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第一章 大領地の守り子
31準備はどんどん進みます
しおりを挟む魔獣がでなくなったマルトの様子を確認すべく、わたくしはまたシュナイザーに馬車を借りて視察に向かいます。
「先生、今回はもう場所もわかりますし、一人でも大丈夫でしたのに」
前回と同じ様に今回の視察にも先生が同伴しています。最近先生に迷惑かけっぱなしなので、そろそろ自立しようと思ったのですが、絶対についてくると言って聞かなかったのです。
「君を一人にすると大変なことが起きそうだから……。それに君はまだ子供なんだから大人に頼った方がいいでしょ?」
「むう……」
先生は相変わらず何度も何度もわたくしを子供扱いします。自分のことを子供だと言われてしまうと、言い返す言葉が出ません。確かにわたくしは子供なので、一人で行動していたらみくびられることもあるでしょう。
今まで行った場所だって、隣に先生がいなかったら、取引がうまく行っていたかは微妙です。
「子供は大人に甘えておきなさい」
先生は念を押す様にもう一度繰り返しました。と言うか、先生はわたくしに子供、子供、と繰り返し言いますが先生自身は何歳なのでしょうか?
そういえば教えていただいておりません。
見た感じは……。二十代後半に見える気が致しますが、もしかしたらシュナイザー商会のクリストフの様に若く見えても五十歳を超えている、なんてパターンもこの世界には往々にしてありますから、何歳か判断することは難しそうですね。
魔法陣だけでなく、料理や、薬学にも通じていますし、知識量が半端な量ではないので、もしかしたら仙人並みに生きているのかもしれません。
酸いも甘いも経験し、暇になったからわたくしの様な何をするかわからない人間について回るのも面白いと思ったのであれば、先生がわたくしについて回っている理由もわかる様な気がします。きっと先生がよくおっしゃっている様にわたくしはいい暇つぶしなのでしょう。
「リジェット、何か起こす前は必ず僕に連絡すること、いいね?」
「先生はわたくしのお母様ですか……」
小さく、モジョモジョと口を動かすと、先生が怪訝な顔をしてこちらを見ていました。
「え?」
「なんでもありません……。かしこまりました~! 何か行動する前には必ず先生にご一報差し上げます」
魔獣と目があった時の様な、鋭さが先生の目には宿っていた気がしますが、それには気づかないふりをして、わたくしは静かに目を逸らしました。
馬車がマルトに近づくと何やら違和感を感じました。あれ? 前回訪れた際にはこんなところに森なんてありましたっけ?
以前の訪問時に通った道はもっと開けていた気がしたのですが、今回通っている道はその記憶の道よりも狭い感じがします。
まさか、道を間違えている? と一瞬疑ってしまいましたが、馬車は無事に村に到着をします。
「リジェット様! お待ちしておりました!」
前回と同じく、キン村長がわたくしたちの到着をまってくれていました。キン村長は以前の訪問時より心なしか顔色が良くなっている気がします。
「出迎えありがとうございます……。って、え⁉︎」
顔を上げるとそこには信じられない光景が広がっていました。荒廃した畑に青々とした植物たちが茂っていたのです。ものによっては収穫期を迎えていそうな株まであるじゃないですか⁉︎
「リジェット様が魔獣を討伐してくださったおかげで、またこの村でも薬草が作れる様になったのですよ!」
「作れるって言っても……。いくらなんでも育つのが早すぎではないでしょうか⁉︎」
まだ討伐が済んでから二週間も経っていないのに、こんなふうに作物が青々と茂っているのは信じられません。
「ああ、この土地はもともと作物の生育に特化した湖の女神の加護が掛けられていますからね。ただ……。魔獣の瘴気が蔓延していた頃には、その加護も魔獣に阻害されてしまいまして……」
「湖の女神の加護?」
「ええ、ハルツエクデン国にはいくつか湖の女神の加護を受けた土地がありますでしょう? ここもその一つだったんですよ」
湖の女神って、本当にいたんですね……。人間の想像のなかで作られた架空の存在かと思っていました。わたくしが知らなかっただけで、湖の女神はとってもすごい方だったみたいです。
そんなにすごい方の聖地とされているハルツエクデン湖がこんなにも、他国に狙われる理由がやっとわかった気がします。こんな短期間で植物を生育させるなんて、神の所業でしか叶えられそうにありません。人智を超えた力を、人が得たいと思うのは道理ですものね。
なんだか今更、婚約者であったエメラージ様に謝りたい気分になってきました。
「リジェット様、こちらをごお欄ください」
キン村長が指し示した先には、わたくしが託したハーブが青々と茂っています。奥の納屋にはもう育ったハーブを乾燥させているものまであるではないですか。
「まあ! これはわたくしが委託したハーブではないですか! もう乾燥まで済んでいるのですか?」
「はい。お茶にする、と言うことだったのでなれない作業かと思いましたが、メモをくださった工程がほとんど薬草の製薬と変わらなかったのでこちらで出来る限り進めさせていただきました。マルトで育てている薬草よりもこちらは生育が早かったですよ」
わたくしの頭の中の計画では今年は下準備で終わってしまうかと思っていたのですが、この調子だと騎士学校に入学する前に一度販売会ができてしまいそうです。
行き当たりばったりで、始めた事業でしたが意外ととんとん拍子にことが進んでいるのではないでしょうか。この調子であれば、ハーブティーの事業は安心ですね。
もしかしたら、もう一つの魔法陣製作事業も同時に展開できるのでは……。欲を腹に抱えながら、わたくしは今後の展開に夢を膨らませます。
それから一週間後の水の日、先生とともに再びマルトを訪れました。
「ニエ、魔法陣を描くことができる方を紹介してもらえないかしら?」
わたくしの言葉にニエは驚いた顔をしています。
「リジェット様、この村の人間に魔法陣を描かせるつもり? 知り合いが事故に遭うのは俺だって嫌なんだけど」
「描いていただくだけですよ。こちらできちんと検品はしますし、村の方々に作動をさせることはありませんので命の危機にさらされることはありません」
「それなら……、いっか。みんな本当は仕事したいって言ってたし……。ちょっと待ってて! 女衆のリーダーやってる人に相談してくる!」
そう言ってニエは走って民家に入って行きました。
戻ってきたニエは「リジェット様、入ってだって!」と言いながらその民家にわたくし達を招き入れました。
「お話を伺いました。リジェット様は私どもに魔法陣作成を依頼したい、ということですね」
村の女性達のリーダー的存在だという、意思の強そうな目をした女性が一番に言葉を発しました。
「はい、皆さんは魔法陣を描く際に何を見本にされているのですか? 魔法陣の本などですか?」
「本ですか……、書物は高価ですからなかなかうちの村では買えません。馬車で移動をするのも高価ですから……」
「では何から魔法陣の見本を?」
「もともとあったものです。使っているうちにかすれて消えてしまうので、記憶を呼び起こしてなんとなく描いていて……」
それでは、間違えも出るはずです。子供に暖炉の暖かさを与えたくて、記憶が定かではない魔法陣を必死に描いたニエのお母様のことを思うと、わたくしは胸が痛くなります。
「魔法陣は古語の集まりによって作られているので、一文字でも間違えると意味が変わってきてしまうのですよ」
「ああ……。あれは模様ではなく文字だったのですね」
現代文字も書くことがままならない中で、古代文字を見ても文字だと認識するのは難しいでしょう。
「文字を魔法陣に入れ込むのは難しそうなので、簡易文字を描いたものを作ってみました」
わたくしはそうって先生と考えた魔法陣を皆さんに見せます。
「ちなみにこれって一枚いくらくらいで売れるものなんですか?」
参加者の一人が先生に尋ねます。魔法陣を売るとなるとシュナイザー商会ですよね。わたくしもシュナイザーに魔法陣を売ったことがないのでいくらかわからないのですが。
先生の描いた転移陣が家宝レベルということと、魔法陣は総じて高価だ、という情報だけは知っていました。
「うーん、魔法陣はものによるからな。一点ものの魔法陣だと高いけど、劣化版のこれだと……。売値で五百ルピくらいかな……。たくさん流通してくれば値段も下がるだろうけど」
わたくしが間抜けな顔でへー、と言っていると女性陣がガタンガタンと大きな音を立てて、体制を崩しました。
「ご、五百ルピ⁉︎ うちの家族が一ヶ月暮らせる金額じゃないか!」
「たった一枚で!」
「その中から、リジェットへの手数料引くからね」
「それでも十分な額だよ。なんならそのままシュナイザーに借りている分の借金返済に当てて欲しいくらいだよ」
ああ、マルトの人々はシュナイザー商会に借金があるのですね。単価が大きい魔法陣の販売がうまくいけば、マルトの財政状況は大きく改善しそうです。
それはそうと、元々の魔法陣を書いてくださった先生の取り分が抜けていますが、良いのでしょうか?
「あら? 先生の手数料も必要でしょう?」
「僕のはいいよ。お金、足りてるし」
おおう……。強者の発言です。先生のセレブ発言に羨ましい視線を向けてしまいます。
値段を聞いた女性達の目はメラメラと燃え始めます。
「これは……。大量に作らなくちゃだね」
「シュナイザーへの借金を返せるチャンスだよ!」
皆腕まくりをして本気の目をしています。
「て、丁寧に描いてくださいよ⁉︎」
「もちろんさ! さあ、みんなやるよ!」
そう言って本気を出した女性陣は持ってきた百枚の紙を書き損じなく(すごい集中力でした!)全て魔法陣に変えてくれました。
後日わたくしはシュナイザー商会にこの魔法陣を売りに向かいます。
「……なんですか、これは。魔法陣? なぜこんなに大量に……?」
受け取ったクリストフは目を丸くしています。
「出所は教えられません。でも聞くところによると魔法陣って大層高価なものなんでしょう? これだけあっても王都にお店がある、シュナイザー百貨店なら売り切れるでしょう?」
もちろん、魔法陣は貴重なので、クリストフは他に売られるくらいならば! と全て買い取ってくれました。売値は先生が言っていたよりも少し高かったので、マルトの借金がまるっと返せる金額になりました。
そうしてわたくしたちはマルトの財政を回復させられるだけの資金を得たのです。
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