36 / 57
第一章 大領地の守り子
35初めての出店です
しおりを挟む今日は待ちに待ったハーブティー販売会の日です。
準備は万端で、わたくしとタセ、ニエ、シェカはお母様の管轄である、オルブライト家経営のカフェに足を運んでいます。
今はその一角にシェカの家で作られた、茶箪笥(本当はアクセサリー用だけども)を配置し終わったところです。
「ニエ! お茶のストックはちゃんと届いているかしら」
「うん! バッチリ! ちゃーんとキン村長から届いてるよ」
わたくしたちは最終確認として、朝一番で馬車に乗って届いたお茶のストックを茶箪笥の中に種類別に分けてしまいます。
「あれ? 今日はクゥール様はいらっしゃらないんですか?」
キョロキョロと店内を見渡したタセがわたくしに先生のことを尋ねに参りました。
「ええ。来るはずだったんですけど、さっき寝坊したってお手紙の魔法陣が飛んできました」
「クゥール様って寝坊するんですね」
「あの方、きちんとしていて抜け目ない様に見えて、意外とうっかりさんなんですよね」
「い、意外ですね……」
そう言ったうんうんと頷きながらタセはこれはこれで美味しい……、と呟いていましたが何か美味しいもののレシピでも思いついたのでしょうか?
「ええ……。どうして? すっごいお客様の数じゃないですか」
開店前のカフェの前には長い行列ができています。商談が苦手だと言っていたシェカが頑張ってその列を綺麗に整頓させています。
列に並ぶ人の服装を見ると、見慣れない服装をしているお客様が目に入ります。あの洋服の布地の染め方、王都で流行っている染め方ではないでしょうか。
どうやら領地外からもお客様が来ている様です。
「もしかしたら、わたくしがサロンで自慢しちゃったからかしら」
声のした方向を振り返ると、バックヤードとの境の壁からお母様がひょっこりと姿を表しています。
「お母様! 来てくださったんですね」
「ええ、一応このカフェの管理はわたくしに一任されていますもの……。それにかわいいリジェットの晴れ舞台にわたくしが顔を出さないわけにはいかないでしょう?」
「お母様……、ありがとうございます」
初めはお父様の意見ばかり尊重して、わたくしの意見は見て見ぬふりをしていたかと思われたお母様がこんなに協力的になってくださるとは思ってもみませんでした。
まだ始まってもいないのにこれだけで、感慨深い気分になってしまいます。
「そうだ! お母様、注文させていただいたテーブルクロスですが、こんな感じで茶箪笥にかけさせていただいています」
青みのある白のテーブルクロスに刺された印象的な藍色の刺繍はどこか伝統を感じさせる美しい模様でした。茶箪笥に彫られた花模様とも調和していて、変に悪目立ちすることもありません。
「よかった……。これはいつか大事な時に使おうと思ってずっと考えていた模様だったの。こんなふうに皆さんの目に触れる場面で発表するとは思っていなかったから、ちょっとびっくりしていたけれど……。今日を迎えられてわたくしもよかったわ」
そんな大事なものを今日わたくし達のために下さったことに、感動し、嬉しさを噛み締めてみんなでほんわかしていると、外からシェカが慌てて走ってきました。
「リジェット様! もう人が溢れて、道の向こうまで行ってます。これ以上長くなると迷惑ですから、ちょっと早いですけど、開店しちゃいましょう!」
「そうですね、開店です!」
ザワザワと寄せる人並みをわたくしは張り切って捌きます。
「はい、お会計はこちらです!」
「サンプルはこちらにあります。試飲も用意してますから、こちらでお楽しみください!」
「百ルピ以上購入の方には今日限定のハンカチーフをお付けします」
わたくしは人の多さに思わずワタワタしてしまいましたが、タセとニエはどこで学んだのか、と言う商売人っぷりを見せつけています。
スムーズに人の流れをコントロールしています。
シェカは大丈夫かしらと視線を彷徨わせると、店奥で贈答用の木でできたパッケージを気に入った、別のお店の方と商談を交わしている様でした。
シェカはもともと、家具屋さんの後継ですから、自分の仕事につながる商談ができている様で、わたくしも安心してそれを眺めていました。
「このテーブルクロス……素敵ね」
訪れたお客様は口々にお母様の刺繍を褒めています。やはり誰の目から見てもお母様の刺繍は素晴らしいのです!
奥に隠れていたお母様の方を見ると、頬を紅色に染めて涙目になっています。
今回の販売会はどうやら、それぞれのいいところを引き出せる結果が出た様です。
「完売でーす! 皆さまありがとうございました~!」
シェカの大きな声で告げられた店じまいにあわせて、最後のお客様に感謝の言葉を伝え、わたくし達は撤収の準備をし始めます。
今日、用意した分のハーブティーは結構多めかな、と思っていたのですが無事に売り切ることができました。
「おや、もう完売ですか。早かったですね」
声がした方向に視線を向けると、どこかでみたことのある美貌の男がこちらに近づいてきました。上質だとひと目でわかる薄い生地のサマーニットを来て、細身のスラックスを履いたおしゃれで背の高い、目の印象が強い男性です。こんな綺麗で印象的な人、一度あったら忘れるはずがありません。
誰だろう、と頭の中で記憶を辿るとやっとその人物に当てはまる人がヒットしました。
「クリストフ……?」
「ああ、この格好だといつものスリーピースと違いますからわからないですよね」
「おやすみの日は結構ラフな格好されてるんですね」
「ええ、あの格好は疲れるでしょう?」
ニコリ、と笑ったその表情にわずかに滲む胡散臭さが彼がクリストフであることを雄弁に語っている気がします。
「おかげさまで、マルトの薬草もまた、シュナイザー商会で取り扱える様になりましてね。いやあ、リジェット様、様様ですよ」
「……最初からそれが狙いだったのでしょう?」
「いいえ、とんでもない。こんなにうまくいくなんて最初から考えていませんでしたよ?
まあ、マルトは廃退して旨味のない土地になりつつありましたので、切り捨てようか、とは思っていたのですがねえ」
いきなりの種明かしにギョッとした顔でクリストフの顔を見ます。
「オルブライト家の子女であられるリジェット様の不興を買えばわたくしどもの意思とは関係なく取引を切った様に見せかけられるでしょう? そんな土地とわたくしどもが取引をするなんて領主の意思に反したことはできませんから」
「血も涙もありませんね」
「ええ。わたくしどもは商売をさせていただいていますから。慈善事業ではございません」
「あら? わたくしがやっていることは慈善事業ではありませんよ? 自領の統治です」
そう言い切ると、クリストフは瞳を三日月型にして、わたくしの顔を覗き込みました。
「やはり、あなたは素晴らしい。オルブライトの……。いやヒノラージュ様の系譜を見事に受け継ぐ方です」
手を叩いて絶賛するクリストフの様子に、小さな違和感を感じます。
「クリストフはおばあさまと面識があったのですか?」
「はい。ヒノラージュ様とは同い年でしたからね」
「お、同い年ぃ⁉︎」
呪い子だと聞いていたので、見た目よりも歳を重ねているのは知っていましたよ? それにしてもどうみても二十代後半くらいの年齢にしか見えないクリストフのまさかの年齢にわたくしは唖然としてしまいます。
こんな若々しい、美貌の五十二歳が存在することは許されるのでしょうか。しかもこの世界は一週間が八日ありますし、十三月まで存在しているので一年の長さが、四百日以上あるのです。前世の年齢で計算すると、クリストフは六十歳を超えている計算になります。
呪い子の年齢って本当に記号でしかないのですね……。
「ヒノラージュ様がお亡くなりになったのは本当に惜しいことでしたね……。あの方も自ら自領の魔獣討伐を行っていましたから、瘴気に染まるのが早かったのでしょう」
「それで……、そうだったの……」
おばあさまはなくなるには少し早い様な気がしていましたが、魔獣から瘴気を受けてしまっていたのですね。知りませんでした。
「まあ、リジェット様はその辺り心配していませんが、くれぐれもお体には気をつけてくださいね」
「え? わたくしあなた方の様に無の要素は強くないですが……」
「いいえ、無の要素ではありません。そんなものよりもあなたは素晴らしいものを持っているじゃないですか?」
「素晴らしいもの?」
「ええ……、あなたは……。おっと、保護者のかたが来てしまいましたね」
「先生!」
そう言ったクリストフの後ろには先生が怖い顔をして立っていました。いつも間にこちらに来たのでしょうか。気が付きませんでした。
「ごめんリジェット、普通に寝坊した……。と言うかクリストフ? うちの子に変なこと教えないでくれる?」
「おや、しかしいずれは知ることになるのですよ? 今知っても何も変わらないでしょう? 本当に知られたくないのであれば、リジェット様をわたくしに近づけなければよかったのですよ。あなたは相変わらず詰めが甘い」
プライベート仕様のクリストフの言葉には毒が含まれる様です。ペラペラと滑らかに嫌味を言うクリストフの様子にわたくしは唖然としてしまいます。クリストフは全く先生のことを恐れてはいない様です。むしろこの状態を楽しんでいる様にしか見えません。なんでしょう……、年の功なのでしょうか。
「うるさいよ、殺されたいの?」
「そうやってうまくいかないからって力で掌握しようとするところが、詰めが甘いんですよ」
先生を子供扱いする、クリストフの言動にハラハラしながら会話の行先を見守ります。
「君もレナートも。この子に余計なことを教えないでよね」
「レナート? って誰ですか?」
会話に割り込んで先生に問いかけると先生があ、しまったと言う表情をします。
「君は……。まだ知らなくてもいい」
「あ、わたくしの双子の兄ですよ。シュナイザー百貨店および商会の代表です。今は王都にいますが」
「クリストフ!」
情報をぺろっと口に出したクリストフは悪びれない表情で先生を見ていました。
先生とクリストフはいつまでも何か言い合い? を続けているので、そこから離れて、タセの元に向かいます。タセは今日の売り上げをまとめてくれていた様です。
「いやあ、本当に売り切れてよかったですね。売り上げもすごいんじゃないですか?」
「ええ。バッチリです。集計したところ、こんな感じでした」
タセは計算を終え、今日の売り上げが書かれた紙をみんなにチラリとみせてくれました。
「おおお⁉︎ こんな金額見たことないんですけど⁉︎」
貧乏村出身のニエは初めて見たであろう金額に目を輝かせています。
「今日はとりあえず一日限りのポップアップショップでしたから、皆さんお祭り感覚で購入してくださったのかもしれませんが、それにしてもよく売れましたね」
「この金を使ってパーッとやりたい! って思うところだけど、俺たち……あ、私だった。まだまだ始めたばっかりだから、再投資したほうがいいよな。今回はカフェの机を借りて使ったけど、机もこの茶箪笥に合わせて作った方が絶対統一感でるもんな~」
「お! だったらうちに任せてな! さいっこうの家具を作るから!」
「このカフェにいつも茶葉を置かせてもらえるくらい、在庫も必要だよね。マルトでの生産体制見直さなくちゃ、リジェット様、今後のカフェの使用許可とってもらえます?」
「え……。ええ! それは大丈夫ですよ」
「よかった~。今みんな乗りに乗ってるから今のうちにいろいろやっとかなくちゃ」
なんだか皆さん、随分と優秀ではありませんか? タセはまだ大人だからわかるのですが、シェカとニエも同じレベルで会話を繰り広げています。
わたくしは口を一言も出していないのにちゃっちゃか次のことが決まっていきます。やはり、わたくしの人選は正しかったですね。と言うか運が良かったのでしょうか。
「こんな面白いことをやらせてくれて……ありがと、リジェット様」
ニエはゆるりとした笑顔で言います。
「多分、俺……、私はこういうのが向いてるんだと思う。マルトにいたらそんな一面が自分にあるなんて一生気がつけなかったと思う。こっちにきて本当よかったな」
「……そう言ってもらえるとわたくしも嬉しいです。ニエはまだ子供なのに、わたくしがマルトから出してしまったでしょう? その責任を果たさなくちゃとずっと思っていたのです」
ニエの目がまた、あの時の様に未来を見透かした様にきらりと光ります。
「あのね、多分リジェット様はこれからもいろんなことをやるんだと思う。私はそれに全力でついていくから!」
巻き込まれ上等! と言ったニエは嬉しそうに笑っていましたが、わたくしは手放しに喜ぶことはできませんでした。
わたくしは……次に一体何をやるんでしょうか。
自分のことながら予想がつかなくてちょっと怖くなってきた気がします。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説


もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる