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しおりを挟む「……僕の魂?寿命が短くなったりするのか?」
悠夏は最初に疑問を投げかけた。
「君は自分が不老不死になったというのに、寿命の心配をするのか?」
「あ……」
それから彼、セロから多少の説明を受けるかと思ったのだが簡単に期待を裏切ってきた。
セロは目の前にある本の山の1つを指して「面倒だから一通り知識を入れろ」と言ったのだ。
悠夏は向かいのソファに座り、その分厚い本を開いた。
悠夏は本を読むのが好きだ。文字が読めなかった少年時代、必死に勉強して、仲間たちに読み聞かせをしていた。だから知識に対して貪欲であり、直ぐにその本の内容を吸収し始めた。
本の内容は概ねこうだ。
・吸魂鬼とは人の魂を吸い嗜む不老不死である。
・不老不死だから吸わなくても問題はない。
・魂を吸われた人間は抜け殻となる(隷属を除く)。
・自らの魂を分けることで隷属を作ることができる。
悠夏にとって重要な隷属についての記載もあった。
・隷属も同じように不老不死にはなるが、吸魂鬼になるわけではない。
・隷属は主人の体液が食事となる。
・食事を摂らなくても死なないが、体力が無くなり動けなくなる。
・主人が死ぬと解放される。
「この内容を見ると、吸魂鬼は餌になるために隷属を作るのか?」
「あながち間違ってはいない。餌が必要不可欠ではないがな」
だが、理解できない点もあった。
悠夏は目を通しながら口元に手を当てて考え、セロに質問する。
「あなたは不老不死なのに死ぬのか?」
「死ぬ方法を他人に教えると?」
「死にたがりだって言ったのはそっちだろ!」
「方法が無いわけではない。だが死ねない」
意味深な言葉を発するセロを悠夏は観察する。彼から感じる冷たく重い闇は、1人ずっと孤独を背負ってきたからだろうか?今はその押し潰されるようなオーラを感じないが、彼からすると人間はちっぽけな餌なのだろうか?
ジロジロとセロを見過ぎたからか、セロも悠夏を観察する。
「まだ足りなかったか?」
「へ?いやいや、十分だけど……。その、何日持つ?」
「さぁな。君の消費加減による。普通に生活して3日ぐらいだろう」
それなら、一気に補充しておくのも問題ないか?と悠夏は自分の順応の速さに少し驚いた。
「残念だが、君が考えているように1度に多量摂取したからと言って、回数が減るわけではないよ」
「そうなのか?」
「癖になると、毎日欲してしまうと聞く」
確かにこれは中毒になりそうだと、悠夏は思い出して、ゴクリと喉を鳴らした。その事態を極力避けるためには摂取回数を減らすべきだろう。
「君がどれだけ耐えられるのか、試すのも面白いが」
「待て、僕を実験に使わないでくれ!」
「フンっ」と鼻で笑い、セロは本を捲った。
それから3日に1度、悠夏はセロの家を訪れ、互いに『食事』を摂ることになった。
ーーー
その後1ヶ月、悠夏は書類仕事を中心に行なっていた。朝から夜まで机に座りっぱなしなのは苦手ではない。だが外に出て気分転換もしたくなる。
窓を開け、ネオンで明るく照らされた街並みを見ながら大きく深呼吸をした。
「はぁ……ふふっ、空気悪いな」
生まれ育ったこの街の空気に笑みが溢れる。それでも室内よりはマシだけど、と悠夏は窓を閉める。
「これ、悠夏に。班長からの差し入れだ」
背後から班のメンバーである同期が声をかけてくれる。悠夏が任務失敗した事で落ち込んでいるのではないかと、班の皆も心配していた。
差し出されたコンビニ袋を、笑顔で素直に受け取る悠夏だが、心の中は深呼吸をする前よりも曇ってしまった。
「本当に?ありがとう」
「夕飯まだなんだろ?食べないのか?」
「昼ごはんが重くてね。後にするよ」
味もしない、美味しくない、あの口の中に広がる甘味で口直しがしたくなってしまう。だからここで食べる訳にはいかない。
今日はセロの家に行く日だ。丁度いいから道中で食べよう。そう思って悠夏は机の端に避けた。
それからまた2週間ほどが経ち、悠夏は久しぶりに現場に出ることになった。
「では、えっと……悠夏、君は3班と一緒に配置についてくれ」
「はい」
応援要員として、人身売買組織の摘発現場だ。
廃墟と化した商店街の1つ、地下へ通じる階段が1班、裏口が2班、窓を監視するのが3班だった。3班しかいないのは、人手不足だからだ。
防弾チョッキ、拳銃、装備を今一度確認する。配置につく3班のメンバーは悠夏を入れて5人。合図で1班と2班が同時に入る。そう説明を受けて、隊列に混ざった。
数分後、飛び交う怒号と銃声。
1班、2班が中へ入ったのだ。3班の5人にも緊張が走り、各々手に持つ拳銃にも力が入った。
ガサッ、ガサッと物にぶつかりながら人の走る音が聞こえてくる。
「動くな!!」
勢いよく窓を飛び越えて逃げ出そうとした1人に向かって、3班班長が合図を送ると全員がそれぞれ構えた。
撃ち殺して良い。
もし相手が少しでも動けばそう教えられている。だがその男は咄嗟に判断し、窓から一番近くの、少し手の震えていた女性へと向かって突進した。その手にはキラリとも光らないナイフが握られている。
「ひっ……!」
その女性が狙われることは予想していた。まだ大きな現場に立ち会ったことのない新人であり、表情から恐怖が滲み出ていたからだ。
悠夏は飛び出し、男の手を掴みそのまま地面に叩きつけるように体当たりした。
からんからんと、ナイフが跳ねる音がしてから3班班長の叫び声がした。
「確保!!」
悠夏は体重を掛けてその男を拘束し、他のメンバーが手を縛ろうとする前に、別の男が窓からまた逃げ出してきた。
そして強行突破で振り切ろうとする。
「どけ!!どけぇっ!!」
メンバーが取り押さえようとするが、逃走犯の勢いは止まらない。後ろには怯えた女性捜査員もいる。悠夏は拘束の手を緩めることなく、体で突進する男を止めた。
その手には、キラリと光るナイフが握られていた。
ーーー
「いやー……悠夏、君のおかげで助かったよ」
人身売買組織はほぼ壊滅状態まで追いやり、引き上げの時に悠夏は3班の班長にタンタンと背中を叩かれた。
「チョッキのお陰で怪我もなく、本当に僕は運が良かったです」
「本当に!一瞬血の気が引いたよ」
緊張が解けてふわっと笑うが、女性メンバーの顔色は青くなったままだった。
「本当に……あの、ごめんなさい……」
俯き、消えそうな声で悠夏へと謝罪する。
「気にしないでくれ。みんな怪我がなかったんだ、それだけで十分だよ」
慰めるように声をかけ、悠夏は彼女に傷がなくて良かったと心の底から思った。
捜査員は危険な仕事だ。給料は多くないし、退職者も多い。無理してここにいる必要はないし、彼女の心の傷が浅いに越したことはない。
「私……もっと、もっと頑張りますからっ……!」
だが彼女はそこまで弱くないようだった。両手で拳を握り脇を絞め、消え入りそうだった声に力が籠り、その目には涙を浮かべているが力強い。
「うん。また一緒に仕事をしよう」
「引き上げだ!」と声がかかり、みんなで捜査局へと帰る。そしてここ1ヶ月親しんだ書類仕事が待っていた。だが、応援として参加した悠夏の担当箇所は少なく、すぐに済んでしまった。
そして、1人になった所で刺された箇所を触ってみる。
男に突進され、ナイフが刺さったのは脇腹の下、腸骨稜の近く。防刃ベストが丁度薄い届かない位置だった。
悠夏は「防刃ベストに阻まれて傷はなかった」と報告したが、実際刺された服には穴が空いている。それを誤魔化しながら帰って来たのだ。
「まぁ、本当にみんなに怪我がなくて良かった」
それだけだ。自分はセロのおかげで傷を負っても治るのが速い。なんて今の仕事に向いているんだと、報告書を読みながら苦笑いをした。
痛みがないわけではないが、でもその痛みが、まだ人間であると実感させてくれる。
「そうだ。今日はお腹が空いたな」
人間とかけ離れた存在に、会いに行くとしよう。
ーーー
結果を言えば、捜査員の目は誤魔化せても、セロの目は誤魔化せなかった。
彼に言われた通り、悠夏は鍵を使って勝手に屋敷へ入り「ただいま」と声をかけた。
「おかえり」
セロは本から目線を上げることもなく、言葉を返してくる。
自分の家ではないが、つい挨拶を交わしてしまうのは、セロが文句を言わずに返すからだろう。すでに会う回数は2桁になっている。段々と互いの事もわかってきた頃だ。
悠夏は向かいのソファに座り、ぐーっと両手両足を伸ばして「疲れたー」と息を吐くと、セロは目敏く服の破れに気づいた。
「悠夏、それは?ファッションじゃないだろう?」
「え?ああ……今日久しぶりに現場に出てね。ちょっとナイフを持った犯罪者とぶつかったんだ」
軽い気持ちで説明するが、セロの視線が本から離れ、心の中まで覗くように悠夏を見つめた。
「な、なんだ?」
そんなに熱い目で見られたことはないぞと、悠夏は体を固くした。
「確かに、君は傷の治癒が速い。だが、痛みを感じない訳ではないだろう?」
「もちろん痛いさ。だけど仕方がなかったんだ。あのままだと、他のメンバーが怪我をするところだった」
それなら自分が無理をした方がいい、悠夏にとってそれは単純な理屈だった。
それを何でもないように言う悠夏に、セロは僅かに眉間の皺を増やした。本を机に置き、立ち上がると悠夏の隣へ腰を下ろした。
「……?」
「俺は、君の自己犠牲の為に、不死にしたんじゃないよ」
悠夏は「じゃあ何の為だ?」と聞き返そうとするが、ゆっくりと端正な顔が近づいてくる。悠夏は「ああ、喰われる」と本能的に目を閉じた。
「んっ……ふっ、んぅ……はっ……ぁ……んっ」
口の中に広がる至高の甘味。いつもより長い食事に、悠夏は徐々に力が抜けていくのがわかった。角度を変え、また喰われる。
「はんっ……んっ、も……」
「もっと」じゃない!悠夏はセロの厚い胸板を押すが、この筋肉と体幹お化けはそう簡単に離れてはくれない。
「んぁっ、はぁっ……んむっ!」
一度離れ、また吸い付く。
頭が痺れ、脳が昂る。
「んっ、んっ……も、もっと……」
「……ふっ」
言ってしまった、やってしまったと後悔するがもう遅い。自らの舌をセロの口内へ入れ、貪るように舐め回す。甘い唾液を自ら追い求め、啜る。
そっとセロの唇が離れる。悠夏は口の周りに付いた唾液を、食後のデザートとでも言うように、手の甲で拭ってから舐めた。
「もう、おなかいっぱい……」
これほど摂取したのは初めてだった。腹が満たされる感覚は久しぶりだ。
そのせいで、セロに聞きたかった事なんて頭の中から消え忘れたしまった。
「ご馳走様」
「……ん……ご馳走様、でした」
セロは悠夏の上から退くと、何事もなかったかのように、再び向かいのソファで本を読み始めた。
悠夏は呆然と天井を眺め、ポツリと言葉をこぼした。
「なぁ、今日……泊まってもいいか?」
「…………はぁ?」
視線を落としたばかりの本から、すぐにセロは顔を上げた。その顔には、ぽかん……とらしくない表情を浮かべていた。
「その……動けない……」
「動けない?」
「眠い……」
「おい」
「今、もう寝そう……」
「ここで寝るな」
その日の疲れが一気に押し寄せ、満腹中枢が満たされ、残るは睡眠欲。悠夏はウトウトと、ソファで船を漕ぎ始めてしまう。
セロはため息をついて、うっすらと口を開けて「すぅーすぅー」と静かな息をしている悠夏を、使用していない部屋に運んだ。
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