魔王様と禁断の恋

妄想計のひと

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4章

55 最終話

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リタが食事を用意している間、魔王様は疲労から寝室のベッドで横になることにした。

何も言わずに元天帝は付いてくる。

魔王様は、扉を開けようとノブを握ったところで、横に立つ元天帝に目をやった。

1人になりたい気分だが、何かと考えてしまうより話した方が良いと思い直し、何も声をかけずに扉を開けて魔王様は入った。

当然それに元天帝は続いた。

ベッドに勢いよく腰掛け、元天帝を見つめれば、その瞳に映るのは自分だけだった。

元天帝は、いつものように魔王様の右隣に腰をかけ、身体を魔王様の方へ向けた。

「機嫌悪いね。妬いているの?」

楽しそうに笑う元天帝に、魔王様は苦虫を潰したような顔だけで応えた。

「魔王様を大好きな魔族を見て思ったんだよ。少しの飴で思い通りに動くって。サイは私に愛されたいというよりも、存在を認めて欲しそうにしていたからね」

魔王様は、頭では元天帝の行動を理解しているが、納得できるかと言われると素直に頷けなかった。

「分かっていますよ」

ふっと、その視線を元天帝から外した。

「レイリンは、あの魔族に対していつもあんな感じだよ」

あんなとは、元天帝がサイにした表情のことを言っているのだろう。

魔王様は、大きくため息を吐きたくなった。

グランと自分の関係は、元天帝とサイの関係とは全く違うもので、同列で語らないでほしい。

だがそれも、元天帝にとっては違いがないのかもしれない。

「おかしいね、レイリンは心が広いんでしょ?」

揶揄うような言い方を止めない元天帝に、だんだんと苛立ちを覚え始めた。

「嫉妬深くて悪かったですね。それ以上、何か言うのであれば出ていってもらいます」

「意地悪だね」

元天帝は笑顔のままそれだけ言うと、立ち上がって廊下へ出ようとする。

「どこへ行くのですか」

「レイリンが言ったんじゃないの?」

元天帝が、押し引きを覚えるだなんて、厄介極まりないと魔王様は心の中で舌打ちしたくなった。
自分が嫉妬して、彼は機嫌が良いのでは無いのか?

「隣に……そばにいてください」

魔王様の今出来うる最大の譲歩だった。
気恥ずかしくて右手で顔を隠しながらそれだけ吐き出した。

元天帝の、ふふっと笑う声が聞こえてきた。

「もちろん、そばにいるよ。でも、先にやることを思い出した」

「何ですか?」

「しっかりと、石鹸を使って手を洗わないとね。この手でレイリンには触れられない」

そう言うと元天帝は本当に廊下へ出て、手を洗いに行ってしまった。

緊張が解れたのか、魔王様はそのまま後ろへ倒れ込み、腕で顔を覆った。





少しの間うとうとしてしまったようで、瞼を上げると、元天帝の顔が目の前に広がった。

「何をしているんですか?」

「レイリンの前髪の生え際を見ていた」

魔王様は返す言葉が見つからず、僅かに眉が寄った。

「ああそれと、リタが昼食用意できたって」

「起こしてくださいよ」

元天帝は「寝顔が可愛くて」と言ったが、魔王様はその言葉を無視して、上半身を起こして手で髪を整えた。

「待って、私にやらせて」

元天帝はどこからか櫛を取り出し、魔王様の髪を梳き始めた。
魔王様は元天帝の好きにさせる事にした。

そして、魔王様はぽつり、ぽつりと話し始めた。

「ランシュエが、他の人へあのような眼差しを向けるなんて、正直考えた事もありませんでした。私がグランにしていた事で、貴方が寂しい思いをしたというのなら謝ります」

しおらしい魔王様の言葉に、元天帝も少し悪戯が過ぎたと反省した。

「レイリン、私もやりすぎたよ。そんなに気負わないで欲しい」

元天帝は魔王様の髪を手に取って、その髪にキスを落とした。

「今後は気をつけます」

「私は2度とあんなことしたくないね」

「そう言うのは何度目ですか?寂しい思いはさせないと、どの口が何回言いましたか?」

魔王様はサイに惚れ薬を飲まされた時のことをもっとしっかり根に持つべきだったと、少し後悔した。

「今回はサイを動かすために仕方なくしただけで、感情は本当に何も無いよ」

魔王様を安心させるために元天帝は言った。

魔王様は、あれだけで嫉妬してしまう自分も相当面倒な性格だと思い、元天帝だけを責めるのはここで止めることにした。

魔王様は「もう結構ですよ」と元天帝に言うと、彼は手を止めて、魔王様の手を引いて立ち上がらせた。

「行きましょう。昼食が冷めてしまいます」

魔王様が部屋から出ようとするが、元天帝はまだ少し浮かない表情をしていた。

「レイリン」

呼び止められ、一瞬の隙に唇が合わさった。

唐突にどうしたのだろうか?
魔王様は頭に疑問符を浮かべるが、離されるまでそのまま合わせていた。

「まだ不安なの?表情筋が固いよ。私はレイリンに笑っていて欲しい」

元天帝の言葉は、なんだか付き合いたての恋人のようで、魔王様はぎこちなく笑ってしまった。
つられて元天帝も微笑み、魔王様の頬を触った。

「愛しているよ。どうしたらレイリンは安心できるの?」

「不安になんてなっていませんよ。ただ少し、女々しい考えをしてしまっただけです」

元天帝の前では魔王様も形なしだった。嫉妬深くて醜くなってしまう。
当然そんな自分があまり好きではなく、自分の理想は強くて勇ましい姿だった。

「どこが?レイリンが言う女々しい考えを話して欲しい」

「出来れば私に女々しい考えをさせないでください」

開き直る元天帝に、魔王様は少しだけ呆れて笑ってしまった。結局彼は嫉妬して欲しいだけだ。

「残念。機会があったら聞こう」

元天帝は茶目っ気たっぷりな表情で言った。

魔王様は付き合いたての恋人らしく、元天帝の手を取って指を絡めた。



2人で廊下に出て歩き始め、魔王様は確認したかった事を話し始めた。

「天雷は、結局どうなったのですか?リスクがあるとか、その辺りの話は嘘だったのですか?」

「力は全て私の中に戻ったよ。勢いがあってなかなか大変だったから、リスクがあるって言うのは嘘じゃ無い」

元天帝は笑顔で「私は運が良いんだよ」と加えて言った。きっと運が悪い方向に転がっても無傷なんだろうと、魔王様は元天帝を見て笑った。

「そうだ、レイリンに返し忘れていた」

元天帝は指先で魔王様のチョーカーに触れると、チョーカーは一瞬金色の光を纏った。

「必要ありません」

「念の為だよ」

魔王様は自分の力で対処できることはだいたい把握出来ている。対処できないのは、元天帝がその力を発揮した時だけだと思っていた。

「それともう一つ、さっき手を洗っている時に重要なことを思い出したんだけど」

手を洗っている時に思い出すことは、さほど重要ではないだろうと、頭の隅で魔王様は想像した。

「私たち、結婚指輪がないよ」

元天帝が繋いでいる手を挙げた。

やはり、あまり重要ではなかった。だが、元天帝にとっては重要なのかもしれない。

魔王様は、ふふっと笑ってから「一緒に用意しましょう」と返した。





1週間後、天界からジオレライとジークサイスがやって来て、ナンタラードと3人で上手くやっていくという報告をされた。

元天帝は「好きにしたらいい」と言って相変わらず我関せずだった。

反天界軍と元天帝狂信者集団は相変わらずで、歪み合いながらも仲良くやっているそうだ。

もちろん元天帝狂信者集団のリーダーはサイで、妙な活動を行っているが実害は出ていないので放っておいた。

グランは何かぼやきながらも、3層を管理するために帰っていった。

リタはセナから相談されていたようで、1層の孤児院の管理や、魔力弱者への支援活動の手伝いに奔走していた。

全てが丸く収まったのだから、魔王様と元天帝のやることは1つだった。

その日誰もいなくなった魔王城の、花の咲く庭で2人は手を繋いで歩いていた。

服装はいつも通りで、魔王様は真紅の衣、元天帝は白い衣を纏っている。

「今更、誰かを呼んで結婚式というのもいい歳こいて恥ずかしいですしね」

結局、魔王様が行ったお披露目のせいで、とっくに魔界には結婚後であるという話が広まってしまった。

魔王様は冷静に考えると気恥ずかしいことをしたと思った。元天帝は特に気にしていない様子だったが。

「それに、結婚式って何をするんですか?挙式と披露宴ですよね?私たちは何に誓うんですか?」

「私に誓ってくれたらそれでいいよ」

2人はお互いを見て笑い合った。

「それなら簡単ですね」

魔王様は空いている手で、元天帝の空いている手を握り紅玉と黄玉が重なり合った。

「一生、私のそばにいてください。浮気は許しませんよ?」

魔王様が微笑んだ。
その言い方は少し違う気もするが、元天帝にはそれで十分だった。

「もちろん。レイリンも私から離れないで。浮気は……そうだね、この場では言わないでおこう」

元天帝も微笑み返した。
彼のことだから、相手を血祭りに上げるとでも言い出しかねない。

「愛は誓ってくれないの?」

「もちろん、一生愛し続けます」

魔王様の告白は、何度言われても元天帝の胸を高鳴らせる。きっと、魔王様は自分の言葉がどれほど元天帝にとって嬉しいのものなのかを分かっていない。

「私も、レイリンのことを一生愛すと誓うよ」

そう元天帝が言っても、当然と言わんばかりに魔王様は「ふふっ」と声を出して笑うだけだ。

元天帝は、魔王様の指輪にキスを落とした。
先日、2人で人間界で探して購入した物だった。
多分その指輪は安物で、そんなに丈夫ではないだろう。

でもそんなこと2人は気にしていなかった。
丈夫にしたいなら術でどうにでもなる。

ただ、2人で悩みながら選んだものが良かった。

「これで、私たちの関係にやっと名前をつける時が来ましたね?」

「そうだね。今日からは夫婦って事にしよう」

魔王様が目を閉じると、元天帝も目を閉じて、2人の唇が深く重なった。



庭の花は風が吹くと、赤と白の花びらが辺り一面に舞い上がり、2人を祝福するかのようだった。

そして魔王様の衣装は、真っ白なドレスへと変化しており、元天帝は特に何も変わっていなかった。

「凄いですね。ランシュエの用意するドレスはいつもサイズがちょうどです」

「当たり前だよ。実寸できるからね」

魔王様はこの言葉に驚きを隠せなかった。

「まさか私の……いえ、今は言うのは止めておきます。それより、コインで決めなくてはなりませんよ?」

「何を?」

「どちらがドレスを着て、新婦なのかを」

魔王様がそう頬を上げながら言うと、元天帝はポケットからコインを取り出した。

「私が表です」

「じゃあ裏で」

弾かれたコインは高い音を鳴らして、宙を舞った。
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