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第3章 叡智

第14話 愛かそれとも

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★◇◆◇◆◇◆◇


 伝説の剣は、持ち主の精神状態によって使えなくなることもある……
 常に自信を持ち、迷いがないように気をつけるべきである……

 王都タジンへ向かう道中、クィントゥムが教えてくれた事実に、ターメリックは身を引き締めた。
 毒気の正体である影を切る真実の剣を持っているだけでも責任重大なのに、そこで自信を持ち続けるのも大変そうだ。

 あ、でも大丈夫。
 ぼくは、ひとりじゃないからね。
 ターメリックは、ともに歩く仲間たちを見回した。
 やっと昔のように、よく笑うようになったクィントゥム君。
 軽くなった荷台を、楽しそうに引いて歩くノウェム君。
 そして、その荷台の後ろに座るクラン君。

 みんながぼくの仲間で……
 友達で、良かった。
 ターメリックは、クィントゥムの隣を歩きながら、楽しく会話に参加した。

 こうして、4人は楽しく旅を続けた。
 稲穂を揺らす涼やかな風に、黄金に染まる夕日、満天の星……
 それらは、ターメリックにとって何もかもが新鮮な体験だった。

 ある日の早朝のこと……
 まだ朝靄の煙る中、ターメリックは小麦畑の小屋を出て、茂みの奥を散歩していた。
 早起きに慣れて、朝スッキリ起きられるようになったものの、一度目が覚めるともう寝付けなくなってしまった。
 それはそれで、健康だからいいか。

 少し肌寒い茂みを歩き、そろそろ小屋に戻ろうとした、そのとき。
 道の向こうから、人の足音が聞こえてきた。
 こんな朝早くに、こんなところを歩いている人がいるんだ。
 珍しいなぁ……
 ここはあまり人が通らないってディッシャーさんも言っていたし、確かにその通りで出会う人もいなかった。
 それなのに……
 この足音、王都のほうから聞こえてくる!
 どこに向かってるんだろう……

 ターメリックが茂みの中から様子を窺っていると、ようやく足音の主が姿を現した。
 なんと……
 若い女性である。
 一瞬見えた瞳は紫色で、フードの下からのぞく長い髪は仄かなレモン色をしていた。
 携えた細身の剣、黒いローブの胸元には、桔梗の花のバッチがついている。

 桔梗って確か、パン王国の国旗に描かれていて、父さんが「国の花だから覚えておけ」って言っていたような……
 というか、なんだろう、あの隙のない感じ。
 スパイス帝国のペパー剣士団長に似てるかも。
 ターメリックは、茂みの中から不思議な緊張を感じ取っていた。

 女性が向かっているのは、ターメリックたちが通ってきたカトラリー地方であり、その先にはクリスタニアがある。
 もしかしてこの人、クィントゥム君みたいに「伝説の剣に選ばれたからクリスタニアへ向かっている途中」の仲間かもしれない。
 この人が、仲間だったらいいのになぁ。
 あ、そうか。
 調べればいいんだ。

 ターメリックは、女性が通り過ぎた道を静かに横切り、仲間たちの寝ている小屋へと向かった。
 隣に停めてある荷台から、羅針盤を持ってこようと思ったのだ。
 あの人のフィリアが「グレーシア」か「マリア」なら、ぼくたちの仲間だ。
 目の端に歩き去る女性を捉えつつ、ターメリックは羅針盤に手をかざそうとした。
 そのとき。

「おはよう」
「ぎゃあーっ!?」

 突然後ろから声をかけられ、ターメリックは真上に飛び上がった。
 振り向いた先には、呆れ顔のクランが立っていた。

「どこに行ったのかと思った。どうしたの、寝ぼけてたの」
「え? いや、違うよ。この道を人が通っていて……あれ?」

 ターメリックは女性の後ろ姿を指さしたのだが、そこには何の影も見当たらなかった。
 決して見晴らしの悪い道ではないので、歩いている人の姿は地平線まで見えるはずなのだが、先ほどの女性は忽然と姿を消していた。
 おかげで、クランも怪訝な表情である。

「ふぅん、人ねぇ」
「本当だよ! ちゃんと見たんだから!」

 ターメリックは忙しなく羅針盤に手をかざした。
 しかし、橙色と紫色の光はクリスタニアとは逆の方角を指している。
 人違いなのか、ターメリックの見間違いか……
 それとも……

「ま、その話は後で聞くから、朝ご飯にしよう」

 クランは興味なさそうに小屋の中へと戻って行ってしまった。
 ほんとに、見たんだけどなぁ……
 ターメリック小さくため息をついて、クランの後を追った。
 
 その後、クランの作った朝食が美味しいたまごサンドだったためか、ターメリックはたまごサンドを食べているうちに、見かけた人影のことは忘れてしまったのだった。


★◇◆◇◆◇◆◇


 その日の午後、ターメリックたちはパン王国の王都タジンに到着した。
 食べ物の市場や草木の美しい公園が広がり、石畳の緩い上り坂は、純白の城へと続いている。
 パン王国の王家、カンパーナ=フロース家が住まうミルクパン城である。

 パン王国は、農業専門の国として知られている。
 切り立つ崖のせいで魚も取れず、旅人を呼び込む観光地や宿屋も少ないためである。
 ちなみに、パン王国の隣国ヌフ=ブラゾン王国は海に恵まれた国であり、外海は食用魚の宝庫で、内海は観光地が広がっている。

 両国の関係は良好で、それはパン王国の現国王ユキヒラと、ヌフ=ブラゾン王国の現国王グリシーヌが、お互い国王となる以前からの親友であるためだろう。
 ふたりは文化や趣味を通じて、今でもお忍びで隣国を訪れる仲なのだそうだ。

 ……と、その日の宿屋を探して街を歩いている間に、クィントゥムがパン王国について教えてくれたのだった。

 大通りは、クィントゥムの説明とは違い、賑わっているようだった。
 道に面した店では、どこも目立つところにいちごジャムの瓶が並べられている。
 なんだろう……
 何かのお祭り、かな。

 いちごジャムの瓶は、まるで宝石のようにキラキラと輝いて並んでいた。
 ぼくの真実の剣のガーネットみたいだなぁ。
 ターメリックがキョロキョロとあたりを見回していると、

「旅人さん! その髪の色、カッコイイねぇ!」

 いちごジャムが並ぶ屋台の奥から、陽気な親父が現れた。
 やはりパン王国では、ターメリックの髪色は珍しいようだ。
 そんな親父にクランが「いちごジャム、大量ですね」と声をかけると、親父は嬉しそうに商品の説明を始めた。

「このいちごジャムは、姫様のお気に入りなんだ。もうすぐ姫様の誕生日だから、この時期は大安売りするのさ!」
「へぇ……確かに、おめでたいですね!」

 ターメリックが相槌を打つと、親父はさらにご機嫌になって、

「なんてったって、パン王国第3王女レードル・グレーシア・カンパーナ=フロース様のお誕生日だからな!」

 そう言って「がはははは」と恰幅のいい親父は腹を揺すって笑った。
 しかし……
 ターメリックたちの間には、緊張が走った。

「グレーシア……」

 それは、この前羅針盤で確認したフィリアのひとつである。
 いやいや……
 一国の姫様が仲間だなんて、そんな馬鹿なことあるわけがない。
 人違い……だよね?
 そんなこと、あるわけないよね?
 ターメリックを始め、だれもがそう思っていた。
 しかし、そんな4人の願いも虚しく、親父は決定的な一言を口にした。

「レードル姫様は第3子だからな。守護神は友情の女神クリスタンだろ? で、この『グレーシア』っていうフィリアを持っているのは、このモンド大陸広しといえど、レードル姫様だけなんだそうだ!」
「……」
「どうした? 4人して顔見合せちまって。あ、俺の言うことが信じられねぇってか? ったく疑り深いねぇ、兄ちゃんたちは。疑ってんなら、お城に行ってみな。みんな親切だから、だれかが教えてくれるはずだぜ!」
「……」

 親父は肩を揺すって笑っていたが、ターメリックたちは瞬きも忘れて、お互いに顔を見合せていた。


第3章おわり
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