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第一章 大領地の守り子
50かわいい小瓶の使い道が残念です
しおりを挟むシュナイザー商会で書類上の引き継ぎを終えたわたくしは、農場の方でも口頭の引き継ぎを終えるため、村へきていました。
今日は何やら別件があるらしい先生とは別行動をしているため一人での来村です。
先生は一人で行動することについてなんだか心配そうな顔していましたが、わたくしだって一人で行動ができるのです。
一人なので、魔法陣でこっそり行こうと思っていたのですが、やはりそれはマルトの村民に転移陣の存在を知られてしまうと先生に怒られてしまい、仕方なくシュナイザー商会で馬車の手配をお願いしました。
せっかくの馬車ですからニエに声をかけたところ、一緒に行きたいと言うので連れて行くことにしました。
ニエにしてみたら、久しぶりの里帰りですね。
あれから転位陣を用いて何回かお忍びで討伐に行っているのでもう魔獣はいないのですが、奥の方までは確認していませんので、残党が残っているかも知れません。村人に頼まれたら討伐も行えるよう動きやすい薄緑色の騎士服で村に向かいます。
馬車が村に入るや否や、わあ! という明るい歓声が聞こえてきました。
どうやらわたくしは以前とは違い、とても歓迎されているようです。
馬車を降りると走り出すような勢いで、キン村長に手をギュッと握られました
「リジェット様! ようこそいらっしゃいました! みな、リジェット様のお越しをとても楽しみにしていたのですよ!」
「あら、それは嬉しいですわ」
村人達は皆一様に嬉しそうな顔をしています。どうしてこんなに歓迎されているのでしょう? 以前の討伐からこの村でのわたくしへ対する風向きが変わった気がします。
「ニエも! 元気そうで安心したよ。ちょっと背が大きくなったんじゃないか?」
「リジェット様の家でめっちゃうまいもんいっぱい食ってるからな! 一緒に暮らしてる料理人のタセがいーっぱい美味しいもの作ってくれるんだもん!」
「ははは! それはよかったなあ。いやあ。田舎者のお前が都会でうまくやっていけるのか……。心配だったが、うまくやってるならいいんだ」
キン村長は緩やかで、慈愛あふれる表情をしています。ニエのお母様が亡くなってから、親代わりをしていたと言うことですから、会えないニエのことを心配していたのでしょう。
村の近況はキン村長がしてくれました。ウキウキとした楽しげな口ぶりで最近の村の様子を伝えてくれます。
「リジェット様が瘴気の元となる魔獣を討伐してくださったので、畑の作物が育つようになったんですよ!」
「まあ、それはよかったですね!」
そうか、それでなのですね。魔獣が醸す瘴気はこの土地にとって、よっぽど厄介なものだったようです。
魔獣がいなくなり、少しづつ元の村に戻って行きつつあるこの土地を見渡すと、以前より緑が濃くなっている気がいたします。
見渡しても以前のように瘴気の黒い靄は見当たりません。女神の加護がよく効くようになって、以前のように回復してきたのかもしれません。
この様子であればこれからのハーブの収穫量も多く見込めそうですね。順調な回復にニッコリと笑みが溢れ出ます。
「もちろん、原因を取り除いたことは大きいとは思いますが、ここまで村の収穫が復活したのはここに住み働く皆さんの頑張りが大きいでしょう。
ニエに届く手紙にも、頑張りがよく描かれていましたからね」
マルト村からわたくしに連絡したいときはニエを通して連絡するようにと言い伝え、キン村長にお手紙の魔法陣をいくつか渡しています。そこには、瘴気によって体の調子を崩していた村民も回復をしたため、皆で協力して事業を進めている様子が書かれていました。
そこには是非、次回わたくしがマルトに来るときはお礼をさせていただきたいと書いてあったので、今日は何かもらえるかもしれないぞ、とがめついわたくしは内心ちょっと期待しながら、こちらにきたのです。
マルトはもともと薬草の産地ですから、面白いものがたくさんありそうなんですよね!
「それでですね! 今日はリジェット様にお礼としてこちらをお渡ししようと思いまして」
「まあ! なんでしょうか?」
ニエはその入れ物を見て、中身が何かわかったようです。ちょっと邪悪な笑いを表情に浮かべているように見えるのは気のせいでしょうか?
「キン村長、それ重いでしょう? 手伝うよ!」
よいしょ、と声を出してニエが抱え込むようにして持ち上げたのは、大きめの青い甕のような入れ物でした。
老人が一人で持つには重そうなその甕の中には、ふちまでたっぷりと中身が詰められていました。
「これは朝焼けの約束と言われる薬品です」
朝焼けの約束……。言葉の響きはとっても美しいですが嫌な予感がするのはなぜでしょう。
「これは俗にいう媚薬ですね」
「び、媚薬⁉︎」
「古くから王宮の側妃達も愛用している由緒正しい一品なんですよ」
そんな由緒正しさ、必要ありません! なんてものをわたくしに差し出そうとしているのでしょうかこの人たちは!
媚薬なんて、そ、そんなものっ! 要りません!
あわあわと慌てるわたくしに向かって、村長がこれは正当な対価なのですよ、と言いながら説明をしてくれます。
「もともとこの農園では朝焼けの約束を特産品として生産し、シュナイザーに卸していたのですが、瘴気の影響で生産自体が難しくなってしまっていたのですよ。それによって、この村の財政状況もとても危うい状態になっていました。リジェット様がきてくださらなかったら、この村はシュナイザーにも見捨てられ、飢餓に苦しむことになっていたでしょう」
村長が目を伏せながら辛かった日々を思い出すように語り始めます。わたくしはこの村をクリストフから紹介されたときからこの村を好きにして良いと言われていましたから、薬草の生産成績が振るわなかったり、何かいわく付きの土地なんだろうなという予測はできていました。
まさか瘴気が絡んでいて、わたくしがそれを討伐できるだなんて、思ってもいませんでしたけど。
きっと村に住む方々もそうだったに違いありません。
「リジェット様が瘴気を祓ってくださったおかげで、畑の穢れもとれ、やっと今までのように生産が行える状態になったのです。
本当に感謝してもしきれません。
そんな私たちがリジェット様に、わが村の一番の特産品を献上するのは当たり前のことでしょう。どうかこれを受けとってはいただけませんか?」
うーん困りました。この流れでは受け取らなければ角が立ってしまうのではないでしょうか。キン村長は懇願するような目でこちらを見てきます。仕方がないのでわたくしはそれを受け取ることにしました。
「では受け取るだけはいたしましょう」
「ありがとうございます! ではこちらを……」
そう言ってキン村長が力を振り絞った様な仕草でえっこらえっこら追加の甕を運んできました。やっとの思いで持ってきた甕は先ほどのものよりひとまわり大きく、置くとドンと大きな音がするくらい中身がぎっしり詰まっている様です。きっとたくさん用意したいと思って追加を持ってきてくださったのだと思いますが、正直こんなにあっても困ります。中身も中身ですし……。
それにこんなに大きい瓶だとネックレスの中の収納庫に入りきりません。そうすると手で持っていかなければなりませんが、屋敷のものにこれは何? と聞かれてしまったら私は羞恥で死んでしまう気がします。
「この量はさすがにもらいすぎだと思うので少量に分けていただいてもよろしいでしょうか」
「それは大丈夫ですが何か小分けにするものなどはございますか?
あいにくこちらには納品用の大きな瓶しか用意がないのですが……」
あら、それは予想外でした。なんでも、こちらでは瓶詰め梱包までは行っておらず、中身のみを作ってあとはシュナイザーに依頼をしているそうなのです。
何か小分けにできるものは……と思考を巡らせていると一応小瓶をネックレスの収納庫の中に一つ持っていることを思い出しました。先日の蚤の市で購入したあのきれいな虹色の瓶です。あの瓶はすごくお気に入りだったので素敵なものを入れようと心に決めていたのにこんな使用方法になるなんて……。なんだか残念すぎて涙が出てきてしまいそうです。
「あの……今これしか持っていないので、これに詰めていただけるでしょうか」
「美しい瓶ですね! ではお預かりします」
キン村長は専用の漏斗を使ってとぷり、とぷりと丁寧に瓶に液体を注いでくれました。虹色の瓶がピンク色の液体を入れられ鈍い色に変化していくのを何も言えぬ表情を浮かべなら見守ります。
詰め終わった瓶は、なんだか禍々しいド派手なピンク色に染まっています。
蓋を閉め、それを両手で受け取ります。
「これがあれば、どんな男だってイチコロだぜっ!」
ニエは茶化すように砕けた口調でいいながらバッチーンと星が飛んできそうなウインクを決めました。
ニエはわたくしが誰に朝焼けの約束を使うと思っているのでしょうか?
「あの美人な男性を落とすのは大変そうだけどこれを使えば一発ですよ、リジェット様!」
キン村長も同じテンションで、そう言い加えました。
美人な男性……。
まさか……。先生? もしかして、ニエとキン村長はわたくし達の事を誤解しているのではないでしょうか。
「あの……。それはいくらなんでも誤解が酷すぎませんか? 二人で行動していたら恋仲だと考えるなんて、短絡的すぎますよ」
「そうかなー? 意外とありかなと思うけど」
ニヤッと笑ったニエの目の奥はなんだか先読みをしている時の様に黒っぽく変化しています。
「な、何を根拠にしているのでしょう」
呆れた顔でニエの方がみると、ニエは眉を潜めながらえーだって……と言い返します。こちらを見るその視線の鋭さに一瞬怯みます。
ニエは複雑な環境で育ちましたから周りを見る観察力に長けているせいか、妙に勘が鋭いところがあります。そんなニエが決定的な要素を見つけたという感じが見え隠れしている気がして、わたくしはなんだかどきりとしてしまいました。
「リジェット様って俺たちに親しげに話しているように見えて結構距離をとる性質があるんだよなあ。
内側に入れているように見せていながら、実際はちっともこっちの事を信用していないんだ。
でも、あの美人の男にはそういう感じがしないから、懸想でもしているのかと思ったんだけど……。
好きな男のことだったら、いくら怪しくても信用したいって思ってしまうもんだろう?」
「わたくし達の信頼はそのような感情に則って繋がれているものではありません。あくまでも師弟関係です。勘違いしてはいけませんよ」
「ふーん。そういうことにしてあるんだ。もし何年か後にやっぱりそうじゃなかったってことになったら面白そうだから教えてくださいね! 俺、そういうゴシップめっちゃ好き!」
「コラ! ニエ! リジェット様に対してあんまりにも失礼だろう!
キン村長がニエのことを叱り付けます。この隙に話の流れを変えましょう。わたくしはキン村長に朝焼けの約束の原材料について尋ねます。
「ちなみにこの薬液の原料はどんなものを使用しているのですか?」
「キグルの葉や、ジェネーノの粉末が主原料ですね」
その薬草の名前は聞いたことがありました。資料室にあった専門書に乗っていたのです。
「あら、では人を惑わすような作用があるものを中心に作られているってことですね。ジェネーノなんかは自白剤にも使用されていますものね。……ということはある意味武器として使うには有効なのではないでしょうか」
「え。そっちに使うの?」
ニエはうへえと残念そうな表情でこちらを見ています。
「そしてなぜリジェット様は自白剤の原料をご存知なのでしょう……」
それは騎士の仕事内容一覧のページに拷問の方法と有効な道具の欄に載っていたからです。目を輝かせて見入ってしまいましたが、これは褒められた趣味ではないことを自覚しているのでとりあえず、黙ります。
キン村長も同じように残念そうに呟きましたが気を取り直すように、にっこりと笑って口を開きました。
「まあ今のリジェット様だったら武器としての使用の方が現実的の使い方かもしれませんね。
この薬品は一滴たらすくらいでしたら相手の意識を混濁させることができます。二滴以上たらすと本来の使い方になってしまいますがね」
「なるほど。ではわたくしは二滴以上は使わなければいいのですね」
「これを利用して魔獣を刈りやすくしたり、魅了させて魔獣を使い魔にする方もいらっしゃるようですよ。本来の使い方とは全く異なりますけどね」
ニエがわたくしの横で本来の使い方で使った方が絶対に面白いのにと呟いていますが、それは無視しましょう。
これを持っている事は絶対にバレてはいけません。こんなの持ってると思われたら絶対に変な勘ぐりを受けるに決まっています。わたくしはじとりとする汗を隠しながらネックレスの収納に小瓶を封印するようにしまいこみました。
「わたくしどもはこの村マルタで薬草を作ることしかできませんが、あなた様のことはいつまでも応援したく存じております」
「私も! なんつーか、リジェット様っていちいち危なっかしいんだよなー。今までは近くにあの魔術師が保護者面して構えてたけど、これから騎士学校ってとこに行くってなるとそうも行かないんだろう? ……だから武器は一つでも多くあった方がいいと思うんだ」
「それでこれを下さったのですね! ありがとうございます」
その後は村の人々と言葉を交わして、わたくしはマルトでの大部分の引き継ぎを終えました。これで安心して王都に向かうことができます。
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