氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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その出会いはただの事故3

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 目を覚ましたミラジェは体の下に敷かれたものの感触があまりにも柔らかいことに違和感を持った。

(どうして? 私は……。記憶だと床に倒れていたはずなのに……。この柔らかさ、まるで貴人用の寝台みたいじゃない)

 慌てて確認すると、やはりそれは貴人用に整えられた寝台だった。白く清潔なシーツは、シルクで出来ているようで、光が当たるとトロリと光る。

 ミラジェは男爵家で、地下牢のような自室で生活している。そこに寝台は用意されておらず、仕方なく屋敷の隣に建てられた動物小屋から藁を盗み、その上にシーツを敷いて、簡易ベッドを作って睡眠をとっていた。

 もちろんそんな状況に置かれているのは家族の中でミラジェだけで、姉達は貴人用に作られた高級なベッドで眠っているので、一般的な寝台の形は知っていたのだ。
 姉達の寝台のシーツを変えろと命じられるたびに、自分もこんなにいもちが良さそうな寝台で眠れたら、どんなにいい夢が見られるだろう、と密かな憧れを抱いていたのだ。

 そんな憧れの寝台になぜ自分が寝ているのだろう。ミラジェが混乱して、発狂しそうになっていると、上から優しい言葉が降ってくる。

「目が覚めたか?」

 体に響くほどに低く、しかし優しい声だった。

「えっ……」

 ミラジェはその声主を見て硬直する。
 目が合うだけで人を殺してしまいそうな切長の瞳と鼻筋の通った顔立ち。
 そこにいたのは姉達が絵姿を見て、キャーキャーと猿のように騒いでいた、シャルル・エイベッド、その人だったからだ。

 あまりに予想外な人物の登場に、ミラジェは目を点にすることしかできない。

(え? え? え? どう言うこと?)

 突然の事態に頭が情報を処理しきれず、一分ほど、何も言えずに硬直しているとシャルルは困惑した表情でミラジェに話しかける。

「おーい……。大丈夫か……?」
「ど、どうしてここにシャルル・エイベッド様が……? え? 私はめまいに耐えられなくて、どこかの部屋に入って倒れて……」
「その入った部屋が私の部屋だったんだ」

 ミラジェは瞠目する。

 つまり、何か物入れかと思って逃げた先がシャルルが休んでいる個室だったのだ。
 よりにもよって、この会場内で陛下を除くと一番高位の人間のプライベートルームで意識を失ってしまうなんて……。
 それは今までの人生の中で一番大きな粗相なのではないだろうか。自覚すると滝のように汗が流れてきた。

「た、た、た大変申し訳ありませんでした‼︎」

 ミラジェは寝台の上で勢いよく土下座をした。

「私のようなものがこのような不躾な行いをしてしまったことであなたのような高貴な方に不快な思いをさせてしまったことに対して、深く反省しています! 命を持ってお詫び申し上げますからぁ!」

 何も武器を持っていない状態で死ぬにはどうしたらいいのだろう。混乱し、何が何だかよくわからなくなっているミラジェはボロボロ大粒の涙を流しながら、自分の首に手を回した。自分で自分を絞め殺すことはできるのか……ミラジェの幼い頭では到底わからないことだったが、人間死ぬ気になればなんでもできるような気がしていた。

 するとそれを見たシャルルは慌てて、手を掴み止める。

「お、おい! 私はそんな対応求めていないぞ!」

 シャルルは限界状態に達し、わーん! と声を上げながら泣く小さな子供を見て困惑していた。


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