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いらっしゃいませ! 若奥様!5
しおりを挟む「養子にすると言う手だってあるよな……」
テラスでの夜食を食べ終わり、一人自室へと戻ったシャルルは自身の寝台に腰掛けながらポツリとひとりごちる。
「それはなりません」
「うわっ!」
誰もいないと思っての発言だったが、後ろを振り返ると、毎晩寝台横に置かれる果実水を手に持った、ジャンがデデーンと存在感を示すように立っていた。
ジャンにはミラジェの部屋を準備するよう頼んでいたが、三十分もしないうちに戻ってきたことにシャルルは驚く。
「私たちはせっかくいらっしゃった若奥様を逃すつもりなんてありませんから」
優男顔のジャンが真顔でこちらを見ていることに妙な迫力を感じてしまい、シャルルは怯む。
「ず、随分こちらに戻ってくるのが早いな……。あの子は__ミラジェは大丈夫そうだったか?」
「ええ。問題ありません。アレナが張り切っていますし、奥様の部屋はいつでも使えるように現状維持されていましたから」
「あの部屋を使ったのか……」
どうやらミラジェが案内されたのは以前はシャルルの母が使っていたあせびの間らしい。あせびの間は公爵家の女主人が使う間とされていて、部屋の中に屋敷の主人であるシャルルが使う寝室に直接向かえるよう、隠し扉が着いている。
「ええ。ミラジェ様はこの家の若奥様ですから」
従者たちは本気であの幼い少女をミラジェの妻として扱うと決めたらしい。
予想もしていない従者たちの柔軟さに、シャルルは頭を痛めた。
「お前だって……あんな小さい子供を娶るのは外聞が悪いと内心思っているだろう?」
「今のままではそうですね。ですが、坊っちゃん。女の子と言う生き物は、蝶が羽化するように短期間で美しい女性へと変貌を遂げてしまうのですよっ! あの幼かったアレナが大人の色香を見せるようになった時、私は何度悶えたか!」
体をくねくねと捻らせて、頬を染めながら熱弁するジャンは、正直にいって気持ちが悪かった。
「お前、気持ち悪いな」
「なにおう⁉︎ 恋をすると大体の人間は気持ち悪くなるのですよ」
「ははは……」
シャルルは渇いた笑いを浮かべた。
「笑っていられるのも今のうちですよ。若奥様は幼いながら、美しい女性としての原石的な魅力を有している気配を感じます。……いつかあなたも、若奥様の色香に悶え、気持ち悪くなる時が来ると……私は思っていますよ」
「そんなわけないだろう?」
シャルルはうへえと項垂れながら否定する。しかしジャンはどこか生暖かい目をしながら続ける。
「いいえ断言します。あなたはいつか、若奥様の魅力にメロメロにされる時がくるのですよ。……さっきだって、小さいお口で、小動物のようにサンドウィッチを食べる若奥様を見て目元を赤らめていたでしょう」
シャルルはぎくりとして肩を硬らせた。
「あれは……彼女に子供らしいかわいさを感じただけだ」
「ふふふ……いいえ。あれだって若奥様がもつ魅力内の氷山の一角にすぎないのでしょう。そもそも幼くても男性にかわいいと思わせる仕草ができるだけで、素晴らしい才能の持ち主だと思いませんか⁉︎」
興奮気味に話すジャンを止められるものはいない。シラーっとした顔で、話を受け流していたシャルルは、その後も続いた、ジャンの女性談義に嫌気がさし、その重い口を開いた。
「……お前は、もう寝ろ」
ジャンが部屋からさがり、一人きりになったシャルルは寝台に入りながら、ぼんやりと思考を巡らせる。
(どういうふうになるにせよ、俺はあの子を生家に戻すつもりはない。あの子とどういう関係性を築いていくかは今後よく考えて行かねばならないな……)
ひょんなことから、ミラジェの人生を受け持つことになってしまったが、年長者として、彼女の幸福を守ってやりたいとは思う。
シャルルは昨日まで見知らぬ子供だった人間にも情をかけてしまうほどのお人好しなのだ。
どうしたら、彼女が一番幸せになるだろう……そんなことを考えながら、シャルルは眠りの世界へ旅立った。
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