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第4章 愛

第13話 氷と雷の魔法

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★◇◆◇◆◇◆◇


 パチパチパチ……
 ゴゴゴゴゴ……
 フライパン塔から聞こえてくる音だけが、裏庭に響いている。
 ターメリックとクィントゥム、そしてコーヒーミルをはじめとするキィオークの待機組は、集中するレードル姫の背中を見つめていた。

 ターメリックは、ふとレードル姫の長い黒髪が揺れていることに気づいた。
 ……裏庭は無風である。
 そのおかげで、塔の炎が燃え広がらずにすんでいるといえるだろう。
 しかしその中で、レードル姫の黒髪だけが揺れている。
 その光景はとても神々しく、見ているターメリックは訳もわからずワクワクしていた。

 頑張れ……!
 頑張れ、姫様……!
 ターメリックは、自然と「仲間」を応援していた。
 いったい何が起こるのか……
 手に汗握るとは、まさにこのこと!
 ターメリックが前のめりに見守っていると、ついにレードル姫が杖を振り上げた。

「ネージュ・アイシクル!」

 呪文を唱えた途端、振り上げた杖の先端が輝き、そこから大量の氷が現れた。
 そして、レードル姫が杖を振り下ろした途端、氷はフライパン塔の燃え盛る炎へと降り注いだ。
 シュゥゥゥゥ……
 氷が溶けて水になる音が響く中、瞬く間に炎の勢いは弱まり、夜空に白煙が立ち昇った。
 あたりは焦げ臭い匂いに包まれている。

「……」

 ターメリックとクィントゥムは、声もなく顔を見合せていた。
 ターメリックのほうは、この感動を伝えたかったのだが……
 え、な、い、今の、す、すご……
 どうにも上手く伝えられそうになくて、黙っていたのだった。

 レードル姫は、塔の炎が完全に消火されたことを確認し、杖を降ろした。
 肩を軽く上下させている背中からは「やりきった感」が目に見えるようだった。
 と、そのとき。
 レードル姫を見守っていたコーヒーミルのバッチが鳴り出した。
 コーヒーミルは、落ち着いた様子でバッチを操作した。

「こちらコーヒーミル。ケトル、どうしたの? そちらの状況を詳しく。どうぞ」
『こちらケトル。レードル姫様の魔法により、フライパン塔は完全に鎮火した。そして、無事にシノワ姫様を救出したぞ!』

 バッチから聞こえるケトルの報告に、中庭で固唾を呑んでいたキィオークたちが、揃って歓声を上げた。
 ああ、良かった……
 良かったねぇ……!
 ターメリックは、クィントゥムと顔を見合わせてニッコリ笑った。
 クィントゥムも、先ほどの魔法の興奮がまだ残っているのか、珍しく大きく頷いていた。
 しかし。

『団長っ! まだですよ! まだ終わってませんから! 犯人たち、逃げちゃってますから! 塔から脱出しちゃってますからっ!』

 バッチから聞こえてきたミトンの絶叫に、その場にいたキィオークたちは騒然となった。
 もちろんターメリックとクィントゥムも、何もできないというのにバタバタと慌てていた。
 どうやらフライパン塔では、シノワ姫とコバチの救出を何より優先していたため、犯人確保のための人員を割けなかったらしい。
 仕方ないことといえば仕方ないものの、

「……まったく」

 コーヒーミルはバッチに向かって大袈裟にため息をついた。
 バッチの向こうから、キィオークたちの怯えた様子が伝わって来るようだ。
 しかし、コーヒーミルはもうバッチの向こうではなく、焦げ臭い匂いが漂うフライパン塔の外観に意識を集中していた。
 深呼吸をして、目を凝らし……

「あそこですっ!」

 塔の入り口を指さした。
 え? どこどこ?
 もしかして……
 あれ……か?
 ターメリックには、コーヒーミルの指さした先の3つの点しか見えなかった。

 パン民族は視力が非常に高い……
 ターメリックがクィントゥムに教えてもらったことを思い出している間に、レードル姫はその3つの点に照準を合わせていた。
 勢いよく杖を振り上げる。

「エクレール・サンダー!」

 杖の先から稲妻が煌めいた。
 ええっ、今度は雷の魔法!?
 と、ターメリックが驚く間もなく、稲光が闇夜を貫き、遠くの点に命中した……ように見えた。

 あ~っ! よく見えないっ!
 というか……
 アレって、当たっても大丈夫なものなのかな……
 ターメリックはさすがに犯人たちが心配になってきたが、もちろんそれでレードル姫の気がすむはずはなかった。

「ラファール・トルネード!」

 振り上げた杖の先で小さな竜巻が発生した。
 竜巻は、そこから痺れて動けないでいるらしい犯人たちのもとへと飛んでいく。
 そして大きな竜巻となって、犯人たちを運んで来たのだった。
 ああ、やっぱり……
 この3人だったんだ。
 背の高い男、太った男、小柄な女……
 ターメリックのよく知る3人組が、レードル姫の足元にバタバタと倒れて目を回していた。
 3人組は稲妻に撃たれて竜巻に飛ばされたものの、起き上がれないだけで命に別状はないらしい。

「はああ、つまんないの」

 レードル姫は、腰に手を当てて、わざとらしく大きなため息をついた。

「ここからが本番! いざ炎の魔法をご覧あれ! って感じだったのに、使う機会すらないなんて……もっと本気でかかってきてほしかったわ」
「レードル姫様、そのくらいにしておいてください。裏庭一面、焼き野原になさるおつもりですか」

 コーヒーミルの冷静な一言を背に受け、レードル姫は「まったくもぉ」と口を尖らせながら杖をブローチに戻した。
 遠くから様子を窺っていた裏庭のキィオークたちは、レードル姫がもう魔法を使わないとわかると、バタバタと集まってきた。
 ……こうして、ターメリックたちと因縁のある3人組は、シノワ姫誘拐事件の犯人として、キィオークたちに捕縛されたのだった。


◆◇◆☆◆◇◆◇


 フライパン塔からは、まだ白煙が上がっている。
 無事に鎮火されたとはいえ、まだ熱がこもっているようだ。
 レードル姫は、そんなフライパン塔の入り口を見つめていた。
 風が出てきたのか、黒髪がそよいでいる。

 迎えてあげなくちゃ。
 頑張ったみんなと、シノワ姉様を。
 普段なら、魔法を唱えた後はすぐに眠くなってしまうのに、今日はまったくそんなことはなかった。
 みんなのために……
 そう思えば思うほど、魔力が溢れてくる。

 つい最近まで、魔法はもう二度と使えないかもしれないと不安だったのに……
 不思議なこともあるものね。
 レードル姫が胸元のブローチを見つめていると、

「レードル姫様っ! 魔法、すごかったです! カッコよかったです!」

 後ろから聞こえてきた早口の声に振り返ると、ターメリックが両手をバタバタと振り回していた。
 かなり興奮しているようで、瞳はキラキラと輝いている。
 そして、先ほどから「すごい」としか口にしていない。

 この人、みんなのリーダーなのよね……?
 こんなに子どもっぽくて大丈夫かしら。
 レードル姫が「自分にも当てはまる」心配をしていると、ターメリックの後ろからクィントゥムが顔を出した。
 そして、

「お見事でした。無事に魔法が発動したようで、安心しました」

 と、微笑んだ。
 そうだった、この人……!
 レードル姫は、忘れかけていた疑問を思い出し、クィントゥムに詰め寄った。

「どうして!? どうしてわたしが魔法を使えないこと、知っていたの!?」
「ああ、やはりお困りだったのですね」
「……」

 レードル姫は驚いて目を見張ったが、クィントゥムは穏やかに微笑みを浮かべて「実は……」と話し始めた。

「愛の剣は、クリスタン神話によると『人肌の温もりがある温かな剣』なのだそうです。しかし……あなたから初めて愛の剣を見せて頂いたとき、まったく温かくなくて驚きました」
「……」
「それで、これは何か問題が起こっているのではないかと考えたのです。例えば……得意な魔法が発動しなくなった、とか」
「……」


つづく
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