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3章
33
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それから1週間、何事もなく平和に時間が過ぎた。
魔王様は思うことがあるのか、時々深く考え込み、元天帝はその姿を見ると「気にする必要はない」と声をかけた。
魔王様は何度も元天帝に騙されてきたため、この話題を避ける元天帝の反応に違和感を感じていた。
「ランシュエ、また何か私に隠していることがあるのですか?」
その日の朝、魔王様は遂に元天帝に訊いてみることにした。だが、魔王様はこの元天帝が自分に隠し事をするならば、それをいくら訊いても答えないだろうと思っていた。
「何もないよ」
ベッドの上で2人で横になりながら、魔王様は元天帝とは反対向きに寝返りを打った。「ほら、やはり何も言わない」と魔王様は軽くため息を吐いた。
その様子の魔王様に、元天帝は「心外だな」と漏らし、魔王様の首筋にキスを落とした。
「私は今回、誓って何もしていないよ」
元天帝は「元」なので、もう彼らのことを放っておいてもいいと思っているようだった。
「だけど、レイリンが気になるのは仕方がない。今日は気晴らしにどこかへ出かけない?」
考えても仕方がない、事が動くまでは傍観しようと、魔王様も気を散らして元天帝の提案に乗った。
魔王様が外食をする時は、基本的に人間界へ向かうが、今回は元天帝が興味を持ったので魔界で昼食を取ることにした。
「魔界は広いですが、魔族の街はそんなに多くありません」
2人は魔王城から近く、最も大きな街へ来ていた。
歩きながら、魔王様は魔界について簡単な説明をした。
魔界は大穴を中心に広がっており、その大穴を下へ抜けていくと、4つの階層ある。
最下層は森が広大に広がっており、太陽の光もほとんど届かない混沌とした森だった。
中下層は魔族の町が点在しているが、あまりその影はない。
中層は町が幾つもあり、基本的な住居がある。
そして今いる上層は最も大きく、穴を中心とした住居や食事処、商店街がいくつも立ち並んでいる。
魔王様の派手な赤い衣は、魔界では魔王の象徴として広く知られている。すれ違う人たちは魔王様に気づくと、少し距離を取るように避けた。
「レイリンは本当に有名なんだね」
「私は自ら魔王なんて名乗った覚えはありませんが」
そして、魔王様の隣に居るのがリタではなく、長身、長髪の、端正な目鼻立ちの男性だという事にも周りは驚いているようだった。
魔王様は周りから避けられる環境に慣れており、特に気にする様子もなかった。
後ろで手を組んで悠々と歩いていると、路地から騒がしい声がして歩みを止めた。
3人ほどの子供が1人の子供を虐めている様子だった。
魔王様がこのような騒ぎに首を突っ込みたがることは、元天帝にはよく分かっていた。
「貴方達、何をしているのですか?」
魔王様の凜とした声は、子供達に届いたようだ。虐めていた3人の子供は振り返ると、魔王様の姿に眉を上げてあからさまに慌てた。
「ま、魔王様だっ!」
「おい、いくぞ!」
蜘蛛の子を散らすように3人は路地の奥へと走って逃げて行った。
「逃していいの?」
「彼らだけ説教して終わりなら、それでも良いんですが」
魔王様は虐められていた子供の近くまで行き、膝をついて目線を合わせ、優しく微笑んだ。
その子供はいくつも殴られた傷があり、魔王様が手をかざすとその傷はみるみるうちに消えていった。
「魔王様……?」
子供の目に涙がたまっており、やがて滴となって零れ落ちた。声を出して泣くことに抵抗があるのか、俯いて声を押し殺し、呻き声が漏れ出た。
魔王様は翳した右手をそのまま子供の頭に乗せて、髪を撫でつけた。
子供が泣き止むまで、ゆっくりと優しく手を動かし続けた。
数分後、子供は落ち着いて顔を上げた。目は真っ赤に腫れているが、先ほどまでの表情とは違い少しスッキリしたようだった。
「ありがとうございました」
子供は立ち上がると、魔王様に一礼した。
「貴方のご両親は?」
「……」
子供の顔が陰ったことで、魔王様と元天帝は察知した。
「それで、お屋敷には行っていないのですか?」
「……」
元天帝は「お屋敷」という単語が何を表すのか分からなかった。
「どうせ暇ですから、一緒に行きましょうか」
「でも僕は……」
「ハーフは関係ありませんよ」
魔王様はもう一度優しく微笑んで、立ち上がる。「ほら」と手を差し伸べて子供の手を掴んだ。
元天帝も子供相手では嫉妬するわけにもいかなかった。ハーフというのは、魔族と人間の間に産まれた子供ということだろう。何が違うのか分からないし、くだらない事だと、元天帝は思った。
3人は路地を出て大通りを歩いた。
子供の服装はそこまでボロボロな布ではないため、彼を保護している人がいるはずだと魔王様は思った。
「貴方の家はどこですか?」
「孤児院で、暮らしています」
なるほど、と魔王様と元天帝は顔を見合わせた。
しばらく歩くと、街の喧騒は無くなったが、1つの大きな屋敷が見えてきた。門の前まで行くと、魔王城ほどではないが立派であった。
「ここがお屋敷?」
「はい。魔族は一定の年齢になると、各層に配置されているお屋敷へ行きます。お屋敷には層を管理している魔族がいるのですが、そこで……」
魔王様が言いかけると、お屋敷から1人の魔族が走って現れた。
魔王様は思うことがあるのか、時々深く考え込み、元天帝はその姿を見ると「気にする必要はない」と声をかけた。
魔王様は何度も元天帝に騙されてきたため、この話題を避ける元天帝の反応に違和感を感じていた。
「ランシュエ、また何か私に隠していることがあるのですか?」
その日の朝、魔王様は遂に元天帝に訊いてみることにした。だが、魔王様はこの元天帝が自分に隠し事をするならば、それをいくら訊いても答えないだろうと思っていた。
「何もないよ」
ベッドの上で2人で横になりながら、魔王様は元天帝とは反対向きに寝返りを打った。「ほら、やはり何も言わない」と魔王様は軽くため息を吐いた。
その様子の魔王様に、元天帝は「心外だな」と漏らし、魔王様の首筋にキスを落とした。
「私は今回、誓って何もしていないよ」
元天帝は「元」なので、もう彼らのことを放っておいてもいいと思っているようだった。
「だけど、レイリンが気になるのは仕方がない。今日は気晴らしにどこかへ出かけない?」
考えても仕方がない、事が動くまでは傍観しようと、魔王様も気を散らして元天帝の提案に乗った。
魔王様が外食をする時は、基本的に人間界へ向かうが、今回は元天帝が興味を持ったので魔界で昼食を取ることにした。
「魔界は広いですが、魔族の街はそんなに多くありません」
2人は魔王城から近く、最も大きな街へ来ていた。
歩きながら、魔王様は魔界について簡単な説明をした。
魔界は大穴を中心に広がっており、その大穴を下へ抜けていくと、4つの階層ある。
最下層は森が広大に広がっており、太陽の光もほとんど届かない混沌とした森だった。
中下層は魔族の町が点在しているが、あまりその影はない。
中層は町が幾つもあり、基本的な住居がある。
そして今いる上層は最も大きく、穴を中心とした住居や食事処、商店街がいくつも立ち並んでいる。
魔王様の派手な赤い衣は、魔界では魔王の象徴として広く知られている。すれ違う人たちは魔王様に気づくと、少し距離を取るように避けた。
「レイリンは本当に有名なんだね」
「私は自ら魔王なんて名乗った覚えはありませんが」
そして、魔王様の隣に居るのがリタではなく、長身、長髪の、端正な目鼻立ちの男性だという事にも周りは驚いているようだった。
魔王様は周りから避けられる環境に慣れており、特に気にする様子もなかった。
後ろで手を組んで悠々と歩いていると、路地から騒がしい声がして歩みを止めた。
3人ほどの子供が1人の子供を虐めている様子だった。
魔王様がこのような騒ぎに首を突っ込みたがることは、元天帝にはよく分かっていた。
「貴方達、何をしているのですか?」
魔王様の凜とした声は、子供達に届いたようだ。虐めていた3人の子供は振り返ると、魔王様の姿に眉を上げてあからさまに慌てた。
「ま、魔王様だっ!」
「おい、いくぞ!」
蜘蛛の子を散らすように3人は路地の奥へと走って逃げて行った。
「逃していいの?」
「彼らだけ説教して終わりなら、それでも良いんですが」
魔王様は虐められていた子供の近くまで行き、膝をついて目線を合わせ、優しく微笑んだ。
その子供はいくつも殴られた傷があり、魔王様が手をかざすとその傷はみるみるうちに消えていった。
「魔王様……?」
子供の目に涙がたまっており、やがて滴となって零れ落ちた。声を出して泣くことに抵抗があるのか、俯いて声を押し殺し、呻き声が漏れ出た。
魔王様は翳した右手をそのまま子供の頭に乗せて、髪を撫でつけた。
子供が泣き止むまで、ゆっくりと優しく手を動かし続けた。
数分後、子供は落ち着いて顔を上げた。目は真っ赤に腫れているが、先ほどまでの表情とは違い少しスッキリしたようだった。
「ありがとうございました」
子供は立ち上がると、魔王様に一礼した。
「貴方のご両親は?」
「……」
子供の顔が陰ったことで、魔王様と元天帝は察知した。
「それで、お屋敷には行っていないのですか?」
「……」
元天帝は「お屋敷」という単語が何を表すのか分からなかった。
「どうせ暇ですから、一緒に行きましょうか」
「でも僕は……」
「ハーフは関係ありませんよ」
魔王様はもう一度優しく微笑んで、立ち上がる。「ほら」と手を差し伸べて子供の手を掴んだ。
元天帝も子供相手では嫉妬するわけにもいかなかった。ハーフというのは、魔族と人間の間に産まれた子供ということだろう。何が違うのか分からないし、くだらない事だと、元天帝は思った。
3人は路地を出て大通りを歩いた。
子供の服装はそこまでボロボロな布ではないため、彼を保護している人がいるはずだと魔王様は思った。
「貴方の家はどこですか?」
「孤児院で、暮らしています」
なるほど、と魔王様と元天帝は顔を見合わせた。
しばらく歩くと、街の喧騒は無くなったが、1つの大きな屋敷が見えてきた。門の前まで行くと、魔王城ほどではないが立派であった。
「ここがお屋敷?」
「はい。魔族は一定の年齢になると、各層に配置されているお屋敷へ行きます。お屋敷には層を管理している魔族がいるのですが、そこで……」
魔王様が言いかけると、お屋敷から1人の魔族が走って現れた。
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