氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

文字の大きさ
上 下
49 / 69

家主の心中は察せず、猫道まっしぐら10

しおりを挟む
「と、いうことで、今日は若奥様をお連れしました」
「はい、きました~」

 まるで3分クッキングのようなすっ飛ばし方だった。顔を上げると執務机の隣に置いてある、ソファにミラジェがちょこんとお行儀よく座っていた。

「わ、わあああ⁉︎  なんでここにいるんだ⁉︎」
「話し合いと……書類整理のお手伝いに?」
「最近忙しくて、書類が溜まっているでしょう? 若奥様は経理仕事が得意ということだったので、ぜひ手伝っていただこうと思いまして、お呼びしました」
「はい! 実は私、こういう作業は大の得意です! 任せてください!」

 ミラジェはドンと胸を叩いてさも自信があります、と言わんばかりの表情を作る。

(大丈夫か……? これは……)

 男爵家で蔑ろにされていたミラジェに果たして、書類作業などできるのだろうか。一抹の不安を抱えながらも、ジャンとミラジェは楽しげに準備を始めてしまう。

「ささ、若奥様。早速こちらの書類をお願いしてもよろしいでしょうか」

 ジャンはあれもこれもと計算が必要な書類をミラジェに手渡し始める。最初の方は心配してちらちらと視線をやってしまっていたが、ミラジェは意外と手際がいい。
 それどころか元々、書類を扱うのに慣れているかのように、分類の仕方も明確だ。しかも計算についてはジャンより早いくらいだ。

「どうして、君はそんなに手際がいいんだ……?」

 シャルルは素朴な疑問を抱き、ミラジェに質問をした。一瞬、気まずそうに下へと視線を落としたミラジェは、気を取り直したように口を開く。

「男爵家で瑣末な書類は全て押し付けられていましたから。主に使用人が管理する書類中心ですけど」

 その言葉で、シャルルはミラジェは思っているほど、貴族教育に遅れがないという報告を受けていたことを思い出す。
 家族に放置されていた、ということは計算や文字の読み書きなど、基本的なこともできないのではないかと思っていたが、意外にもミラジェは問題なくこなすことができたのだ。そのことを不思議に思っていたが、まさか……。

「あの家では使用人たちにもこき使われていましたから。でもみんな、家族よりも優しかったですよ? 仕事をこなすと、ご飯を分けてくれたりしましたし……。難しい仕事をした方がおこぼれもらえる率が高かったので、字の読み書きも計算も使用人に習ったり……見よう見まねで覚えました」

 そうだったのか……とシャルルは小さな声で呟く。

「でもこうやって役に立っているならいいのかも知れません。その辺の御令嬢よりも事務仕事ができる自身がありますよ?」
「御令嬢は事務仕事は習わないからな……」

 ミラジェに手伝ってもらいながら、仕事を片付けていると予定よりも二時間ほど早く仕事が片付いてしまう。この結果には手伝いを頼んだジャン自身も驚いていた。

「早く終わりましたから、ご褒美にケーキでもお持ちしましょう」

 そう言ったジャンは扉の外に控えていた侍女に声をかけた。サービングカートで運ばれてきたのはいちごの乗った四角いショートケーキと最近ミラジェが気に入って飲んでいる、カモミールティーだった。

「わあ! 美味しそう!」

 心から無邪気に喜び、年頃の少女らしさを見せたミラジェの姿を見てシャルルとジャンは、目を三日月型に細めた。

 さあ食べよう。

 まずはお茶で口を潤してから……そう、ティーカップに口をつけた瞬間、ミラジェはハッと目を見開く。

「そのお茶、飲まないでください」
「え?」
「毒が入っています!」

 切り裂くようなミラジェの声が、執務室に響き渡った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...