悪役令嬢が男だった場合のハッピーエンドルート

いらないものは捨てましょう1

　ジーナと共に日々を過ごすと、信じられないほど毎日が輝いて見える。

　今までのノーチェには学生生活を楽しむ余裕は全くなかったなかった。
　今も……。実家の男爵家の未来を考えると不安な気持ちにはなる。
　けれども、不安になるとジーナが励ましてくれた。

「私がどうにでもする」

　毎回毎回、不安になるたびに言ってくれるその言葉はまるで魔法のようだった。
　教育中、失敗してもいい。何がなんでも自分が責任を負う。そんな姿勢を見せたジーナは頼もしかった。

　今までの虚無感に苛まれていた日々はなんだったのだろう。今のノーチェの心はそんな風に笑ってしまうほど心が軽い。

（多分、私は誰かに自分の大変さをわかって欲しかったんだわ）

　一緒に背負って欲しいなんて、烏滸がましいことは言えない。
　自分より大変な状況にある人だっていっぱいいる。自分はまだ、貴族に生まれたのだから、明日の補償がある。でも世の中には明日の命さえも危うい人がたくさんいるのに、自分が辛いなんて言うなんてただの逃げだと思っていた。

　一人でいつも戦うのは、苦しくて孤独だ。

　今までのノーチェにもゼダウスという婚約者がいたが、彼はノーチェが苦しんでいたことは知らないだろう。きっと彼の目には何事もそつなくこなす、可愛げのない女に見えたかもしれない。

　でもそれは頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ……といつも何かに追われて戦ってきた結果だったのだ。

　ジーナは多分、自分も同じように戦ってきたから、ノーチェの気持ちがわかるのだろう。離宮でノーチェは不安をこぼしてもいいと言われたことに驚いた。
　不安を言い合えるというのは心強い。手取り足取り教えてくれて、本当に天国みたいな場所だ。

（楽しいな……。こんな日々がいつまでも続けばいいのに）

　しかし楽しい日々は簡単に長くは続かない。
　平穏を壊すのは、いつだって彼だ。




　学園でのお昼休み、ノーチェはジーナが気に入っているバラ園で、お昼を食べることになっていた。
　ジーナと過ごし始めてから、はや二週間。最近はもうジーナが隣にいるといると安心するようになっていた。

「今日はレタスと料理人お手製ローストビーフのバケットサンドイッチだよ」
「わあ！　おいしそうですね！　でも……。大口を開けて食べるのってお行儀的にいいのかしら？」
「王妃になったらできないかもしれないから、今やっておこうって考えだよ」
「まあ……。悪いお人ですね」

　クスッとノーチェが笑うとジーナが嬉しそうな顔をする。
　さあ、食べようと思った時、パタパタと足音が響く。視線の先にはジーナと共に王子の取り巻きをしているアンヘルが走ってきた。

「食事中に申し訳ないね、ジーナ。少し耳に入れておかなければならない事がある」

　アンヘルはそういうとチラリとこちらを見た。もしかしたらノーチェには聞かせたくない話なのかもれない。

「ジーナ様、私のことは気にしないでくださいね」

　そういうと、ジーナは眉を下げた。

「ごめんね。ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」

　軽く手を振ってジーナを見送る。するとノーチェが一人になるのを待っていたかのように目の前に背の高い影が落ちた。


「やあ、ノーチェ。最近学園を賑わせているみたいじゃないか」
「ゼダウス……」

　ノーチェは顔を青白くする。かつての婚約者に会うのがこんなに、心に黒い霧をもたらすのかと驚愕した。