだしていた。
 しかし、それらを総てを迎え撃ちながらさらに加速し、それはコキュートスの胸元まで肉薄する。
 そのとき、コキュートスは気付いた。
 その瞳が漆黒から魔力を帯びた真紅に変わっていることに。

 †††

 ガキン!!

 衝撃と音が、雪が吹雪く闘技場内に響き渡る。
 クロの双銃とコキュートスの氷の刃がギギギと甲高い音を立てながら鬩ぎあう。
 だが、クロがコキュートスを氷の剣ごと後ろに弾き飛ばす。
 そして、跳び上がり、渾身の力を込めて双銃を振り下ろした。

 吹雪いていた雪が止んだ。
 同時に激しかった戦いが終わった。
 「まさか、このコキュートスが敗れるとはな――……」
 苦しげに浅い息を吐きながらコキュートスは、今自分を倒した男の姿を見た。
 それは、今も俯き自分よりも苦しげに荒い息を吐いている。
 そんな男にコキュートスは尋ねた。
 「小僧……貴様、ただの人の子ではないな?」
 その男は呼吸を荒げたまま睨みつけ。
 「小僧じゃ……ねぇ……。クロ……だ……」
 と言うと、前のめりに倒れ気を失った。
 コキュートスはそんなクロの姿を見て、大きく笑いながら赤い雪となり散っていた。
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