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ルートは自分で作るもの2

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 会場に着くまで、二人は無言だった。

 会場では、ノーチェが王子の婚約者であるお触れが出ていたようで、王族に準ずるものが使用する控え室に通された。

 一歩足を踏み入れると、その豪華絢爛な装飾に目眩がした。

(何これ……)

 琥珀色の宝石がふんだんに使われた燭台は、ノーチェが暮らしてきた男爵家ではもちろん見たことのない輝きだ。少しの時間しか過ごさない控え室であるが、貴人をもてなすために、ウェルカムフラワーとして香りまで一流の、紫色のバラがそこら中に飾られていた。

 あまりに華美なもてなしに、ノーチェは今までに感じた以上の場違いさを感じていた。

 これは悪い夢なのではないだろうか。
 三ヶ月前までは落ちぶれていた自分がこんな場所にいていいはずがない。

 きっと不安が顔に出ていたのだろう。それまで、無表情でノーチェ専属スタイリストに徹していたジーナがノーチェの顔を覗き込む。

「昨日は……急にごめんね」

 申し訳なさそうに眉が下がる。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
 今日のジーナは強さを全面に押し出した、深紅のベルベットのドレスを着ていた。
 そのドレスは、あまりにもジーナに似合いすぎていた。きっと世の中に出回っている物語に描かれる悪役令嬢はこんなドレスを着るだろう。

「いえ……。もうこれで最後ですものね」

 このパーティーが終われば、ジーナの仕事は終わる。婚約者役は解任され、本物の婚約者になるノーチェがその地位につき、ジーナは本来の名前に戻って、人知れず王子の近侍となるのだろう。

「私……。今日まで、ジーナ様に成長したと言われるのが何よりの楽しみで……。ここまで頑張れていたと思います。短い間でしたが……私をここまで育ててくださってありがとうございました」

 生真面目な顔でいうと、ジーナは軽く吹き出す。

「なんだか、花嫁の父親になった気分だね」
「そんな……笑わないでくださいよ、こっちは本気でそう思っているのに!」
「あはは。ごめん、ごめん。でも……」

 ジーナが何か言おうとした瞬間、扉がコンコン、と鳴る。
 入ってきたのは王子の近侍だった。

「そろそろお時間です。準備をお願いします」

 その声に現実に戻され、ノーチェはドレスを持ち上げながら、立ち上がった。
 ジーナはノーチェに手を差し出す。

「世界一綺麗だよ。ノーチェ。行こう」

 その台詞を今、言わないで欲しいと心の底から思った。

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