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ぐるぐる渦巻きが滲んで

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「有名、ってそんなにですか?」
 講師たちの講評がフラッシュバックして声が震える。
「はい。いつもキャンバスの前にへばりついて描いてる子ってウチらの代では浸透してますね。あと、毎月教室前に作品が飾られる油彩画専攻の有望株って話、彫刻専攻ウチまで飛んで来てますよ」
「そ、うですか……自分ではよく……」
 どうなのだろうか、私は私のを描けていないのに。他の子の方が講評も和やかで、明るい。言葉も刺さらない。
 
「……本当にアレが良いのか」
 
 今の今まで描いていたモノを映す目にノイズが走る。小さく呟いた言葉は、簡単にアメトリンくんの耳に入ったようだ。
「いやいや、良いですよ十分。どうダメなんです?」
「うーん分かんなくて……、ちょっと最近、スランプ気味というか何というか。こう、感性と思考が邪魔しあうんです」
 影が、私の頭を見下ろしてくる。私は乾いた画用紙の上に、薄緑を乗せた。
「私はありのまま姿を美しいと思うのに、そう思って描いてたのに、受験を控え始めてからいちいち主題テーマとか、構図のトリミングとか誇張とか、そういうの考えないと『絵画』として他人には受け入れてもらえない気がして」
「あー」
「今は……うまく言えないけれど、その辺の折り合いを模索中? みたいな」
「んー難題ですな。じゃあ逆に――」
 アメトリンくんの指が描き途中の絵をなぞった。
「自分の好きなように思い切り描けば良いんじゃない?」
「え」
「それは課題じゃないし、初めて絵を描いた時みたいにドバッと。俺は図工でしかやったことないんでアレですけど小学生のグニャグニャーみたいな」
「グニャグニャ」
 視界を改めて描き途中の絵に落とす。私は最初どう描いてたっけ、と思いを馳せながら。本当はもっと――。
「グニャグニャ、良いかもしれません」
 薄緑を乗せていた箇所の上に、ビリジアンを思い切り乗せる。まばゆい光を描きたくて、透ける葉に気持ちを寄せながら薄い黄色を馴染ませた。
 本当は遠景寄りだし、こんなに描かなくてもいいかもしれない。頭の中でまだノイズは走るけれど、私はアメトリンの瞳と、光と影を描きたいから躊躇ちゅうちょに震える手をぎょして描く。



 小さい頃は楽しかった。十二色のクレヨンしかなかったけれど、ピンクでチューリップを描いてオレンジで太陽を描いて。パースもへったくれもない。
 けれどそれでも、
 そのうち『もっとうまく感動を伝えたい』、『描くことでしか表現できない』。絵画にすることで私の世界を表現したいと思うようになって、勉強して技術武器を手に入れて、いっぱいデッサンして……、好きのまま走り続けた果てが今だ。
 分かっていた、ずっと分かっていたはずなのに。なぜ、今までこうしなかったのだろう。



 私の筆の音と、アメトリンくんの砂いじりの音だけがずっと聞こえている。ベンチの影が色を濃くし始めた。日は完全に登っているようだ。濡れそぼった水彩画を脇に立てかけて、ぐんと背伸びをした。
「やっぱり綺麗」
 なんてことない、住宅街の一角の公園。その雑多な景色は今の方が鮮明に見えた。
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