28 / 64
2章
22
しおりを挟む
天帝狂信者集団は、お互いに顔を見合わせたり、魔王様を見たりと居心地悪そうにしていた。
「天帝は魔王のことを良い友達って言っていたよな?」
「なのに、いきなり現れた男が薬使って洗脳して、持って行っちまったのか?」
あまりにも情報の多い出来事が続いたため、周りで情報を整理し合っている。
「あなた方は早くここを去ってください」
リタが天帝狂信者集団に言うと、一団は早々に魔王城から出ていった。
「陛下、しばらくは寝室でお休みになってください」
リタが言うと、魔王様の身体は動き、寝室へと移動を始めた。操られる感覚は初めてで、魔王様は妙な感じがした。
寝室に着くと、リタは魔王様をベッドに座らせた。
「私のことを、嫌いになりましたか?」
掠れそうな声でリタは魔王様に訊いた。
死刑台に登った死刑囚が、最期に許しを乞うような、そんな重みのある言葉だった。
「いいえ」
だがその死刑囚は魔王様によって許された。
「言ったでしょう、リタは私の家族です。あなたには、あなたの考えがあっての行動でしょう。私はそれを家族として尊重します」
魔王様はリタに微笑みかけ、リタはその姿に表情が歪んだ。リタの表情筋が働いて、魔王様は少しおかしくなった。
「私を助けて、力を与えて、後悔していませんか?」
「そんなわけがないでしょう?貴方は私によく尽くしてくれています」
魔王様の表情は変わることなく、穏やかで優しくリタを見つめた。
リタは感極まって、魔王様の手を両手で握った。
その時、リタの身体から力が抜けてふらっと魔王様に倒れ込んでしまった。
「陛下?」
「感動して頂いたところ申し訳ありません。もちろん嘘ではありませんよ」
魔王様は良い笑顔で、呆けた顔をしたリタを抱えて、自分のベッドに寝かせた。
「これは?」
「今、リタは自分で言ったではありませんか。貴方の中に私の魂が入っていると」
「ですが、このようなことが出来るなどと、聞いたことはありませんでした」
「身内にこそ、奥の手は隠しておくものです。私が唯一魔族らしく使える術は、自分の魂を操ることだけですよ。今の魔力では触れなければなりませんが」
魔王様は「自分の魂限定ですから、リタの能力の方が便利ですよ」と自虐的に言うと、部屋から出て行こうとした。
「待ってください」
リタの制止に、魔王様は止まった。
「何かありましたか?」
「せめて、私のベッドにしてくださいませんか?」
魔王様は一瞬呆けてしまったが、了承してリタを横抱きにした。
「あの人のところへ向かうのですか?」
リタは天帝を助けて欲しくないようだった。
魔王城の廊下をコツコツと歩きながら、魔王様は答えた。
「罠なのではないかと疑ってはいます。リタも、全てを把握していないのではありませんか?」
この言葉にリタは少しだけ眉を寄せた。
魔王様は考えていた。
天界と人間界での騒動は、どちらも天帝を標的としている。反天界軍は、人間界への不干渉を提案していたが、実際は天災さえ起きなければ問題ないはずだ。
そして天界での解任評決。四神官での多数決ならば3対1なのだろう。
そのタイミングで惚れ薬を飲ませて無理矢理、採決を下そうとしているように感じる。
天帝をその座から是が非でも降ろしたい人がいるように感じた。
「リタ、知っていますか?神官が地上に降格することがあるんです」
「本当にそんなことがあるんですか?」
「力が弱くなったり自ら堕ちる神官は人間界へ、罪を犯した神官は魔界へ落とされるんです。そして、どちらの場合も記憶を失うそうです」
リタは眉を上げて、魔王様を見上げた。
「それでは、あの人も同じですか?」
「ランシュエの場合、どちらが適応されるかは分かりません。あのサイという人間も、誰かに騙されているのかもしれない」
天帝に惚れ薬を飲ませることができたら、そのまま天帝をモノにしていい、等と言われているのかもしれない。
リタの目的は、ずっと邪魔だと思っていた天帝を、魔王様のそばから遠ざける事だろうか。
やはり、天界に黒幕がいる。魔王様は一層気を引き締めるべきだと感じた。
考えているうちにリタの部屋につき、ベッドにリタを下ろした。
「罠かもしれません。陛下、行かないでください」
リタを真っ直ぐに見つめた後、魔王様の目が閉じられた。次の言葉まで、きっかりと3秒の間があった。
「……正直に言えば、私も迷っています」
リタは自分の言葉を魔王様が聞き入れるとは思ってもみなかった。動かない身体で、頭だけ魔王様に向けた。
「私は、ずっとランシュエと一緒に居たかった。ですが、それには様々な障害がありました」
魔王様はリタに背を向けて、3歩前へ歩いた。
少しだけ声が震えているように聞こえたのは、リタの気のせいだろうか。
「もっと、早くに……もっと、ずっと前に諦めていたら、こんな想いもしなかったでしょう」
今はもう天帝の目に魔王様は映らないかもしれない。薬を解く方法が分からないまま天帝のそばに行って、また無感情で興味のないその瞳で見つめられたら、もしかしたら次は一瞥すらしない可能性もある。その時自分がどうなるか、魔王様には分からなかった。
「もし、ランシュエの剣と交える事になったら、その時は本気になれず、私はまた死ぬのでしょう。そうでもしたら、彼も正気に戻るかもしれませんね」
魔王様の最後の声は、明るく、酷く悲しい音だった。
「陛下、申し訳ありません」
「謝る必要はありません」
魔王様には、その一縷の望みにかけるか、最悪な想像通りの結末を迎えるかの2択だった。
魔王様はリタから離れ、天界へ向かった。
「天帝は魔王のことを良い友達って言っていたよな?」
「なのに、いきなり現れた男が薬使って洗脳して、持って行っちまったのか?」
あまりにも情報の多い出来事が続いたため、周りで情報を整理し合っている。
「あなた方は早くここを去ってください」
リタが天帝狂信者集団に言うと、一団は早々に魔王城から出ていった。
「陛下、しばらくは寝室でお休みになってください」
リタが言うと、魔王様の身体は動き、寝室へと移動を始めた。操られる感覚は初めてで、魔王様は妙な感じがした。
寝室に着くと、リタは魔王様をベッドに座らせた。
「私のことを、嫌いになりましたか?」
掠れそうな声でリタは魔王様に訊いた。
死刑台に登った死刑囚が、最期に許しを乞うような、そんな重みのある言葉だった。
「いいえ」
だがその死刑囚は魔王様によって許された。
「言ったでしょう、リタは私の家族です。あなたには、あなたの考えがあっての行動でしょう。私はそれを家族として尊重します」
魔王様はリタに微笑みかけ、リタはその姿に表情が歪んだ。リタの表情筋が働いて、魔王様は少しおかしくなった。
「私を助けて、力を与えて、後悔していませんか?」
「そんなわけがないでしょう?貴方は私によく尽くしてくれています」
魔王様の表情は変わることなく、穏やかで優しくリタを見つめた。
リタは感極まって、魔王様の手を両手で握った。
その時、リタの身体から力が抜けてふらっと魔王様に倒れ込んでしまった。
「陛下?」
「感動して頂いたところ申し訳ありません。もちろん嘘ではありませんよ」
魔王様は良い笑顔で、呆けた顔をしたリタを抱えて、自分のベッドに寝かせた。
「これは?」
「今、リタは自分で言ったではありませんか。貴方の中に私の魂が入っていると」
「ですが、このようなことが出来るなどと、聞いたことはありませんでした」
「身内にこそ、奥の手は隠しておくものです。私が唯一魔族らしく使える術は、自分の魂を操ることだけですよ。今の魔力では触れなければなりませんが」
魔王様は「自分の魂限定ですから、リタの能力の方が便利ですよ」と自虐的に言うと、部屋から出て行こうとした。
「待ってください」
リタの制止に、魔王様は止まった。
「何かありましたか?」
「せめて、私のベッドにしてくださいませんか?」
魔王様は一瞬呆けてしまったが、了承してリタを横抱きにした。
「あの人のところへ向かうのですか?」
リタは天帝を助けて欲しくないようだった。
魔王城の廊下をコツコツと歩きながら、魔王様は答えた。
「罠なのではないかと疑ってはいます。リタも、全てを把握していないのではありませんか?」
この言葉にリタは少しだけ眉を寄せた。
魔王様は考えていた。
天界と人間界での騒動は、どちらも天帝を標的としている。反天界軍は、人間界への不干渉を提案していたが、実際は天災さえ起きなければ問題ないはずだ。
そして天界での解任評決。四神官での多数決ならば3対1なのだろう。
そのタイミングで惚れ薬を飲ませて無理矢理、採決を下そうとしているように感じる。
天帝をその座から是が非でも降ろしたい人がいるように感じた。
「リタ、知っていますか?神官が地上に降格することがあるんです」
「本当にそんなことがあるんですか?」
「力が弱くなったり自ら堕ちる神官は人間界へ、罪を犯した神官は魔界へ落とされるんです。そして、どちらの場合も記憶を失うそうです」
リタは眉を上げて、魔王様を見上げた。
「それでは、あの人も同じですか?」
「ランシュエの場合、どちらが適応されるかは分かりません。あのサイという人間も、誰かに騙されているのかもしれない」
天帝に惚れ薬を飲ませることができたら、そのまま天帝をモノにしていい、等と言われているのかもしれない。
リタの目的は、ずっと邪魔だと思っていた天帝を、魔王様のそばから遠ざける事だろうか。
やはり、天界に黒幕がいる。魔王様は一層気を引き締めるべきだと感じた。
考えているうちにリタの部屋につき、ベッドにリタを下ろした。
「罠かもしれません。陛下、行かないでください」
リタを真っ直ぐに見つめた後、魔王様の目が閉じられた。次の言葉まで、きっかりと3秒の間があった。
「……正直に言えば、私も迷っています」
リタは自分の言葉を魔王様が聞き入れるとは思ってもみなかった。動かない身体で、頭だけ魔王様に向けた。
「私は、ずっとランシュエと一緒に居たかった。ですが、それには様々な障害がありました」
魔王様はリタに背を向けて、3歩前へ歩いた。
少しだけ声が震えているように聞こえたのは、リタの気のせいだろうか。
「もっと、早くに……もっと、ずっと前に諦めていたら、こんな想いもしなかったでしょう」
今はもう天帝の目に魔王様は映らないかもしれない。薬を解く方法が分からないまま天帝のそばに行って、また無感情で興味のないその瞳で見つめられたら、もしかしたら次は一瞥すらしない可能性もある。その時自分がどうなるか、魔王様には分からなかった。
「もし、ランシュエの剣と交える事になったら、その時は本気になれず、私はまた死ぬのでしょう。そうでもしたら、彼も正気に戻るかもしれませんね」
魔王様の最後の声は、明るく、酷く悲しい音だった。
「陛下、申し訳ありません」
「謝る必要はありません」
魔王様には、その一縷の望みにかけるか、最悪な想像通りの結末を迎えるかの2択だった。
魔王様はリタから離れ、天界へ向かった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
兄のやり方には思うところがある!
野犬 猫兄
BL
完結しました。お読みくださりありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
第10回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、そしてお読みくださった皆様、どうもありがとうございました!m(__)m
■■■
特訓と称して理不尽な行いをする兄に翻弄されながらも兄と向き合い仲良くなっていく話。
無関心ロボからの執着溺愛兄×無自覚人たらしな弟
コメディーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。
幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。
人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。
彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。
しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。
命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。
一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。
拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。
王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる