白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

44いざ入学試験です

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 ドタバタしながら、支度を終えたので落ち着かない気持ちでいっぱいですが、わたくしはなんとか会場に時間までにたどり着くことができました。
 試験会場には受験者しか入れない規則になっているとのことなので、先生とは会場の入り口で別れ、一人で会場に入ります。

 一人で騎士団の敷地内に入るのはもちろん初めてなので、緊張しながら門を潜ると入ってすぐのところに受付があったので、早速受付を済ませます。

「試験費用は二千ルピです」

 ……意外と高いのですね。試験費用。
 そんなに設備費がかかるのでしょうか。それともここぞとばかりにぼったくっておくのでしょうか。真相はわかりませんが、大人しく払っておくしかありません。

 こんな時に使える私費があって助かりました。

 わたくしはネックレスの中からお金を取り出します。このお金はもちろんハーブティーの事業で稼いだお金です。

 このお金がなかったら試験を受けられていなかったということですものね……。なんでも役に立ちそうなことはやっておくべきですね。どこで役に立つかわかりませんもの。

 試験まで少しだけ時間があったので、会場外にあったベンチで先生のお弁当を食べることにしました。

 中に入っていたのはサンドイッチでした。
 葉物野菜とお肉が挟まっているものと、ジャムが挟まっているものの二種類が入っていました。

 先におかずっぽい方のサンドイッチから食べましょう。
 はむっと頬張ると口いっぱいにシャキシャキ野菜と香ばしく焼かれたお肉の味が広がります。ちょっとだけピリ辛な香辛料がアクセントとして使われていて、とっても美味しいです。
 
 もう一つのジャムサンドもいただきます。ハムハム、と口に入れると、以前食べたことのあるような味がしました。

 あ、これカラムのジャムだわ。

 そのサンドイッチからは以前先生がジャムクッキーを作ってくれた時に使われていたジャムと同じ味がしました。
 わたくしが好きだと言っていたのを覚えていてくれたのかもしれません。
 その心遣いが嬉しくて、泣いてしまいそうになります。

 こんな素敵な応援をしてくれた先生のためにも、絶対に受からなくちゃいけないです!

 手早くお弁当箱を片付けて、鞄の中にしまいます。
 わたくしは深呼吸をした後ぱんっと頬を強めに叩いて、気合を入れて試験会場に向かいました。

 座学試験は騎士学校所有の講堂で行われます。行動は、日の光がよく入るようなガラス張りの空間で、一番奥に大きな黒板と教台が設置されていました。
 趣を凝らしたその空間はどこか教会を思わせる荘厳な雰囲気が感じられて、建物自体から絶対に不正を許さないという空気感と緊張感が漂っています。
 もしかしてどこかに不正予防の魔法陣が張り巡らせているのかもしれません。
 
 そんな事を考えながら講堂の中に一歩足を踏み入れると、そこにはわたくしと同じく試験を受けるであろう子供たちが二百人ほど集まっていました。
 子供たちの服装から階級に意外と幅があるのがわかります。

 煌びやかな衣装を身に纏った、貴族らしい子女の他にも商家の出身らしい小綺麗な格好をした子供もいます。全体の中では人数は少ないですが、農村で見かけたようなつぎはぎの服を着た子供たちも数人見られます。

 周りを見渡してみますが、みんな男、男、男。男の子ばかりです。
 分かってはいましたが、こんなに男の子ばかりだなんて、ちょっとがっかりです。
 わたくしに騎士仲間の女の子友達ができるのは夢のまた夢なのでしょうか……。

 試験まではまだ少しだけ時間がありますが、席は埋まり始めていました。
 自由に席は選んでいいとのことだったので、わたくしはいくつかある、まだ誰も座っていない二人がけの席へ歩いて行きます。試験会場の講堂の窓際の列の前の方の席に座ります。

 時間が余ってしまったのでふと、通路側の方を見るとそこには探し求めていた女の子が歩いているではありませんか!

 しかも二人もいます。

 一人は、水色に近いグレーの髪の緩くウエーブした髪を耳の位置で二つ結びの女の子です。髪の長さは腰くらいまでありすで、とっても可愛らしい雰囲気をした女の子です。
 もう一人はほとんど黒に見える髪色を持っていて光の角度で、緑色に光る髪色を持っているショートカットの女の子でした。
 こちらの方はキリッとした雰囲気を持っていて、とってもかっこいい感じですね。

 自分より髪の短い女の子を見たことがなかったので、びっくりしてしまいました。髪に魔力がたまるこの世界なので髪は長く保つのが基本なのです。

 二人は一緒に講堂に入ってきて、隣同士の席に座りました。
 座った後も、お話を続けていたので、どうやら元々知り合いのようです。

 羨ましいです……。私も同い年の騎士志望の女の子友達が欲しいです‼︎

 はっ!そうか……この試験に無事合格した暁にはわたくしもあの二人と友達になれるチャンスがあるのではないでしょうか!?

 そんな……!夢みたいです!

 よし……。この試験、受かるしかありません。
 幸い、座学であれば、お兄様たちの受けた試験の過去問を死ぬほど繰り返し、繰り返し解き続けていたのです。

 わたくしに死角はございません。

 どんな問題でもかかってきなさい!
 
 



 席についたわたくしはヨーナスお兄様が用意してくださった鞄の中から筆記用具を取り出します。
 中にはヨーナスお兄様が使っている予備の筆記用具であろう羽ペンの他にいつも先生の家で使っている夜空色のガラスペンも入っていました。きっとこちらは先生が入れてくださったのでしょう。破損防止の魔法陣が描かれた布地に丁寧に巻かれてました。

 先生からいただいたガラスペンを先生の家に置いたままにしてあってよかったです。
 わたくしにとってこのガラスペンはもはや相棒のような存在になっています。この一年間、いろんなことがあったけれど、苦楽を共にしてきたのですから。これがあれば、慌ただしい心境の今だって、いつもの自分のペースを思い出すことができます。

 そういえば、ガラスペンってこの世界ではポピュラーなものなのでしょうか?
 周りに座っている子供たちの手元を見ると、羽ペンを使っている子供が多く見られますが、ガラスペンを使っている人も数人見られます。
 そのどれを見ても先生からいただいた夜空色のガラスペンよりも美しいものには見えませんが、ガラスペン自体は使っていてもおかしくないようなので、ほっと心を撫で下ろします。

 ……やっぱりボールペンは使っている方はいなかったので、ネックレスの小物入れからは出さないようにすることにしました。
 どうやらこの世界ではこのようなレトロなタイプのボールペンでもメジャーではないようですね。
 先生はボールペンを果たしてどこで手に入れたのでしょう。忍の記憶にあるようなプラスチック素材ではない金属素材のものですから、先生が考えて自作したのでしょうか。うーん、どうやって? やっぱり謎が多い方ですね。

 ボーッと思考を巡らせていると、試験管の鋭い声が講堂に響き渡ります。

「これから筆記試験を始める! 前から用紙を配るので、各自後ろに回すように!」
 
 試験がやっと始まるのですね。息を吸って大きく履いて、試験問題が前から回ってくるのを待ち構えます。
 試験用紙が一番前の席の子供に渡されてもう試験が始まる、というギリギリの時間に、男の子が隣に滑り込むように座ってきました。

 その男の子はなんだか、全体的に騎士志望とは思えない、ぶちょっとした見た目をしています。
 あだ名をつけるとすると、ぶっちょですね。ぶっちょと呼びましょう。
 ぶっちょはわたくしの方を見て嫌な顔をいたしました。

「女のくせに」

 呟くように、小さく口に出していますがわたくしの耳にはきちんと届いています。
 うううう! こんなところでも差別されるのですか!

 怒りたい気持ちはあるのですが、今はテスト前。集中をしなければいけません。あんなやつ、無視です。無視をしましょう。

 心を整えるように大きく息を吸い、長めにふうーと吐き出します。
 わたくしはこの日のために努力をしてきたのです。
 今やるべきことは力を出し切ること。

 わたくしのすべてを目の前の用紙に注ぎ込むのです。

 ゴーンと響く鐘の音とともに試験官が口を開きます。

「始め!」

 わたくしはその声と同時に用紙を裏返し、素早くペンにインクを付けました。




 筆記試験の内容は事前に勉強していた、基礎学力をはかる算数や歴史、礼儀作法に加え基礎的な戦法についても問われます。

 真面目にコツコツ勉強をしていたわたくしにとってその内容は難しいしてものではありません。

 これ! 過去問題集で解いたことがあります!

 見たことのある問題も多く、難なくさらさらと解いていきます。

 なんだか隣にいる、ぶっちょはうんうん唸っていますね。……これはそんなに難しい問題でしょうか?

 まあ、他の方の様子なんて気にしない方がいいですね。
 わたくしはわたくしの回答用紙を埋めましょう。
 その後も順調に問題を解いていくことができました。すべて解き終わったところで、一度見直しをしておきましょう。

 答案がずれてたりしたら大変ですもんね!

 見直しをしていき、試験が終わりかけたその時、ぶちょが何やら動き出します。なんでしょう? そう不審に思ったその時、ぶっちょは大きく肘を動かしました。
 その肘はわたくしのインク瓶にゴトリと当たります。

 あっ! と思った時にはインク瓶は倒れていました。インクはわたくしの答案用紙の紙の上いっぱいに広がっています。

 ぶっちょは哀れふためくわたくしを見てニヤリと笑っています。

 な、なんてことをしてくれるのですか!

 これがまだ始まったばかりの頃の嫌がらせでしたら新しい答案用紙をいただいて、答案を書き直せましたが、筆記試験も終盤に差し掛かっています。体感ですが、あと五分ほどで試験時間が終わってしまうのではないでしょうか。もう書き直す時間もありません。

 ……どうしましょう。時間がありません。このままでは筆記試験に合格できません。

 ここで諦めるしかないのでしょうか…‥。
 わたくしの視界は涙が滲んて、ゆらゆらと揺れています。

 いやですっ! わたくしはこんなところで諦めたくはありません!

 考えろ。
 考えろ。
 考えるのです。

 どうにかしてこの場を切り抜けなければ!

 頭の中が真っ白になりそうな中、この場を切り抜けられる何かがないか、思考の中を探ります。
 魔法陣、身代わり人形、転移陣、ものを小さくする魔法陣、色盗みの女……。
 この一年学んできたことの中に何かしらのヒントがあるはずです!

考えを巡らせていると、不意にあの元気な侍女三人娘の弾むような声が思い出されました。

「お嬢様、しみ抜きの魔法陣を考えてくださらないですか?」


 頭に思い浮かんだあの時の情景にわたくしはハッとします。
 あの時はすべてのシミを抜く魔法陣でしたが、今回は答案用紙。書き込んだ答えまで消してしまったら、書き直す時間がありません。

 範囲指定の魔法陣、かつ光や音がでないように改良しなければいけないということです。
 そんな無理難題、できそうにありませんが、やるしかありません。

 わたくしは手を震わせながら、ペンを強く持ち直します。
 魔法陣を展開し直す…‥、無の要素を抑えすべてを浄化し元に戻す性質がある聖の要素に書き換えて、動の要素を混ぜる……。すると、円の右側の要素は入れ替えが必要になるのと同時に、内側の五角形を六角形に書き換えなければならない。
 そうなると、ウサギのモチーフは下側に少しずれるので、それも考慮しなければならないし……。

 グルグルグルグル、必死に考えを巡らせます。

 額から汗が噴き出しています。
 いつもより頭の中のシプナスがいつもよりも激しく情報伝達をしているのが感じられるようでした。電気が走るように頭の中で新しい魔法陣が組み上がっていきます。

 描ける! これなら描けます!

 下書き、試し書きなしの一発勝負、成功するかはわかりません。
 一か八かですが、やらないことにはこの場面が覆せません。

 わたくしはガラスペンの先を必死に走らせます。

 書き終わった瞬間、インクシミがじゅわりと動き出します。

 お願い! 回答だけは残って‼︎ 
 
 わたくしは目をギュッと強く瞑ります。両手をパッと組み神に願いを捧げ流ようなポーズのまま、心の中で強く願いました。

 恐る恐る目を開くとそこにはシミのない綺麗な回答用紙が残っていました。

 肝心の回答は……。きちんと残っています。

 や、やったあ! 成功しました!
 わたくしは動くと不正かと思われていまうので、心を沈めるように努力しながら
精一杯喜びを噛み締めます。

 それを見た隣の席の子供はぎょっとした顔をしています。

「なんでシミが!」

 驚きのあまり、声を出してしまったようです。それに目をつけた試験官がこちらにやってきます。

「君、試験中に何を騒いでいるのかね?」
「こ、この女の回答用紙が!」

 試験官はそれを聞いて、眉を潜めます。

「ほう、君は人の回答を覗き見したのかね?」
「そ、そうじゃありません!」

 ぶっちょは慌てた表情を見せています。

「どちらにせよ、騒いでいる君をこの場に居させるわけにはいかないな」

 試験官はぶっちょの腕を掴みました。

「ちょ! 何するんだよ!」
「いいから立ちなさい!」

 ぶっちょは引きずられながら、講堂から連れ出されました。
 ああ、静かになった。というところで丁度、終わりの鐘がなります。

 わたくしの回答用紙は問題なく、回収されていきます。

 ああ、いろいろあってどうなるかと思いましたが、なんとか筆記試験を終えることができました……。はあ、疲れました……。

 わたくしはハンカチで、額の汗を拭います。

 残りは実技試験だけ! 気を引き締めていかなければ……。
 わたくしは顔をぺちっとたたき、気合を入れて次の試験会場に足を運びました。
 
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