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家主の心中は察せず、猫道まっしぐら1

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 その日の夜、ミラジェは昨日と同じくシャルルのベッドにいた。

「ミラジェ……。ここで寝なくともいいと言っただろう? ジャンとアレナにも俺たちが何も関係がないことは知られている。もう君が気を使う必要はないよ」

 妙な義務感を感じているなら申し訳ないという気持ちでシャルルが言うと、ミラジェはシラーっとした薄目で答える。

「気を使うですか? 私はそんなことはいたしませんよ。だって猫ですもの」
「へ?」
「旦那様が昨日おっしゃったのでしょう? 私は猫だと。私もそれを理解し、体現しようと思ったので、こちらに参りました。猫は自由気ままに好きな場所で寝るでしょう?」

 ミラジェはコテンと首を傾げながらいう。
 うーんかわいい。一瞬無意識にそう思ってしまった自分の思考にハッとしたシャルルは、ぶんぶんと頭を振り、不埒な考えを打ち消そうとする。
 その様子を見たミラジェは、閃いたようにシャルルのすぐ側に忍び寄り、腰に腕をぐるりとまわした。

「な、なんで腰に手を回すんだ⁉︎」
「……だって。猫なので。人間で暖を取ることもありますでしょう?」

 ミラジェは反論を挟む暇さえ与えなかった。

「ではおやすみなさーい」

 そのまま、ミラジェは何食わぬ顔で眠る。

 シャルルは抱きつかれた腕を払うこともできず、しばらく硬直していた。

(困れ、惑え。昨日の私の思いを思い知るがいい……)

 ミラジェはシャルルの広い背中の暖かさを堪能しながらニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
 ミラジェの仕返しは時始まったばかりだ。



(アレナがやり返す、と言っていたから、どんなことをやられるかと思ったら……。大したことではないな……)

 シャルルは腰にくっつくミラジェを追い払えないまま、うんうん考え込んでいた。横になった途端、ミラジェはういしょ、と動き密着度を上げた。

 ……思ったより、腹黒い仕返しではなかった。これじゃあ、可愛いだけだ。と、冷静にシャルルは思う。

 だが、気まずいことには変わりない。

(ああ……。こんな格好でいるのを人に見られたら、もう言い逃れはできないだろう。誰もがきっと、あの男は少女趣味だったのだと言い広げるな。だが、それだけなら私が被害を被ればいいだけだが、この子が風評被害を受けるのは……)
 
 うじうじ虫のシャルルはせめてミラジェが大人になるまで時間を稼ぎたいと思っていた。だが、そんなシャルルの気持ちを察することもなく、ミラジェは行け行けどんどんである。

 考え込んでいるシャルルの腰に抱きついたミラジェが寝ぼけているのか、頭をぐりぐりと押し付けてくる。その瞬間、髪からふわりと、せっけんの微かな香りが溢れ、鼻腔をくすぐった。寝位置を変え、柔らかな肌が触れるたび、小さな子供だと思っていたかったミラジェが女性であることを思い知らされる。

(ああ……! こういう猫いるけどっ! 彼女は人間だ)

 大人になる前の少女が持つ、危うい魅力は、理性的だと自負していたシャルルを揺さぶるだけの威力を持っていた。

 猫だなんて、言わなければよかった。そう思ってももう遅い。

 シャルルはうーんとうなされながら、眠れぬ夜を過ごした。

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