3 / 3
新しくバイオレット
しおりを挟む
「……できた」
ミラーレスの電源を落として、スケッチブックを持ち立ち上げる。紙の上の世界には砂いじりをするアメトリンくんの姿と自然豊かな草原。実物よりも色鮮やかに、全てを乗っけられた気がする。
落ち着いて見てみれば、無意識に対象にコントラストをつけているし、まとまりも考えている。今まで得てきた技術も確かに身に染みていて、描きたいものを描くために、技法に支配されていた時間は必要だったのだ。
一〇〇パーセントの出来ではないかもしれないけれど、これで良かったのだ。
「アメトリンくん、できましたよ」
「あめとりんくん?」
「ぇあっ! 津城さん、津城さんです。描けたのでこれどうぞ」
耳に熱が籠る感覚を抑えて、スケッチブックから一枚切り離す。九割がた乾いた習作を手渡した。
「……」
「どうでしょうか?」
他人に絵を見せる時にはつい緊張してしまう。早まる鼓動を抑えたくて彼の手に視線を向けた。
「光がとってもキレイ。……ていうか俺はしゃいでました? 恥ずかしいな」
「へ、変でした?」
「変とかないです! 空は澄んで木は青々しててめっちゃ『夏』って感じでただ――」
アメトリンくんは絵の中の自分の横顔を指差した。
「こんな子供みたいに目キラキラさせてたのが客観的に出てくるとその……いたたまれないというか」
「いえいえいえ、好きに全力なのはグッドですよ。描写については私の主観のせいというかそういうアレで。津城さんの目がアメトリンみたいだなぁを出力してしまいまして……」
「目が? あめとりんって何なんですか?」
「宝石です。紫と黄色の合わさった不思議な石で、とっても綺麗なんです。津城くんの紫っぽい目が光に当たって黄色も混じってカットしたアメトリンみたいだなーいいなーと――」
初対面の人間に何を語り始めているのか。抑えたはずの耳の熱さがまた膨張してきた。
「さっきのアメトリンくんっていうのは?」
「人覚えるの苦手なので紐づけてました。勝手に……」
「謎が解けた」
アメトリンくん、もとい津城くんは笑っている。
「清滝さんには景色がこう見えてるんですねぇ」
笑ったまま、彼は砂場にしゃがみこんだ。目線が一気に揃う。
「彫刻専攻の皆に自慢したいけど、こっそり持ってたい気もするなあ」
「本当に習作なので。……あ」
私はミラーレスで、彼の足下の城と兵隊たちを撮影した。ぐにゃぐにゃな城と精緻な人形の対比がひどくて、肩から笑いが込み上げてくる。
「それなら私もこれ、油彩画専攻の子に見せようかな」
写真をスマホに転送して、画面を津城くんにかざす。
「えー、まあいいですけど」
津城くんも自分のスマホをかざして軽く振る。
「共作なんで、俺にも画像送ってください。LIMEってやってます?」
「共作関係なく送りますよ。ちょっと待って、QRこれです」
お礼を込めて、というのは言い過ぎだけれど、晴れやかな気持ちにしてくれたささやかな気持ちだ。新しく友達欄に追加された『津城陽樹』宛に今日の写真を贈る。――そういえばこの二時間、私は苗字しか知らなかったのか。
「写真送りましたよ」
「ありがとうございますー」
出していた画材をもろもろしまい終えた。しばしの沈黙が痛くて、目の前の砂場で造形物を泥に戻している津城くんに勇気を出して呼びかける。
「津城さん。お邪魔じゃなければまたここ来て絵を描いてもいいで、しょうか」
「全然オーケーですよ?」
津城くんの顔に『言葉の意図がサッパリ分からない』と書いてある。
「良かったです。ほら、うちのコースだと自分のテリトリーで制作されてると作業の気が散る、っていう子が割といるから」
顔が『理解しました』に変わった。
「ふーん。清滝さん次っていつきます?」
「次? そうですね……来週とか? 予備校の前とか」
「ほほう。じゃあそれに合わせて行きます」
「はい?」
「次は俺が像を作るターンです。清滝さんにも犠牲になってもらいます」
犠牲とはおそらく被写体とかそういうことなのだろうか。今日の事含めてのギブアンドテイク、というやつだろうか。
「私、今日みたいに【考える人】みたいなポーズしかしてませんよ?」
「もーまんたいもーまんたい」
「じゃあ犠牲者第一号になりましょう」
新しい交流、幼き日の想い出、見つけ直した自分なりの描き方の形。一日の計は朝にありとはよく言ったもの。
家に帰ったらまずあの静物画を全部、新しく描き始めよう。きっと今の私の方が、もっとうまく描ける気がするから。
ミラーレスの電源を落として、スケッチブックを持ち立ち上げる。紙の上の世界には砂いじりをするアメトリンくんの姿と自然豊かな草原。実物よりも色鮮やかに、全てを乗っけられた気がする。
落ち着いて見てみれば、無意識に対象にコントラストをつけているし、まとまりも考えている。今まで得てきた技術も確かに身に染みていて、描きたいものを描くために、技法に支配されていた時間は必要だったのだ。
一〇〇パーセントの出来ではないかもしれないけれど、これで良かったのだ。
「アメトリンくん、できましたよ」
「あめとりんくん?」
「ぇあっ! 津城さん、津城さんです。描けたのでこれどうぞ」
耳に熱が籠る感覚を抑えて、スケッチブックから一枚切り離す。九割がた乾いた習作を手渡した。
「……」
「どうでしょうか?」
他人に絵を見せる時にはつい緊張してしまう。早まる鼓動を抑えたくて彼の手に視線を向けた。
「光がとってもキレイ。……ていうか俺はしゃいでました? 恥ずかしいな」
「へ、変でした?」
「変とかないです! 空は澄んで木は青々しててめっちゃ『夏』って感じでただ――」
アメトリンくんは絵の中の自分の横顔を指差した。
「こんな子供みたいに目キラキラさせてたのが客観的に出てくるとその……いたたまれないというか」
「いえいえいえ、好きに全力なのはグッドですよ。描写については私の主観のせいというかそういうアレで。津城さんの目がアメトリンみたいだなぁを出力してしまいまして……」
「目が? あめとりんって何なんですか?」
「宝石です。紫と黄色の合わさった不思議な石で、とっても綺麗なんです。津城くんの紫っぽい目が光に当たって黄色も混じってカットしたアメトリンみたいだなーいいなーと――」
初対面の人間に何を語り始めているのか。抑えたはずの耳の熱さがまた膨張してきた。
「さっきのアメトリンくんっていうのは?」
「人覚えるの苦手なので紐づけてました。勝手に……」
「謎が解けた」
アメトリンくん、もとい津城くんは笑っている。
「清滝さんには景色がこう見えてるんですねぇ」
笑ったまま、彼は砂場にしゃがみこんだ。目線が一気に揃う。
「彫刻専攻の皆に自慢したいけど、こっそり持ってたい気もするなあ」
「本当に習作なので。……あ」
私はミラーレスで、彼の足下の城と兵隊たちを撮影した。ぐにゃぐにゃな城と精緻な人形の対比がひどくて、肩から笑いが込み上げてくる。
「それなら私もこれ、油彩画専攻の子に見せようかな」
写真をスマホに転送して、画面を津城くんにかざす。
「えー、まあいいですけど」
津城くんも自分のスマホをかざして軽く振る。
「共作なんで、俺にも画像送ってください。LIMEってやってます?」
「共作関係なく送りますよ。ちょっと待って、QRこれです」
お礼を込めて、というのは言い過ぎだけれど、晴れやかな気持ちにしてくれたささやかな気持ちだ。新しく友達欄に追加された『津城陽樹』宛に今日の写真を贈る。――そういえばこの二時間、私は苗字しか知らなかったのか。
「写真送りましたよ」
「ありがとうございますー」
出していた画材をもろもろしまい終えた。しばしの沈黙が痛くて、目の前の砂場で造形物を泥に戻している津城くんに勇気を出して呼びかける。
「津城さん。お邪魔じゃなければまたここ来て絵を描いてもいいで、しょうか」
「全然オーケーですよ?」
津城くんの顔に『言葉の意図がサッパリ分からない』と書いてある。
「良かったです。ほら、うちのコースだと自分のテリトリーで制作されてると作業の気が散る、っていう子が割といるから」
顔が『理解しました』に変わった。
「ふーん。清滝さん次っていつきます?」
「次? そうですね……来週とか? 予備校の前とか」
「ほほう。じゃあそれに合わせて行きます」
「はい?」
「次は俺が像を作るターンです。清滝さんにも犠牲になってもらいます」
犠牲とはおそらく被写体とかそういうことなのだろうか。今日の事含めてのギブアンドテイク、というやつだろうか。
「私、今日みたいに【考える人】みたいなポーズしかしてませんよ?」
「もーまんたいもーまんたい」
「じゃあ犠牲者第一号になりましょう」
新しい交流、幼き日の想い出、見つけ直した自分なりの描き方の形。一日の計は朝にありとはよく言ったもの。
家に帰ったらまずあの静物画を全部、新しく描き始めよう。きっと今の私の方が、もっとうまく描ける気がするから。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
野球の王子様3 VS習志野・練習試合
ちんぽまんこのお年頃
青春
聖ミカエル青春学園野球部は習志野に遠征。昨年度の県内覇者との練習試合に臨むはずが、次々と予定外の展開に。相手方のマネージャーが嫌味な奴で・・・・愛菜と取っ組み合い?試合出来るの?
あといくつ寝ると ー 受験生の日常 ー
101の水輪
青春
卒業式は学校の中で最も重要な行事と考えられている。その1日が最高となるため一年間学校が動いていると言っても過言ではない。恵麻は卒業までの残された時間を、級友たちとの思い出にしようと盛んに動く。しかし受験を間近に控えた仲間たちは、個人に重きを置いた日々を過ごす。そんな中で、恵麻は友人の夏希のために心を砕く。しだいに夏希の過去に触れるにつれ、新たな悩みを知ることとなる。受験も追い込み、雑音は気になるが、自分の力を信じて合格を勝ち取って欲しい。101の水輪、第22話。なおこの作品の他に何を読むかは、101の水輪トリセツ(第77話と78話の間に掲載)でお探しください。
【新編】オン・ユア・マーク
笑里
青春
東京から祖母の住む瀬戸内を望む尾道の高校へ進学した風花と、地元出身の美織、孝太の青春物語です。
風花には何やら誰にも言えない秘密があるようで。
頑なな風花の心。親友となった美織と孝太のおかげで、風花は再びスタートラインに立つ勇気を持ち始めます。
※文中の本来の広島弁は、できるだけわかりやすい言葉に変換してます♪
疾風バタフライ
霜月かずひこ
青春
中学での挫折から卓球を諦めた少年、越谷廉太郎。
高校では充実した毎日を送ろうと普通の進学校を選んだ。
はずだったのだが、
「越谷くん、卓球しよ?」
彼の前に現れたのは卓球の神様に愛された天才少女・朝倉寧々。
輝かしい経歴を持つ彼女はなぜか廉太郎のことを気にかけていて?
卓球にすべてをかける少年少女たちの熱い青春物語が始まる!
*
真夏の冬将軍という名義で活動していた時のものを微修正した作品となります。
以前はカクヨム等に投稿していました。(現在は削除済み)
現在は小説家になろうとアルファポリスで連載中です。
青空ベンチ ~万年ベンチのサッカー少年が本気で努力した結果こうなりました~
aozora
青春
少年サッカーでいつも試合に出れずずっとベンチからみんなを応援している小学6年生の青井空。
仲間と一緒にフィールドに立つ事を夢見て努力を続けるがなかなか上手くいかずバカにされる日々。
それでも努力は必ず報われると信じ全力で夢を追い続けた結果…。
ベンチで輝く君に
男子高校生の休み時間
こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる