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第一章 大領地の守り子
間話 二番目の女
しおりを挟む気づけば私はいつも二番目の女だったな……。
真夜中、皆が寝静まって暗闇が広がる時間のオルブライト家の屋敷の中で、リジェット様の護衛用に仕掛けた魔法陣を回収しながら、私、ラマはそんなことを考えていた。
これから私はリジェット様が王都に向かうにあたって、侍女として生活を共にすることになっている。
リジェット様のために設置した魔法陣は王都でも護衛に使えるので再利用させていただく。ちなみにこのことについては領主であるセラージュ様にきちんと許可をとっている。
私があの方のために働くのは誰かの命令ではなく、紛れもない自分の意思だ。少し前まではそうではなかったかもしれないが、今はリジェット様のために働こうと心から思える。
私が生まれ育ったアーノルド領は使用人人材派遣で栄えた小領地だ。人材育成自体は領主様の長子である、ロザンヌお嬢様が始めた事業で、まだ始まって六年ほどしかたっていないが、その功績は国中に知れ渡っている。
巷ではアーノルド家の使用人は家に繁栄をもたらす、一家に一人アーノルド家の使用人を、とまで言われているそうだ。
私はその取り組みの一期生として大領地の使用人になるために育てられた。
元々はアーノルド領の孤児院で育った私にとって、自分の努力のみで成り上がることができるロザンヌ様の取り組みは願っても見ないチャンスだった。
私は日夜血の滲むような努力に時間を費やし、一流の使用人になった。
自分で言うのも何だが、私は出来が良かった。
使用人として必要なスキルはもちろん、主人の護衛をするにあたって必要になってくる戦闘力だって持ち合わせている。それに諜報活動だって他の人には真似できないレベルで得意だ。
しかし、それでもアーノルド家の使用人として、成績はいつも二番目だった。
__育成された使用人の中では一人だけ、どうしても勝てない男がいたのだ。
今も彼はどこにも売りに出されず、ロザンヌ様の側にひっついて離れない。風の噂で聞いた話では、ロザンヌ様が外に売り出すのに適さないと判断するようなとんでもない情報を拾ってきてしまったらしい。
あの男のことだから、絶対に確信犯だが。
そう言う私も、本当のことを言うとロザンヌ様のそばを離れたくなかった。
ロザンヌ様は驚くほど頭が切れる。齢十歳で事業を立ち上げ、それを軌道に載せるだけの統率力が彼女にはあった。それと同時に、深い慈愛の精神を持ち合わせている。
使用人として生きていくにあたってこれ以上ない出来たお方だ。
この人の元で働けたら幸せだと、心の底から思っていた。しかしそんな日々は長くは続かない。
ある日私はアーノルド家にとって恩がある大領地、オルブライト家に売られた。ロザンヌ様にとって、オルブライト家はこれ以上ない使用人派遣先に思えたのだろう。
だが私はその運命に嘆き苦しんだ。
まるで雪が降り積もる冬の寒い日に屋敷の外に放り出されたような切なく苦しい思いを胸の内に抱えたことをロザンヌ様は知らないだろう。
「ラマ。あなたにはオルブライト家の第四子、リジェット様の元に行っていただくわ」
重く、響く声でロザンヌ様は辞令を言い渡した。
「はい。かしこまりました」
それを主人に命じられてしまえば、私は断ることはできない。
初めてリジェット様とお会いした時、私はその見た目に思わず瞠目してしまった。
「初めまして。わたくしがリジェット・ノーラ・オルブライトです」
なんて髪の白い子供なのだろう。
一切他の色の混じりけがなく、まっさらな雪のように白い髪だ。ここまで白ければほぼ魔力はないはずだ。きっと身の回りの生活に使う些細な魔法陣さえ使うことができないだろう。
__よくこんな子供が生き残っているな。これも大領地オルブライト家の手厚い庇護が成せる技か。
正直初めの頃はそんな失礼なことばかり考えていた。
屋敷で働き始めてから、リジェット様の命を狙う刺客の多さにも驚いた。大体一ヶ月に二、三回、侵入者が屋敷に入ろうとする。
大体の侵入者は自宅周りに張り巡らされている防衛の魔法陣で排除される。それなのに侵入しようというものが後をたたない。
白纏の子の希少性は高く、見た目を楽しむ好事家や、魔法陣開発の素材として白纏の子を欲する魔術師など、さまざまな分野の人間がその素質を望む、という話は知っていたがまさかここまでとは思っていなかった。
この状況を見れば、なぜロザンヌ様が私をこの屋敷に派遣したかも頷ける。
__この人を死なせるな、ということだ。
ロザンヌ様はこの魔力のないひ弱に見える子供に一体何を見出したのだろう。あの方の先を見通す力は凄まじい。ただの白纏の子であればあの方は目をかけない。
だからこそ、何か理由はあると思われるのだが……。それが何なのかわからない。謎は深まるばかりだった。
しかし、その謎は月日を重ねるごとに、少しずつ解けていった。
ここ一年のリジェット様のやらかしを見ていただければお分かりになるだろう。リジェット様はロザンヌ様ほどのスマートさはないが、その分貴族的腕力がある。大領地の資本力とネームバリューを生かした大事業を「わたくし、これ。趣味ですから」と言わんばかりの、のほほんとした様子でやってのける。
……これは大した女傑だ。
仕える主人はこれくらいじゃないとやる気が出ない。私は誰にも見られないように舌なめずりをした。
そんな経緯で始まった仕事だったが、オルブライト家での暮らしは辛いことばかりではなかった。オルブライト家の屋敷で働くうちに、忘れられない恋もした。相手は本当に優しい人だった。自分よりも人のことを優先してしまうような方で、いつも貧乏くじばかり引いていた。
それなのにいつもいつも朗らかに微笑んで、心は穏やかに凪いでいる。そんなところに私は惹かれて行った。
幸運なことに彼も私を好いていてくれた。初めて湧き上がる感情は私の心をいつまでも温かくしてくれた。
しかし相手は大層な身分の方で、私如きが一生を共にしていい相手ではなかった。
貴族は自分の感情を優先できる身分ではない。彼らは生まれながらにして、与えられた役割を果たすために、自分の人生を費やす義務がある。
領民のため、国のため。自分という存在を使い果たすのは彼らに課せられた生き様なのだろう。
私は自ら身を引いた。その方が大事にしていた者を私も大切にしたかったからだ。
彼の一番はこの国の行く末だ。私のことなんて二の次でいい。
そうして私はまた二番目の女になった。
「ラマ、わたくしと一緒に王都に行ってくれないかしら」
リジェット様は王都行きが決まってからすぐに、私にそう告げた。その態度に少し呆れる。
「わたくしはあなたの侍女ですから、あなたについていくのは当たり前のことです。あなたはわたくしの許可など取らずともいいのです」
そういうと彼女は普段でも十分に大きな瞳をこれ以上ないくらいに見開いた。
「本当に? 本当に来てくださるのですか! とっても嬉しいです」
ぴょんぴょん跳ねる様子は全く淑女らしくないが、まあいいだろう。ここまで喜んでもらえるのは私にとっても気分がいい。微笑んでいると、リジェット様はさらに言葉を続けた。
「わたくしにとって、ラマは一番の侍女ですから、一緒に来てくれるだけで心強いです!」
そう何気なく言った一言に私は言葉を失う。
一番。
この方は、私が欲しかった言葉を何の意図もなく易々と言う。
そうか。私は誰かにとって一番の人間になりたかったのか。自分でも気がつかなかった欲求を唐突に満たされてしまった私は感情制御がうまくいかず、眩暈を感じた。
嬉しい。嬉しい。
ああ、私の主人は一生この方なのだろう。
それを確信した瞬間だった。
仮初ではなく、今後一生を通して主人として働きたいと願う人間に出会えた私は、誰が何と言おうと幸せな人間なのだ。
王都にはさまざまな組織がありさまざまな人間がいる。
彼らの目には大領地オルブライト家の白纏の娘、という属性はそれはそれは興味深く映るだろう。
王都の多くの人間にとって、尋ねものとなるこの方を守らなければならない。
私はその覚悟を決め、王都に乗り込むための準備を進めていった。
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