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「どうしてルミールはそんなに情報を集めるの?」 
「おかしなことを姫様はおっしゃるのですね、情報収集術を私に教えてくださったのは姫様ではないですか」

「それにしても限度があると思うのです。あなたは何かのために情報集める技を磨き最高の執事になろうとしている。私にはその動機がわからなくて。あなたがとても怖いのです」

 おやおや、それは心外ですね。とルミールは呟く。

「怖がる必要はございません姫様。私はあなたのために最高の執事を目指しているのでございますよ」

 私のため?その言葉の真意がロザンヌにはわからなかった。自分はそこまで契約者としての責務をルミールに押し付けたつもりはなかったからだ。

 ルミールは優しい笑みで言葉を続ける。

「姫様は私に幸せになることを教えてくださいました。なのに姫様自身はその身を軽んじられることを良しとされる。そんなこと私には到底許せたものではありません。

 私は姫様がきちんとご自分の采配を生かせる環境、しいては幸せでいられる環境で暮らす手伝いがしたいのでございます。それが私の希望であり願いです。

 その願いが叶うまで地の果てまで追いかけても見守らせていただきます。」

 誰がこんな怖い見守りサービスを開発したのだろうか、ロザンヌは頭を悩ませたが、それは自分自身であることを認めたくなかった。

 怖い。ルミールが怖い。

 ロザンヌは自分にここまで執着する人間がいることを知らなかった。

 そうだ!人材派遣事業はアーノルド家の事業なのだから、この家を出たら、ルミールの所有権はアーノルド家になるのでは!? 私は早くお嫁に行けばいいのでは? そう閃き、気を取り戻して、ルミールをきっと睨む。

 しかし、当のルミールは穏やかな笑みを浮かべていた。まるでロザンヌの言いたいことはとっくに理解しているようにも見えた。

「こちらに一枚の契約書がございます」

 そこにあったのはルミエールの所有権について書かれた1枚の契約書だった。そこにはでかでかとルミエールの所有権はロザンヌが有するとの記載がある。なんと言うことだ。ロザンヌはどこへ行ってもルミールが買われない限り彼から逃れることはできないのだ。

 しかしその契約書にサインした記憶がロザンヌにはない。
 さて、あんな契約書にサインしたのはいつだったのだろう。もしかしたらルミールが偽装したのかもしれないが、その隙を作ったのはロザンヌなのだ。

「私が買われるまで、いつまでも一緒ですよ。姫様」

 この男を手元におかなければならないなんてなんて恐ろしいことだろう。

 いつ爆発するかわからない爆弾を自分の手元で持っておかなければならないような気分だ。普通、その行く末を見守りたいからと言う理由で主人にそんなに執着するだろうか。

「どうして私にこんなに執着するんだろう」

 小声で言うと聞こえていたようで、ルミールはあきれたようにロザンヌの顔見る。

「姫様はどうして私がここまでするのか、その本当の理由に検討もつかないのですか?」
「全く判りません。そこに至るまでの原因というか、なぜここまで私に執着するのかがわからないのですよ」

 ロザンヌは純真無垢な瞳でルミールを見る。なんと機微に疎いのだろう。ルミエールは呆れた顔でロザンヌをみる。

 至極単純な話である。ルミールはロザンヌに恋情を抱いているのである。ロザンヌが笑えば心が熱くなり、ロザンヌが悲しめば自分まで悲しくなる。

 そんな自分の揺れ動く感情はロザンヌには理解していただけないだろうとルミエールは考えている。でもそれでも彼はよかった。

 彼女のもとにいるのは自分だけ。誰よりも優秀で、誰よりもロザンヌの役に立てれば良い。自分を救ってくれた女神のようなロザンヌのもとにいて、一生過ごせるのであればルミールにとってこれ以上幸福な事は無いのだ。そのためだったらどんなことでも彼はするだろう。

「姫様はまだお子ちゃまですね」

 ルミールはロザンナにいつまでも子供でいてほしいと思った。その方がいつまでもロザンヌのそばにいられるからである。自分の存在に頭を悩ませるロザンヌは大変美しい。

「そうして私の在庫処分に一生頭を悩ませていれば良いのですよ」

 ルミールは最高の笑顔で言い放った。

 買い取られない執事と、持ち主の令嬢のやりとりは今日も続いていく。

「誰かこの執事、買い取ってよー!」

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