白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

18ラマに手伝ってもらいます

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 侵入者がオルブライト家に入った後、屋敷の者たちは慌ただしく動き回っています。
 わたくしの部屋にいた残った方の侵入者はお父様が引き取り、締め上げ、口を割るように拷問を施したそうですが、侵入者は隙をついて自害してしまったです。

 詳しいそんな事情からから、詳しい犯行の動機などがわからず、この侵入者騒動についての捜査は行き詰まってしまいました。

 そんなモヤモヤした中で勉強する気分にはなれず、わたくしは家庭教師に早めに授業を切り上げていただき、中庭に移動します。

 こういう日は体を動かすに限ります。
 先生が教えてくださった魔法陣の種類が増えてきたので、今日はこの魔法陣を使って剣の一人稽古をしていきたいと思います。

 中庭にやってきたわたくしがまず取り出したのはこちらの身代わり人形です。以前はただ出してみただけの魔法陣でしたが、身代わり人形が剣を持つことが出来たら、練習相手として使えるのではないかと思ったのです。

 わたくしは持ってきた身代わり人形の魔法陣を起動させます。パッと現れた身代わり人形にわたくしはすかさず、木の枝を持たせようとします。
 しかし、いくら枝を持たせようにも、身代わり人形の指には力が入らず、ずるりと滑り落ちてしまいます。

 困りましたわ……。これじゃ稽古になりません。どうしたものかと頬に手を当てて考え込んでいると、後ろから声が聞こえてきます。

「お嬢様! こんなところにいらっしゃったのですか、と言うかそれはなんですか」

 禁術の身代わり人形を見られてしまったことに、どきりとして、ギギギと油の切れた操り人形のような動きで後ろを振り返ると、そこには呆れた顔をしたラマが立っていました。

「ラ、ラマ! これはなんでもないのです!」

 わたくしは慌てて身代わり人形を仕舞い込みます。

「ふうん……そうですか。それよりも家庭教師に聞きましたよ。今日は午後まで勉強のはずだったのに、それを切り上げてきたとか」

 きっと身代わり人形に思うところはあるでしょうに、ラマは口をつぐんで、そこには触れません。主人思いの良い侍女であることをありがたく思い、わたくしはラマの方を見ます。

「ちゃんと、今日やる分の課題は終わらせてきましたから、サボったわけではないのですよ!」
「左様ですか。それは結構なことですが。どうしてこんなところで一人でいらっしゃるのでしょう? 連れ去られそうになった、と言う自覚がないのでしょうか」

 ラマの言葉が胸に突き刺さります。ラマは心なしかいつもより苦く苦しそうな顔をしているように見えます。きっとラマは主人を守れなかったことを悔いているのでしょう。
 しかし、その気持ちはわたくしも同じなのです。自分の気持ちを少しでも知って欲しい。そんな気持ちでわたくしは、言葉を選んでラマに懸命に伝えようと試みます。

「我が家に侵入者が入った時、わたくしはラマに守られてばかりで不甲斐ない思いを感じたのです。騎士になりたいと願っているのに守られているだけではかっこ悪いではないですか……。
 もっと従者を守れる主人にならなかれば……。そんな思いで、実践的な稽古をしようと目論んでいたのです」

 正直にぽつり、ぽつりと話し始めると、はあああ……とラマは長ーいため息を付きました。
 う、怒られるっ! と思って身構えていると、思いがけない言葉を投げかけられました。

「それなら、わたくしに声をかければいいでしょう?」
「え?」
「わたくしは一応、アーノルド家で武術の訓練も積んでいますから、リジェット様の訓練のお相手もできるでしょう」

 そうだ! ラマは戦う侍女なのでした! わたくしよりも腕が立つ、ということは師匠にもなり得る人材なのです。

「ラ、ラマ! なんて主人思いな素敵な侍女なの!」
「……なんといか。わたくしはリジェット様が騎士になりたい、という意見には賛成できかねますが剣のお稽古を続けること自体は賛成だったのです。やはり大領地の姫君ともなりますと、刺客などに狙われる危険もありますし、自分の身は自分自身で守れた方が良いでしょう。なので剣のお稽古を見てくださっていた、教育者の方が王都に帰られて、リジェット様のお稽古を見てくださる方がいない状況はわたくしとしても許しがたい状況なのです」
「ラマ……」

 ラマがこんなにもわたくしの身を案じてくださっていたことをわたくしは知りませんでした。わたくしとラマの間には雇用の元に主従関係がありますから、もっと乾いた感情を持っていてもおかしくないと思っていたのです。ただでさえ、わたくしはラマが思い描いているであろう、お嬢様像とはかけ離れているでしょうから。ラマの前の主人である、アーノルド男爵家のロザンヌ様はそれはそれは、しとやかで聡明な令嬢だったと伺っています。アーノルド男爵家は優秀な侍女や側仕えを育てる人材派遣業で栄えた領地で、その取締りを一手に引き受けているのがラマを育て上げたロザンヌ様なのだそうです。

 きっとラマはロザンヌ様のようにもっと聡明で思慮深い、優れた主人に仕えたかったのではないかと思ってしまうことがあるのです。
 わたくしは騎士になりたい、と頑なに思っていますが、客観的に見ると、これが賢い選択には見えないと思うのです。そのために講じている選択もきっと傍目に見れば、綱渡りで危なっかしく、目的のために意固地になっているように見えるでしょう。

「バレて……ましたか」
「ええ。ラマは本当によくできた侍女だわ。わたくしのもとにいるのがもったいないくらい」

 わたくしは、ラマの水色の瞳を覗き込みます。

「そうは言っても、わたくしはあなたを主人にすると決めて仕えていますから」
「え?」

 もらえると思っていなかった言葉がラマの口から出てきたことにわたくしは目をまあるくして驚いてしまいます。

「わたくしはリジェット様にお仕えしたくて、お仕えしているのです。アーノルド家育ちの側仕えたちが自分の主人に本当に嫌気が差せば、元の主人の元に戻ることも許されています。しかし、わたくしはそれをしていないのですから……」
「けれども、わたくしはロザンヌ様の様に聡明ではないわ」
「まあロザンヌ様もリジェット様と似たか寄ったかですが……」
「え?」
「なんでもありません」

 自分の不甲斐なさに落ち込みながら、ラマを見つめると、ラマはふわりと花の様な優しい笑顔を向けてくれました。

「あなたは確かに人を振り回すところはあります。ただ、それは自分の道を自分で開くため。誰かが思った以上の成果を上げるための手段としての行動ですから。
 あなたは目的のためならば努力を惜しみません。……まあやりすぎなところは否めませんが。しかしそう言ったところをわたくしは尊敬しております。紛れもなくわたくしの主人にふさわしい人物です」

 そう言ったラマの強い視線には忖度は微塵も感じられず、本心で言っているというのがよく伝わってきます。

「わたくし……。自分でもあんまりいいお嬢様ではない自覚があるくらいなのですが……。どうしてラマはそんなに慕ってくれるのでしょう」
「そんなこと本人にわざわざ言うことではないでしょう。恥ずかしいじゃないですか……。そんなどうでもいいことを言っていると時間がなくなりますよ? さっさと始めましょう」

 ラマは本当に恥ずかしいようで、少し顔を赤らめています。照れる姿なんてあまり見ませんので、ついつい凝視してしまうと、ラマに背中を押されて訓練ができる広いところまで連れて行かれてしまいます。

「ではどういたしましょうか? わたくしは自分の武器をリジェット様に向かわせればいいのでしょうか?」
「はい! ではわたくしはそれを受け、間合いを詰める練習をしますね。わたくし防御の魔法陣を身につけているので、遠慮はしなくとも結構です」

 一言かわしあった後、わたくしとラマは練習を開始します。ラマは持っていた武器のチェーンを広げ、先についている鉄球部分をわたくしの方に投げ入れます。
 それをわたくしは剣でかわしていきます。

 ラマは、相当鍛錬を積んでいる様で、少しの手の動きで鉄球の動きは大きく軌道を変えます。その動きに翻弄されながらも、なんとか必死についていこうとするとだんだんリズムが掴めてきました。

 この辺で大きく腕を振って、弾いてみようかしら。
 そう思い、剣を両手で持ち、横方向にふるいます。

 あ、外した……。

 どうやら間合いを間違えてしまった様で、わたくしの目視ではラマの武器に剣は届いていませんでした。

 それなのにわたくしの手元にはカツンと剣が当たった感覚が残っています。どうして届いたのでしょう。
 不可解な現象に驚いて、わたくしは足を止めてしまいました。

「お嬢様? どうしましたか?」
「今、剣の矛先が勝手に伸びたような気がしたの。気のせいかしら?」

 剣が伸びた、と言うわたくしの発言はあまりにも突飛だったようで、ラマは眉を潜めて矛先を見つめています。

「わたくしが間合いを間違えただけかしら……」
「無機質なものが動く、と言うことは考えにくいですがリジェット様の魔法陣が剣に作用した、と言うことも考えられなくはないかもしれません。……わたくしにもわかりませんので、とりあえずもう少し練習を繰り返してみますか?」

「やっぱり……。伸びた気がします……」
「見間違いかと思いましたが、わたくしの目でも確認できました。確かに伸びてますね……。しかもリジェット様の動きをアシストするように伸びている気がします」
「この剣には自我がある、と言うことでしょうか?
 もしかしたら、これは先生案件かもしれません。次に先生にあった際にそれとなく聞いてみましょう」
「そうですね。ぜひお伺いしてください」





 そのまましばらく打ち合いをした後、今日はここまで、という流れになりました。
 剣を倉庫に片付けている際にわたくしはずっと気になっていたことをラマに聞いてみることにしました。

「ラマは……。エメラージ様との婚約解消の時わたくしをあまり叱らなかったのはどうしてですか?」
「……叱れないのですよ」
「え?」
「わたくしは恋の素晴らしさを身を持って知ってしまいましたから」

 こ、恋⁉︎ ラマの口から、思ってもみない言葉が飛び出してきたので、わたくしは聞き間違いかと思ってラマの顔を二度見してしまいました。
 あ、しまった。余計なこと言った、という顔をしたラマの顔を見てそれは聞き間違いでないことを悟ります。

「ラマは好きな方がいらっしゃるのですか⁉︎」

 そういうと、ラマの顔はぽぽぽと赤くなります。いつもは冷静沈着で、お姉さんタイプのラマの意外な表情にわたくしは目を丸くしてしまいます。
 うわわわわ! うちの侍女、最高にかわいくないですか⁉︎

「わたくしがお慕いした方はわたくしより身分が高かったですから、婚約を結ぶことはできませんでしたが……」

 ラマはそう言って瞳を伏せました。ラマとラマがお慕いしている方はもしかしたら身分さがあったのかもしれません。というのもこの家に仕えるものの中には平民以外にも貴族出身のものもいるのです。

 この国の貴族は爵位があるのはもちろんですが、それ以外に領地持ち、役職持ち、名持ちという分け方があります。

 領地持ちはその名の通り領地を持っている貴族のことです。現在ハルツエクデンは三十二の領地に分けられています。それぞれの土地にに領主一族の家名が付けられていて、その家名の家の当主がその領地の領主という位置づけになっています。
 オルブライト家は王都を除くとハルツエクデン第二の広さの領地を持つ伯爵家ですからもちろん、領地持ちの貴族ですね。

 役職持ちはその名の通り代々役職を持つ貴族家の呼び名です。徴税官や外交官、法官など、それぞれの役割のものを輩出する領地です。各領地の領地持ちのもとで働く役職持ちもいらっしゃいますが、王都で働く役職持ちも多く、格が高いとされています。

 名持ちは領地も、役職も持っていない貴族の呼び名です。商家よりの貴族や平民の中から功績を挙げたもので爵位を与えられ貴族となった経歴のものは大体名持ちです。

 名持ちや、役職持ちの家に生まれた貴族でも兄弟が多い家に生まれますと、他の領地持ちの貴族の家に出仕することが多く、オルブライト家に仕えるものの中にも貴族出身のものは何人かいます。

 同じ職場で働いていても、身分が違うために恋人同士にはなっても結婚はできないという方も少なくないそうなのです。

 ラマは平民の出身ですから、きっと身分差で共にいることは許されなかったのでしょう。

「必ず成就する想いだけが素晴らしいものだとは思いません。叶わぬ恋でしたが、気持ちが通じ合ったという事実があったことはわたくしの人生の中で輝かしい瞬間でした」
「それは……。とっても素敵な恋だったのね」
「はい。その思い出だけでわたくしはこれから生きていけるくらい、素敵な思い出です」

 ラマは清々しく、満たされた顔をしていて、その表情から、その恋がどれだけ素晴らしいものであったかが伺えます。

「素敵ですね……。今のわたくしの恋人は剣ですが、いつかそんな方に出会うことがあるのでしょうか」
「きっと出会えますよ。エメラージ様との婚約が白紙になったことでリジェット様には猶予が与えられましたからね。リジェット様は今までに素敵な方とは出会われなかったのですか?」

 ラマが秘密を打ち明けてくださったのだから、わたくしも一つくらい恋話を提供したいのですが、わたくし浮いた話を持ち合わせていないのですよね……。
 素敵な方……、うーん。強いていえば先生でしょうか。
 今までにあった方の中ですと一番見目はいいですし……。
 そういうとなんだか誤解を招いて、うるさく言われそうなので、もっと当たり障りのない方を話題に出したいのですが……。

「あ! そういえば昔、王城で開かれた子供達の茶会で、人攫いから助けてくださった男の子はかっこよかったですね!」
「まあ! そんなことがあったのですか! リジェット様は小さい頃から事件に巻き込まれがちだったのですね」

 ラマは四年前にこの家に来たので、わたくしの幼い頃のことは詳しく知りません。この前侵入者のいざこざがあったばかりなので、わかりやすく眉をひそめました。

「まあ、でも……。リジェット様に撮っては素敵な出会いだったのですね?」
「はい! わたくしと変わらないくらいの年齢に見えたのですが、剣筋がそれはそれは素晴らしくて……。あの、スピード感! もう、憧れです! 瞬く間に敵を倒してしまったのですよ! もうあの剣技にはわたくし、痺れてしまいまして、心の中で師匠だと思っているのですよ!」
「なんだか、剣に視点が集中しすぎてその方の姿が全く想像できないのですが……」

 う……。それは図星です。あれは騎士への憧れの発露ではありますが、初恋ではなかったですからね……。

「まだわたくしには恋愛は早いみたいですね……」
「正式な婚約が決まるまでにはまだ時間がありますから、その間に様々な方と交流を持つことは可能でしょう。リジェット様は婚約されて恋も知らぬまま、気の合わぬ婚約をしなければいけないなんて、あまりにも非情ではないですか。……わたくし、リジェット様の命があったなら、ギシュタール家を取り潰すくらいのことは致しましたよ?」

 最後の一言に、わたくしは口をハクハクと開け閉めすることしかできませんでした。
 す、すごいです。ラマに一貴族家を取り潰すだけの特殊技能があるなんて知りませんでした。さすが最強の人材派遣領地、アーノルド家の出身です。わたくしの侍女有能すぎやしませんか⁉︎

「もしわたくしのために何か行動することがありましたら一声かけてくださいね。わたくしにできることはラマが使う魔法陣を作成することくらいかしら……」
「いただけるなら喜んで使わせていただきます」
「とりあえず急務なのは情報収集に使う魔法陣かしら」

 その言葉を聞いたラマの顔色が驚いた様に変わります。

「ラマは情報収集が得意でしょう? それに役立つ何かを作れるといいのだけど。……わたくし、ラマがあの襲撃の後も侵入者の情報収集のために自分の手の者を使って調べ回っていること、知ってるの」
「……ご存知でしたか」
「ええ。ラマはわたくしをいつも見張っている様に見えますが、実はどこかに行っている時間も多いのですよね。アーノルド家からラマをもらい受けるときに情報収集に長けた侍女だという説明がありましたからきっとそのために動いているのかな? と思いまして……」

 その説明を聞いたラマはなるほど、という顔をします。

 わたくしはラマと秘密を共有したことでラマとの間に主従だけの関係でない、親しい気持ちの通じ合いを得た様な気がいたしました。

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