白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

38お父様の駒と先生のカードは違います

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 その日、わたくしは珍しく午前中からお父様に呼び出しをされていました。

 きっとわたくしの暴走をどこかで聞きつけたのでしょう。仕方ありません。お母様も巻き込んで、結構大きく動いてしまいましたからね。観念して素直に呼び出しに応じます。

 執務室にノックをして入ると、お父様はソファーに腰掛け、貴族の嗜みである、ビシュッターの駒を専用の布地で磨いていました。ビシュッターは忍の記憶にあるチェスや将棋に似たルールのボードゲームです。それぞれの王を守るために、戦略が必要なこのゲームをオルブライト家の者や王族は好んで嗜みます。
 白銀に輝く、魔鉱製のビシュッターの駒は窓から差し込む光を反射しギラギラと光って見えました。

「リジェット、そこに掛けなさい」
「……はい。失礼致します」

 促されたわたくしは大人しく、対面のソファに腰掛けます。
 ……今日は一体、なんの呼び出しでしょうか。水面下で動かしていたことが多すぎて何で呼び出されたのかがわかりません。

「ビシュッターでもやりながら話をしようと思ってな。気を紛らわせながら話さないと、お前を怒鳴りつけてしまいそうだからな」

 やっぱりお説教ですか。わたくしはお父様に聞こえないくらいの小さなため息をついて、大人しく着席をします。

「わたくしはどちらの色を使えばいいですか?」
「銀の方を」

 わたくしは手前にあった銀の駒を指で取りました。

 駒を盤上に並べていると、お父様は重苦しい表情で口を開きます。 

「クリストフから連絡があった。お前、大量の魔法陣をシュナイザーに売りつけたそうだな」

 よりによってそれか……、とわたくしは内心動揺しながらも、怯えた表情を表に出さぬよう、笑顔を作り続けます。

「ええ、お売りしました。何か問題でも?」
「問題だらけだ。私は金稼ぎのためにクゥール様のもとへお前を向かわせた訳ではない」
「あら? お父様はわたくしに商業に触れさせたいとはお思いになりませんの? オルブライト家の人間として基本的な物流の流れは知っておいた方が良いかと思いますが」
「それにしたってお前が販売用の魔法陣を描くのは間違っている。そんな暇があればいくらだってやることはあるだろう」
「あら、あの魔法陣はわたくしが描いたものではありません。あくまでも、わたくしは魔法陣が商品として世の中に出回る様に裁断を整えただけです」
「お前が描いたのではないだと⁉︎  誰に描かせたんだ⁉︎」
「今は黙秘します。でも、高価な魔法陣を生産できる体制があるなんて画期的でしょう? お父様がこの領地の領民をもっとうまく使ってくださると言うならば、仕組みごと譲渡してもいいですよ?」

 挑発的な表情でお父様を見ると、はあー……と大きなため息をつかれてしまいます。

「確かに画期的だ。だが、画期的すぎる。オルブライト領はただでさえ王族連中に睨まれているんだ。これ以上リージェをあげられると、こっちも対応に困る。伯爵家として出過ぎたマネは身を危険に晒すことになる」

 きっと出過ぎた釘は打たれる、ということをお父様は言いたいのでしょう。

「それがいずれこの国の当たり前になりますよ」
「それまでに何年かかると思っているのだ……」

 わたくしの予想では意外と早い気がしますが……。お父様の予想とは少しずれてしまっている様です。

「リジェット、この家に生まれたものとしての義務を果たしなさい」

 義務、その言葉がわたくしには一層重く聞こえます。

「人にはそれぞれ役割がある。ビッシュダーのコマだって騎士と姫は役割が違うだろう」

 ビシュッターにおける騎士の駒は派手に動くことができ、相手陣地に飛び入って攻撃をしますが、姫の駒は王の駒周りでいざと言うときに捨て駒になる様な動きしかしません。

「……お父様にとってわたくしは所詮ビッシュダーの駒なんですね」

 お父様はちっともわたくしを自由にしようなんて思わない様です。あくまでも自分の想像上の盤面だけで、わたくしの動きを監視したいのでしょう。

 お父様は沈黙を貫いていますが、机の上のビシュッターの盤面はどんどん動いていきます。動揺したのか、ミスをしたお父様の動きをわたくしは見逃さず、畳み掛ける様に、優位に駒を動かします。

「あら、湖の女神はわたくしに微笑んだ様ですね」

 ビシュッターでのチェックメイトにあたる言葉を口にしたわたくしは、もう用はないと言わんばかりに、足早に席を立ちます。

「わたくし、ただ守られているだけの弱い存在でいたいなんて微塵も思っていませんから」
「リジェット待ちなさい!」
「今日は水の日です。もう、先生のもとへ行く時間なので失礼いたします!」

 引き止めるお父様を振り切って、わたくしは執務室を後にしました。





「なんか……。リジェット、今日調子悪い?」
「え?」
 
 むかむかしながら魔法陣を描いていたら、先生にそれが伝わってしまった様です。今日の午前の一連の流れを先生に伝えると先生は、納得した様な表情を見せました。

「セラージュは言いそうだよなあ」
「でも駒っていうのはひどくないですか⁉︎」

 わたくしにはちゃんと意思があるのです!

「君は駒って言うより、切り札って感じだよねえ」
「まあ、先生にとってわたくしは切り札なんですか! なんて素敵なんでしょう」
「え、言ってることはおんなじなんだから、君は僕にもひどいと罵る権利があると思うよ?」
「全く同じではありませんよ。お父様はわたくしのことをビッシュダーの駒として考えていますから、わたくしを自分の考える動きをするように強要してきます。
 それに対して先生はわたくしのことをカードだと考えていますから、安心です」

 わたくしの言葉を聞いた先生はよくわからなそうな表情をしました。

「安心?」
「はい。先生はわたくしの持つ資質を曲げようなんて考えていませんもの。持つ資質はそのままに、どこで使うかを考えてくださっているのでしょう?」
「僕は君を使ってもいいの?」
「はい! 今まで散々お世話になっていますから。困ったときはお声をかけてくださいね! わたくしいざという時のために己を磨いておきますから! 
……そうすればいつか先生に恩をお返しできるでしょう?」
「返さなくてもいいよ。なんていうか、君が巻き起こす騒動はどれも面白いし、僕は嬉々としてそれに巻き込まれに行っているところがあるからね。
 ……そう思うと僕って相当物好きだな。まあ、とりあえず、何かを返そうなんて君は思わなくてもいい」
「いいえ。それはなりません。いくら先生がいいと思っていても、わたくしが受け取った素晴らしいものにお礼をしないなんてわたくし自身が許せませんから」

 ふんっ! と荒い鼻息を立てそうな勢いで、一気に捲し立てるようにいうと、先生はちょっと困ったような顔をしてしまいました。

「リジェットは恩を返したい派なんだね……」
「他に何がありますか?」
「ユリアーンとヨーナスはどっちかっていうとその場で対価を払う系かな……。現金とかであとぐされなく解決するよ。へデリーは奪う系……」

 苦い記憶を思い出したのか、先生の顔が曇ります。

「まあ、へデリーお兄様は先生のものを奪うなんて野蛮な真似をしたのですか?」
「実の兄に使う形容詞が野蛮って……。リジェット容赦がないね」
「あら? 自分を害する人間に対する評価が著しく低下するのは当たり前じゃないですか。先生は優しすぎるんですよ」
「君……もしかしてヘデリーともなんかあった?」
「ちょっと嫌なことを言われたので、心の距離が開いてしまったのです。あ、でも嫌なこと言われたこと言われた時点で報復は済んでますので、ご安心を!」
「報復……?」
「ちょっと切りかかってやっただけですよ。大したことではありません」
「え、オルブライト家ではちょっと斬りかかるって大したことじゃないの? こわっ!」

 オルブライト家の兄弟喧嘩、ちょっと怖いんだけど! と先生言った先生の顔は青ざめていました。

「まあわたくしとヘデリーお兄様間に発生したイザコザのことは置いて置いて……。先生とお兄様の間には一体何があったのですか?」
「以前、戦場に立っていた時、へデリーに魔法陣を奪われたことがあって……。その時は状況も危うかったし、僕の魔法陣がなければ、多くの人が命を失行かねない場面だったから、魔法陣を使われることに関して文句はなかったんだけど……。僕だって目の前で多くの人が死ぬことについて無関心でいられるほど非常な人間ではないつもりだからね。でもさあ、その時のへデリーがこう……なんていうか、傲慢で。持ってるんだろ! 早く出せ! って命令されるみたいにいうし、あんまり乗り気になれなかったんだよね。
 あとで対価を払うって本人は言ってたけど、そのままうやむやに……」
「あ、あらぁ……」

 きっと先のラザンタルクとの対戦時の話ですから、かなり前の話でしょう。先生がそのことを細かく覚えていることに執着心を感じて背筋が冷える感覚を覚えてしまいましたが、借りたものを返さないのはいけませんね。

「へデリーお兄様が申し訳ありませんでした。あの方は……悪い方ではないのですが、強引なところがありますから。
 もし、よければわたくしが魔法陣の代金を立て替えましょうか? 家族のやったことですし……」
「それはいいよ。家族だとしても君とヘデリーは別の人間だからね。何年かかってもヘデリー自身に対価を払わせるよ」
「え……。もしかしたら、利子がついているんですか?」

 何で利子を払わされるんだろう……。と思考しながら、ヘデリーお兄様の末路を想像しました。

 二時間ほど曲線部分の描き方を練習をして、少し疲れが出てきました。集中力がブチっときれ脱力したところで、先生から声がかかります。

「リジェット、そろそろお茶にしよう。
 今日も君が持ってきてくれたお茶を入れようか。
 朝、ゼリーを作って冷蔵の魔法陣で冷やしておいたから固まっているはずだよ」

 なんですって!今日もおいしいものが食べられるのですか!?

 先生はキッチンから、バットに入った透明なゼリーを持ってきてくれました。

「街の人にシナの実をもらったからゼリー液に絞って入れてみたんだ。
 きっと甘酸っぱくておいしいんじゃないかな?」

 シナの実はレモンのようなライムのような、酸味のある果物です。
 断面はスターフルーツのように星形になっているので、わたくしが知っているフルーツの中では一番可愛い形をしています。

 先生はバットのゼリーをスプーンでよそります。盛られたグラスもとっても可愛くてキラキラした突起が水玉のように見えて素敵です。

 最後にガラスでできたジャグを持ってきた先生はゼリーが入ったグラスに透明な液体を注ぎました。

 透明な液体はなんだかシュワシュワと泡立っているように見えます。

「先生!これなんですか?」

「炭酸水だよ。ちょうど森で湧いているのを見つけてね。これも甘く味をつけてから勉強の疲れが取れるかもね」

 甘く味をつけた炭酸水……。ということはサイダーじゃないですか!

 前世では慣れ親しんでいましたが、今世では初めてもサイダーです!う、嬉しいです。

 もう二度と飲めないと思っていた飲み物が飲めるなんて……。喜びで、小躍りをしてしまいそうになります。

「シナの実って海水でシロップ漬けにしても美味しそうですよね!」
「シロップ漬け……」

 その単語を聞いた先生の顔はなぜか青白くなってしまっていました。

「え? わたくし、何か変なこと言いましたか?」
「リジェット……。シロップ漬けと言うのは……。この国ではあまりいい意味を持たないんだ。あまり口にしてはいけないよ」
「……どうしてですか?」
「罪を犯した人間を海水につけて殺す実刑があるんだ。海水に魔力はよく溶けるからね。罪人から魔力だけ取り除いて道具の材料に使うらしい。それを連想させるからこの国では果物でもシロップ漬けは流通していないんだよ」
「ひっ! わたくしそんなつもりで言ったわけではないのですが……」

 なんですか! その実刑は! と言うか魔力が海水に溶けるってどう言うことですか! この世界では海水浴は自殺行為ってことですか⁉︎
 なんて危ない世界なんでしょう。この世界には身近なところに危険がいっぱいです。

「ちなみに海水に同量の凍土の氷を入れたものに生き物をつけると、腐敗せずにその形をいつまでも保てるそうだよ……。高貴な人たちの中にはシロップ漬けのコレクターもいるからね。
 ……君なんか見た目が珍しいからコレクターに大人気だよ」
「知りたくなかった! 知りたくなかった事実です!」

 ひいいい~! と情けない声を出してしまいます。もうわたくし、シロップという言葉が怖くてなりません。もう二度とその言葉を口にしません。

「あれ? 僕君の家のどこかで、妖精のシロップ漬け標本をみたことがある気がする……」
「絶対に、死んでも探しません! いやです! みたくありません」
「君がこの手のものが苦手だとは思ってなかったな……。面白いこと知っちゃったなあ」

 ニヤリと笑った先生は不適な笑みを浮かべてわたくしをみていました。

 騎士へ学校入学時期である十二歳の春までわたくしは約二年間みっちり魔術を教えていただいたので、一端の魔術師並みの実力がつくことになったのですが、わたくしはそれに気がつかなかったのでした。


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