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私はどうやら妻ではなく猫だったらしい2
しおりを挟む「旦那様、失礼いたします」
シャルルが当主になってから開くことのなかった、本棚の隣に設置された伴侶用の小さな扉がキイと鈍い音を立てて遠慮がちに開く。
ミラジェは白く薄い、月夜の光に透ける美しいナイトドレスに身を包んでいた。
「旦那様……。こんばんは?」
シャルルは本を読む手を止める。そっと閉じ、寝台横のサイドテーブルに置いた。
何をいったらいいのか分からず、とぎまぎしながら側に寄ってきたミラジェに、シャルルは優しく語りかける。
「その服装をさせたのは……アレナや侍女たちかな?」
「はい。旦那様のお好みではなかったでしょうか?」
ミラジェは不安そうな表情を見せる。
__正直に言うと、今日のミラジェのナイトドレスは、シャルルの理想を形にしたような作りをしていた。清楚でかつ、可愛らしいそれを見た時、誰が自分の好みを推測してこのナイトドレスを手配したのか考え、その理解度の高さに恐ろしさすら感じてしまった。
だが、それとこれとは別だ。シャルルは一瞬見入ってしまった自分の精神を律し、分別のある大人としてミラジェと向き合おうとする。
「ミラジェ。私は……君にそういった行為は望んでいないんだ」
落ち着いた声で語られたそれは、ミラジェにとって死刑宣告のように聞こえた。
「なぜですか? ……私はこの家に、御子をもたらすために嫁いだのでしょう?」
ミラジェは声を詰まらせ、涙目になりながらに言った。
「君はまだ子供じゃないか。もしこの先、何年か後に君が自分の子どもが欲しいと願った時は夫として協力はしたいと思う。しかし、君の望みではなく、責務として思い詰めてしまうのは、君にとって不幸なことなのではないかな?」
自分でも信じられないくらいミラジェを気遣った優しい声で説得できたとシャルルは思う。しかし、ミラジェは後には引けないという様子で続ける。
「じゃあ、私は……私は! なんのためにこの家に養われているのですか⁉︎ なんの成果も出せず、糧を減らすだけだなんて……。そんなの、ただの役立たずではないですか!」
今まで落ち着いた様子を見せていたミラジェが声を上げて主張する様子を見て、シャルルは瞳を揺らした。
(役立たずか……。私は……本当に愚かものだな。この子を守ると誓いながらも、追い詰めていたことに気がつかなかった)
「君は子どもだ。子供の役割はよく学び、大人になるために必要な知識や見識を様々な分野から取り入れることだ。子供らしく伸びやかに、この家で暮らしていればいいんだよ」
「そっ! そんなわけにはいきません! 私は成人しているのですよ⁉︎ 成人した貴族にとって世継ぎを作ることは最大の使命でしょう⁉︎」
「使命……。そんなお堅い物を律儀に守らなくてもいいんだよ。君はこの騒動に巻き込まれてしまった被害者なんだから」
「でもそうは言ったって、なんの関係もない子供がこの家にいるなんておかしいでしょう?」
手のひらをぎゅうぎゅうに握りしめたミラジェは、初めて会った時と同じくらい必死な表情をしていた。
(ああ、彼女は追い詰められると顔からすぐ血の気が引いてしまう。……私はミラジェを追い詰めてばかりだな)
もっと伸び伸びと、平和に過ごしてほしいのに。ミラジェの願いはまだ届きそうになかった。
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