上 下
18 / 69

いらっしゃいませ! 若奥様!4

しおりを挟む

 パクリと小さな口が動く。

 大きな手を持つシャルルが二本指で摘めるくらい小さなサンドイッチをミラジェは両手で掴んで食べていた。
 一口で食べることはせず小さな口で少しずつ咀嚼をする。

 シャルルはそのかわいらしい少女の様子を、じいっと見ていた。

(こういう小動物の絵を小さい頃絵本で見た気がする……なんともかわいいな)

 口に食べ物が運ばれるたびに、目を微かに輝かせるミラジェのかわいさにシャルルは目元をうっすらと紅色に染めた。

 ゆっくりと時間をかけて一切れサンドウィッチを食べ切ったミラジェは膝に手を置いて、固まってしまった。

「もう食べないのか?」
「食べたい気持ちはあるのですが、もうお腹がいっぱいで……」

 か細く、空気に溶けてしまいそうな声だった。
 ミラジェはいちごのサンドウィッチをじっと眺めながらも、首を横に振った。
 本当に、もうこれ以上は食べられないらしい。あまりの少食さにシャルルは目を瞠る。

(いくらあと一月で十五になるといっても、この子はあまりにも成長が芳しくない。もしかしたら、男爵家で暮らしていた頃は満足に食べ物も与えられていなかったのかもしれない)

 果たして、このか弱い子供を自分の妻としてしまうことは、ミラジェにとって幸せなのだろうか。不幸な事故と行ってもいい自体に巻き込んでしまったことを悔やみ、考え込んでしまう。
 シャルルは生来優しい性格で、自分の利益よりも他人の利益を優先する気質であった

 長い間独身でいたのにも理由がある。
 歴史ある高貴な血筋であるエイベッド家は、他の貴族よりも王家に近い存在であった。

 公務や後継問題などの問題が山盛りの書類のように積まれる、ただでさえ気苦労が多い立場だ。公爵夫人はその補助を求められる。社交界でのパワーバランスを整えることであったり、常に目新しい話題を提供し、その地位を保ち続けることであったり……求められる内容は多種多様だ。

 それに加えて、公爵家は恨みを買うことが多いため、不届きものに命を狙われることも多い。もちろん、公爵夫人も狙われる立場にある。今日のミラジェの出現やホーライド家の御令嬢の登場だって、最初は刺客か、とジャンと共に身を硬くしたのだ。

 シャルルも剣の腕はたつが、従者のジャンはいざという時、主人の盾となるよう訓練を受けている。

 最初は見目で釣られた女性たちだって、その気苦労を知ればきっと離れていってしまうに違いないとシャルルは考えていた。

 実際、シャルルの母親はその気苦労と重圧に負けて、シャルルの少年時代、父である前公爵と離縁している。

 その経験が、シャルル自身の呪縛にもなっているのだ。

 そんな思いを抱えるシャルルは、危うい立場にいる自分の人生に巻き込んでしまったミラジェに対して心底申し訳ないと思っていた。

 どうせ巻き込んでしまうのであれば、精一杯幸せだと思ってもらえるよう、環境を整えよう。それがミラジェにできる最大の贖罪だ。

 __もしかしたら自分は、この子供の療育を天から任されたのかもしれない。

 シャルルはサンドウィッチも完食できぬほど胃袋が小さく、細く脆い体を持つミラジェを眺め見ながら、そんなことを考え始めていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。

ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

処理中です...