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第一章 大領地の守り子
27シュナイザー商会はやっぱり曲者です
しおりを挟むベルグラードの全体的に内容が濃縮された授業を終え、時間を確保したわたくしはハーブティーの開発に時間を使えるようになりました。
二度目は一人でシュナイザー商会に行こうと思っていたのですが、前回の訪問者のようにわたくしに悪意を持った方がいたら危ない、とのことで先生も引き続きついてきてくださるそうです。
「わたくし、暴漢が来ても倒せる自信だけはあるのですが……」
「君はまだ子供なんだから、大人に甘えておきなさい。あとはもしかすると、危害を加えるとまずい人間もいるかもしれないからね。そう言う場合は僕がなんとかするから、リジェットは何も手を出しちゃいけないよ」
確かに、わたくしより身分が高い方だったりすると危害を加えられて、正当防衛を行っただけでも不敬になってしまうことがありますものね。
わたくしはまだ、政治的要素には疎いところがありますから、そう言った部分は先生にお任せしましょう。
さて、どうやってこれから事業を展開していくか、ということを詰めながら考えていかなければならないのですが……。
ハーブティーを製造し、国中に販売することを考えると、わたくしが剣のお稽古で使っている森で個人的に管理する分だけではどう考えても足りません。
採取ではなく栽培をしなければ……このままでは取り尽くして、植物自体がなくなってしまいますもの。
わたくしはもちろん農産物の生産者の知り合いはいませんので、シュナイザー商会に紹介してもらいましょう。
それを先生に話すと、意外にも苦い顔をしていました。
「以前クリストフが言っていた農場の商会の件を受けようと思ってるの?」
先生は少し心配そうな顔でわたくしに声をかけます。
「ええ、以前足を運んだ際に、薬草部門の農場を紹介してくれるってクリストフが話していたでしょう?
お言葉に甘えて、そちらを紹介していただこうと思っているのです」
「そう……。でもクリストフが親切に使い勝手の良い土地を紹介してくれるかなあ? なんだか裏がありそうなんだよね」
「え? どうしてですか?」
わたくしの事業はシュナイザー商会の利益にもつながりますし、変な土地は押し付けないと思うのですが、先生はその様には思わない様です。
「そうか……。リジェットはこれでも領主一族に大切に育てられた箱入りのお嬢様だもんね。他人の悪意に触れる機会も少ないがら気がつかないよね……」
どこかしょんぼりした先生の表情は、一歩先の未来を見ている様で、わたくしはその表情にドキリとしてしまいます。
どうして先生はそんなにシュナイザー商会の行動を危惧しているのでしょうか。領主の娘であるわたくしに何かふっかけるなんて……。そんな、まさか、ねえ……?
先生の家に行く次の水の日、家庭教師に頼み込んで一時間早く座学を切り上げ、シュナイザー商会に足を運びます。
移動は屋敷から直接ではなく、先生の家から転移陣を用いて前回のようにシュナイザー商会の前に降り立ちます。
もちろん先生に、怒られてしまいますので髪の色は水色に変えていきました。
シュナイザー商会につくと、パンツスーツを着たクリストフの部下の女性がお茶を用意してくれます。美味しそうなケーキも出してくれますが、それには釣られません。今日は商談にきたのですから。それにこの後、先生の家に行く予定もありますからね。
クリストフにここまで料理人のタセと相談して決めたことを伝え、大体の方向性を決めて行きます。
「なるほど! ハーブティーに薬効があることを前面に押し出し、他の商品と差別化するのですね」
「ええ。長く愛飲していただくためには味だけでない要素も必要かと思いまして。何かに愛着を持つためには理由が必要ですから」
「素晴らしい! リジェット様はそこまで考えて商品開発をされているのですね」
クリストフは目を三日月型にして嬉しそうにわたくしの方を見ています。
「それと、今後の話になるのですが、オルブライト家のカフェでハーブティーの販売をしたいと考えています」
「おや? わたくしどもの独占販売にはしないつもりですか?」
「ええ。でも、あなた方にとっても悪い話ではないと思いますよ? わたくしは今後ハーブティーをオルブライト領の特産品にして行きたいと考えていますが、それを外部販売できるのはあなた方だけなのですから」
オルブライト、と言う土地のブランドを使えますよ? と続けるとクリストフは楽しげに凶悪な顔で笑います。直売所のことは、販売範囲が重ならないということで、どうにか容認していただけたようですね。
「お時間とっていただきましてありがとうございます」
「いえいえ、リジェット様がお持ち下さったハーブティーはとても人気がありますので、新たな商材をいただけるのであれば、こちらとしても大歓迎ですよ。
以前いただいたものはあまり量がなかったので、百貨店の外商部が選定したお客様のみに販売を行っていたのですが、大変好評でした」
「まあそうでしたの」
話を聞くと持ち込んだ一回目のハーブティーは量が大変少なかったので、シュナイザー百貨店のお得意様にプレミアをつけて先行販売という形で販売したそうです。
購入いただいたのは、わたくしでもよく存じ上げているような、格式高い貴族の方々でした。流行の最先端にいる方々なので、今回のハーブティーの存在を他の方々に広げてくださったようです。
今後大幅に販路拡大をしていくにあたって、口コミを広げてくれそうな貴族の方に購入していただけたのはとても幸いなことでした。
「個人で栽培となると、量も限られてしまいますし、今後のことを考えると農家の方と契約をした方がいいでしょうね」
「でしたら、シュナイザーの薬草部門の契約農場がありますので、そちらをよかったらお使いください。
新たに農場を見つけるとなると時間がかかってしまいますからね」
それはとてもありがたい申し出です。やはり、流行り物はスピードが命ですので、できるだけ早く、大量に市場に流すことが重要です。
それにわたくしもあと一年も立たないうちに王都の方に移動しなければなりません。
できれば、この冬のうちに畑の様子を確かめて、春になったら、すぐに栽培を始めなければ秋の入学に間に合いませんもの。
そうなると、このハーブティーのオリジナルブランド化に携わることができなくなってしまいますので、早いうちにわたくしがいなくとも、商品が生産できるシステム構築をしておくべきでしょう。
「その土地は薬草の産地として栄えた土地ですから、村民の薬草作りのノウハウもきっと香草茶作りに役立つでしょう」
まあなんと。指導しなくとも大体の作り方を知っている方々がいるなんて心強い限りです。
ただ、その土地の土壌がハーブ作りに本当に適しているかは、確認しないとなんとも言えないでしょうから、自分の目で確認は必要でしょうね。
「農場の土の様子も確かめたいですし、働いている方々にもお話を通したいので一度、現地に見学に行くことは可能でしょうか」
「ええ、もちろん。リジェット様は水の日に動かれるようですから、次の水の日はいかがでしょう」
「わたくしの方は……。先生来週はお教室をお休みしてもよろしいでしょうか」
チラリと先生の方に目をやると、先生は考え込む様な仕草をしていました。なぜか、眉間に深いシワが刻まれていて、深刻そうな表情に見えるのは気のせいでしょうか?
「いや、僕も行った方が良さそうだからついていくよ。
いろいろ気になることもあるしね。……シュナイザーの契約農場というと、マルトのあたりかな?」
先生がそういうと、クリストフは一瞬真顔になりかけて、すぐ表情を取り繕う様に笑顔を作ります。
「左様でございます」
「マルトはまだあのまま使っているの?」
先生は何か思うところがあるようで、片方の眉を上げた仕草をしました。”マルト”という土地は何か曰く付きの土地なのでしょうか。
「ええ、あのままでございますね。
あの土地の契約は今年までかと考えていましたので、リジェット様やクゥール様の方で、好きに手入れをしてくださって構いませんよ」
クリストフは商人らしくとり作らわれた笑みを浮かべています。三日月型に細められた赤紫色の瞳からは何かを企む時の楽しさのようなものを感じます。
「マルトには名持ちや役職持ちの貴族はおりませんの?」
「ええ、いらっしゃいません。あそこは平民のみが住んでおります。それゆえに他の土地とは少し様子が違うのかもしれませんね」
他の土地とは違う……?
マルトには一体、何があるのでしょう……。どうやらわたくしは曰く付きの土地を押し付けられてしまったようです。
「リジェット、マルトを訪れる際はいつもの様なドレスではなく、騎士服で来る様に」
「え? ……はい、かしこまりました」
「それがいいでしょうね。何せマルトは田舎なものですから」
クリストフが口元だけをにこりと動かし、表情を作ったことに違和感を覚えます。なんだかよくわかりませんが、この感じ、何かよくないものがある気配がします。
とりあえず万全の準備をして向かうのが良いかと思ったわたくしは先生に教えてもらった防衛の魔法陣や攻撃系の魔法陣を描いて持って行こうと心の中で計画をしました。
「先生はマルトのことはご存知だったのですか?」
シュナイザー商会から帰った後、いつもの様に先生の家で魔法陣教室の中で、先生に気になったことを効いてみることにしました。
わたくしの質問を受けた先生は、眉を下げ神妙な顔をしている様に見えました。
「うーん。知っているといえば知ってるけど……。僕が知っているのは五、六年前の様子だからなあ。今と同じなのかはわからないな」
「マルトに行ったことがあるのですか?」
「うん。セラージュにオルブライト領に連れてきてもらって、どこに住もうか決めかねて、オルブライト領中を回って視察してた時期があるんだよね」
「へえ、そんなことしてたんですか」
先生はミームを居住地に最初から決めていたわけじゃなかったのですね。
「その時みた、マルトは薬草の産地として栄えていて、意外と住みやすそうな感じだったけど、一緒に居たセラージュがあんまり興味なさそうな感じだったんだよね。セラージュは統治上、オルブライと直轄の町だとか、栄えている場所を重要視する傾向があるから、もしかしたらマルトにあんまり手入れしてないんじゃないかな……と思って」
「手入れ? とは具体的には何を?」
「ああ言う土地は放っておくと荒れるんだよね。あれ方はそれぞれだけど。
利権を貪ろうとする貴族に食い物にされたり、魔獣が増えたり……。権力者が守らないと衰退する」
なるほど……、と先生の意見を聞いてわたくしは納得してしまいました。クリストフはマルトには貴族は常駐していないと言っていましたので、前者はないかもしれませんが後者はあり得ます。わたくしも剣のお稽古の一環で魔獣の討伐に行ったことはありますが、人の手が加わっていない深い森に出やすいと、剣の先生に教えてもらいました。
お父様がマルトという土地を重要視しておらず、野放し状態になっているとしたらそこには多くの魔獣が生息している可能性があります。
「と、なるとマルトに行くと魔獣狩りができるかもしれない、ということでしょうか?」
わたくしはついウキウキとした表情で先生の方をぐりんと勢いよく振り向きます。
「ちょっと待って。なんで狩る気でいるの? 果物狩りみたいなテンションで言わないでよ」
「魔獣狩りというとどんな武器が有効なんでしょう? いつも通り剣でいいのかしら? ああ、切れ味が肝心かもしれませんから向かう前に研いでおいた方がいいかもしれませんね! どんな切れ味なのかしら……。魔獣……。捕縛するための縄とかも必要ですかね? あ、網⁉︎ もしかしたら網必要かもしれませんね!」
「あの……。止まって? リジェット」
「そ、そんなこと言われてもこのワクワクを止めるなんてっ!」
久しぶりの魔獣討伐の予感に、つい遠足前の気分になってしまいます。
「やっぱり……、心配だからついて行こう……。この感じ、絶対なんかやらかす」
「まあ、失礼な! わたくし恙無く全てこなして見せますよ?」
「ちょっと小金が欲しいなって会話から、オリジナルブランド立ち上げて契約農場も借りよう! なんて流れになる人間が、恙無く全てを行うなんて絶対できないでしょう。きっと僕の想像を超えるなんらかをやらかす」
「まあ……。先生は心配性ですね? わたくしはこんなに大人しくしているのに」
「今、ヨーナスの気持ちが痛いほどわかるよ。心配だし、僕が振り回され始めている……」
先生とヨーナスお兄様が何をお話ししたのかはさっぱりわかりませんが、二人の気持ちの距離は少し縮まった様です。ヨーナスお兄様、よかったですね!
その後、何かあるといけないからと焦った様子を見せた先生はわたくしに実践的な魔法陣をたくさん教えてくださいました。
新しい魔法陣を使える機会があるといいな……。と使用方法を想像しながらわたくしは必死にそれらを描き写しました。
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