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第3章 叡智

第3話 まだ見ぬ仲間

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★◇◆◇◆◇◆◇


 クィントゥムが抜いてみせた、叡智の剣……
 それは、不思議な光沢を放っていた。
 ターメリックが持つ真実の剣の鏡のような輝きとも違い、クランが持つ光の剣の自ら発光する輝きとも違う。
 何に例えたらいいのかわからない、独特の輝きを放っている。
 それを見たノウェムの目が、キラリと光った。

「これ……螺鈿細工だ!」

 ん? 何? 何細工?
 ターメリックが聞き慣れない言葉に首を傾げている間に、クィントゥムが説明を始めてしまった。

「叡智の剣は、剣身一面に螺鈿細工が施されている……クリスタン神話の本には書かれていたことだが、こうして実物を目にするまでは信じられなかったよ。螺鈿の輝きは、様々な知識の結集を意味しているらしい」
「へぇ、すっげぇなぁ……でもこれ、実用的じゃないよな。こんなんじゃ戦えないっていうか」
「実は、叡智の剣は持ち主の知識を力に変えて戦う剣なんだ。だから私の魔法も、自らの知識が元になっている。普通の魔法とは違うんだよ」
「ええっ、マジか! 叡智の剣すげぇな!」

 クィントゥムとノウェムは、楽しげな会話をしている。
 ターメリックも参加しようとしたものの、やはり先ほどの言葉が気になってしまって落ち着かない。
 仕方なく「あの~」と尋ねてみた。

「さっきの……何細工だっけ……あ、らでん? って、何ですか……?」
「え、なんだよターメリック。わかんないで聞いてたのか?」
「う、うん……」

 呆れ顔のノウェムに、ぎこちなく頷いてみせる。
 クィントゥムはというと、少し何か考えてから口を開いた。

「ターメリック、貝殻を見たことは?」
「え? もちろんあるけど……」
「それじゃあ、貝殻の裏側も見たことあるだろう?」
「うん……あ、もしかして……!」
「そう、貝殻の裏の光沢を切り取って貼り付けた装飾が、螺鈿細工だ」
「なるほど! あのキラキラしたとこか!」

 ターメリックは、スパイス帝国の朝日の浜辺で拾ったことのある貝殻を思い浮かべて、ぽんと手を打った。

「ありがとう、クィントゥム君! やっぱり、クィントゥム君の説明はわかりやすいね」
「……あ、ああ……」

 ターメリックは満面の笑みで礼を口にしたものの、なぜかクィントゥムの表情は冴えなかった。
 眉間にシワを寄せて、なんだか渋い顔である。
 なんだろう、この違和感……
 クィントゥム君って、こんな感じだったっけ?

 ぼくの知っているクィントゥム君は、もっと楽しそうに説明してくれて、ぼくがお礼を言ったら自信に満ち溢れた顔で笑っていたような気がするんだけど……
 もしかして、スパイス帝国にいた頃だけ、そんな感じだったとか?

 うーん……
 まあ、それも10年以上前のことだし、人は変わるものだって父さんも言ってた気がするし……
 仕方のないこと、なのかなぁ。
 そんなターメリックの胸の内の疑問には、もちろんだれも気がついてはいない。

「叡智の剣も面白いけど、羅針盤も見てみてよ。僕たち以外の3人のこと、気になるでしょ」

 ひとりで羅針盤をいじっていたらしいクランが、叡智の剣に夢中になる仲間たちを見兼ねて声をかけてきた。
 3人の視線を集めて、クランは羅針盤に手をかざした。
 7色の光が、空中に放たれる。
 そのうちの赤と黄色、そして緑と水色の4色は、それぞれ剣の持ち主を指していた。
 そして、残りの紫と橙色と黄緑の3色は、すべて違う方角を指している。

「この紫色と橙色の中のフィリアなんだけど……どう読んでも女の人のものだと思うんだよね」

 クランが2色の光を指差した。
 紫色の光は、北東を指している。
 光の中に浮かび上がった文字は、

『愛 グレーシア』

 である。
 そして、橙色の光は東を指している。
 浮かび上がった文字は、

『勇気 マリア』

 確かにクランの言う通り、グレーシアもマリアも女性が持つフィリアである。

「ぼくたちの使命って、かなり危険なものだと思うんだけど……剣は、男女関係なく持ち主を選ぶものなんだね」

 ターメリックが独り言のように呟くと、光を覗き込んでいたクィントゥムが「ふむ」と頷いた。

「クリスタン神話に書かれた情報によれば、以前の伝説の剣に選ばれた7人は、全員男性だったようだ。しかし、今回は違うようだね」
「さすがにむさ苦しいから、今回は華も添えようってことにしたのかもな。まあ、伝説の剣の考えてることは、よくわかんないけど」
「それでも剣が選んだってことは、ただの華じゃないと思う。きっと、僕たちより戦い慣れてて強い人なんじゃないかな。だから『あまり力になれないと思います、ごめんなさい。できるだけ足引っ張らないように頑張るので、許してください』って謝ってね、ノウェム」
「その台詞そっくりそのままお前に返す」

 すっかり仲良くなったクランとノウェムは置いといて、ターメリックは黄緑色の光を覗き込んだ。
 指している方角は南東、つまり……

「この黄緑色の光……スパイス帝国がある方角を指しているよね」

 ターメリックの言葉とともに、3人が羅針盤に顔を近づけた。
 黄緑色の光に浮かび上がっている文字は、

『平和 シメオン』

 である。
 クランが口を開いた。

「ターメリックの知り合いに、シメオンっていうフィリアの人はいないの」
「スパイス帝国に住んでいるクリスタン教信者は、フィリアを隠している人がほとんどで、家族も知らなかったりするからなぁ……というか、まずぼくの知り合いっていう人がいないから、よくわからないや」
「そっか、残念だね……いろんな意味で」
「……うん、いろんな意味でね」

 ノウェムのように言い返せないターメリックには、苦笑いが精一杯である。
 そんなターメリックの隣で「シメオン、シメオン……」と唸っていたノウェムが、

「ああー! 思い出した! シメオン!」

 その岩をも吹き飛ばしそうな勢いの絶叫に、普段は表情の乏しいクランですら眉を寄せてノウェムを睨みつけた。
 それでもノウェムは気にすることなく、身を乗り出して黄緑の光を食い入るように見つめていた。

「シメオンって、マスカーチ公国の英雄のフィリアだ! 昔、属国になることを迫るスパイス帝国から、母国マスカーチ公国を守った英雄シメオン!」
「英雄、シメオン……」
「もう10年以上前のことかな……オレはまだ小さかったから覚えてねぇんだけど、そりゃあもう格好良かったって兄さんがうるさくて」
「へぇ……そんな人がいたんだ」

 何も知らないターメリックには、初耳の事柄だらけだった。
 しかし、クリスタニアで女神のお告げを叔父に聞かされていたクランと、世界各国を旅してクリスタン教の情報に詳しいクィントゥムは、聞きかじったことがあるようだった。

「ノウェムも知ってるんだ。意外」
「意外じゃねぇよ、マスカーチ公国民なら知ってて当たり前なんだって」
「ふむ……私が読んだ本には『英雄シメオンの活躍により、竜の王イゾリータの封印が破られずにすんだ』と書かれていたな」
「そうそう、そうなんだよ。兄さんも『シメオンは世界を救った英雄なんだ!』って言ってる」

 ノウェムたちの会話を、ターメリックは胸を高鳴らせて聞いていた。
 何にも知らない自分には失望するけれど、それよりもワクワクが勝っている。

「世界を救った英雄さんが、ぼくたちの仲間なんだね……!」

 ターメリックは、胸元で拳をぎゅっと握った。
 しかし、そこでクランが手を挙げた。

「ちょっと待って。スパイス帝国と戦った英雄が、敵国であるスパイス帝国にいるとは思えないでしょ」
「た、確かに……」

 クランの的を射た発言に、ターメリックが「むー」と腕を組んだ。
 ということは、人違い……?


つづく
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