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前半
しおりを挟む小さな村の出身であるデュークは、子供の頃森で迷子になった。父親と薬草を採りに出かけて、父親が足を滑らせたのだ。その場で待つのが1番良い選択肢だと、子供の頃には既に理解していた。だが、1時間経っても父親は戻って来ず、家へ戻り母親に伝えに行くべきだと判断し、移動を開始した所で魔物と出会った。
やはり動くべきでは無かったかとそう思った時、魔物が襲いかかり、デュークの腹部に熱い刺激が走った。直ぐに手で切られた部分を押さえるが、手が真っ赤に染まっていく。
自分は死ぬのかとそう思った時、ふわりと大きな花弁が舞い、目の前全体を覆った。あまりの痛みから、幻覚でもみているかのようだったが、正確には美しい衣装を見に纏った人が、魔物とデュークの間に立ち塞がったのだ。
その人が手から緑色の光、霊力を発動すると、瞬く間に魔物達から断末魔があがった。
「大丈夫、じゃなさそうだね」
振り返らながらしゃがみ、デュークと目線を合わせるその人は、人間というにはあまりにも美しく、決定的なのは耳の先が細く、とんがっていた。
エルフだ。
デュークは文献で読んだ事があった。エルフは人を嫌い、人間の前には殆ど姿を現さず、森の深い所にエルフの集落があると。
「これは、良くないね」
その美しいエルフは険しく目を細め、手に精霊力を集中させると、デュークの腹部に触れた。
綺麗なエルフに目を奪われていたが、自分の腹部からは鮮血が流れ、脂汗が流れていた事を思い出す。
「ごめん、少し強引にさせてもらうよ」
そのエルフの美しい顔がデュークに近づき、まだ柔らかな子供の唇を塞いだ。何か、暖かいものが流れ込んでくるのを感じる。後にこれがエルフ特有の霊力を分ける行為である事をデュークは知ることになる。
痛みが次第に引き、動悸や呼吸も落ち着いていく。
「傷は残るかもしれないけれど、命に別状は無いだろう。だけど、もう少しだけ安静にしておいてくれ」
何か食べるかい?とエルフは腰に巻いていた鞄を外し、中からフルーツを取り出した。
治癒に体力を消耗したのか、意識したら空腹に襲われた。素直にこくりと頷けば、フルーツが手渡され、デュークは迷うことなく1口齧った。新鮮で瑞々しく甘い。だが先ほどのこのエルフの口付けの方がもっと甘かった。
デュークがフルーツを口にして、エルフはその食欲に安心したのか微笑みを浮かべた。
ああ、これはまずい。この瞬間、デュークは何かに落ちる音がした。恋か、それともどす黒い沼に落ちる音か。
彼は自分をセレンと名乗り、エルフにしては珍しく人間を好きだと話していた。
彼はエルフの中では若い方だが、知識量は子供のデュークを遥かに上回っていた。
軽く休んだ後、母親がデュークの名を呼ぶ声が聞こえた。その声に意識を奪われ、振り返った時にはそこにセレンの姿は無かった。
あれから15年が経った。
デュークはあの森で、あの時のエルフを捜したが、見つけることはできなかった。
だからもう一度、怪我でもして見せれば姿を現すかもしれないとデュークは考えたが、霊力を分ける行為はエルフにとってリスクが伴うと知り諦めた。
現在デュークは故郷から離れ、王都の図書館司書として働いている。あの森からは離れ難かったが、エルフについて詳しく知るためには、この職が最も適していると判断したからだ。
そしてもう1つ理由がある。この王都では貴族を中心とした、闇市での人身売買が盛んだという事だ。
もちろん法律として認められている訳ではない。だが、貴族に口出ししないのが、暗黙の了解であった。
そして人身売買の対象にはエルフも含まれ、美しいエルフを奴隷として飼う貴族もいるという。エルフは長生きで美しく、一度手に入れば孫の代まで使える。
『使える』とは体液を通して霊力を奪う行為を指している。霊力の大小が、貴族の地位にも大きく影響するからだ。
デュークは退勤後、酒場に来ていた。闇市にも近いこの酒場で、日頃から情報を集め、人脈も築いていた。そして今日、その労力が初めて功を成した。
「聞いたか?エルフがオークションに掛けられるらしいぞ」
「エルフが!?どこのオークション会場だ?」
「おい!声が大きいぞ……」
酒場の隅でその言葉を耳にした時、心の中ではドクンと血が騒ぐ音がしたが、表情には出さず、至って冷静にその男から情報を買うべく、デュークはカウンターを立った。
男が言うには、人間の子供が売られそうになり、自分を身代わりとして助けた青年がいたらしい。奴隷としての価値には、体力を中心とした労力、性体験の有無、身体つきや顔の美しさ、そして霊力がある。霊力の測定で、その青年の霊力が人間よりも高かった為、人間に化けているエルフである事が判明したらしい。
エルフであれば、人間の子供とは比較にならない程の金になるのに、自分を安売りしたなんてバカなエルフだ、とその男は最後に付け加えた。
デュークにとって、少なくともエルフの情報が得られるのであれば、オークションに参加する必要がある。これまで周到に用意した人脈で、2日後にあるオークションの参加権を入手した。
そして会場入りし、最後の目玉とされるエルフが壇上へ連れてこられた。デュークにとって、良い点はこのエルフが15年前に自分を助けたセレンに間違いないと、霊力が共鳴するように分かった事。
だが悪い点もあった。その売り物である彼を良く見せるために、暗い屋内で彼だけにライトが照らされている。その姿は、目隠しがされ、首輪、猿轡、足枷、手枷と彼の行動を制限する物が装着され、申し訳程度の布切れが彼の性器を隠しているだけだった。
彼を視界に入れている全ての人間を殺す事はデュークには出来ない。理性は『出来ない』と言っているが、何故出来ないのか、今のデュークには分からなかった。
そしてセレンのオークションが始まる。徐々に釣り上がっていく金額。
当然、一般職である図書館司書の給料では50年働いても買えはしない。だがこの時のためにと、デュークは投資や賭博、あらゆる方法で貯金を増やした。
抜かりは無い。
ゆっくりとデュークは番号札を上げた。
落札後に通された控室で待っていると、首輪から伸びた鎖を引っ張られ、セレンは部屋に入ってきた。先ほどとは違い、綺麗な新品の白い服とカーキ色のズボンが着せられているが、目隠しはそのままだった。
「奴隷印はどこにされますか?お客様は霊力をお持ちですよね?」
奴隷印。買われた奴隷に付ける霊力で出来た印。その印は付けた者の霊力を通して、奴隷に命令する事が出来るという。普通は貴族の家紋にするそうだが、デュークは一般家庭だ。
「ここにする」
奴隷印なんて付ける必要は無かったが、奴隷商人に目を付けられるのは避けたい。セレンの左脚の付け根、内腿の辺りを指差す。奴隷商人は持っていた特殊な器機をデュークに渡し、その機器に霊力を込めて、内腿に当てる。薄らと翠色に光り、デュークの名前が浮かんだ。
「お客様は独占欲の強いお方だ」
ふふふ、と不気味な笑みを浮かべて、奴隷商人はデュークの手から機器を受け取り、代わりに首輪と手錠、足枷の鍵を渡した。ああ、やっと手に入るのかと、この時初めて実感した。
「ではこれで、このエルフはお客様の物です。お好きな様にしてください」
そう言って奴隷商人は部屋を出ていった。
残されたのはデュークとセレンだけとなり、そこでやっとセレンは声を上げた。
「君は……?」
デュークはセレンに装着されている、物を順に外し、最後に目を閉ざしていた布を取る。不安の様な何か理解できないものを見る様な、そんなセレンの瞳がデュークを捉えた。
「話は後だ。直ぐにここを出る」
セレンの腕を引き、デュークはオークション会場を後にした。
セレンは一度も顔を上げる事なくデュークに腕を引っ張られていた。人間に怯えているようで、僅かに震わせている彼の肩に、自身のマントを被せ、家までの道のりを急いだ。
帰宅して最初に行ったのは、セレンを浴室へ連れて行き、その身体を清める事だった。シャワーを浴びるように言えば、セレンは戸惑いながらも頷き、彼のために用意してあった服を渡した。セレンが服を全て脱いだ所で、彼が着ていた服を全て持って浴室を出た。服は全て処分する。
デュークはソファで一息付き、前髪をかきあげる。セレンが戻ってくるまで時間を潰そうと本を開くが、内容が頭に入ってこなかった。仕方がないのでコーヒーを淹れて落ち着くことにした。
10分程が経ち、ガチャ、と扉が開く音がしてデュークは音の鳴った方を見た。どう振る舞えば良いのか分からない、そんな風に視線を彷徨わせているセレンがその場で立ち尽くしている。
「セレン、こい」
自分の隣りに座るよう、ソファに手を置いた。セレンはそれに従って、腰を下ろした。デュークは手をセレンの頬に伸ばし、濡れた淡い金糸を耳にかけるように滑らせた。そこにはエルフである証拠の長い耳が認められ、セレンは身を捩らせ、くすぐたっそうに目を細めた。
「君は……あ、えっと…、ご主人様って呼んだ方が良いのか?」
セレンに"ご主人様"と呼ばれ、デュークは何か性壁が歪む音がしたが、自分が彼に求めているものは主従関係だろうか?勿論それも魅力的ではある。
彼を自分の物にしたい、だがそれは強制的ではなく、セレン自らデュークの物になる事を選択し、心も身体も全て手に入れたい。支配欲と呼べるが、決して独善的であってはならない。
「好きに呼べば良い。俺はデュークだ」
デュークを主人とするかは、セレンが決めれば良い。セレンがデュークから逃げたいと言ったらその限りではないが、デュークはこれからゆっくりと関係を進めていけば良い。そう考えていたが、セレンからは想定外の言葉が出てきた。
「そうか……。やっぱり君は、あの時の少年なんだね」
「……覚えていたのか?」
「君の翠の瞳は特徴的だし、それに……その、奴隷印からは、僕と同じ霊力を感じたから、始めは困惑したよ。僕が霊力を分けたことのある人物だって。だからさっきシャワーを浴びている時に、刻まれた所を見たから、勘違いではないと思ってはいたんだ」
そこまで把握しているというのに、セレンはデュークをご主人様と呼ぼうとしていた。
「ただ、君が僕をどう扱うか、僕はどう立ち振る舞えば良いのか分からない。僕は君に買われたわけだし」
セレンは恥ずかしそうに俯いてから、上目遣いでデュークを見た。
「そこまで把握しているのならば、その奴隷印が意味の無いものである事も分かっているんじゃないのか?付けた者の霊力に反応し、その霊力は君に由来する。自分で外す事もできるはずだ」
「だから、どうしたら良いのか困っているんじゃ無いか……」
始めは硬かったセレンの表情も、徐々に柔らかくなり、声にも生気が戻りつつある。
「俺は、君が君らしくしていればそれで良い」
「僕らしく?どうして君は僕を買ったんだ?助けてくれたのか?」
「そう思ってくれて構わない。昔の借りを返しただけだ」
「そうか。ありがとう」
セレンはふわりと笑った。
デュークは、この笑顔に自分の人生は狂わされたと思っていたが、大人になった今見てもその笑顔は変わらず美しく、デュークを魅了した。一生自分にだけ向けられたら良いと、思わずにはいられなかった。
「それで僕は、家も何もかも失ってしまったんだ」
セレンが何故奴隷商人の手に捕まったのか、その話をデュークは眉間に皺を寄せながら聞いていた。
先生として働いていたが、仲の良い少年が母親に売り飛ばされてしまった。その少年を買い戻す為にセレンは家を売り、そのお金と自身で彼を助けたという話だった。
「それで?親に売られた少年はどうやってその後生活をするんだ?君が彼を助けたとしても、現状何も好転などしていない」
「だからと言って、僕は何もせずに見ているだけなんて出来ない」
「君自身を売る以外に、冷静になってもっと良い選択肢を考えるべきだ」
このお人好しのエルフは、今も変わらず自己犠牲のもと人間を助けているようだ。
「そもそも、君は何故人間に紛れて生活を?」
「えっ……それは、うーん。言わないといけないのか?」
関係ないとはセレンも言うつもりはない。人間に紛れていなければ人間に捕まる事も、デュークに助けてもらう必要も無かったのだ。
「覚えているかい?僕は人間が好きだった。人間は目紛しい進化を遂げている。肉体的なものではなく、技術や科学、知識や歴史、時が進んでいるんだ。それに引き換え、エルフの生活様式はここ数100年変化がない。深い森の奥、狭いコミュニティでの生活からは何も生まれない、と僕は思う」
「だが、人間は争う生き物だ。それにより君は被害を被ったわけだが」
「それは……もういいだろう」
はぁ……と大きなため息を吐いて、セレンは自分の手元に視線を落とした。その手にはもう何も残っていない。それでもセレンの手にはまだ選択肢がある。
「人間のもとで暮らしたいと飛び出したが、今は彼らが言っていた事も理解できる。僕は、戻るべきなんだろうか?」
「戻る?里へ?」
セレンにその選択肢を取らせるわけにはいかない。
「セレンは、どうしたい?」
「僕?僕は……君さえ良ければ、ここにいたい。エルフの里へ帰ってしまえば、僕が僕でなくなってしまう」
これは紛れもないセレンの選択だ。逃げ道を塞いだわけではない。だが上手くいきすぎて、デュークは心の中だけで笑みを浮かべた。
「それに、僕がエルフの里を出たいと思ったのは、君との出来事を里の人に話したからなんだ。人間の子供に会って助けたとね。また会いに行きたいと。そしたらすごく反感を買ってしまい、監視の眼まで付いてしまった。だから、彼らを変えることは出来ないと思って飛び出したんだ」
まさか自分との出会いが、僅かながらでもセレンの人生に影響を及ぼしているとは思いもよらなかった。
「責任、取ってくれるだろ?ご主人様?」
家に来た時の怯えた姿はどこへやら、今はエルフというよりイタズラ妖精のように笑っている。
「君はそうやって簡単に人間を信じるから、痛い目に遭うんじゃないのか?俺が本当に君に危害を加えないと?」
「でも、奴隷印が僕でも消せるなら君はそんなに脅威じゃないと思うけど。違うのかい?」
「それなら、試してみるか?」
「……やってみるといい」
デュークの言葉に、余裕の笑みを浮かべていたセレンの表情は曇り、一瞬で身を硬くさせた。
さて、何を命令しようか?これは一種の嫌がらせのようなものだ。
「セレン、キスをしろ」
セレンの左内腿の奴隷印が光り、ズボンの上からもそれが分かるが、効果が無いことはデュークにも分かっていた。ただ、これは嫌がらせのようなもの。これに懲りてセレンが人間に対して少しでも警戒心を持って接してくれたらいい、それぐらいのつもりだった。
だがセレンはというと、デュークの"命令"に顔を真っ赤にさせ、顔を近づけて可愛く唇に触れるだけのキスをしてしまった。
「君が、して欲しいことなんだろ?」
上目遣いでいじらしい。デュークは大きなため息を吐いた。
「誰かに頼まれたら、君は誰にでもこんな事をするのか?」
「なっ……そんなわけないだろ?君は、売られて一生を奴隷として暮らすはずだった僕を助けてくれたご主人様だ。これぐらいの恩返しなら、恥ずかしいけれど、それほど抵抗感は無いよ」
「…………」
「それより、君はさっきから僕の髪に触れたり、スキンシップ過多じゃないか?僕だって人間の街で暮らすようになってしばらく経つが、人目につかないところだと皆んなこうなのだろうか?」
そんなはずはないだろう、これは色々とセレンに教える必要がある。
「セレン、先にベッドへ行ってろ。俺はシャワーを浴びてくる」
「え?まって……!」
セレンが何か言いたそうにしていたが、無視して寝室の方を指差してから、デュークは浴室へと向かった。
寝る支度を終えたデュークが寝室へ向かえば、ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯に照らされ、セレンはベッドに掛けて待っていた。
先程からのやりとりで緊張感は失われつつあったが、それでもやはり居てくれたことにデュークは安心した。
もしまた突然姿を見せなくなったら、次は正気ではいられないかもしれない。
「寝るぞ」
「うん。あの……それって、その……」
「……言葉の通りだ。深い意味を探るな」
もじもじと目線を泳がしているセレンの横を通り、デュークは横になった。
「そうなのか?てっきり、僕はそういう事をされるのかと思っていた。僕を扱っていた奴隷商人が話していたからな。エルフに命令して霊力を得る為に、え……えっちな事をするって」
「俺を他の連中と同列にするな」
確かに自分はセレンに対して情欲を抱いているが、彼を奴隷として消費するつもりはない。
不愉快だという声色に、セレンも察して隣で横になり、肘を付いて上体だけを軽く起こした。
「すまない……。それなら言い方を変えよう。君はこの家から見るにそこまで金持ちではない。だが僕を大金を支払って買った。しかも、この家は1人で暮らすには大きく、服なんて僕のために用意してあるだろ?サイズや、色が合っている。これは僕を買う前提だったんじゃないのか?しかも今日、昨日で決めた事じゃない。そしてキングサイズのベッドに、君が僕に命令した"キス"。ご主人様は僕と…えっちな事がしたい、と推察する」
不敵な笑みを浮かべるセレンは、さすがにデュークよりも長く生きているだけあって、頭が悪いわけではない。デュークの事をよく知っている訳ではないが、状況証拠は揃いすぎていた。
「では、その心は?」
「真意か?そうだな…。家の状況から見て、君も僕を捜していたとする。そして君は霊力が目的ではない。だけどえっちな事がしたい。昔会った時……僕に一目惚れでもしたか?」
ふふっと笑い「なんてね」とセレンは付け足して、完全にベッドに横になった。何度見ても美しいその笑顔が、これほど真近に降ってくるとは。デュークとしてはそれだけでも十分だったが、弄ばれた感情を野放しにしておくわけにはいかない。
「それなら俺も言わせてもらおう。あの場から戻ってくるまでの道中、君は人間をひどく恐れていた。だが家に入ってからはどうだ?いくら昔に会った事があるとはいえ、慣れるには早すぎる。簡単に弱味を晒し、キスも羞恥心はあれど義務的な所作とは違う。君の演技力が高いとも思えない。よって、君"も"俺を捜していたんだろう」
デュークが言葉を続ける度に、セレンの顔が気まずそうに歪んでいく。
「性行為に積極的で、俺がするつもりが無いと言えば、普通なら安堵するはずだが、君は逆に気落ちしているようにも見えた。さて、これについてはどう思う?」
「いいっ、もういい……!今日は、色々あって疲れたんだ」
セレンは耐えられなくなり、毛布を引っ張り上げ、頭まで覆い隠してしまった。
確かに色々あった。だから、セレンの心も身体も隣にある以上、関係性を急ぐ必要はない。
そう思っていたにも関わらず、煽ってきたのは一体誰だ?
少なくともデュークはそのまま寝ようとしていたのだ。セレンが疲れているだろうと考え、労わろうとした。
だが想像以上にセレンが現状を悪いと思っておらず、ご主人様と呼んで従おうとする。
それならば、手を出されても文句は言えないだろう。
「セレン」
主人の声に、セレンは大きなガラス玉のような橙色の瞳を毛布から覗かせた。
「下を脱げ」
ヒュッと空気が喉を通る音が聞こえた気がした。
数秒の間、セレンは身動きを取れず、パタパタと長いまつ毛を上下に扇いだ。
この"命令"も強制力を持ち得ていない。嫌なら、ふざけるなと罵ってしまえばそれで終わりだ。
「……ん、はい」
だがその言葉は、セレンにとっては甘く身体にまとわりつく言霊のようで、従わないという選択を心が棄却してしまった。
「君は比較的性欲が強いのか?」
「一般的にエルフの性欲は弱い」
「君個人に訊いている」
「だから、比較するのであれば……どうしても強い方になってしまう……仕方がないだろう」
口を尖らせ、大人しくズボンを脱いだセレンは、横になったままのデュークの腰のあたりに跨った。
だが本当に疲れているだろう、酷く扱うわけにはいかない。ただ、この奴隷を少しだけ弄って、早く寝るように仕向ければいいだけだ。
「僕だけ下半身何も身につけていないというのは、恥ずかしいな」
セレンは視線を彷徨わせ、空笑いをした。
「そうか、それなら上も脱ぐといい」
「しっ、下だけだから恥ずかしいわけじゃないよ?君が脱いでいないから恥ずかしいと言ったんだ!」
「分かっている。それで、脱がないのか?」
「…………脱ぐよ」
しばらく黙っていたが、セレンはデュークの"提案"を受け入れた。
「まさか、エルフは裸体主義じゃないだろうな?だから性欲がないのか?」
「うぅ……分かって言ってるだろ!思っていたが、少し性格に難ありじゃないか?」
「そう感じていながらも、俺の言葉通りに動くのか?君は被虐性愛者なのか」
「そんな事はない!……前見た時は小さくて可愛かったのに」
悪態を吐きながらも、セレンは上の服も脱ぎ捨て、顔を赤くしている。ここまで煽っても危機感無く全裸になるとは、売り言葉に買い言葉だろうか。
「脱いだよ。それで?ご主人様は何をして欲しいの?」
デュークは、セレンの内腿に刻まれている自身の名前を、右手の親指で力を込めてなぞった。そこはまるで性感帯のようで、ピクッとセレンの体が反応したと思えば、同じようにセレンの性器も頭をもたげていた。
気丈に振る舞ってはいるが、内心は緊張と興奮で混乱しているのだろう。
何をして欲しいか、デュークは特に考えていなかったが、セレンの綺麗な顔が羞恥に耐え、歪む姿は長年想像してきた姿だ。
「このまま、自慰をしろ」
「はっ……?」
「自慰だ。エルフはした事ないのか?」
「いや、ある。って、ああ…その、よくあるわけじゃないよ?だけど、僕が気持ちよくなるだけだし」
そんなものを見てどうする?とセレンは言いたかったが、目線だけで早くしろと訴えた。
観念したのか、セレンは右手を自身の性器に添えて、緩く扱き始めた。
「悪くない眺めだ」
「んっ、ふっ……そんな、言い方するな。恥ずかしくなる……」
「今の自分の姿が恥ずかしくないとでも?」
竿をしっかりと握り、次第に速度も速めていく。息も荒くなり、艶のある声が漏れ出し、色素の薄い肌が熱で火照り色付いていく。
「はぁっ……んっ、はっ……」
「セレン。目を開けろ」
セレンはデュークに見られているのが恥ずかしくて、つい目を閉じていたが、それもデュークには見透かされている。
「やっ……、みないでっ……」
「見なければ意味がないだろ?」
「そうかも、しれないけど!はぁっ…ふっ、ん…でそうだ……」
「そのまま出せ」
無意識に腰を前後させ、セレンは手のひらに精液を迸らせた。脱力し、汚れていない左手をベッドについて体重を支える。
デュークは精液に塗れた右手を取り、溢れそうになった精液を見せつけるように舌で舐めとった。
「な、ななな何を!いいから何か拭くものは無いか!?」
セレンは手を引っ込めようとするが、デュークは離さず、続けて手を舐める。
「何故?勿体無いだろ」
「き、君はやっぱり僕の霊力が欲しかったのか?そうだろ?そうだと言ってくれ!今は霊力を込めてないよ!」
「必要ない」
「何でだよ!」
セレンは耐えきれず、空いてる腕で口元を隠した。
ぞくりと、デュークは鳥肌が立った。もっと彼の乱れる姿が見たい。
一通り舐めとってから、やっとセレンの手を解放した。
「いっそ霊力を言い訳にしてくれた方がマシだったよ……」
「そうか。では次は俺のを舐めてもらおうか」
「っ……!」
「嫌か?」
「いや、じゃない……。そうだ、むしろ僕に対して君はそうあるべきだよな。うん」
セレンが納得したのは、デュークが主人であり、自分が奴隷であるという関係についてだ。
だがデュークはそれに納得するはずがない。
「…………」
「どうした?脱がしても良いのか?」
「止める」
「は?」
「俺は寝る」
デュークは無理矢理セレンを自分の上から退かし、背を向けて寝はじめてしまった。
その速さにセレンの目は点になり、呆然としてしまう。
「悪かったって」
「………」
「っ、デューク……」
セレンの震えた声が、デュークの名を呼んだ。初めて呼ばれたその名前を無視出来るほど、デュークも機嫌を損ねていたわけではない。
一気に気分が上向く。顔には出さないが、これ程までに揺さぶられるとは思いもよらなかった。
「セレン、服を着ろ。今日はもう寝る」
「うん……」
セレンがいそいそと服を着て、デュークの隣に横になれば、デュークはセレンにも毛布を掛けた。
「本当にいいのか?」
「はぁ…………」
デュークの大きなため息に、これ以上会話を続ける気がないと察し、セレンも考えるのをやめて寝るために目を閉じた。
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